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バタアン労働組合連合の近況 [フィリピン労働運動]
アンバ・バーラ(バタアン労働組合連合)のエミリーから、近況報告送られてきました。
アンババーラ・スタッフも元気そうです。
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<事務所前で、アンババーラ・スタッフ>
バタアン労働組合連合の近況
私(エミリー)はクリスマスの活動が終わったあとずっと故郷タルラックにいました。父は、私の息子に本当に会いたがっていましたが、かないませんでした。というのは息子はずっとマリベレスにいましたから。
残念なことに私の田舎ではインターネット接続環境がよくありません。アンバ・バーラ(バタアン労働組合連合)のノートパソコンを持っていきましたが、メールを送ることはできませんでした。私はちょうど昨日(1月4日)、ここマリベレスに帰ってきました。
以下にいくつか報告します。
1.ペトロケミカル労働組合:
ペトロケミカル労働組合は昨年7月に労働協約交渉を始めました。交渉は平和的に行われており、もう少しで終わりそうです。しかし経営者は最終的な問題で「労働協約締結」を拒否しています。
たとえば、労資交渉で締結された労働協約に記されている3年間の賃金上昇、すなわち最初の年1000ペソ(日本円で約2000円)、2年目、3年目2000ペソの賃金上昇を、経営者は廃止しようとしています。12月の交渉で、経営者はすでに「賃金増加は認めない、もしくはすべての賃金増加が会社の財政状態に影響しない場合にとどめる条項」を労働協約に入れたがっていました。
ペトロケミカル社は、イラン政府がオーナーです。 私たちは団体交渉において経営者が不誠実である理由で訴えを起こしました。この1月、労働組合員の何人かは全国調停委員会(NCMB)のオフィスで行われる公聴会に呼ばれるでしょう。
2.シカップ
シカップ(居住地域住民団体:以下SIKAP)は、議会決議を通じてマリベレス町役場とバターン州政府に認定されている「地域共同体組織」です。居住地域を基礎にした労働者と半労働者(定職がなく臨時の仕事をしている人たち)からなるSIKAPの主な要求は生活支援、福祉の拡充です。失業した労働者たちの生計支援、十分な医療、保険などは、町や地方政府行政の一部でもあるわけですから、この面から福祉行政拡充のために町や地方政府の予算を要求することができるのです。言い換えると、SIKAPのメンバーに利益をもたらすプロジェクト実施において私たちは地方政府単位のパートナーとなり得るのです。また、契約労働者たちの保護において、彼らもメンバーですので、契約労働者のために条例または決議を上げることが容易にできます。これは私たちにとって良い戦術です。
SIKAPメンバーは増えつつあります、多くの人々が福祉拡充や保護を求めているのですから。ただし実際に要求を実現していくには時間がかかるでしょうし、容易ではありません。
アンババーラのいくつかの労働組合は、今のところよい状態にあります。
ここまでにします。
新年おめでとうございます。カサナグの会のすべての会員ン皆さんに私たちの挨拶を送ります! 今年も私たちは、平和と平等のための闘いに強い気持ちをもって臨みます。
連帯して、エミリー
アンババーラ・スタッフも元気そうです。
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<事務所前で、アンババーラ・スタッフ>
バタアン労働組合連合の近況
私(エミリー)はクリスマスの活動が終わったあとずっと故郷タルラックにいました。父は、私の息子に本当に会いたがっていましたが、かないませんでした。というのは息子はずっとマリベレスにいましたから。
残念なことに私の田舎ではインターネット接続環境がよくありません。アンバ・バーラ(バタアン労働組合連合)のノートパソコンを持っていきましたが、メールを送ることはできませんでした。私はちょうど昨日(1月4日)、ここマリベレスに帰ってきました。
以下にいくつか報告します。
1.ペトロケミカル労働組合:
ペトロケミカル労働組合は昨年7月に労働協約交渉を始めました。交渉は平和的に行われており、もう少しで終わりそうです。しかし経営者は最終的な問題で「労働協約締結」を拒否しています。
たとえば、労資交渉で締結された労働協約に記されている3年間の賃金上昇、すなわち最初の年1000ペソ(日本円で約2000円)、2年目、3年目2000ペソの賃金上昇を、経営者は廃止しようとしています。12月の交渉で、経営者はすでに「賃金増加は認めない、もしくはすべての賃金増加が会社の財政状態に影響しない場合にとどめる条項」を労働協約に入れたがっていました。
ペトロケミカル社は、イラン政府がオーナーです。 私たちは団体交渉において経営者が不誠実である理由で訴えを起こしました。この1月、労働組合員の何人かは全国調停委員会(NCMB)のオフィスで行われる公聴会に呼ばれるでしょう。
2.シカップ
シカップ(居住地域住民団体:以下SIKAP)は、議会決議を通じてマリベレス町役場とバターン州政府に認定されている「地域共同体組織」です。居住地域を基礎にした労働者と半労働者(定職がなく臨時の仕事をしている人たち)からなるSIKAPの主な要求は生活支援、福祉の拡充です。失業した労働者たちの生計支援、十分な医療、保険などは、町や地方政府行政の一部でもあるわけですから、この面から福祉行政拡充のために町や地方政府の予算を要求することができるのです。言い換えると、SIKAPのメンバーに利益をもたらすプロジェクト実施において私たちは地方政府単位のパートナーとなり得るのです。また、契約労働者たちの保護において、彼らもメンバーですので、契約労働者のために条例または決議を上げることが容易にできます。これは私たちにとって良い戦術です。
SIKAPメンバーは増えつつあります、多くの人々が福祉拡充や保護を求めているのですから。ただし実際に要求を実現していくには時間がかかるでしょうし、容易ではありません。
アンババーラのいくつかの労働組合は、今のところよい状態にあります。
ここまでにします。
新年おめでとうございます。カサナグの会のすべての会員ン皆さんに私たちの挨拶を送ります! 今年も私たちは、平和と平等のための闘いに強い気持ちをもって臨みます。
連帯して、エミリー
パルパランを告発せよ! [フィリピンで政治的暗殺が横行]
フィリピンでは、労組活動家、ジャーナリスト、教会関係者などが、「オートバイに乗った二人組」によって暗殺(=フィリピンでは「超法規殺人」と呼ばれています)される事件が続いてきました。フィリピンの現状支配システムや支配層の意にそぐわないものは、直接的に暗殺してしまえ、ということがまかりとおって来たのです。
アロヨ政権下でこの「超法規殺人」が増えました。軍が関与していることは公然の秘密です。
「超法規殺人」そればかりではなく、軍が何人かを拉致し、拷問し、殺害した事件が何件もあり、その事実の一端が、最近に明らかになりつつあります。
その実行者の一人、パルパラン元少将の告発が始まりました。
アキノ政権がこの告発を最後までやりきるのか、国軍の腐敗をどこまで告発できるのか、注目されています。
―――――――――――――――
パルパランを告発し、「超法規殺人」犠牲者に正義を与えよ!
メロ報告とオルストン報告を顧みる時だ!
KPD(民族民主主義のための運動)声明
引退したホビト・パルパラン少将の名は、再び知れわたりました。以前のカダパン・エンペーノ事件で直接手を下した疑いがある上に、2006年6月26日拉致された二人のUP学生の違法な拘留の件で、起訴されたのはこの前の12月15日でした。

<パルパラン元少将>
進行中の公判を受けることをパルパラン元少将は拒絶しました。「法的手続き」と「法の支配」に対するパルパランの「根深い侮り」を、再び確認することができます。何しろ彼は「超法規殺人」(=暗殺)の執行者なのですから、法を侮るのは常識かもしれません。 彼の擁護者は、公正な裁判を求めています。 しかし、公判に応じるのを拒否して、どうして公正な裁判を行うことができるでしょうか?
軍隊におけるパルパランの経歴は、左翼もしくはその疑いさえあれば、人々を抹殺し社会を「浄化する」「近道」(=暗殺、超法規的殺害)をとり、目に見えた「成果」、任務を達成した点に特徴があります。支配層にとって「有能な番犬」であると誇示しているかのようでした。
彼の任務は、第204旅団のミンドロの指揮官(2001-2003)の時期、そしてサマールをベースにした第8歩兵師団の副地域司令官(2005年2月~8月)の時期、80年代後半の時期に、中央ルソンにおける段階的な締めつけキャンペーン中において、違法な逮捕、拷問と「超法規的殺害」を残しました。その後に、パルパランは『肉屋』の称号を得たのです。
遅くても、しないよりはマシ
カダパン・エンペーノ事件で司法省はパルパラン元少将を告訴しました。遅くてもしないよりはマシであり、歓迎します。しかし、それは「刑事免責の壁」に単なる「ピンホール」をつくったにすぎません。 パルパランが熱中していた「超法規的殺害」、「失踪と誘拐」の700以上の事件が他に存在します。その多くの事件はパルパランがノーザン・フィリピン(AFP)軍司令部司令官である間に起こりました。
ノーザンノーザン・フィリピン(AFP)司令部におけるパルパランの任務遂行能力は、アロヨの対ゲリラ活動キャンペーン国家政策で鮮やかに例証されました。 彼が指揮を執っている間、人権侵害はイザベラ州、コンポステーラ・バレーと南部タガログ地域で起こりました。 任務を忠実に果たしたため、パルパランは2006年、The State of the Nation Address(SONA)の期間中にアロヨ大統領によってさえ称賛されました。
悲しいことに、パルパランは発狂していたわけでありません。
パルパランは、人権尊重、人権保護において「ひどい記録」を残し、軍の悪評を確立した執行者でありました。フィリピン支配層の忠実な有能な番犬であることを示し、自らの存在をアピールしたのです。すなわち、パルパランを雇った者たちが、その背後にいるのです。そのことも決して忘れてはなりません。
国家機関、国軍が犯した殺害では、パルパラン以外にも手を下した者たちが存在します。いまだ告発されていない責任者たちが、国家安全部門に存在しかつ現在も勤務しています。法の支配と一般良識をまったくの無視する「無法」の「雰囲気」は、現在に至るまで、われわれ政府のなかに存在します。 制服を着たこれらの「肉屋」たちは、パルパランと同様に法廷で裁かれるに値します。
「刑事免責の壁」、「不処罰の壁」の完全な解体こそ必要です。2006年メロ委員会報告書だけでなく、「超法規的、恣意的処刑に関する国連特別報告」フィリップ・アルストンによる2007年報告書に戻るべき時です。 当時でさえ、革新派や民主的な活動家の「超法規的殺害」、処刑が相次ぎ、責められるべき責任者としてパルパランは正確に指弾されていました。
一般的にいって、政府内、軍内はびこる腐敗やアロヨによる選挙違反と司法制度の改革に対する「アキノ大統領の熱心さと情」は、人権侵害に関しては何も感じられません。過去の人権侵害被害者のために正義回復の歯車を回しはじめることができず、アキノ政府の軍隊は、人権を侵害し続けています。大統領の人権委員会が、2年後に人権計画実現を達成するには、程遠い状況です。
パルパラン捕獲のぶら下がっている100万ペソの報酬でさえ、十分ではありません。
パルパランを告発しても「刑事免責」で終わらせてしまうならば、内閣には警察と軍、他の法執行機関、その人材と職員を組織する力はないこと、それどころか内閣が「超法規的殺人」とその隠蔽に関与していることが直ちに明らかになるでしょう。最高裁判所長官レナート・コロナに対する弾劾訴訟を起こすうえでアキノ政府がどのように振る舞ったか、思い起こしてください。大統領自身が、人々の政府に対する不信に根拠があることを証明しました。 多分今は軍キャンプ内でパルパランを探す時でしょう。
パルパラン事件の解決は、人権と民主主義遵守を公然と表明するアキノ大統領にとって、この先「政治的リトマス試験」となるでしょう。誰もが注目し、監視しています。誰もが見極めようとしています。
人権侵害の他の被害者、犠牲者と遺族は、確かに報いを受けるに値します。
アロヨ政権下でこの「超法規殺人」が増えました。軍が関与していることは公然の秘密です。
「超法規殺人」そればかりではなく、軍が何人かを拉致し、拷問し、殺害した事件が何件もあり、その事実の一端が、最近に明らかになりつつあります。
その実行者の一人、パルパラン元少将の告発が始まりました。
アキノ政権がこの告発を最後までやりきるのか、国軍の腐敗をどこまで告発できるのか、注目されています。
―――――――――――――――
パルパランを告発し、「超法規殺人」犠牲者に正義を与えよ!
メロ報告とオルストン報告を顧みる時だ!
KPD(民族民主主義のための運動)声明
引退したホビト・パルパラン少将の名は、再び知れわたりました。以前のカダパン・エンペーノ事件で直接手を下した疑いがある上に、2006年6月26日拉致された二人のUP学生の違法な拘留の件で、起訴されたのはこの前の12月15日でした。

<パルパラン元少将>
進行中の公判を受けることをパルパラン元少将は拒絶しました。「法的手続き」と「法の支配」に対するパルパランの「根深い侮り」を、再び確認することができます。何しろ彼は「超法規殺人」(=暗殺)の執行者なのですから、法を侮るのは常識かもしれません。 彼の擁護者は、公正な裁判を求めています。 しかし、公判に応じるのを拒否して、どうして公正な裁判を行うことができるでしょうか?
軍隊におけるパルパランの経歴は、左翼もしくはその疑いさえあれば、人々を抹殺し社会を「浄化する」「近道」(=暗殺、超法規的殺害)をとり、目に見えた「成果」、任務を達成した点に特徴があります。支配層にとって「有能な番犬」であると誇示しているかのようでした。
彼の任務は、第204旅団のミンドロの指揮官(2001-2003)の時期、そしてサマールをベースにした第8歩兵師団の副地域司令官(2005年2月~8月)の時期、80年代後半の時期に、中央ルソンにおける段階的な締めつけキャンペーン中において、違法な逮捕、拷問と「超法規的殺害」を残しました。その後に、パルパランは『肉屋』の称号を得たのです。
遅くても、しないよりはマシ
カダパン・エンペーノ事件で司法省はパルパラン元少将を告訴しました。遅くてもしないよりはマシであり、歓迎します。しかし、それは「刑事免責の壁」に単なる「ピンホール」をつくったにすぎません。 パルパランが熱中していた「超法規的殺害」、「失踪と誘拐」の700以上の事件が他に存在します。その多くの事件はパルパランがノーザン・フィリピン(AFP)軍司令部司令官である間に起こりました。
ノーザンノーザン・フィリピン(AFP)司令部におけるパルパランの任務遂行能力は、アロヨの対ゲリラ活動キャンペーン国家政策で鮮やかに例証されました。 彼が指揮を執っている間、人権侵害はイザベラ州、コンポステーラ・バレーと南部タガログ地域で起こりました。 任務を忠実に果たしたため、パルパランは2006年、The State of the Nation Address(SONA)の期間中にアロヨ大統領によってさえ称賛されました。
悲しいことに、パルパランは発狂していたわけでありません。
パルパランは、人権尊重、人権保護において「ひどい記録」を残し、軍の悪評を確立した執行者でありました。フィリピン支配層の忠実な有能な番犬であることを示し、自らの存在をアピールしたのです。すなわち、パルパランを雇った者たちが、その背後にいるのです。そのことも決して忘れてはなりません。
国家機関、国軍が犯した殺害では、パルパラン以外にも手を下した者たちが存在します。いまだ告発されていない責任者たちが、国家安全部門に存在しかつ現在も勤務しています。法の支配と一般良識をまったくの無視する「無法」の「雰囲気」は、現在に至るまで、われわれ政府のなかに存在します。 制服を着たこれらの「肉屋」たちは、パルパランと同様に法廷で裁かれるに値します。
「刑事免責の壁」、「不処罰の壁」の完全な解体こそ必要です。2006年メロ委員会報告書だけでなく、「超法規的、恣意的処刑に関する国連特別報告」フィリップ・アルストンによる2007年報告書に戻るべき時です。 当時でさえ、革新派や民主的な活動家の「超法規的殺害」、処刑が相次ぎ、責められるべき責任者としてパルパランは正確に指弾されていました。
一般的にいって、政府内、軍内はびこる腐敗やアロヨによる選挙違反と司法制度の改革に対する「アキノ大統領の熱心さと情」は、人権侵害に関しては何も感じられません。過去の人権侵害被害者のために正義回復の歯車を回しはじめることができず、アキノ政府の軍隊は、人権を侵害し続けています。大統領の人権委員会が、2年後に人権計画実現を達成するには、程遠い状況です。
パルパラン捕獲のぶら下がっている100万ペソの報酬でさえ、十分ではありません。
パルパランを告発しても「刑事免責」で終わらせてしまうならば、内閣には警察と軍、他の法執行機関、その人材と職員を組織する力はないこと、それどころか内閣が「超法規的殺人」とその隠蔽に関与していることが直ちに明らかになるでしょう。最高裁判所長官レナート・コロナに対する弾劾訴訟を起こすうえでアキノ政府がどのように振る舞ったか、思い起こしてください。大統領自身が、人々の政府に対する不信に根拠があることを証明しました。 多分今は軍キャンプ内でパルパランを探す時でしょう。
パルパラン事件の解決は、人権と民主主義遵守を公然と表明するアキノ大統領にとって、この先「政治的リトマス試験」となるでしょう。誰もが注目し、監視しています。誰もが見極めようとしています。
人権侵害の他の被害者、犠牲者と遺族は、確かに報いを受けるに値します。
「日本を捨てた男たち」 を読む [読んだ本の感想]
「日本を捨てた男たち」 を読む
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著者は日刊「まにら新聞」記者。取材に当たりマニラの日本大使館や近くの「結婚手続き代行事務所」を何度か訪れている。水谷記者を直接には知らないが「まにら新聞」は知っている、また日本大使館近くの様子や「結婚手続き代行事務所」の日本人スタッフを何人か知っている、そんな私たちにとっては、叙述の風景がいくつか目に浮かび何かしら近しい思いすら浮かぶ。
本書はフィリピンの「困窮邦人」のレポートであり、現実を直視したリアルな叙述に特徴がある。フィリピンのことを語ると、つい何かしら面白おかしく伝えがちだし、聞く者に受け入れやすいようにある種のサービス精神を発揮してしまい表面づらの紹介に終わってしまうことも多々あるけれど、本書はそんな「甘さ」「いいかげんさ」を突き抜けている。
「日本を捨てた男たち」は、フィリピンでホームレスになっている困窮邦人数人に対するインタビューをもとにしている。海外の困窮邦人の半数はフィリピンにいるそうで、「居やすい」らしい。著者は、フィリピン人が困窮邦人に親切に接する事例に突き当たる。どうしてだろうかと問いかける。この「秘密」を探ろうと書きはじめた。
もっともホームレスになっている邦人であれば、インタビューしても本当のことを言うはずもない。仮に当人が本当のことを語ったとしても、真実とは限らない。著者もそのことはよく自覚していて、裏を取ろうと日本の親族を訪ねてもいる。親族の様子のほうが衝撃的なことさえある。この二つを合わせてはじめて日本を捨てフィリピンに逃げた男たちの実情が厚みと重みを持って現れてくる。
フィリピン人はあっけらかんとしていてよくしゃべりよく笑いよく泣きよく怒る。考えてみればそのほうがむしろ当たり前だ。フィリピン人は人を「見かけ」や社会的地位で差別したり態度を変えたりしない。
もっとも、フィリピンではすべてが理想的なのではない。ノープロブレムといいながら問題だらけだし、何度も手違いや失敗があってなかなか思う通りすすまない。決していいことばかりではない、それどころか貧困層が膨大に存在し、社会は問題だらけである。(著者はフィリピン社会とフィリピン人に対して好意的であってあまり批判的ではない。)
その中で人々は生きている。何しろ失業者だらけなので失業しても人間関係を失うことはない。フィリピンの「密度の濃い」家族や人間関係は、そうでなければ生きてゆけない事情から来ている。また教会やNPOとかいろんな団体、人々の連合体が多い。もちろん人間関係があったって、貧困が解決できるわけではない。フィリピン人、フィリピン社会は決して「理想の姿」ではない。ただここでは孤立しない、人間が簡単に壊れない、居場所がなくなることはない、貧困に対抗して行く連合体がある、そう言っているのである。強引に解釈すれば、対抗する人々の連合体がなければ、人々はイキイキと生きていけない、当面する現状を認識し批判し告発できないと言っているようなのである。
中高年の男が、小金さえあればフィリピンではチヤホヤされるのは「滑稽なこと」でもある、もちろん小金がなくなれば捨てられる。それはどこでも同じだ。ただ、日本の家族や人間関係を捨てフィリピン女性に「はまる」に至るのは、それまで居場所のなかった、あるいは希薄だったからでもある。
日本ではずうっと「粗末に」扱われてきた、そもそもチヤホヤされたことさえなかった、濃密な人間関係を持ったことがなかった。処世上の表面的な関係は持ってきたものの、どんな人とも関係を持って何とかしていこうという経験はなかった。むしろ「余計な関係」はムダとして削ってきた。
「人間関係は必要がないので捨ててしまったら、自分自身を失った、そしたら居場所もなくなっていた」のである。
著者は「自己責任」ではなかろうか?と何度も問い返す。困窮邦人と接していると必ず投げかけられる言葉なのであろう。登場するホームレスの中には、到底誰も相手にしないだろうと思われる人物も確かにいる。ネットでこの本の評判をざっと見たが、「自己責任だ、甘えるな!」と困窮邦人個人と著者の同情的な態度を非難する論調ばかりだった。明らかに著者はそんな声を意識している。
なぜ男たちは日本社会に居場所がないのか?
日本では仕事を失うと、あるいは収入を失うと、人として扱われない現実が存在する、人間関係も同時に失う。現代日本社会では学校教育も、家族も地域社会も、よい学校大学を卒業し安定した職、収入・地位に就くことを目的としたシステムとして自発的に変化し、それ以外の機能はムリムダムラとしてそぎ落としてきた。そのことは他方で、仕事を失った時の手立ては準備されず、逆に失業者を排除する社会関係ができ上がることになった。別の言い方をすれば、対抗する人々の既存の連合体は力を失い消えていき、新しい連合体は形成されてこなかった。
著者は、「日本を捨てた困窮邦人」は若年世代の「引きこもり」と同質の現象でもあると指摘する。生きにくい、息苦しさを感じている点では同じというのだ。適確な指摘だろう。最近は「外こもり」というのもあるらしい。日本でバイトして、その金で3カ月とか半年とかをタイで暮らす若者が存在するという。これも同質の現象だ。確かに世代が違う、女に入れあげるのも違う、しかし日本社会で生きる場所がないと感じるのは同じだ。自殺者が3万人を超える現状もおそらく同根の問題であろう。無縁社会は日本人すべての世代に(もちろん底辺の人々により強く)それぞれ確実に影響を及ぼしている。
叙述はあくまでホームレス個々人の実情の描写であるのだけれど、同時に背後に広がる現代日本社会の特質、「厳しい現実の姿」を浮かび上がらせている。「男たちが日本で居場所をなくした」のは、実は現代日本社会の最近の変質にあるのではないかという論点を浮かび上がらせ、問題提起している。こういうところに本書の特徴が表れている。真面目な説得力のあるドキュメントとなっている。
「日本を捨てた男たち」の叙述は、効率化を極め到達した日本社会の希薄な人間関係、人々の連合体の「貧困さ」を炙りだすに至っている。それゆえあるべき社会としてもっと人々のつながりのある、対抗的な連合体を幾層にも作り上げた社会へと変わる必要があることを提示しているようにも見える。(文責:児玉繁信)
水谷竹秀著 集英社 2011年11月30日発行
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著者は日刊「まにら新聞」記者。取材に当たりマニラの日本大使館や近くの「結婚手続き代行事務所」を何度か訪れている。水谷記者を直接には知らないが「まにら新聞」は知っている、また日本大使館近くの様子や「結婚手続き代行事務所」の日本人スタッフを何人か知っている、そんな私たちにとっては、叙述の風景がいくつか目に浮かび何かしら近しい思いすら浮かぶ。
本書はフィリピンの「困窮邦人」のレポートであり、現実を直視したリアルな叙述に特徴がある。フィリピンのことを語ると、つい何かしら面白おかしく伝えがちだし、聞く者に受け入れやすいようにある種のサービス精神を発揮してしまい表面づらの紹介に終わってしまうことも多々あるけれど、本書はそんな「甘さ」「いいかげんさ」を突き抜けている。
「日本を捨てた男たち」は、フィリピンでホームレスになっている困窮邦人数人に対するインタビューをもとにしている。海外の困窮邦人の半数はフィリピンにいるそうで、「居やすい」らしい。著者は、フィリピン人が困窮邦人に親切に接する事例に突き当たる。どうしてだろうかと問いかける。この「秘密」を探ろうと書きはじめた。
もっともホームレスになっている邦人であれば、インタビューしても本当のことを言うはずもない。仮に当人が本当のことを語ったとしても、真実とは限らない。著者もそのことはよく自覚していて、裏を取ろうと日本の親族を訪ねてもいる。親族の様子のほうが衝撃的なことさえある。この二つを合わせてはじめて日本を捨てフィリピンに逃げた男たちの実情が厚みと重みを持って現れてくる。
フィリピン人はあっけらかんとしていてよくしゃべりよく笑いよく泣きよく怒る。考えてみればそのほうがむしろ当たり前だ。フィリピン人は人を「見かけ」や社会的地位で差別したり態度を変えたりしない。
もっとも、フィリピンではすべてが理想的なのではない。ノープロブレムといいながら問題だらけだし、何度も手違いや失敗があってなかなか思う通りすすまない。決していいことばかりではない、それどころか貧困層が膨大に存在し、社会は問題だらけである。(著者はフィリピン社会とフィリピン人に対して好意的であってあまり批判的ではない。)
その中で人々は生きている。何しろ失業者だらけなので失業しても人間関係を失うことはない。フィリピンの「密度の濃い」家族や人間関係は、そうでなければ生きてゆけない事情から来ている。また教会やNPOとかいろんな団体、人々の連合体が多い。もちろん人間関係があったって、貧困が解決できるわけではない。フィリピン人、フィリピン社会は決して「理想の姿」ではない。ただここでは孤立しない、人間が簡単に壊れない、居場所がなくなることはない、貧困に対抗して行く連合体がある、そう言っているのである。強引に解釈すれば、対抗する人々の連合体がなければ、人々はイキイキと生きていけない、当面する現状を認識し批判し告発できないと言っているようなのである。
中高年の男が、小金さえあればフィリピンではチヤホヤされるのは「滑稽なこと」でもある、もちろん小金がなくなれば捨てられる。それはどこでも同じだ。ただ、日本の家族や人間関係を捨てフィリピン女性に「はまる」に至るのは、それまで居場所のなかった、あるいは希薄だったからでもある。
日本ではずうっと「粗末に」扱われてきた、そもそもチヤホヤされたことさえなかった、濃密な人間関係を持ったことがなかった。処世上の表面的な関係は持ってきたものの、どんな人とも関係を持って何とかしていこうという経験はなかった。むしろ「余計な関係」はムダとして削ってきた。
「人間関係は必要がないので捨ててしまったら、自分自身を失った、そしたら居場所もなくなっていた」のである。
著者は「自己責任」ではなかろうか?と何度も問い返す。困窮邦人と接していると必ず投げかけられる言葉なのであろう。登場するホームレスの中には、到底誰も相手にしないだろうと思われる人物も確かにいる。ネットでこの本の評判をざっと見たが、「自己責任だ、甘えるな!」と困窮邦人個人と著者の同情的な態度を非難する論調ばかりだった。明らかに著者はそんな声を意識している。
なぜ男たちは日本社会に居場所がないのか?
日本では仕事を失うと、あるいは収入を失うと、人として扱われない現実が存在する、人間関係も同時に失う。現代日本社会では学校教育も、家族も地域社会も、よい学校大学を卒業し安定した職、収入・地位に就くことを目的としたシステムとして自発的に変化し、それ以外の機能はムリムダムラとしてそぎ落としてきた。そのことは他方で、仕事を失った時の手立ては準備されず、逆に失業者を排除する社会関係ができ上がることになった。別の言い方をすれば、対抗する人々の既存の連合体は力を失い消えていき、新しい連合体は形成されてこなかった。
著者は、「日本を捨てた困窮邦人」は若年世代の「引きこもり」と同質の現象でもあると指摘する。生きにくい、息苦しさを感じている点では同じというのだ。適確な指摘だろう。最近は「外こもり」というのもあるらしい。日本でバイトして、その金で3カ月とか半年とかをタイで暮らす若者が存在するという。これも同質の現象だ。確かに世代が違う、女に入れあげるのも違う、しかし日本社会で生きる場所がないと感じるのは同じだ。自殺者が3万人を超える現状もおそらく同根の問題であろう。無縁社会は日本人すべての世代に(もちろん底辺の人々により強く)それぞれ確実に影響を及ぼしている。
叙述はあくまでホームレス個々人の実情の描写であるのだけれど、同時に背後に広がる現代日本社会の特質、「厳しい現実の姿」を浮かび上がらせている。「男たちが日本で居場所をなくした」のは、実は現代日本社会の最近の変質にあるのではないかという論点を浮かび上がらせ、問題提起している。こういうところに本書の特徴が表れている。真面目な説得力のあるドキュメントとなっている。
「日本を捨てた男たち」の叙述は、効率化を極め到達した日本社会の希薄な人間関係、人々の連合体の「貧困さ」を炙りだすに至っている。それゆえあるべき社会としてもっと人々のつながりのある、対抗的な連合体を幾層にも作り上げた社会へと変わる必要があることを提示しているようにも見える。(文責:児玉繁信)
韓国挺対協の声明:日韓首脳会談で見せた日本政府の厚顔無恥 [元「慰安婦」問題]
韓国挺身隊問題対策協議会の声明を紹介します。
日本大使館前に「慰安婦」像が建設されたことに対し、野田総理は「平和の碑が建設されたことは残念なこと」だと指摘し、「大統領に撤去を求める」と発言した。
道義にあわないのは、野田総理であり、日本政府である。
これまで「慰安婦」問題を放置してきた日本政府の態度こそ、道義にあわない。
――――――――――――
日韓首脳会談で見せた日本政府の厚顔無恥
より多くの平和の碑が日本政府を糾弾するだろう

<日本大使館前の少女像>
18日、日韓首脳会談で李明博大統領は日本の野田総理に日本軍「慰安婦」問題の解決を第一に求めた。李大統領は、前日大阪で開かれた同胞懇談会でも「『慰安婦』問題はどこまでも解決できる問題だと思う。この方々が生きている間に「慰安婦」問題を解決することが両国の未来に大きな助けとなるだろう」と語った。
そして今日開かれた首脳会談で冒頭発言を通じ、「日韓両国は共同繁栄と歴代平和・安保のため真のパートナーにならなければならず、問題となっている軍「慰安婦」問題を優先的に解決するために、真の勇気を持たなければならない」と明らかにした。
続けて「『慰安婦』問題は認識を変えればすぐにでも解決できる問題」であるとし、「両国間の懸案に助けとなるよう大局的見地で考えてほしい」と強調した。「生存する慰安婦ハルモニが80歳以上であり、数年たてば亡くなってしまう。生涯無念を抱いて生きてきた63名のハルモニが亡くなってしまえば、両国間に解決できなかった大きな課題として残ることになるだろう」と語った。
野田総理が経済協定(EPA)問題を口にすると、「経済問題以前に過去懸案、軍「慰安婦」問題について話さなければならない」とし、「慰安婦」関連発言を会談の主内容とした。これはまさに、すでに遅くはあるが、先週開かれた第1000回の水曜デモと平和の碑建設を取り巻く国民の願いと意を汲みとり日本に向けたものだと思われる。
しかし、やはり問題は野田総理であり日本政府であった。日本軍「慰安婦」問題解決を求める李大統領の発言に対し、「慰安婦」問題について「わが政府の法的立場はすでにご存じなので繰り返さない。人道主義的配慮で協力してきており、今後も人道主義的見地で考えていく」と明らかにした。結局法的には解決したという既存の立場から一歩も動かず、そのような意志もないことを再び確認することになった。そしてより驚愕したのは、野田総理が「平和の碑が建設されたことは残念なこと」だと指摘し、「実務次元の意見は伝えられたものと聞いており、大統領に撤去を求める」と発言したことだ。厚顔無恥が度を超えている。幸いにも李明博大統領はこのような野田総理の言葉に対し、「誠意ある措置がなければハルモニが亡くなるたびに第2第3の像が建てられるだろう」と応じており、日本政府は現実を直視しなければならないだろう。
日本政府の無責任が生み出した日本軍「慰安婦」被害者の1000回の絶叫とそれによって建てられた平和の碑を、羞恥ではなくむしろ道義に合わない非常識的なものだと対峙する日本政府と保守メディアの姿から一切の良心を垣間見ることはできない。日本政府は、外交施設の前に平和の碑を建てたことがあってはならないことのように主張するが、日本軍「慰安婦」という歴史上類例のない残忍な戦争犯罪をしでかしながら、このような要求を続けるという厚かましさこそ史上類例のない驚くべき態度である。日本政府には、平和の碑撤去要求を撤回し、反省と謝罪の気持ちを込めて平和の碑の前にひざまずき謝罪することが求められている。
日本政府に対し強力に要求する。日本政府は、今日の李明博大統領の要求をより厳重な韓国民の気持として受け取り、即刻日本軍「慰安婦」問題解決に立ち上がらなければならない。法的責任は解決したという理不尽な主張をやめ、被害者に対する心からの謝罪と国際法による明白な法的賠償など、問題解決のための立法的・行政的措置を迅速に取らなければならない。それがまさに日本政府が人道主義的観点ですべきことであり、これ以上責任を否認したり無視するならば日本政府がそれほど恐れ嫌がる平和の碑は有形無形を超え世界各地で日本政府の犯罪を糾弾する叫びを広げていくであろうし、決して歴史から忘れさられることはないだろう。
挺対協は日本軍「慰安婦」問題解決のため第1000回にまで続いた水曜デモで宣言したように、世界の良心と手をつなぎ国際社会と協力して、日本軍「慰安婦」被害者の名誉と人権回復が完全になされ、このような犯罪が再び起こらないよう、より積極的に活動を繰り広げていくことだろう。
日本大使館前に「慰安婦」像が建設されたことに対し、野田総理は「平和の碑が建設されたことは残念なこと」だと指摘し、「大統領に撤去を求める」と発言した。
道義にあわないのは、野田総理であり、日本政府である。
これまで「慰安婦」問題を放置してきた日本政府の態度こそ、道義にあわない。
――――――――――――
日韓首脳会談で見せた日本政府の厚顔無恥
より多くの平和の碑が日本政府を糾弾するだろう

<日本大使館前の少女像>
18日、日韓首脳会談で李明博大統領は日本の野田総理に日本軍「慰安婦」問題の解決を第一に求めた。李大統領は、前日大阪で開かれた同胞懇談会でも「『慰安婦』問題はどこまでも解決できる問題だと思う。この方々が生きている間に「慰安婦」問題を解決することが両国の未来に大きな助けとなるだろう」と語った。
そして今日開かれた首脳会談で冒頭発言を通じ、「日韓両国は共同繁栄と歴代平和・安保のため真のパートナーにならなければならず、問題となっている軍「慰安婦」問題を優先的に解決するために、真の勇気を持たなければならない」と明らかにした。
続けて「『慰安婦』問題は認識を変えればすぐにでも解決できる問題」であるとし、「両国間の懸案に助けとなるよう大局的見地で考えてほしい」と強調した。「生存する慰安婦ハルモニが80歳以上であり、数年たてば亡くなってしまう。生涯無念を抱いて生きてきた63名のハルモニが亡くなってしまえば、両国間に解決できなかった大きな課題として残ることになるだろう」と語った。
野田総理が経済協定(EPA)問題を口にすると、「経済問題以前に過去懸案、軍「慰安婦」問題について話さなければならない」とし、「慰安婦」関連発言を会談の主内容とした。これはまさに、すでに遅くはあるが、先週開かれた第1000回の水曜デモと平和の碑建設を取り巻く国民の願いと意を汲みとり日本に向けたものだと思われる。
しかし、やはり問題は野田総理であり日本政府であった。日本軍「慰安婦」問題解決を求める李大統領の発言に対し、「慰安婦」問題について「わが政府の法的立場はすでにご存じなので繰り返さない。人道主義的配慮で協力してきており、今後も人道主義的見地で考えていく」と明らかにした。結局法的には解決したという既存の立場から一歩も動かず、そのような意志もないことを再び確認することになった。そしてより驚愕したのは、野田総理が「平和の碑が建設されたことは残念なこと」だと指摘し、「実務次元の意見は伝えられたものと聞いており、大統領に撤去を求める」と発言したことだ。厚顔無恥が度を超えている。幸いにも李明博大統領はこのような野田総理の言葉に対し、「誠意ある措置がなければハルモニが亡くなるたびに第2第3の像が建てられるだろう」と応じており、日本政府は現実を直視しなければならないだろう。
日本政府の無責任が生み出した日本軍「慰安婦」被害者の1000回の絶叫とそれによって建てられた平和の碑を、羞恥ではなくむしろ道義に合わない非常識的なものだと対峙する日本政府と保守メディアの姿から一切の良心を垣間見ることはできない。日本政府は、外交施設の前に平和の碑を建てたことがあってはならないことのように主張するが、日本軍「慰安婦」という歴史上類例のない残忍な戦争犯罪をしでかしながら、このような要求を続けるという厚かましさこそ史上類例のない驚くべき態度である。日本政府には、平和の碑撤去要求を撤回し、反省と謝罪の気持ちを込めて平和の碑の前にひざまずき謝罪することが求められている。
日本政府に対し強力に要求する。日本政府は、今日の李明博大統領の要求をより厳重な韓国民の気持として受け取り、即刻日本軍「慰安婦」問題解決に立ち上がらなければならない。法的責任は解決したという理不尽な主張をやめ、被害者に対する心からの謝罪と国際法による明白な法的賠償など、問題解決のための立法的・行政的措置を迅速に取らなければならない。それがまさに日本政府が人道主義的観点ですべきことであり、これ以上責任を否認したり無視するならば日本政府がそれほど恐れ嫌がる平和の碑は有形無形を超え世界各地で日本政府の犯罪を糾弾する叫びを広げていくであろうし、決して歴史から忘れさられることはないだろう。
挺対協は日本軍「慰安婦」問題解決のため第1000回にまで続いた水曜デモで宣言したように、世界の良心と手をつなぎ国際社会と協力して、日本軍「慰安婦」被害者の名誉と人権回復が完全になされ、このような犯罪が再び起こらないよう、より積極的に活動を繰り広げていくことだろう。
2011年12月18日
韓国挺身隊問題対策協議会
************戦時性暴力被害者に対する残虐行為は、補償されなくてはならない [フィリピン元「慰安婦」]
水曜デモ1000回目アクション、世界デモの日に
「慰安婦」と第2次大戦の他の犠牲者に対する残虐行為は、補償されなくてはならない!
カイサカ声明
2011年12月14日
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フィリピンの女性団体であるカイサカは、1944年11月23日にマパニケ惨劇の犠牲者の闘いを支持してきました。カイサカは12月14日韓国水曜デモ1000回目アクションに加わり、フィリピン人元「慰安婦」、さらに「慰安婦」に限らない戦時性暴力被害者の正義回復を日本政府に要求します。
日本軍性的奴隷制度の犠牲者のため国際的に協働し連帯した「マニラでの水曜デモ1000回アクション」は、韓国ハルモニ(おばあさん)の「水曜デモ1000回目アクション」と同時に行われます。第2次大戦中に日本帝国軍隊によって組織的な行われた性的虐待を告発し、ハルモニと支援者は1992年1月8日から毎週水曜日正午にソウル・日本大使館前で抗議行動をはじめました。そしてハルモニ(今では平均年齢は85才)は19回の韓国の厳しい冬を越しながらなお、冬以上に冷たい韓国政府と韓国社会の冷遇に勇敢に立ち向かってきました。
健康が悪化し手足が弱くなっているにもかかわらず、水曜デモを継続してきた韓国人元「慰安婦」のゆるぎない意志への賞賛だけは確実に広がっています。ハルモニの存在と行動は人権の象徴です、世界中の多くの人々の支持と尊敬を得ました。人々の支持と尊敬こそが価値ある真の勝利です。私たちはハルモニの不屈の精神をたたえ、かつともにありたいと願います。
1991年最初に勇敢に名乗り出て、性奴隷として耐えた苦しみを全世界に語った韓国のハルモニに、私たちは心から敬意を表します。半世紀の間秘めてきた「恥」と苦悩を表明することで激しい汚名を浴びせられる事態にも直面しました。しかし人権回復を願う気持ちはこれにまさりました。ヒューマニズムは名乗り出たハルモニに姿を変えて私たちの前に現れてきたのです。フィリピン人元「慰安婦」、「慰安婦」に限らない戦時性暴力被害者たちをも、奮起させて励ましました。多くのフィリピン女性が名乗り出て歴史の事実を語りました。
私たちは今日この共同したアクションに加わります。中国、台湾、韓国、北朝鮮、東ティモール、インドネシア、およびフィリピンの犠牲者による日本政府に対する公式謝罪と補償を求める声に、私たちも加わります。
私たちは特にフィリピンルソン島「マパニケ包囲戦」犠牲者への一層の注意をうながします。 2000年「女性国際戦争犯罪法廷」では、示されたドキュメンタリーならびに供述証拠によってマパニケ村でなされた残虐行為が明らかにされました。日本軍は迫撃砲で村を攻撃し、マパニケ小学校校庭で集めたすべての女性の前で、男たちを逮捕し拷問し大虐殺しました。そして村全体から略奪し女たちをレイプしました。
日本政府は、これら事実をまだ公式に認めておらず、謝罪していません。犠牲者に補償してもいません。
「慰安婦」問題について、韓国憲法裁判所の違憲判決以降の韓国政府の要請に対する日本政府の対応には、まったく誠意がありません。日本政府は過去の「暗い戦争記録」の処理において事実を明らかにし補償を求めてきたすべての被害者の声を、これまでずうっと無視してきました。現在もなおその態度は変わりません。
日本政府の声明がその「不誠実さ」をよく表しています。「日韓の戦時補償問題は1951年の平和条約と1965年の韓国との基本関係条約で、完全に、ようやく解決された」、「それ以上は歴史の「汚物」であり、受け入れがたい」というのです。
日本政府は明確に謝罪し補償しなければなりません。謝罪と補償こそが今後二度と同じ過ちは犯さない、人権侵害はしないと公式に宣言することであり、そのことで初めて各国からの信頼と尊敬を勝ちとることができるのです。日本政府は、言葉だけではない戦争放棄に基づいた真の平和体制を公式に保障し、そのための行動を開始しなければなりません。
連絡先:Contact Person: Atty Virginia Suarez-Pinlac: #09298127864
マニラでも、韓国水曜デモ1000回アクション [フィリピン元「慰安婦」]
マニラで、韓国水曜デモ1000回アクション
12月14日、被害者団体マラヤロラズと支援者が、日本大使館に抗議
UCAニューズの伝える12月14日のマニラでの「水曜デモ1000回アクション」の様子です。
ucanews.com Asia Desk, Bangkok and John Francis Lagman, Manila
―――――――――――――――
『慰安婦』たちの最後の抗議
多くは年老い病気のため、日本政府の謝罪を要求し続けることができない!
第二次世界大戦の間に彼女らに対してなされた残虐行為に謝罪を求め、韓国の『慰安婦』と支持者が、ソウルの日本大使館の前で、毎週行ってきた抗議が今日12月14日、1,000回目を迎えました。
韓国の被害者たちの行動に連帯して、性的に虐待された女性たちはマニラを含むアジアの都市で、「水曜デモ1000回アクション」に加わりました。そこで、日本帝国陸軍による残虐行為を非難し、日本政府が過去の誤りを認め正すよう要求し、被害者と支持者がデモを行いました。
韓国の被害者たちは、今では80歳後半と90歳台であって、続けるにはあまりに老いています。被害者たちがほぼ20年間定期的に続けてきた毎週水曜日の抗議を続けられなくなりつつあります。
「この問題を解決するために、私たちは日本大使館前に出かけて行って、戦わなければなりません」と、パク(87歳)さんは、韓国ヘラルド紙に話しました。
「私が日本大使館前に出かけて抗議するのは、それが問題解決の唯一の方法であるからです。日本政府は公式に謝罪して、生存者に賠償金を与える必要があります。多くの日本人もこの問題を解決すべきだと語っています。しかし日本政府が拒絶しています。」
弁護士ヴァージニア・ピンラック(女性団体カイサカ議長)によれば、フィリピンにはおよそ2,000人の戦時性暴力被害者がいます。
「私たちの多くは、現在病気になっています。元気な者はほんの少数です」と、被害者の一人である81才のイザベリータ・ヴィヌヤ(Isabelita Vinuya)さんは語りました。ヴィヌヤさんは、マニラでの集会で12人の被害者と100人以上の支持者を代表し抗議しました。
「日本軍兵士は私の両親と兄弟を殺して、家を燃やし、財産を略奪しました。そして私たちをレイプしました。本当に惨めでした」と、ヴィヌヤさんは言いました。
1943年に、13才のヴィヌヤとパンパンガ地方マパニケの約100人の若い女性は、日本軍駐屯地に拘留され、その夜強姦されました。
「私たちには、食事もありませんでした。一滴の飲み水さえも与えられませんでした。一部の女性は、精神的なショックから正気でなくなりました、のちに彼女らは死にました」と、彼女は思い出しながら語りました。 「とてもひどく傷つけられました。私たちはみんな怖くて、空腹で、無力でした。」
「慰安婦」システムは、日本政府が関与した「組織的で計画的な犯罪」であったことを、日本軍による性奴隷制度のための韓国女性会議は、韓国ヘラルド紙に示しました。
公認記録によると、日本の占有された領域からの50,000-200,000人の女性が、性的な奴隷制度を強いられました。
韓国と他のアジア諸国からの若い女性は、日本軍の前線へ輸送されたと、レポートにはありました。その場所は、中国、フィリピン、台湾のような場所であり、そこでと彼女たちは一日につき最高40回も強姦されました、そればかりではなく、飢えて、叩かれて、拷問されました。妊娠したのがわかれば強制的に中絶させられました。
今日12月14日、いくつかの都市で抗議行動が行われましたが、日本大使館からは少しの反応もありませんでした。
-------------------------
下記の写真は、現地から(支援団体カイサカ)直接、送られてきたものです。
当日の様子を伝えています。
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<被害者団体マラヤロラズを先頭に日本大使館に向かって行進する、真ん中はマラヤロラズ代表リタさん>
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<日本大使館前のデモ参加者>
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<日本大使館、正門前に立つ被害者たち>
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<日本政府に対し公式謝罪と補償を求める抗議声明を読み上げるリタ代表>
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<垂れ幕には、「今こそ謝罪を! 第二次大戦中の日本軍による性的暴力被害者に正義を!」と書かれている>
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<挨拶する女性団体カイサカ代表ヴァージーさん>
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<挨拶するScrap VFAスポークスマン、チェスターさん>
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<日本大使館前に立つ被害者たち(マラヤロラズのメンバー)>
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<日本大使館前での抗議集会、参加者とともに>
12月14日、被害者団体マラヤロラズと支援者が、日本大使館に抗議
UCAニューズの伝える12月14日のマニラでの「水曜デモ1000回アクション」の様子です。
ucanews.com Asia Desk, Bangkok and John Francis Lagman, Manila
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『慰安婦』たちの最後の抗議
多くは年老い病気のため、日本政府の謝罪を要求し続けることができない!
第二次世界大戦の間に彼女らに対してなされた残虐行為に謝罪を求め、韓国の『慰安婦』と支持者が、ソウルの日本大使館の前で、毎週行ってきた抗議が今日12月14日、1,000回目を迎えました。
韓国の被害者たちの行動に連帯して、性的に虐待された女性たちはマニラを含むアジアの都市で、「水曜デモ1000回アクション」に加わりました。そこで、日本帝国陸軍による残虐行為を非難し、日本政府が過去の誤りを認め正すよう要求し、被害者と支持者がデモを行いました。
韓国の被害者たちは、今では80歳後半と90歳台であって、続けるにはあまりに老いています。被害者たちがほぼ20年間定期的に続けてきた毎週水曜日の抗議を続けられなくなりつつあります。
「この問題を解決するために、私たちは日本大使館前に出かけて行って、戦わなければなりません」と、パク(87歳)さんは、韓国ヘラルド紙に話しました。
「私が日本大使館前に出かけて抗議するのは、それが問題解決の唯一の方法であるからです。日本政府は公式に謝罪して、生存者に賠償金を与える必要があります。多くの日本人もこの問題を解決すべきだと語っています。しかし日本政府が拒絶しています。」
弁護士ヴァージニア・ピンラック(女性団体カイサカ議長)によれば、フィリピンにはおよそ2,000人の戦時性暴力被害者がいます。
「私たちの多くは、現在病気になっています。元気な者はほんの少数です」と、被害者の一人である81才のイザベリータ・ヴィヌヤ(Isabelita Vinuya)さんは語りました。ヴィヌヤさんは、マニラでの集会で12人の被害者と100人以上の支持者を代表し抗議しました。
「日本軍兵士は私の両親と兄弟を殺して、家を燃やし、財産を略奪しました。そして私たちをレイプしました。本当に惨めでした」と、ヴィヌヤさんは言いました。
1943年に、13才のヴィヌヤとパンパンガ地方マパニケの約100人の若い女性は、日本軍駐屯地に拘留され、その夜強姦されました。
「私たちには、食事もありませんでした。一滴の飲み水さえも与えられませんでした。一部の女性は、精神的なショックから正気でなくなりました、のちに彼女らは死にました」と、彼女は思い出しながら語りました。 「とてもひどく傷つけられました。私たちはみんな怖くて、空腹で、無力でした。」
「慰安婦」システムは、日本政府が関与した「組織的で計画的な犯罪」であったことを、日本軍による性奴隷制度のための韓国女性会議は、韓国ヘラルド紙に示しました。
公認記録によると、日本の占有された領域からの50,000-200,000人の女性が、性的な奴隷制度を強いられました。
韓国と他のアジア諸国からの若い女性は、日本軍の前線へ輸送されたと、レポートにはありました。その場所は、中国、フィリピン、台湾のような場所であり、そこでと彼女たちは一日につき最高40回も強姦されました、そればかりではなく、飢えて、叩かれて、拷問されました。妊娠したのがわかれば強制的に中絶させられました。
今日12月14日、いくつかの都市で抗議行動が行われましたが、日本大使館からは少しの反応もありませんでした。
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下記の写真は、現地から(支援団体カイサカ)直接、送られてきたものです。
当日の様子を伝えています。
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<被害者団体マラヤロラズを先頭に日本大使館に向かって行進する、真ん中はマラヤロラズ代表リタさん>
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<日本大使館前のデモ参加者>
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<日本大使館、正門前に立つ被害者たち>
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<日本政府に対し公式謝罪と補償を求める抗議声明を読み上げるリタ代表>
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<垂れ幕には、「今こそ謝罪を! 第二次大戦中の日本軍による性的暴力被害者に正義を!」と書かれている>
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<挨拶する女性団体カイサカ代表ヴァージーさん>
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<挨拶するScrap VFAスポークスマン、チェスターさん>
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<日本大使館前に立つ被害者たち(マラヤロラズのメンバー)>
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<日本大使館前での抗議集会、参加者とともに>
現代自動車は恥を知れ! [世界の動き]
現代自動車は恥を知れ!

カイサカ声明2011年11月12日
2011年6月からこの5ヵ月の間、韓国・家族・男女平等省の外に、一人の女性が不当解雇に抗議の座り込みを行ってきました。韓国の最大手自動車メーカー・現代自動車社における度重なる性的な嫌がらせを行った雇用者と会社へ反抗した報いとして不当解雇されたことに対する抗議の座り込みでした。
朴さんは、アサン(韓国では半年ごとに更新される契約労働で)14年間、現代自動車工場で働いてきました。 無力の契約労働者がだまされた典型的なケースで、朴さんが工場長の虐待に対して頼るものがないので、抵抗して経済に困る事態に直面するよりは、横暴を受け入れると考え、工場長は彼女の不安定な地位を利用しました。この男は、誰と仕事をしているかまったくわかっていなかったです。
2009年4月のはじめ、工場長は時間外に朴さんを呼び出し、朴さんが工場長の命令に従わないと、攻撃的な言葉を投げつけ、セックスを強要し脅しました。 工場長が職場で体に強制的にさわった直後、朴さんは同僚に虐待を訴えました。 申し立てが広がり、企業が状況をかぎつけたとき、朴さんは仕事から3ヵ月賃金削減と6ヵ月出勤停止で罰されました。朴さんの虐待者がメンバーである会社の特別委員会が朴さんは会社の評判を「傷つけた」と決定し、彼女は最終的に解雇されました。
ああいや、それだけではありませんでした。
直後に、朴さんは工場に対し女性一人用の抗議テントを準備しましたが、会社から攻撃されて強制的にテントを張った場所から追い出されました。それで朴さんは法的措置をとり、人権韓国全国委員会を通して彼女の不当解雇を訴えて、主張通り当件を性的いやがらせと認定させ、現代自動車に損害賠償するよう命令を勝ち取りました。しかし現代自動車は委員会の調査結果を無視しました。また韓国政府は会社に責任があるとみなすことを拒否しています。
最小限の正義のための朴さんの闘争は長い、難しい闘いであることがわかっています。韓国政府が現代自動車から注文を受けている事実があり彼女を抑えつけるのですが、朴さんはこの不当な扱いを拒否しました。資本主義的暴力に立ち向かう朴さんの表明は、 虐待的な雇い主に立ち向かうすべての女性労働者に勇気と粘り強さを与えるものです。
カイサカは、工場長の行為も、現代自動車経営者の行為も、ともに糾弾します。私たちは朴さんのケースが契約労働者の弱い立場に光を当てていると思っています。 契約労働者化は性的いやがらせを過少報告してしまうことになりますし、職場での虐待に対して女性を保護するための苦労の上獲得した法律を元に戻してしまうのです。
朴さんは、会社に対抗して立っている最前線で「ただ一人の女性」というだけではありません、それ以上です。 彼女は、資本主義的家長制度に対する私たちすべての女性労働者の闘いを体現しています。
朴さん支持の国際的な抗議は、力が持続しているということを証明します。 より多くの力が、数字以上あります。当声明は彼女とすべての韓国の女性労働者に対する私たちの支持の正式な表明であるとともに、この声明を通じて私たちは支持の声を届けまた広めます。

カイサカ声明2011年11月12日
2011年6月からこの5ヵ月の間、韓国・家族・男女平等省の外に、一人の女性が不当解雇に抗議の座り込みを行ってきました。韓国の最大手自動車メーカー・現代自動車社における度重なる性的な嫌がらせを行った雇用者と会社へ反抗した報いとして不当解雇されたことに対する抗議の座り込みでした。
朴さんは、アサン(韓国では半年ごとに更新される契約労働で)14年間、現代自動車工場で働いてきました。 無力の契約労働者がだまされた典型的なケースで、朴さんが工場長の虐待に対して頼るものがないので、抵抗して経済に困る事態に直面するよりは、横暴を受け入れると考え、工場長は彼女の不安定な地位を利用しました。この男は、誰と仕事をしているかまったくわかっていなかったです。
2009年4月のはじめ、工場長は時間外に朴さんを呼び出し、朴さんが工場長の命令に従わないと、攻撃的な言葉を投げつけ、セックスを強要し脅しました。 工場長が職場で体に強制的にさわった直後、朴さんは同僚に虐待を訴えました。 申し立てが広がり、企業が状況をかぎつけたとき、朴さんは仕事から3ヵ月賃金削減と6ヵ月出勤停止で罰されました。朴さんの虐待者がメンバーである会社の特別委員会が朴さんは会社の評判を「傷つけた」と決定し、彼女は最終的に解雇されました。
ああいや、それだけではありませんでした。
直後に、朴さんは工場に対し女性一人用の抗議テントを準備しましたが、会社から攻撃されて強制的にテントを張った場所から追い出されました。それで朴さんは法的措置をとり、人権韓国全国委員会を通して彼女の不当解雇を訴えて、主張通り当件を性的いやがらせと認定させ、現代自動車に損害賠償するよう命令を勝ち取りました。しかし現代自動車は委員会の調査結果を無視しました。また韓国政府は会社に責任があるとみなすことを拒否しています。
最小限の正義のための朴さんの闘争は長い、難しい闘いであることがわかっています。韓国政府が現代自動車から注文を受けている事実があり彼女を抑えつけるのですが、朴さんはこの不当な扱いを拒否しました。資本主義的暴力に立ち向かう朴さんの表明は、 虐待的な雇い主に立ち向かうすべての女性労働者に勇気と粘り強さを与えるものです。
カイサカは、工場長の行為も、現代自動車経営者の行為も、ともに糾弾します。私たちは朴さんのケースが契約労働者の弱い立場に光を当てていると思っています。 契約労働者化は性的いやがらせを過少報告してしまうことになりますし、職場での虐待に対して女性を保護するための苦労の上獲得した法律を元に戻してしまうのです。
朴さんは、会社に対抗して立っている最前線で「ただ一人の女性」というだけではありません、それ以上です。 彼女は、資本主義的家長制度に対する私たちすべての女性労働者の闘いを体現しています。
朴さん支持の国際的な抗議は、力が持続しているということを証明します。 より多くの力が、数字以上あります。当声明は彼女とすべての韓国の女性労働者に対する私たちの支持の正式な表明であるとともに、この声明を通じて私たちは支持の声を届けまた広めます。
フィリピン航空労働者を支持する! [フィリピン労働運動]
1998年、フィリピン航空(PAL)で1243人もの大規模解雇があり、労働者の戦いにより最高裁で解雇無効の判決を得たにもかかわらず、職場復帰は13年間にわたって実行されてきませんでした。
それどころか驚くべきことに2011年9月13日、フィリピン最高裁は、かつての判決を破棄してしまいました。
その理由は、フィリピン航空の所有者、ルシオ・タンが裏で手を回したからです。ルシオ・タンはフィリピン最高裁までも自分の手の内に取り込んでいるのです。
あきれるような事態が起きています。
「フィリピン航空をボイコットしよう! 最高裁を乗っ取ってしまえ!」と主張しているカイサカの声明を、以下に紹介します。
----------------―
フィリピン航空をボイコットしよう!
最高裁を乗っ取ってしまえ!
カイサカ声明

2011年9月13日のフィリピン最高裁の判決破棄を糾弾する!
2年前、フィリピンの最高裁判所は、1998年のフィリピン航空(PAL)客室乗務員1,423人の大規模解雇を違法であると宣言しました。客室乗務員・スチュワードからなるフィリピン航空客室乗務員・スチュワード協会(FASAP)に代表されるフィリピン航空労働者たちは、正義を勝ち取ったにもかかわらず、13年間にわたってその正義は実行されませんでした。影の大物ルシオ・タンの弁護士、エストレリート・メンドーサによる最高裁判所への明らかにされていない手紙によって、先例のない、疑わしい方向へと転換させはじめたのです。2011年9月13日、かつてすべての未払い賃金を支払ったうえで1,423人の労働者全員の職場復帰を命令したフィリピン航空に対して、最高裁判所は最終的にかつ行政上、当判決を破棄してしまいました。
ルシオ・タンは、一度ではなく三度にもわたり、きっぱりと最高裁判所判決を見事に逆転させました。 ありのままに言いましょう。ルシオ・タンは、この国で最高裁判所を私有化しました。人は、葉巻をいじりながら自身の「魔法」をくすくす笑う彼の姿を、思い描くことができます。
彼の意志表明は、高くなった眉というよりそっけないその上下動でなされました。ルシオ・タンは、フィリピンで二番目の大金持ちであり、フォーブス誌に登場した 2011年世界の億万長者のあいだで、フィリピンから選ばれたわずか4人のうちの1人でもあります。 しかしながら、タンは「人間の姿をした悪魔」とも呼ばれてきました。
ほぼ半世紀の間、仲良しのフェルディナンド・マルコスからはじまり、ビジネスを優先するための扱いと産業に対する彼の完全な支配を確実にするために、タンは政府のほとんどすべての政治的有力者を買収し、政治的影響力を確保しました。 彼が政治家に資金を提供することは、国境の向こうでも熱心に行われました。 本当のところ、11月4日はグアムにおけるルシオ・タンの日です。
自分たちを組織する権利と雇い主と団体交渉を行う権利は、フィリピンの憲法に書かれています。2011年9月28日に、延期されていた約2,600人の従業員のレイオフ再開に対して、非番のフィリピン航空労働者協会(以下:PALEA)メンバーは、「すべての抗議者の母」運動を開始しました。
その後、航空会社は従業員との交渉を拒否し、元労働者へいやがらせするため退職手当支給を保留しています。メディアとノイノイ・アキノ大統領はともに、フィリピン航空労働者協会(PALEA)に対する敵意から、よりうるさく騒ぎたてるようになりました。今日、フィリピン航空の強要により、マニラ空港のあるパサイ市法廷は、労働者による空港区域の平和的な占領を止めるために、組合に対する禁止命令を出しました 。
フィリピン航空労働者協会(PALEA)は、フィリピンの寡頭政治、帝国主義の後援者、本質的に反労働者的な資本主義体制そのものに対する闘いにおいて、すべてのフィリピンの労働者を代表しているのです。 正義のためのフィリピン航空労働者協会(PALEA)の果てしなく骨の折れる争いを終えるには、その負担を負わなくてはなりません。 カイサカはフィリピン航空労働者協会(PALEA)を支持します、とともに当事件の最高裁判所上訴の訴えを支持します。
フィリピン航空でも契約労働者化を導入
さらにカイサカは、違法であるフィリピン航空の契約労働化計画を非難します。契約労働化は、より高い賃金、より安全な労働条件、両性の平等を獲得した労働者をいためつけるために使われる攻撃にほかなりません。契約労働化は、まともな生活を確保する女性の努力を妨害します。特にサービス産業に従事する女性労働者にとって大変な問題です。そこでは統計的にみて多くの女性が働いています。
契約労働化は、女性を売春や生き残るため他の不安定な手段に押し込みます。契約労働化は、生活のすべての範囲において女性が最も低い、窮地に陥ったままの状態となる環境をつくりだします。
顧客にとっても、契約労働化はフィリピン航空の乗客の安全を危うくし能率が悪い状態をもたらすでしょう。フィリピン航空は女性従業員に対して飛行中の経験と技術的なノウハウよりも、身体的な容貌を優先させる差別的な政策を持ち続けています。 すべての女性客室乗務員は40歳で退職を強いられ、出産のために自身の休暇を使わなければならず、また出産後職場復帰するにはある一定の「セクシーさ」を保持していなければならないのです。
あなたにとって緊急着陸の際、モデルがいるのと、安全プロがいるのとでは、どちらがいいですか?
ルシオ・タンは、腐敗の権化です。ルシオ・タンと彼が属する1%は、フィリピンにおける法律制度を企業のものに変えてしまいました。 彼は1%であり、超過利益の名において、99%の権利と尊厳を踏みつけているのです。
99%の一部として、カイサカはフィリピン航空労働者協会を支持し、女性と労働者に対し「司法」システムを都合よく操作するのをやめるよう要求します。切り札は、彼ルシオ・タンの手でなく私たちの手にあるのです。
カイサカは、国内外で、すべてのフィリピン人に呼びかけます。フィリピン航空労働者協会と連帯し、フィリピン航空をボイコットするように、呼びかけます。
労働者の権利は、女性の権利だ!
契約労働をやめてしまえ!
反女性、反フィリピン航空労働者の態度をとるな!
<追記>
・フィリピン航空客室乗務員・スチュワード協会(FASAP:The Flight Attendants’ and Stewards’ Association of the Philippines)、・フィリピン航空労働者協会 (PALEA:Philippine Airlines Employee Association) は、ともに労働者の団体です。
フィリピンでは労働組合は労働雇用省に申請し、構成する全労働者で選挙(組合代表選挙)し、過半数を得て初めて労働組合として認められます。(日本であれば、法律的には一人でも労働組合に加入したことを宣言すれば労働組合への加入は認められます。) フィリピンにおける労働組合認定のプロセス、すなわち労働組合の結成・申請・登録・認定までには、数年にわたる長い期間がかかります。経営者側の妨害によってつぶされる場合も多くあります。労働組合認定されていなければ、経営者側は交渉する必要はありません。
最近は契約労働者の導入によって、これまででも困難だった労働組合認定は、ほとんど不可能になりつつあります。
上記の二団体とも、「労働組合」ではなくて「協会(Association)」と称しているのは、労働者団体としての登録を労働雇用省に申請しながらも、いまだ組合代表選挙を実施していない状態にあるからと推定されます。
それどころか驚くべきことに2011年9月13日、フィリピン最高裁は、かつての判決を破棄してしまいました。
その理由は、フィリピン航空の所有者、ルシオ・タンが裏で手を回したからです。ルシオ・タンはフィリピン最高裁までも自分の手の内に取り込んでいるのです。
あきれるような事態が起きています。
「フィリピン航空をボイコットしよう! 最高裁を乗っ取ってしまえ!」と主張しているカイサカの声明を、以下に紹介します。
----------------―
フィリピン航空をボイコットしよう!
最高裁を乗っ取ってしまえ!
2011年10月25日
カイサカ声明

2011年9月13日のフィリピン最高裁の判決破棄を糾弾する!
2年前、フィリピンの最高裁判所は、1998年のフィリピン航空(PAL)客室乗務員1,423人の大規模解雇を違法であると宣言しました。客室乗務員・スチュワードからなるフィリピン航空客室乗務員・スチュワード協会(FASAP)に代表されるフィリピン航空労働者たちは、正義を勝ち取ったにもかかわらず、13年間にわたってその正義は実行されませんでした。影の大物ルシオ・タンの弁護士、エストレリート・メンドーサによる最高裁判所への明らかにされていない手紙によって、先例のない、疑わしい方向へと転換させはじめたのです。2011年9月13日、かつてすべての未払い賃金を支払ったうえで1,423人の労働者全員の職場復帰を命令したフィリピン航空に対して、最高裁判所は最終的にかつ行政上、当判決を破棄してしまいました。
ルシオ・タンは、一度ではなく三度にもわたり、きっぱりと最高裁判所判決を見事に逆転させました。 ありのままに言いましょう。ルシオ・タンは、この国で最高裁判所を私有化しました。人は、葉巻をいじりながら自身の「魔法」をくすくす笑う彼の姿を、思い描くことができます。
彼の意志表明は、高くなった眉というよりそっけないその上下動でなされました。ルシオ・タンは、フィリピンで二番目の大金持ちであり、フォーブス誌に登場した 2011年世界の億万長者のあいだで、フィリピンから選ばれたわずか4人のうちの1人でもあります。 しかしながら、タンは「人間の姿をした悪魔」とも呼ばれてきました。
ほぼ半世紀の間、仲良しのフェルディナンド・マルコスからはじまり、ビジネスを優先するための扱いと産業に対する彼の完全な支配を確実にするために、タンは政府のほとんどすべての政治的有力者を買収し、政治的影響力を確保しました。 彼が政治家に資金を提供することは、国境の向こうでも熱心に行われました。 本当のところ、11月4日はグアムにおけるルシオ・タンの日です。
自分たちを組織する権利と雇い主と団体交渉を行う権利は、フィリピンの憲法に書かれています。2011年9月28日に、延期されていた約2,600人の従業員のレイオフ再開に対して、非番のフィリピン航空労働者協会(以下:PALEA)メンバーは、「すべての抗議者の母」運動を開始しました。
その後、航空会社は従業員との交渉を拒否し、元労働者へいやがらせするため退職手当支給を保留しています。メディアとノイノイ・アキノ大統領はともに、フィリピン航空労働者協会(PALEA)に対する敵意から、よりうるさく騒ぎたてるようになりました。今日、フィリピン航空の強要により、マニラ空港のあるパサイ市法廷は、労働者による空港区域の平和的な占領を止めるために、組合に対する禁止命令を出しました 。
フィリピン航空労働者協会(PALEA)は、フィリピンの寡頭政治、帝国主義の後援者、本質的に反労働者的な資本主義体制そのものに対する闘いにおいて、すべてのフィリピンの労働者を代表しているのです。 正義のためのフィリピン航空労働者協会(PALEA)の果てしなく骨の折れる争いを終えるには、その負担を負わなくてはなりません。 カイサカはフィリピン航空労働者協会(PALEA)を支持します、とともに当事件の最高裁判所上訴の訴えを支持します。
フィリピン航空でも契約労働者化を導入
さらにカイサカは、違法であるフィリピン航空の契約労働化計画を非難します。契約労働化は、より高い賃金、より安全な労働条件、両性の平等を獲得した労働者をいためつけるために使われる攻撃にほかなりません。契約労働化は、まともな生活を確保する女性の努力を妨害します。特にサービス産業に従事する女性労働者にとって大変な問題です。そこでは統計的にみて多くの女性が働いています。
契約労働化は、女性を売春や生き残るため他の不安定な手段に押し込みます。契約労働化は、生活のすべての範囲において女性が最も低い、窮地に陥ったままの状態となる環境をつくりだします。
顧客にとっても、契約労働化はフィリピン航空の乗客の安全を危うくし能率が悪い状態をもたらすでしょう。フィリピン航空は女性従業員に対して飛行中の経験と技術的なノウハウよりも、身体的な容貌を優先させる差別的な政策を持ち続けています。 すべての女性客室乗務員は40歳で退職を強いられ、出産のために自身の休暇を使わなければならず、また出産後職場復帰するにはある一定の「セクシーさ」を保持していなければならないのです。
あなたにとって緊急着陸の際、モデルがいるのと、安全プロがいるのとでは、どちらがいいですか?
ルシオ・タンは、腐敗の権化です。ルシオ・タンと彼が属する1%は、フィリピンにおける法律制度を企業のものに変えてしまいました。 彼は1%であり、超過利益の名において、99%の権利と尊厳を踏みつけているのです。
99%の一部として、カイサカはフィリピン航空労働者協会を支持し、女性と労働者に対し「司法」システムを都合よく操作するのをやめるよう要求します。切り札は、彼ルシオ・タンの手でなく私たちの手にあるのです。
カイサカは、国内外で、すべてのフィリピン人に呼びかけます。フィリピン航空労働者協会と連帯し、フィリピン航空をボイコットするように、呼びかけます。
労働者の権利は、女性の権利だ!
契約労働をやめてしまえ!
反女性、反フィリピン航空労働者の態度をとるな!
<追記>
・フィリピン航空客室乗務員・スチュワード協会(FASAP:The Flight Attendants’ and Stewards’ Association of the Philippines)、・フィリピン航空労働者協会 (PALEA:Philippine Airlines Employee Association) は、ともに労働者の団体です。
フィリピンでは労働組合は労働雇用省に申請し、構成する全労働者で選挙(組合代表選挙)し、過半数を得て初めて労働組合として認められます。(日本であれば、法律的には一人でも労働組合に加入したことを宣言すれば労働組合への加入は認められます。) フィリピンにおける労働組合認定のプロセス、すなわち労働組合の結成・申請・登録・認定までには、数年にわたる長い期間がかかります。経営者側の妨害によってつぶされる場合も多くあります。労働組合認定されていなければ、経営者側は交渉する必要はありません。
最近は契約労働者の導入によって、これまででも困難だった労働組合認定は、ほとんど不可能になりつつあります。
上記の二団体とも、「労働組合」ではなくて「協会(Association)」と称しているのは、労働者団体としての登録を労働雇用省に申請しながらも、いまだ組合代表選挙を実施していない状態にあるからと推定されます。
ギブン・グレイス・セバニコに正義を! [フィリピンの政治経済状況]
ギブン・グレイス・セバニコに正義を!
暴力行為によるすべての女性犠牲者に正義を!
緊急リリース
2011年10月14日

カイサカは、フィリピン・ロスバノス大学学生、ギブン・グレイス・セバニコ(Given Grace Cebanico)さんに対するレイプと殺害を非難します。ギブン・グレイス・セバニコさんは、2011年10月11日火曜日の朝にフィリピン・ロスバノス大学キャンパスの高水位運河に捨てられましたが、その前に縛られ、テープで固定され、レイプされそして撃ち殺されていました。ギブンさんは、3週間弱前に19回目の誕生日を迎えたばかりでした。
ギブンさんの残忍な殺害の動機はまだ公式に認定されていませんでしたが、the Scene of Crime Operatives (SOCO)当局は予備証拠から即時の実行を示していると報告しています。
様式化され計算された性的暴行の性質は、フィリピン女性が当面しているジェンダー問題におけるさまざまな要因の絡まった脆弱さを浮かびあがらせます。フィリピンでは、女性に対する暴力は、どこでもいつでもどんな女性にも起こり得るのです。特に経済的に疎外されている人たちには余計そのような傾向があります。
カイサカは、女性に対する暴力行為を犯す人々が免責され続けている現状を非難します、そしてギブンさんと彼女の家族のために正義を要求します。実際のところ、カイサカは、国の労働力輸出政策によってフィリピン人の人間性が奪われ商品に変換されており、そのことがフィリピン女性に対する暴力を広範囲に広める風潮を準備していると指摘します。
ギブンさんは、名門大学のコンピューター・サイエンスを学ぶ、明るい優秀な学生でありましたが、その命は痛々しいほど短く切り取られました。 彼女の死は悲劇です、激しい憤りを禁じえません。私たちは、女性がさらされるすべての形式の暴力に対する妥協しない立場をとります、そのために、裁判制度および国家は、すべてのフィリピン女性が十分な支持を要望できる手段としてみなさなければなりません。
今こそ、ギブンさんに正義を!
女性に対する暴力行為を無視する風潮を終わりにしよう!
今こそ、女性の権利を全面的に保護しよう!
暴力行為によるすべての女性犠牲者に正義を!
緊急リリース
2011年10月14日

カイサカは、フィリピン・ロスバノス大学学生、ギブン・グレイス・セバニコ(Given Grace Cebanico)さんに対するレイプと殺害を非難します。ギブン・グレイス・セバニコさんは、2011年10月11日火曜日の朝にフィリピン・ロスバノス大学キャンパスの高水位運河に捨てられましたが、その前に縛られ、テープで固定され、レイプされそして撃ち殺されていました。ギブンさんは、3週間弱前に19回目の誕生日を迎えたばかりでした。
ギブンさんの残忍な殺害の動機はまだ公式に認定されていませんでしたが、the Scene of Crime Operatives (SOCO)当局は予備証拠から即時の実行を示していると報告しています。
様式化され計算された性的暴行の性質は、フィリピン女性が当面しているジェンダー問題におけるさまざまな要因の絡まった脆弱さを浮かびあがらせます。フィリピンでは、女性に対する暴力は、どこでもいつでもどんな女性にも起こり得るのです。特に経済的に疎外されている人たちには余計そのような傾向があります。
カイサカは、女性に対する暴力行為を犯す人々が免責され続けている現状を非難します、そしてギブンさんと彼女の家族のために正義を要求します。実際のところ、カイサカは、国の労働力輸出政策によってフィリピン人の人間性が奪われ商品に変換されており、そのことがフィリピン女性に対する暴力を広範囲に広める風潮を準備していると指摘します。
ギブンさんは、名門大学のコンピューター・サイエンスを学ぶ、明るい優秀な学生でありましたが、その命は痛々しいほど短く切り取られました。 彼女の死は悲劇です、激しい憤りを禁じえません。私たちは、女性がさらされるすべての形式の暴力に対する妥協しない立場をとります、そのために、裁判制度および国家は、すべてのフィリピン女性が十分な支持を要望できる手段としてみなさなければなりません。
今こそ、ギブンさんに正義を!
女性に対する暴力行為を無視する風潮を終わりにしよう!
今こそ、女性の権利を全面的に保護しよう!
米比相互防衛条約を廃止しよう! [フィリピンの政治経済状況]
1992年、フィリピンから米軍基地を撤去させました。9月16日はその20周年でした。
クラーク空軍基地、スービック海軍基地を撤去させ、現在ではクラーク、スービックとも特別経済区となり、多くの外国資本企業が進出し操業しています。
しかし、米比軍相互訪問協定(VFA)および米比相互防衛条約(MDT)を根拠に、現在でも米軍が自由にフィリピン国内に駐留し、軍事行動を行っています。
フィリピンでは、米比軍相互訪問協定(VFA)、米比相互防衛条約(MDT)の廃棄を求め、平和団体が活動しています。
「Scrap VFA運動」の声明を以下に紹介します。
米比相互防衛条約を廃止しよう!
米比軍相互訪問協定を破棄しよう!
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スービック海軍基地撤去19周年のこの日、VFA(米比軍相互訪問協定:Visiting Forces Agreement)廃棄のため共闘する40以上の組織の連合は、VFA廃棄だけでなく1951年の米比相互防衛条約(以下:MDT)も終わらせるという要求を強調し、「ジョギングによる抗議運動」をはじめました。
「私たちは1992年に米軍基地を最終的に閉鎖することに成功し、外国基地と軍隊を領域から締め出す条項を憲法に入れました。しかし、米軍はこの10年間ここフィリピンに居座りました。米国政府とフィリピン政府は、米比相互防衛条約がその根拠であると主張しています。 したがって、私たちは米比相互防衛条約を廃止しなければなりません。」
これは、KPD事務局長であり、スクラップVFA運動のスポークスマン1人、チェスター・アンパロの声明です。
この連合のメンバーたちは、基地を撤去させた「素晴らしき12人の上院議員」を顕彰することで、基地条約の拒否から20周年であったこの前の9月16日を祝いました。
「基地条約を拒絶し、1992年に最終的に米軍基地を閉じたことは、我が国の歴史の重大なエピソードでした。 私たちは、フィリピンの主権を主張し実現できることを証明しました。この時だけは、私たちの領土で米軍が訓練を行うことにノーと言いました。ベトナムで村ごと虐殺し、1990‐1991年のイラクではほとんどすべてを破壊した殺害機械の開発、戦争資材の備蓄にも、私たちはノーと言いました。」と、アンパロはさらに説明しました。
アンパロによると、「米軍隊の活動すべき次の舞台はアジア太平洋である」とヒラリー・クリントン米国務長官がすでに発表しており、したがってこの問題は政府からの緊急の積極的な返答を必要としています。 KPDと「スクラップVFA!運動」はフィリピンが、米国の戦いの駒にもなっているだけでなく、本格的な戦争の土俵になることを、警告します。
「ジョギング抗議運動」は、ラジャ・スライマン公園から米国大使館の前まで行います。グループは垂れ幕を広げ、「米軍は出ていけ! 米比相互防衛条約を廃棄しよう! VFAを終わらせよう!」と訴えます。
クラーク空軍基地、スービック海軍基地を撤去させ、現在ではクラーク、スービックとも特別経済区となり、多くの外国資本企業が進出し操業しています。
しかし、米比軍相互訪問協定(VFA)および米比相互防衛条約(MDT)を根拠に、現在でも米軍が自由にフィリピン国内に駐留し、軍事行動を行っています。
フィリピンでは、米比軍相互訪問協定(VFA)、米比相互防衛条約(MDT)の廃棄を求め、平和団体が活動しています。
「Scrap VFA運動」の声明を以下に紹介します。
米比相互防衛条約を廃止しよう!
米比軍相互訪問協定を破棄しよう!
November 24, 2011
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スービック海軍基地撤去19周年のこの日、VFA(米比軍相互訪問協定:Visiting Forces Agreement)廃棄のため共闘する40以上の組織の連合は、VFA廃棄だけでなく1951年の米比相互防衛条約(以下:MDT)も終わらせるという要求を強調し、「ジョギングによる抗議運動」をはじめました。
「私たちは1992年に米軍基地を最終的に閉鎖することに成功し、外国基地と軍隊を領域から締め出す条項を憲法に入れました。しかし、米軍はこの10年間ここフィリピンに居座りました。米国政府とフィリピン政府は、米比相互防衛条約がその根拠であると主張しています。 したがって、私たちは米比相互防衛条約を廃止しなければなりません。」
これは、KPD事務局長であり、スクラップVFA運動のスポークスマン1人、チェスター・アンパロの声明です。
この連合のメンバーたちは、基地を撤去させた「素晴らしき12人の上院議員」を顕彰することで、基地条約の拒否から20周年であったこの前の9月16日を祝いました。
「基地条約を拒絶し、1992年に最終的に米軍基地を閉じたことは、我が国の歴史の重大なエピソードでした。 私たちは、フィリピンの主権を主張し実現できることを証明しました。この時だけは、私たちの領土で米軍が訓練を行うことにノーと言いました。ベトナムで村ごと虐殺し、1990‐1991年のイラクではほとんどすべてを破壊した殺害機械の開発、戦争資材の備蓄にも、私たちはノーと言いました。」と、アンパロはさらに説明しました。
アンパロによると、「米軍隊の活動すべき次の舞台はアジア太平洋である」とヒラリー・クリントン米国務長官がすでに発表しており、したがってこの問題は政府からの緊急の積極的な返答を必要としています。 KPDと「スクラップVFA!運動」はフィリピンが、米国の戦いの駒にもなっているだけでなく、本格的な戦争の土俵になることを、警告します。
「ジョギング抗議運動」は、ラジャ・スライマン公園から米国大使館の前まで行います。グループは垂れ幕を広げ、「米軍は出ていけ! 米比相互防衛条約を廃棄しよう! VFAを終わらせよう!」と訴えます。
We are the 99% [2008-9世界経済恐慌]
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フィリピンの友人のFace book に張り付けてあったポスターを転載します。
それから、このポスターのためにつくったのかとさえ思われる詩の一節を下記に引用します。
随分古い詩です、……
-------------------------
あたらしい歌、もっとすてきな歌を、
おお友よ、ぼくはきみたちに作ってやろう!
ぼくらはこの地上で、かならず
天国をつくりだ出そう。
ぼくらは地上で幸福になろう、
もう飢えて悩むのをやめよう。
働き者の手が獲得したものを、
なまけものの腹に飽食させてはならない。
この下界には、すべての人の子のために
十分なパンができるのだ、
ばらもミルテも、美も快楽も、
甘えんどうも、そのとおりだ。
Heinrich Heine 『ドイツ・冬物語』(1844年)第一章第十一節、(訳:井上正蔵)
ユーロ危機 収束せず! [2008-9世界経済恐慌]
ユーロ危機 収束せず!
世界経済危機への導火線となるか!
1)欧州危機は、深く 長い!
2011年11月現在、欧州の経済危機が収束しない。
収束しないどころか、世界経済危機への導火線に転化しつつある情勢だ。
8月以降この3か月間、欧州債務問題が時間とともに少しもよくならず、逆に悪化する情勢が続いている。何か「実体経済」に大きな変化があったわけではない。欧州債務の「大きさ」が少しずつ見えてきた途端、その「あまりの大きさ」に驚き、信用不安が広がりつつある。
ギリシャを筆頭にPIIGSの重債務国で財政悪化、深刻化を見て、あるいは予想して、国債価格が下落し利回りの急上昇、高止まりとなっている。
ギリシャ問題がすぐに解決すると思っている市場参加者はすでにほとんどいない。というより、ギリシャ国債10年物利回りは20数%を超えており、近い将来のデフォルトは確実となった。焦点はギリシャからイタリアに移った。イタリア国債価格の下落と国債利回りの急上昇、7%を超える高止まりがその深刻さを表現している。さらにスペイン、そしてフランスへと広がり、確実に欧州全体をとらえつつある。
現在は、爆発=デフォルトをいかに抑えるか、にEU首脳は努力を集中しているように見える。一つ抑えても、今度は抑えたことが別の爆発の要因に転化するという「もぐらたたき」状態になっている。
仮に爆発をおさえたとしても、すなわちソフトランディングしたとしても、そのあと欧州経済には10年単位の長い期間にわたる停滞の時期が待っている。なぜ長い停滞期が続くのか?
「バブル崩壊以後の日本経済」のたどってきた道を思い起こしてみればいい。日本経済の場合は、傷んだ金融機関・銀行資本に公的資金を注入し、政府は財政赤字とはなった。そのことで国債利回りも2%から4%(1995年)にまで上昇したけれども、国債価格の大幅な下落、あるいはデフォルト懸念による更なる危機の展開・深化までには至らなかった。その程度で済んだ。その程度で済んだといえどもバブル崩壊以後20年間にわたって日本経済は停滞の時期を経ているのである。
今回の欧州危機は、90年代日本経済を襲った危機よりも、「より深く、より長い」のである。そのうち、「大きさ」が徐々に姿を現してくるだろう。
欧州危機はあまりに深刻である。その危機からの回復には長い期間がかかるだろう。いくら少なくみても10年はかかるだろうし、さらに時間を要する可能性が高い。
2)第一のトリガー、ギリシャ国債、イタリア国債
爆発=デフォルトをいかに抑えるか、にEU首脳は努力を集中している。やっているのは対症療法に過ぎない。
必死に抑えようとしている「爆発とそのトリガー」について描写してみよう。もちろん、「トリガー」は「トリガー」であって、経済危機の原因ではないし、爆発を抑えることが解決策なのではないことは、先に指摘しておこう。
さて、今回の欧州債務危機は、ギリシャ政府の資金繰り悪化から国債の支払い不能(デフォルト)に陥るのではないか、との強い疑念が起点となっている。
ギリシャを起点としてPIIGS諸国の国債価格下落が進み、保有銀行の有価証券評価損が大幅に増加している。そのため、欧州系銀行のドル資金調達が難しくなっている。
それゆえ現在では、ギリシャ国債のデフォルト懸念と並行して、スペイン、イタリア、フランスの国債価格の下落から、国債を大量保有している欧米の金融機関の負債が大きくなることで、トリガーは幾筋にも広がっている。
すでに、欧州を中心に銀行の資産劣化も表面化しつつある。時間の経過とともに、不良債権が次々に姿を現して来て、資産劣化は大きくなり、さらに他の各銀行をとらえており、危機はより深く、また範囲を広げつつある。信用不安が広がり資金調達がままならず、欧州金融システムの一部に機能不全が生じている。その影響は、大きさにおいて、範囲においてすでに欧州にとどまらない。
ベルギー・仏系銀行デクシアが破綻に追い込まれた。今年7月に結果が発表されたばかりのストレステストにデクシアは合格していた。このストレステストは、金融当局者によれば「より厳密に、厳しく」行われた。にもかかわらず、いとも簡単に破綻した。ストレステストそのものが信認を失っており、市場は欧州系銀行の正確な不良債権額と現在の真正な自己資本比率を知りたがっている。国債価格の下落、住宅価格の下落によって不良債権は今もなお拡大し続けており、だれもその正確な額を知ることはできない。疑心は広がりつつある。疑心とともに、不良債権額も増大しつつある。
このような光景をわれわれはかつて見たことがある。バブル崩壊後の日本経済の姿である。日本の金融機関・銀行の抱える不良債権は、発表のたびに拡大していった。「いったいいくら不良債権を抱えているのだ!」と非難を浴びせながら、公的資金を何度も増額・追加して注入していった。誰もがイライラし、非難を浴びせた。最終的に今日では、GNPの200%に及ぶ国債などの政府債務として積みあがっている。
10月末EUは、当面の解決策に合意した。
A)銀行自身による資本増強、
B)監督している政府による公的資金注入、
C)欧州金融安定ファシリティー(EFSF)による公的資金注入
という3段階の資本増強策を示した。
日本の不良債権処理の混迷を見てきた経験から見ても、予想される対応策ではあろう。というか、欧州バブルをもたらしたそもそもの「過度の借り入れや貸し出し、過度の支出以上のさらに上回る資金の大量投入、大量貸出し」(10月24日、ローレンス・H・サマーズ前米財務長官)してしまう以外に、危機の爆発を抑える方策は考えられないのである。恐慌から脱出するのに、さらなる大きな恐慌を準備することによって、恐慌から脱出する手段をよりなくしていくことによって、脱出しようとするのである。しかし、問題はそれでうまくいく保証はどこにもない。
A) 金融機関が自己資本の拡充を求められるということは、欧州金融機関の間では「投資資金の回収」や「貸しはがし」、「貸し渋り」が起きるということを意味するし、すでに起きている。「投資資金の回収」や「貸しはがし」は、景気を確実に冷やす要因として働く。バブル崩壊後の日本で経験済みのことでもある。金融機関の「投資資金の回収」や「貸しはがし」によって各企業は、業績は問題ないのに資金を調達できないため、投資機会を失うことが一般的に起きる。あるいは、投資資金の強引な回収によって業績は黒字なのに倒産も起きうる。全体として、信用不安が広がり投資は急速に冷え経済を一層減速させる。そのことは金融機関の財務を悪くし、さらなる自己資本の拡充が必要となる。「負のスパイラル」である。
B) 10月23日のEU首脳会議で、欧州系銀行の資本増強については大筋合意した。しかし、ドイツや北欧諸国など一部を除いてユーロ圏各国の財政悪化が顕著になっており、公的財政資金による銀行への資本注入は、欧州各国の一段の財政悪化を招くことになる。
仮に公的資金による欧州系銀行の増資が可能になっても、公的資金を出すことで各国政府では一層の財政悪化が進みその国の格付けが下がることになれば国債価格は暴落し、信用不安は鎮静化するどころか、収拾のメドが立たない事態に直面するリスクが高まる。そうすると銀行の保有している国債が、ほかの国債も含めてさらに値下がりし、金融機関の含み損が拡大し、更なる自己資本の拡充が必要となってくる事態を招きかねない。ここででも「負のスパイラル」である。すなわち、欧州系銀行の資本増強自体が、別のトリガーに転化する可能性が生まれてくるのである。何をやっているのかわからない。でもやらないと当面の爆発は防げない。
C) 欧州金融安定ファシリティー(EFSF)による公的資金注入においても同様である。欧州系銀行の自己資本増強の原資をどこに求めるのか、という点で独仏両国の対立は相当に深い。
フランスがEFSFを銀行化し、欧州中銀(ECB)から資金を借り入れて、欧州系銀行の自己資本注入を容易にしようとしたのも、フランスの置かれたより厳しい現実を何とか乗り越えようという意図があるからだ。フランスの国債利回りはすでにじわじわと上昇している。しかし、ドイツは強硬に反対した。EFSFの融資や資本注入がうまく機能せず、損失が膨らめば、融資したECBの損失も拡大し、ECBの信認失墜から欧州のインフレが猛威を振るう事態を懸念するとメルケル首相は表明している。
ECBの毀損した自己資本を増強する際に、まとまった規模の資金を出せる国はドイツ以外にない。最終的に欧州系銀行の損失の大部分をドイツの財政資金で賄うという未来が来ることをメルケル首相は拒否した。仏・サルコジ大統領は、「そんな悠長に事を構えている事態ではない、危機はすぐそこにまで来ている」と叫ぶ。フランスの銀行はギリシャ、イタリア、スペインの国債を大量に保有しており、自身の財務がすでに相当傷んでいる。
10月23日のEU首脳会議で、欧州系銀行の資本増強については大筋合意し、必要な資金額は1,000億─1,100億ユーロになるとの見通しがEU関係者から出ている。国際通貨基金(IMF)はすでに2,000億ユーロ規模の増資が必要との見解を示している。
それであっても、「とりあえずの爆発は抑えられるかもしれないが、最終的にそれでは収束しはしない」というのが市場の認識である。確かにその通りだろう。
ユーロ圏17カ国は、EFSFの融資可能額を2,520億ユーロから4,400億ユーロに拡大することに合意し、各国議会の同意もスロバキアを最後として何とか取り付けた。ギリシャ国債の50─60%のヘアカット(債務元本の削減)が実行され、欧州系銀行の自己資本の目減りがあっても、EFSF資金を活用すれば、何とか対応可能という計算だったはずだ。
ところが、市場は「ギリシャのヘアカットは近い」とみて、イタリアやスペインなどでも同じことが起きると連想し、イタリアやスペインの国債が売られた。価格は下がり利回りは上がった。
ギリシャ2年債利回りは100%を超え、イタリア国債の年利率は7%を超えた。イタリアとスペインの国債発行残高が合計2.1兆ユーロを超している現実では、4,400億ユーロのEFSFの処理能力を突破しているのは明らかだ。
事態はすでにより深刻な次の局面に移行してしまった。「ギリシャ危機を押さえつければ危機は収まる」事態はすでに過ぎ去った。イタリアやスペイン国債の下落による瓦落を恐れなくてはならなくなったのである。
国債を保有する銀行の資産劣化が進み、自己資本不足に陥り、市場での資本調達が困難であるため、さらなる公的資金によるさらなる資本増強の必要性が生じている。
EU首脳会議で、その路線が承認されるところまできた。しかし、問題は公的資金注入の規模である。底なしに公的資金を注入することはできない。更なる国家財政の悪化をもたらし、国債価格の暴落をもたらすからだ。したがって、中国や新興国、中東諸国、日本、米国からの、あるいはIMFからの資本調達を求めている。しかし、だれが他人のために資金を提供するか。資本主義はそんなシステムではない。「国際協力、協調」と言っているから少しくらいは出すにしても、必要な額には遠く及ばないのも明らかだ。
IMFはEFSFを強化するのを決定し、4,000億ユーロ準備するという。しかし、 EUはさらに資金を拡充する必要があるし、世界からの支援を必要としている。1兆ユーロまで拡充を決めたが、誰が出すのか決まっていない。
金融危機への対策として国家財政への損の付け替えによって対処した。しかし今度は国家財政悪化によって国債価格の暴落の恐れが生じ、そのことで国債を大量に抱える金融機関、銀行経営が行き詰まろうとしている。銀行の自己資本を公的資金で補填しても、問題の解決になっていない。対策にならないことが、明らかになりつつある。
EUの当面の解決策、A),B),C)は、事態の進展によっては、危機ぼっ発の要因に転化しかねない事態になっている。
3)第二のトリガー、CDS
それ以外にも別のルートを通じた爆発の可能性も迫りつつある。
EUでは公的資金の投入を決め、必死になって金融機関の破綻、デフォルトを防ごうとしている。しかし、個々の金融機関は自身が助かろうとしているだけで、欧州経済危機の爆発を防ごうと行動しているわけではない。例えばヘッジファンドなどは、国債価格の乱高下の機会をとらえて儲けようと行動している。アジア通貨危機の時には意図的に売りを仕掛けてバーツなどの通貨暴落を誘い、その機会をとらえて儲けた。現時点は、国債CDSトリガー発動の可能性が現実のものになりかねない情勢なのである。
クレジット・デフォルト・スワップ(以下:CDS)は企業や国などの信用リスクを対象とした取引で、CDSの買い手は売り手に対してプレミアム(保険料)を支払い、対象となる企業や国が債務不履行を起こした場合に、買い手は売り手から保証金を受け取る。したがって、CDSを持っておれば、保有する国債価格が下落しても損にはならない。だから、CDSを持っておれば、安心して国債のカラ売りを仕掛け暴落した後で買戻し儲けるのである。すなわち一方では必死に金融機関の破綻、デフォルトを防ごうとし、他方では意図的に破綻させようとしているのである。
これとて資本主義のもとでは正常な資本活動であって、資本主義は本性からしてこの無政府性を克服できないし、むしろ前提にしているのである。
そのことは、CDSを売った金融機関が大損をするのであり、それが危機のトリガーになるのだ。
現在、ギリシャ国債のデフォルトはほぼ避けようがなくなりつつある。
ギリシャ向け第2次支援策で民間負担を増加した場合、CDSの請求権が発動されるかどうかという金融システムにかかわる問題がまだ不透明で、それに対する方策も依然としてはっきりしない。
仮に、ギリシャ向け民間債務を50─60%カットした場合、CDSを売った金融機関は買った金融機関からの請求に対して、支払い義務が生じる可能性が高まる。その規模は、市場ではギリシャ国債だけで1兆ユーロを超すCDSが発行されており、CDSトリガーが引かれた後の金融市場の動向は予断を許さない緊迫した事態になる。CDSを売った金融機関の中には、米系金融機関も含まれており、欧州債務危機の影響が、大西洋の西側に向かって広がる。
また、欧州当局の根回しによってギリシャ国債のCDSトリガーを引かないことで全取引関係者の合意が形成された場合、今度は他の重債務国やその他の国の国債CDSの機能が発揮されないという思惑を生むことになりかねない。その場合は、逆にイタリアやスペインの国債価格下落という展開もありうる。まさにモグラたたきである。
どのような方策をとっても、事態はなかなかよくならないのである。
欧州ソブリン危機が招いたCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)問題が米銀のバランスシートに破壊的な影響力を与える可能性が現実のものとなりつつある。一部の米銀はギリシャ国債のCDSの売り手になっていると見られ、いずれギリシャが破綻した場合には、米銀に莫大な資金負担が発生し、3年前の危機を再現しかねない。
米MFグローバル・ホールディングスは10月31日、ニューヨーク州マンハッタンの裁判所に連邦破産法11条の適用を申請した。ユーロ圏債券への投資に社運を賭けたことが裏目に出た。欧州ソブリン債への積極投資で痛手を受けた。米MFグローバル・ホールディングスの破産は、米金融機関・銀行資本の明日の姿となりかねない。
これらの要因はすでに予想されており、米国では金融機関の不良債権問題の深刻化が進んでいる。米銀行、米金融機関の株価が下落しつつある。
これらのことは、米国がこの先量的緩和を通じた金融緩和を推し進めざるを得ない要因として働くことになる。
4)EU首脳、米政府首脳、IMF は何をやっているのか?
やっていることは、上記の通り、当面の爆発の防止である。それも対症療法的に、モグラたたきを繰り返している。別の言い方をすれば、将来への「繰り延べ」である。それ以上のことはしていない。
今回の2008恐慌、世界的経済危機をもたらした金融資本のグローバル化そのものを、変革しようとは決してしていない。目の前の爆発をとりあえず防止し、ただ繰り延べしようとしているだけである。
グローバル化した金融資本は、貪欲に利益を求めて徘徊する。これをとどめよう、あるいは変革しようとは決してしていないのである。
それは資本主義そのものの欠陥である。
資本主義の順直な発展が、瞬時にして世界を移動するグローバル化した金融資本の支配に至ることを描き出すのが経済学の課題であり使命であろう。
(※:「脱経済成長論」など事態の推移を真面目に見つめようとしていない、チャチな観念だけでできあがっている。反資本主義と自称しているものの、実のところPro-Capitalismである。)
5)公的資金の注入は金融資本の救済であり、国民は救済しない
欧州各国は、2008年9月のリーマンショック以降、傷んだ金融機関へ公的資金を注入し救ってきた。金融資本・銀行がバブル経済に乗って「過度の借り入れ」や「貸し出し」、「過度の支出」によって利益を上げようと行動したが、バブル崩壊、経済危機に遭遇し莫大な損を被った。その「損」があまりにも大きいため、「大きすぎてつぶせない」と言って、国家財政の損に付け替えた。「民間の需要不足」を国債発行による公的需要に置き換え、当面の経済的痛みを「緩和」してきたと言う。いわば「損」を各国政府の財政に移し替えてきた。それ以外にとる「手」はないと言うのだが、果たしてそんな方策をとってよかったのか、何のために誰を救ったのか。無駄ではなかったのかという疑念がわき起こってくる。
民間や巨大金融機関・銀行の「損」を国家財政に付け替え、当面の爆発を抑えてきた。そのことによって、「損」の支払いはこの先おもに国民が負担することを意味する。民間の「損」を、公的な「損」に姿を変え、そのことで、損を支払う者がすり替えられた。
損を抱えた国家財政は、この先ずうっと緊縮財政でやらざるを得なくなる。年金を切り下げ福祉・教育予算を削減し、消費税を引き上げる。その限りでは国家財政は、1%の損を、99%の損にすり替えて、人民から徴収する機構として機能している。
EUはギリシャ支援に際して、ギリシャ政府に緊縮財政を強要したし、ギリシャ国民に窮乏生活の受け入れを強要した。年金を切り下げ、教育福祉予算の削減を無理やり飲ませようとしている。確かにギリシャ政府は国債を償還するためには資金を得なければならない。でなければ当面の資金がなく、公務員の給与さえ支払うことができない。まるでギリシャ国民に罪があるかのように大手マスメディアは非難キャンペーンを流した。
しかしこれは物事の一面である。別の一面も見なくてはならない。誰がギリシャ国債を保有しているかを考慮しなければならない。フランス銀行もドイツ銀行も大量のギリシャ国債を保有している。EUのギリシャ支援策は、自分たちを救うのが目的である、自国の金融資本、金融システムを守るのがその目的である。
なぜこのような不当なことが、堂々と行われるのか!
1%を守ることを前提にするなら、こんな処方箋しか出てこないのである。
金融資本主義は人々に輝く未来を約束しない。統合したEUは一挙に市場を拡大し2000年以降急速に経済発展をした。恩恵は主に1%が得た、金融資本・銀行資本が得た。しかし、2008世界恐慌が到来するや、統合したEUを守るために各国は財政赤字削減を強行的に実施しなければならないという。負担は99%が負う。年金制度の破壊、医療制度、教育制度の破壊を予定している。これまでの文明を100年は後戻りさせる。
これでは、格差はますます拡大する。高揚期に1%は資産を増大させる。恐慌を経て99%に犠牲を負わせる。経済循環の各局面でますます格差が拡大することを意味している。その結果、どのような社会になるのかは明白である。
統合したEUは何を守ろうとしているのか。
ギリシャでは生活破壊に耐えかねて反政府デモが続いている。ギリシャ国民の姿は近い未来の欧州人の姿でもある。1%を守るために、欧州経済が回復するまで、国家財政に付け替えられた損を返すまで、欧州人の多くは窮乏の生活に耐えなければならないのである。
グローバル化した金融資本の支配維持のうえにEUは未来を描き出すことができない。もちろんそれはEUだけではない。
ユーロ危機は、ユーロにとどまらない。最終的に米国を襲うだろう。その過程は、今のところ、「ゆっくりと」(というのはリーマンショックに比べて)進んでいるように見える。(文責:小林 治郎吉)
世界経済危機への導火線となるか!
1)欧州危機は、深く 長い!
2011年11月現在、欧州の経済危機が収束しない。
収束しないどころか、世界経済危機への導火線に転化しつつある情勢だ。
8月以降この3か月間、欧州債務問題が時間とともに少しもよくならず、逆に悪化する情勢が続いている。何か「実体経済」に大きな変化があったわけではない。欧州債務の「大きさ」が少しずつ見えてきた途端、その「あまりの大きさ」に驚き、信用不安が広がりつつある。
ギリシャを筆頭にPIIGSの重債務国で財政悪化、深刻化を見て、あるいは予想して、国債価格が下落し利回りの急上昇、高止まりとなっている。
ギリシャ問題がすぐに解決すると思っている市場参加者はすでにほとんどいない。というより、ギリシャ国債10年物利回りは20数%を超えており、近い将来のデフォルトは確実となった。焦点はギリシャからイタリアに移った。イタリア国債価格の下落と国債利回りの急上昇、7%を超える高止まりがその深刻さを表現している。さらにスペイン、そしてフランスへと広がり、確実に欧州全体をとらえつつある。
現在は、爆発=デフォルトをいかに抑えるか、にEU首脳は努力を集中しているように見える。一つ抑えても、今度は抑えたことが別の爆発の要因に転化するという「もぐらたたき」状態になっている。
仮に爆発をおさえたとしても、すなわちソフトランディングしたとしても、そのあと欧州経済には10年単位の長い期間にわたる停滞の時期が待っている。なぜ長い停滞期が続くのか?
「バブル崩壊以後の日本経済」のたどってきた道を思い起こしてみればいい。日本経済の場合は、傷んだ金融機関・銀行資本に公的資金を注入し、政府は財政赤字とはなった。そのことで国債利回りも2%から4%(1995年)にまで上昇したけれども、国債価格の大幅な下落、あるいはデフォルト懸念による更なる危機の展開・深化までには至らなかった。その程度で済んだ。その程度で済んだといえどもバブル崩壊以後20年間にわたって日本経済は停滞の時期を経ているのである。
今回の欧州危機は、90年代日本経済を襲った危機よりも、「より深く、より長い」のである。そのうち、「大きさ」が徐々に姿を現してくるだろう。
欧州危機はあまりに深刻である。その危機からの回復には長い期間がかかるだろう。いくら少なくみても10年はかかるだろうし、さらに時間を要する可能性が高い。
2)第一のトリガー、ギリシャ国債、イタリア国債
爆発=デフォルトをいかに抑えるか、にEU首脳は努力を集中している。やっているのは対症療法に過ぎない。
必死に抑えようとしている「爆発とそのトリガー」について描写してみよう。もちろん、「トリガー」は「トリガー」であって、経済危機の原因ではないし、爆発を抑えることが解決策なのではないことは、先に指摘しておこう。
さて、今回の欧州債務危機は、ギリシャ政府の資金繰り悪化から国債の支払い不能(デフォルト)に陥るのではないか、との強い疑念が起点となっている。
ギリシャを起点としてPIIGS諸国の国債価格下落が進み、保有銀行の有価証券評価損が大幅に増加している。そのため、欧州系銀行のドル資金調達が難しくなっている。
それゆえ現在では、ギリシャ国債のデフォルト懸念と並行して、スペイン、イタリア、フランスの国債価格の下落から、国債を大量保有している欧米の金融機関の負債が大きくなることで、トリガーは幾筋にも広がっている。
すでに、欧州を中心に銀行の資産劣化も表面化しつつある。時間の経過とともに、不良債権が次々に姿を現して来て、資産劣化は大きくなり、さらに他の各銀行をとらえており、危機はより深く、また範囲を広げつつある。信用不安が広がり資金調達がままならず、欧州金融システムの一部に機能不全が生じている。その影響は、大きさにおいて、範囲においてすでに欧州にとどまらない。
ベルギー・仏系銀行デクシアが破綻に追い込まれた。今年7月に結果が発表されたばかりのストレステストにデクシアは合格していた。このストレステストは、金融当局者によれば「より厳密に、厳しく」行われた。にもかかわらず、いとも簡単に破綻した。ストレステストそのものが信認を失っており、市場は欧州系銀行の正確な不良債権額と現在の真正な自己資本比率を知りたがっている。国債価格の下落、住宅価格の下落によって不良債権は今もなお拡大し続けており、だれもその正確な額を知ることはできない。疑心は広がりつつある。疑心とともに、不良債権額も増大しつつある。
このような光景をわれわれはかつて見たことがある。バブル崩壊後の日本経済の姿である。日本の金融機関・銀行の抱える不良債権は、発表のたびに拡大していった。「いったいいくら不良債権を抱えているのだ!」と非難を浴びせながら、公的資金を何度も増額・追加して注入していった。誰もがイライラし、非難を浴びせた。最終的に今日では、GNPの200%に及ぶ国債などの政府債務として積みあがっている。
10月末EUは、当面の解決策に合意した。
A)銀行自身による資本増強、
B)監督している政府による公的資金注入、
C)欧州金融安定ファシリティー(EFSF)による公的資金注入
という3段階の資本増強策を示した。
日本の不良債権処理の混迷を見てきた経験から見ても、予想される対応策ではあろう。というか、欧州バブルをもたらしたそもそもの「過度の借り入れや貸し出し、過度の支出以上のさらに上回る資金の大量投入、大量貸出し」(10月24日、ローレンス・H・サマーズ前米財務長官)してしまう以外に、危機の爆発を抑える方策は考えられないのである。恐慌から脱出するのに、さらなる大きな恐慌を準備することによって、恐慌から脱出する手段をよりなくしていくことによって、脱出しようとするのである。しかし、問題はそれでうまくいく保証はどこにもない。
A) 金融機関が自己資本の拡充を求められるということは、欧州金融機関の間では「投資資金の回収」や「貸しはがし」、「貸し渋り」が起きるということを意味するし、すでに起きている。「投資資金の回収」や「貸しはがし」は、景気を確実に冷やす要因として働く。バブル崩壊後の日本で経験済みのことでもある。金融機関の「投資資金の回収」や「貸しはがし」によって各企業は、業績は問題ないのに資金を調達できないため、投資機会を失うことが一般的に起きる。あるいは、投資資金の強引な回収によって業績は黒字なのに倒産も起きうる。全体として、信用不安が広がり投資は急速に冷え経済を一層減速させる。そのことは金融機関の財務を悪くし、さらなる自己資本の拡充が必要となる。「負のスパイラル」である。
B) 10月23日のEU首脳会議で、欧州系銀行の資本増強については大筋合意した。しかし、ドイツや北欧諸国など一部を除いてユーロ圏各国の財政悪化が顕著になっており、公的財政資金による銀行への資本注入は、欧州各国の一段の財政悪化を招くことになる。
仮に公的資金による欧州系銀行の増資が可能になっても、公的資金を出すことで各国政府では一層の財政悪化が進みその国の格付けが下がることになれば国債価格は暴落し、信用不安は鎮静化するどころか、収拾のメドが立たない事態に直面するリスクが高まる。そうすると銀行の保有している国債が、ほかの国債も含めてさらに値下がりし、金融機関の含み損が拡大し、更なる自己資本の拡充が必要となってくる事態を招きかねない。ここででも「負のスパイラル」である。すなわち、欧州系銀行の資本増強自体が、別のトリガーに転化する可能性が生まれてくるのである。何をやっているのかわからない。でもやらないと当面の爆発は防げない。
C) 欧州金融安定ファシリティー(EFSF)による公的資金注入においても同様である。欧州系銀行の自己資本増強の原資をどこに求めるのか、という点で独仏両国の対立は相当に深い。
フランスがEFSFを銀行化し、欧州中銀(ECB)から資金を借り入れて、欧州系銀行の自己資本注入を容易にしようとしたのも、フランスの置かれたより厳しい現実を何とか乗り越えようという意図があるからだ。フランスの国債利回りはすでにじわじわと上昇している。しかし、ドイツは強硬に反対した。EFSFの融資や資本注入がうまく機能せず、損失が膨らめば、融資したECBの損失も拡大し、ECBの信認失墜から欧州のインフレが猛威を振るう事態を懸念するとメルケル首相は表明している。
ECBの毀損した自己資本を増強する際に、まとまった規模の資金を出せる国はドイツ以外にない。最終的に欧州系銀行の損失の大部分をドイツの財政資金で賄うという未来が来ることをメルケル首相は拒否した。仏・サルコジ大統領は、「そんな悠長に事を構えている事態ではない、危機はすぐそこにまで来ている」と叫ぶ。フランスの銀行はギリシャ、イタリア、スペインの国債を大量に保有しており、自身の財務がすでに相当傷んでいる。
10月23日のEU首脳会議で、欧州系銀行の資本増強については大筋合意し、必要な資金額は1,000億─1,100億ユーロになるとの見通しがEU関係者から出ている。国際通貨基金(IMF)はすでに2,000億ユーロ規模の増資が必要との見解を示している。
それであっても、「とりあえずの爆発は抑えられるかもしれないが、最終的にそれでは収束しはしない」というのが市場の認識である。確かにその通りだろう。
ユーロ圏17カ国は、EFSFの融資可能額を2,520億ユーロから4,400億ユーロに拡大することに合意し、各国議会の同意もスロバキアを最後として何とか取り付けた。ギリシャ国債の50─60%のヘアカット(債務元本の削減)が実行され、欧州系銀行の自己資本の目減りがあっても、EFSF資金を活用すれば、何とか対応可能という計算だったはずだ。
ところが、市場は「ギリシャのヘアカットは近い」とみて、イタリアやスペインなどでも同じことが起きると連想し、イタリアやスペインの国債が売られた。価格は下がり利回りは上がった。
ギリシャ2年債利回りは100%を超え、イタリア国債の年利率は7%を超えた。イタリアとスペインの国債発行残高が合計2.1兆ユーロを超している現実では、4,400億ユーロのEFSFの処理能力を突破しているのは明らかだ。
事態はすでにより深刻な次の局面に移行してしまった。「ギリシャ危機を押さえつければ危機は収まる」事態はすでに過ぎ去った。イタリアやスペイン国債の下落による瓦落を恐れなくてはならなくなったのである。
国債を保有する銀行の資産劣化が進み、自己資本不足に陥り、市場での資本調達が困難であるため、さらなる公的資金によるさらなる資本増強の必要性が生じている。
EU首脳会議で、その路線が承認されるところまできた。しかし、問題は公的資金注入の規模である。底なしに公的資金を注入することはできない。更なる国家財政の悪化をもたらし、国債価格の暴落をもたらすからだ。したがって、中国や新興国、中東諸国、日本、米国からの、あるいはIMFからの資本調達を求めている。しかし、だれが他人のために資金を提供するか。資本主義はそんなシステムではない。「国際協力、協調」と言っているから少しくらいは出すにしても、必要な額には遠く及ばないのも明らかだ。
IMFはEFSFを強化するのを決定し、4,000億ユーロ準備するという。しかし、 EUはさらに資金を拡充する必要があるし、世界からの支援を必要としている。1兆ユーロまで拡充を決めたが、誰が出すのか決まっていない。
金融危機への対策として国家財政への損の付け替えによって対処した。しかし今度は国家財政悪化によって国債価格の暴落の恐れが生じ、そのことで国債を大量に抱える金融機関、銀行経営が行き詰まろうとしている。銀行の自己資本を公的資金で補填しても、問題の解決になっていない。対策にならないことが、明らかになりつつある。
EUの当面の解決策、A),B),C)は、事態の進展によっては、危機ぼっ発の要因に転化しかねない事態になっている。
3)第二のトリガー、CDS
それ以外にも別のルートを通じた爆発の可能性も迫りつつある。
EUでは公的資金の投入を決め、必死になって金融機関の破綻、デフォルトを防ごうとしている。しかし、個々の金融機関は自身が助かろうとしているだけで、欧州経済危機の爆発を防ごうと行動しているわけではない。例えばヘッジファンドなどは、国債価格の乱高下の機会をとらえて儲けようと行動している。アジア通貨危機の時には意図的に売りを仕掛けてバーツなどの通貨暴落を誘い、その機会をとらえて儲けた。現時点は、国債CDSトリガー発動の可能性が現実のものになりかねない情勢なのである。
クレジット・デフォルト・スワップ(以下:CDS)は企業や国などの信用リスクを対象とした取引で、CDSの買い手は売り手に対してプレミアム(保険料)を支払い、対象となる企業や国が債務不履行を起こした場合に、買い手は売り手から保証金を受け取る。したがって、CDSを持っておれば、保有する国債価格が下落しても損にはならない。だから、CDSを持っておれば、安心して国債のカラ売りを仕掛け暴落した後で買戻し儲けるのである。すなわち一方では必死に金融機関の破綻、デフォルトを防ごうとし、他方では意図的に破綻させようとしているのである。
これとて資本主義のもとでは正常な資本活動であって、資本主義は本性からしてこの無政府性を克服できないし、むしろ前提にしているのである。
そのことは、CDSを売った金融機関が大損をするのであり、それが危機のトリガーになるのだ。
現在、ギリシャ国債のデフォルトはほぼ避けようがなくなりつつある。
ギリシャ向け第2次支援策で民間負担を増加した場合、CDSの請求権が発動されるかどうかという金融システムにかかわる問題がまだ不透明で、それに対する方策も依然としてはっきりしない。
仮に、ギリシャ向け民間債務を50─60%カットした場合、CDSを売った金融機関は買った金融機関からの請求に対して、支払い義務が生じる可能性が高まる。その規模は、市場ではギリシャ国債だけで1兆ユーロを超すCDSが発行されており、CDSトリガーが引かれた後の金融市場の動向は予断を許さない緊迫した事態になる。CDSを売った金融機関の中には、米系金融機関も含まれており、欧州債務危機の影響が、大西洋の西側に向かって広がる。
また、欧州当局の根回しによってギリシャ国債のCDSトリガーを引かないことで全取引関係者の合意が形成された場合、今度は他の重債務国やその他の国の国債CDSの機能が発揮されないという思惑を生むことになりかねない。その場合は、逆にイタリアやスペインの国債価格下落という展開もありうる。まさにモグラたたきである。
どのような方策をとっても、事態はなかなかよくならないのである。
欧州ソブリン危機が招いたCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)問題が米銀のバランスシートに破壊的な影響力を与える可能性が現実のものとなりつつある。一部の米銀はギリシャ国債のCDSの売り手になっていると見られ、いずれギリシャが破綻した場合には、米銀に莫大な資金負担が発生し、3年前の危機を再現しかねない。
米MFグローバル・ホールディングスは10月31日、ニューヨーク州マンハッタンの裁判所に連邦破産法11条の適用を申請した。ユーロ圏債券への投資に社運を賭けたことが裏目に出た。欧州ソブリン債への積極投資で痛手を受けた。米MFグローバル・ホールディングスの破産は、米金融機関・銀行資本の明日の姿となりかねない。
これらの要因はすでに予想されており、米国では金融機関の不良債権問題の深刻化が進んでいる。米銀行、米金融機関の株価が下落しつつある。
これらのことは、米国がこの先量的緩和を通じた金融緩和を推し進めざるを得ない要因として働くことになる。
4)EU首脳、米政府首脳、IMF は何をやっているのか?
やっていることは、上記の通り、当面の爆発の防止である。それも対症療法的に、モグラたたきを繰り返している。別の言い方をすれば、将来への「繰り延べ」である。それ以上のことはしていない。
今回の2008恐慌、世界的経済危機をもたらした金融資本のグローバル化そのものを、変革しようとは決してしていない。目の前の爆発をとりあえず防止し、ただ繰り延べしようとしているだけである。
グローバル化した金融資本は、貪欲に利益を求めて徘徊する。これをとどめよう、あるいは変革しようとは決してしていないのである。
それは資本主義そのものの欠陥である。
資本主義の順直な発展が、瞬時にして世界を移動するグローバル化した金融資本の支配に至ることを描き出すのが経済学の課題であり使命であろう。
(※:「脱経済成長論」など事態の推移を真面目に見つめようとしていない、チャチな観念だけでできあがっている。反資本主義と自称しているものの、実のところPro-Capitalismである。)
5)公的資金の注入は金融資本の救済であり、国民は救済しない
欧州各国は、2008年9月のリーマンショック以降、傷んだ金融機関へ公的資金を注入し救ってきた。金融資本・銀行がバブル経済に乗って「過度の借り入れ」や「貸し出し」、「過度の支出」によって利益を上げようと行動したが、バブル崩壊、経済危機に遭遇し莫大な損を被った。その「損」があまりにも大きいため、「大きすぎてつぶせない」と言って、国家財政の損に付け替えた。「民間の需要不足」を国債発行による公的需要に置き換え、当面の経済的痛みを「緩和」してきたと言う。いわば「損」を各国政府の財政に移し替えてきた。それ以外にとる「手」はないと言うのだが、果たしてそんな方策をとってよかったのか、何のために誰を救ったのか。無駄ではなかったのかという疑念がわき起こってくる。
民間や巨大金融機関・銀行の「損」を国家財政に付け替え、当面の爆発を抑えてきた。そのことによって、「損」の支払いはこの先おもに国民が負担することを意味する。民間の「損」を、公的な「損」に姿を変え、そのことで、損を支払う者がすり替えられた。
損を抱えた国家財政は、この先ずうっと緊縮財政でやらざるを得なくなる。年金を切り下げ福祉・教育予算を削減し、消費税を引き上げる。その限りでは国家財政は、1%の損を、99%の損にすり替えて、人民から徴収する機構として機能している。
EUはギリシャ支援に際して、ギリシャ政府に緊縮財政を強要したし、ギリシャ国民に窮乏生活の受け入れを強要した。年金を切り下げ、教育福祉予算の削減を無理やり飲ませようとしている。確かにギリシャ政府は国債を償還するためには資金を得なければならない。でなければ当面の資金がなく、公務員の給与さえ支払うことができない。まるでギリシャ国民に罪があるかのように大手マスメディアは非難キャンペーンを流した。
しかしこれは物事の一面である。別の一面も見なくてはならない。誰がギリシャ国債を保有しているかを考慮しなければならない。フランス銀行もドイツ銀行も大量のギリシャ国債を保有している。EUのギリシャ支援策は、自分たちを救うのが目的である、自国の金融資本、金融システムを守るのがその目的である。
なぜこのような不当なことが、堂々と行われるのか!
1%を守ることを前提にするなら、こんな処方箋しか出てこないのである。
金融資本主義は人々に輝く未来を約束しない。統合したEUは一挙に市場を拡大し2000年以降急速に経済発展をした。恩恵は主に1%が得た、金融資本・銀行資本が得た。しかし、2008世界恐慌が到来するや、統合したEUを守るために各国は財政赤字削減を強行的に実施しなければならないという。負担は99%が負う。年金制度の破壊、医療制度、教育制度の破壊を予定している。これまでの文明を100年は後戻りさせる。
これでは、格差はますます拡大する。高揚期に1%は資産を増大させる。恐慌を経て99%に犠牲を負わせる。経済循環の各局面でますます格差が拡大することを意味している。その結果、どのような社会になるのかは明白である。
統合したEUは何を守ろうとしているのか。
ギリシャでは生活破壊に耐えかねて反政府デモが続いている。ギリシャ国民の姿は近い未来の欧州人の姿でもある。1%を守るために、欧州経済が回復するまで、国家財政に付け替えられた損を返すまで、欧州人の多くは窮乏の生活に耐えなければならないのである。
グローバル化した金融資本の支配維持のうえにEUは未来を描き出すことができない。もちろんそれはEUだけではない。
ユーロ危機は、ユーロにとどまらない。最終的に米国を襲うだろう。その過程は、今のところ、「ゆっくりと」(というのはリーマンショックに比べて)進んでいるように見える。(文責:小林 治郎吉)
12月14日 世界同時行動に向けて フィリピンでの取り組み [フィリピン元「慰安婦」]
12月14日 世界同時行動に向けて フィリピンでの取り組み
12月14日、「慰安婦」問題の解決を求める世界同時行動が、日本、韓国、アジア各国、欧米で予定されています。多くの女性団体、人権団体が行動への参加を表明しています。
フィリピンでも12月14日に向けたフォーラム、各行動が計画されています。その一部を紹介します。
「カイサカ」とは、フィリピンの女性団体の一つです。
「マラヤロラズ」とは、フィリピンの戦時性暴力被害者団体の一つです。
―――――――――――――――
「第1000回の水曜日」と呼ばれる韓国元「慰安婦」被害者と支援者による日本大使館前の水曜デモが2011年12月14日、1000回目を迎えます。2011年12月14日の国際的な同時共同行動の呼びかけに賛同し、カイサカは以下の活動を行います。
2011年11月19日
カイサカは、マラヤロラズの闘いならびに従軍「慰安婦」の窮境を含む第2次大戦暴力の他の犠牲者の闘いの円卓会議を持ちます。これは、闘いを広げる活動です。
討論者は、マラヤロラズのリーダー、 カイサカのヴァージニア・ラクサ-スアレス弁護士です。
スーザン・マクレランドが、私たちのこの円卓会議の議論に加わります。 スーザンは何度か受賞したことのある雑誌と本のライターで、トロントとスコットランドに拠点を置いています。 彼女の雑誌記事は、カナダで、ならびにロンドンとニューヨークで権威あるほぼすべての出版物でフィーチャーされました。スーザンの最初の著書は、「シエラレオネからの少女の記録」であり、現在30カ国以上で出版されています。 作家としての彼女の関心は、主に女性と子供たちの人権、戦争の影響、貧困、病気と環境に関してあり、またこれらすべての相互関連からくる諸問題にあります。2005年から、彼女はいくつかの記事、多数の特集記事執筆、調査報道と本を書き、2つの評判が高いアムネスティ・インターナショナル・メディア賞を含む賞を獲得しました。
2011年11月23日
マパニケ虐殺67周年を記念し、慰霊祭が持たれます。この日に間に合うように慰霊碑の周りの整備を行っています。
2011年11月25日
午前8時の~午前11時、カイサカは戦争と軍国主義の問題を掲げ、「女性の大衆行動ための世界行進」に、加わります。
午後4時~午後6時に、フィリピン大学法学部カレッジで持たれるパブリック・フォーラムがあり、カイサカのヴァージニア・ラクサ・スアレス弁護士が、 フィリピン、韓国とアジアの他の地域における第2次大戦時の暴力に焦点をあて、アジアにおける戦争と軍国主義化について報告します。
2011年12月10日
国際人権デーを祝い、カイサカは日本兵によって犯された第2次大戦中の戦争犯罪被害者の闘いに焦点をあて、動員行動を行います。
2011年12月14日
カイサカとマラヤロラズは、日本大使館前で抗議集会を開きます。
すべてのこれらの日には、カイサカは、プレス声明とプレス・リリースを発行します。
アキノ大統領は約束を守れ!
私たちは昨日、大統領オフィスから、マラヤロラズの事由をアキノ大統領が代表し、日本政府に補償を求め行動を起こすことを要求した2011年8月5日の私たちの手紙を、支持する通知を受け取りました。このようなことをあなたがたに知らせることができうれしく思います。
私たちは、すぐに以下のことを求め、前述の手紙に返事を出します。
A) アキノ大統領との謁見を求めます。
B) ロラたちの正義を日本政府に要求する際に、アキノ大統領にロラたちを代表するよう要求します。
C) アキノ大統領に財政援助と医療援助をロラに提供するよう要求します。
D) マパニケを記念するこの期間に、日本帝国軍隊に対して戦ったフィリピン人の名誉をたたえ、「赤い家」またはマパニケ慰霊碑を、歴史上の記念すべき場所として取り扱うように、アキノ大統領に要求します。
団結において、
ヴァージニア・ラクサ・スアレス
カイサカ議長
------
追記:
「マラヤロラズ」とマパニケ虐殺のこと
1944年11月23日、旧日本軍((第二戦車師団 師団長:岩仲義治中将)がフィリピン、パンパンガ州カンダバ市マパニケ村の住民をマパニケ小学校に集め、男たちを虐殺し、火にかけました。女たちは日本軍が駐屯地していた地主の家「バハイナプラ(=赤い家)」に集められ、レイプされました。
虐殺された男たちの遺骨は、のちにまとめて集められ、マパニケ小学校の一角に埋葬されました。現在、その上にHOLY ANGEL UNIVERSITYの寄付による慰霊碑が建てられています。現在もなお、慰霊碑の下にマパニケの男たちの骨があります。マパニケ村の被害者たちを近年、学生を含む多くの日本人が訪れ、被害の事実・実態を学んでいます。
マパニケの戦時性暴力被害を受けた女性たちが「マラヤロラズ」に参集し、日本政府の公式謝罪と補償を要求しています。
今年の11月23日にも慰霊祭があり、急遽、慰霊碑を整備することになりました。屋根とベンチを設置すると聞いています。整備のための費用として、すでに拠金を呼びかけています。これまでカサナグの会として連帯支援してきました。皆さんのご協力をお願いします。
12月14日、「慰安婦」問題の解決を求める世界同時行動が、日本、韓国、アジア各国、欧米で予定されています。多くの女性団体、人権団体が行動への参加を表明しています。
フィリピンでも12月14日に向けたフォーラム、各行動が計画されています。その一部を紹介します。
「カイサカ」とは、フィリピンの女性団体の一つです。
「マラヤロラズ」とは、フィリピンの戦時性暴力被害者団体の一つです。
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「第1000回の水曜日」と呼ばれる韓国元「慰安婦」被害者と支援者による日本大使館前の水曜デモが2011年12月14日、1000回目を迎えます。2011年12月14日の国際的な同時共同行動の呼びかけに賛同し、カイサカは以下の活動を行います。
2011年11月19日
カイサカは、マラヤロラズの闘いならびに従軍「慰安婦」の窮境を含む第2次大戦暴力の他の犠牲者の闘いの円卓会議を持ちます。これは、闘いを広げる活動です。
討論者は、マラヤロラズのリーダー、 カイサカのヴァージニア・ラクサ-スアレス弁護士です。
スーザン・マクレランドが、私たちのこの円卓会議の議論に加わります。 スーザンは何度か受賞したことのある雑誌と本のライターで、トロントとスコットランドに拠点を置いています。 彼女の雑誌記事は、カナダで、ならびにロンドンとニューヨークで権威あるほぼすべての出版物でフィーチャーされました。スーザンの最初の著書は、「シエラレオネからの少女の記録」であり、現在30カ国以上で出版されています。 作家としての彼女の関心は、主に女性と子供たちの人権、戦争の影響、貧困、病気と環境に関してあり、またこれらすべての相互関連からくる諸問題にあります。2005年から、彼女はいくつかの記事、多数の特集記事執筆、調査報道と本を書き、2つの評判が高いアムネスティ・インターナショナル・メディア賞を含む賞を獲得しました。
2011年11月23日
マパニケ虐殺67周年を記念し、慰霊祭が持たれます。この日に間に合うように慰霊碑の周りの整備を行っています。
2011年11月25日
午前8時の~午前11時、カイサカは戦争と軍国主義の問題を掲げ、「女性の大衆行動ための世界行進」に、加わります。
午後4時~午後6時に、フィリピン大学法学部カレッジで持たれるパブリック・フォーラムがあり、カイサカのヴァージニア・ラクサ・スアレス弁護士が、 フィリピン、韓国とアジアの他の地域における第2次大戦時の暴力に焦点をあて、アジアにおける戦争と軍国主義化について報告します。
2011年12月10日
国際人権デーを祝い、カイサカは日本兵によって犯された第2次大戦中の戦争犯罪被害者の闘いに焦点をあて、動員行動を行います。
2011年12月14日
カイサカとマラヤロラズは、日本大使館前で抗議集会を開きます。
すべてのこれらの日には、カイサカは、プレス声明とプレス・リリースを発行します。
アキノ大統領は約束を守れ!
私たちは昨日、大統領オフィスから、マラヤロラズの事由をアキノ大統領が代表し、日本政府に補償を求め行動を起こすことを要求した2011年8月5日の私たちの手紙を、支持する通知を受け取りました。このようなことをあなたがたに知らせることができうれしく思います。
私たちは、すぐに以下のことを求め、前述の手紙に返事を出します。
A) アキノ大統領との謁見を求めます。
B) ロラたちの正義を日本政府に要求する際に、アキノ大統領にロラたちを代表するよう要求します。
C) アキノ大統領に財政援助と医療援助をロラに提供するよう要求します。
D) マパニケを記念するこの期間に、日本帝国軍隊に対して戦ったフィリピン人の名誉をたたえ、「赤い家」またはマパニケ慰霊碑を、歴史上の記念すべき場所として取り扱うように、アキノ大統領に要求します。
団結において、
ヴァージニア・ラクサ・スアレス
カイサカ議長
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追記:
「マラヤロラズ」とマパニケ虐殺のこと
1944年11月23日、旧日本軍((第二戦車師団 師団長:岩仲義治中将)がフィリピン、パンパンガ州カンダバ市マパニケ村の住民をマパニケ小学校に集め、男たちを虐殺し、火にかけました。女たちは日本軍が駐屯地していた地主の家「バハイナプラ(=赤い家)」に集められ、レイプされました。
虐殺された男たちの遺骨は、のちにまとめて集められ、マパニケ小学校の一角に埋葬されました。現在、その上にHOLY ANGEL UNIVERSITYの寄付による慰霊碑が建てられています。現在もなお、慰霊碑の下にマパニケの男たちの骨があります。マパニケ村の被害者たちを近年、学生を含む多くの日本人が訪れ、被害の事実・実態を学んでいます。
マパニケの戦時性暴力被害を受けた女性たちが「マラヤロラズ」に参集し、日本政府の公式謝罪と補償を要求しています。
今年の11月23日にも慰霊祭があり、急遽、慰霊碑を整備することになりました。屋根とベンチを設置すると聞いています。整備のための費用として、すでに拠金を呼びかけています。これまでカサナグの会として連帯支援してきました。皆さんのご協力をお願いします。
ウォール街占拠運動― やっと発見された人々の連合体 [世界の動き]
ウォール街占拠運動―
やっと発見された人々の連合体
1)ウォール街占拠運動は、アメリカでは久々の左派の大衆運動
ウォール街占拠運動は、アメリカでは久々の左派の大衆運動であって、2000年ワシントンでのIMF会議、1999年WTOシアトル会議での反グローバリゼイションデモ以来である。それらはしかし局地的、短期間であった。今回のウォール街占拠運動は全米に広がり、さらに全世界に広がろうとしている。しかも2か月継続している。
今までの大衆運動とはまったく異なる新しい特徴、数々の「魅力」を備えている。
運営の仕方、人々の集まり方に特徴がある。ウェブサイトを利用した直接民主主義、現代の状況に見合うように自主的な自発的な人々の参加を可能にした人々の自由な連合体、アソシエイションではなかろうか。マルクスのいう批判的アソシエイションの一つの姿を示しているだろう。
またその批判の内容も、注目に値する。
9月29日採択されたニューヨーク市民総会(フリーダム公園)の第一「公式」声明
"Declaration of the Occupation of New York City"
http://nycga.cc/2011/09/30/declaration-of-the-occupation-of-new-york-city/]にその主張は明確に表現されている。
アメリカと世界の富が1%の人たちに握られていること、この富の偏在こそ、あるいは富の偏在をもたらす現代の社会関係こそ問題であるとし、その変革を主張している。至極まっとうな、まっすぐな要求、声、叫びである。
同時に、企業と企業活動が、現代における反社会的な存在であると明確に告発している。
「…民主主義的政府の正当な権力は人民に由来するが、企業は誰に同意を求めることもなく人民や地球から富を簒奪しており、民主主義のプロセスが経済権力によって決定されている間はいかなる真の民主主義も実現不可能であるという現実を認識している。」
「人民よりも自分たちの利益を、公正よりも利己的な関心を、平等よりも抑圧を優先するさまざまな企業が私たちの政府を動かしているこのとき、あなた方に呼びかけている。私たちは…ここに平和的に集まっており、それは私たちの権利である。」という現状認識を示している。
世界の99%の人たちは、「…世界の企業勢力によって不当な扱いを受けている」こと、何よりも利益実現を追求する企業活動が、富を簒奪し政府を動かし、人民の権利を踏みにじっていることを、驚くほど率直に告発している。
2)ウォール街占拠運動はどのように運営され、支持され、広がったのか?
自主的自発的な人々の連合体として運営されているウォール街占拠運動の実態が伝えられている。批判的アソシエイションの姿をネットから拾ってみよう。(肥田美佐子のNYリポート、鈴木頌さんのブログなどから転載)
◇自主的自発的な人々の連合体として運営されているウォール街占拠運動
「…平和的な運動姿勢や民主的な横並び組織運営法、独自のウェブサイトでデモの様子をライブストリーミング配信したりソーシャルメディアを駆使したりするデジタル・コミュニケーション戦略にある。同運動には、自発的にまとめ役を買って出る若者はいるが、縦並び的な「リーダー」はいない。公園に寝泊りする参加者同士のいさかいなどを解決する「調停員」もいる。一日に2回、各2時間ずつ開かれる「総会」で予定などを討議する。当局が拡声器の使用を禁じたため、決定事項を仲間に大声で伝言していく「人間拡声器」の手法も編み出した。…」(10月11日ウォール・ストリート・ジャーナル肥田美佐子のNYリポート)
◇市民の支持を受け、増え続ける多様な参加者
「さまざまな人種、性別、政治理念を持った人々による指導者のいない抵抗運動」
「…これまで反グローバリゼーション運動などは、さほど市民からの共感を得られなかったが、今回は、ストレートな主張と若者の熱意が、長引く景気低迷に疲れた市民の心を打った…」
「…組織はかなり確立されてきて おり、合議を導く「ファシリテーター班」、救急箱を持って歩く「医療班」、食料の寄付や調達を仕切る「フード班」がある。なかでも、メディア班は重要な役割を果たしている。広場の真ん中に発電機を備え、常に数人がパソコンに向かい、合議やデモの様子をほぼ24時間オンライ ンの動画で流すほか、ツイッターやウェブサイトの更新から、警察の暴力を撮影したビデオを動画共有サイト「ユーチューブ」に貼付ける作業をしている。」(10月11日肥田美佐子のNYリポート)
◇運動の始まり、全米各地への広がり
7月13日 カナダのエコ・グループがウォール街での平和的なデモ運動を提案。これにニューヨークの若者グループが合流。カナダのバンクーバーにある環境問題を扱う雑誌「アドバスターズ」の編集者カレ・ラースンが、「9月17日にウォール街を占領しよう」との呼びかけを発表した。
8月23日 ハッカー集団「アノニマス」がこれに賛同し抗議運動への参加を呼びかける。
9月17日 最初の占拠運動、ウォール街占拠行動がはじまり、推定1,000人が集まる。「われわれは99%だ。強欲で腐敗した1%にはもう我慢できない」がメインスローガンとなる。デモで掲げられたプラカードの内容
①政府による金融機関救済への批判
②富裕層への優遇措置への批判
③「グラス・スティーガル法」の改正による金融規制の強化
④高頻度取引の規制>
9月18日 広場で「総会」が開かれる。5時間にわたる討論の後、翌日からウォール街でデモを展開することを決定。逮捕につながるような行為はせず、ウォール街の通行人を妨害しないなど平和的民主的な行動をとることを満場一致で承認。
9月19日 広場に残った青年ら500人がニューヨーク証券取引所前を練り歩く。行動は午前9時半の株式市場 取引開始時と、午後4時の取引終了時の2回。段ボールのプラカードや太鼓・ラッパを持って歩道を歩くだけ。その後この行動が日課として定着する。
9月19日 カレントテレビがデモを取材。以後カレントテレビは連日抗議行動を報道。取材に当たったオルバーマン記者は、「なぜ主なニュース番組でこの抗議運動が取り上げられないのか? もしこれが茶会運動だったら、主要メディアは毎日トップで取り上げているだろう」と批判した。
9月22日 黒人人権運動のグループによる2千人のデモがウォール街占拠運動に合流
9月23日 米Yahoo! 抗議行動のサイト名(occupywallst.org)をふくむメイルをブロッキング。ヤフーは事実を認めたうえで、スパムフィルターの誤動作によるものだとし謝罪。
9月24日 最初の衝突 80名が逮捕、週末に合わせ全米から参加者が結集。警察は「住宅地区への行進でいくつかの通りが混乱した」ことを理由に大量逮捕に乗り出す。この取締りで80人が逮捕された。
9月24日 弾圧の模様がインターネット上でアップロードされ、「若い女性が警察官に催涙スプレーをかけられる」場面が注目を集める。
9月24日 100人近い逮捕者、1,000人あまりの新手の参加者が自発的にデモ行進を敢行。このデモ隊がニューヨーク市警と衝突し、100人近い逮捕者が出たという経過のようだ。
9月25日 「アノニマス」がYOUTUBEに動画をアップロード。警察に対し「36時間以内に残虐行為があれば、ニューヨーク市警をインターネット上から消去する」との“脅迫”を発表する。
9月26日 占拠運動、催涙スプレー事件の当該警察官の収監と警察委員長の辞任を要求。この日の夕方、映画監督マイケル・ムーアがリバティ・プラザで演説を行う。またチョムスキーが運動を強く支持するとのメッセージを発表。
9月28日 全米運輸労組(チームスター)に属するニューヨーク運輸業労働組合が占拠運動の支援を決議する。
9月30日 AFL‐CIOのリチャード・トラムカ会長、「労働組合は全国レベル、地方レベルの双方で『ウォール街占拠』に参加している」と発言。
10月02日 グーグルとツイッターが、ウォール街での抗議行動に関する記事の検閲に踏み切る。
10月03日 ニューヨーク市中央労働組合評議会の呼びかけで、全米運輸労組ローカル、介護・看護労働者労組、全米鉄鋼労組、教員連盟、米国通信労働者組合がシティーホールに結集。占拠運動の支援策を協議。
10月05日 ALF・CIOのトラムカ議長、「ウォール街に説明責任と雇用創出を求める彼らの決意を支持する」と表明。「若者の行動を横取りするつもりはない」、「われわれは全米でデモ参加者を支援し、今後も互いに協力し合っていく」と述べる。ALF・CIO(米労働総同盟産別会議)はアメリカ最大の労働センターで、1,220万人の組合員を組織する。
10月05日 占拠運動への連帯デモ行進。参加者は1万ないし2万人規模と推定される。ズコッティ公園(自由広場)を出発し、約1キロ北の連邦ビル前まで鐘や太鼓を鳴らして「ウォール街を占拠せよ」などと訴えながら行進した。
10月07日 AFL・CIO、占拠運動を支持することを決定。傘下の地方公務員組合連合(AFSCME)と通信労組(CWA)、合同運輸労組(ATU)、全米看護師組合(NNU)の4労組もデモに加わり始めるAFL・CIO自体が変化した。看護婦や教師やトラック運転手などの周辺産業労働者がAFL・CIOを支える時代…。
10月11日 「ボストンのダウンタウンでも、バンク・オブ・アメリカ前に約3,000人が集結した。ほかにも、ハワイからロサンゼルス、サンフランシスコ、シカゴ、ミネアポリス、フィラデルフィア、オーランド、ワシントンDCまで、優に100カ所を超える全米の都市で同様のデモが進行中だ。」(肥田美佐子のNYリポート)
10月12日 ロスアンゼルス市議会、「オキュパイ・ロスアンゼルス」運動を支持するとした決議を全会一致で可決。市議会による公的な支持の表明は初めて。
10月17日 NYタイムズにクルーグマンが寄稿。「ウォール街の反応は“軽蔑した無視”から“泣き言”に変わりつつある。彼らの怒りは数百万の米国人の心を揺り動かしつつある。ウォール街の泣き言は、少しも不思議ではない」と述べる。
3)何が画期的なのか?
注目すべき点がみられる。下記にまとめてみよう。
一つ目の理由は、2008年恐慌後のアメリカ社会の荒廃がある。米国人の多くが、彼らの表現によれば「99%」が、恐慌による損失を負わされ、その生活条件を悪化させている。失業は広がり、住宅を失った人たちも多い。公園に寝泊りすることもいとわず、運動に参加する人々が多数存在する社会になったのである。背景にはアメリカ社会全体を覆う貧困の広がり、格差社会化がある。
二つ目の理由は、その主張である。
9月29日採択されたニューヨーク市民総会(フリーダム公園)の第一「公式」声明は、このグループの公式文書であるが、立派な内容である。
「企業は…人民や地球から富を簒奪しており、経済権力によって民主主義のプロセスが決定されている間は、いかなる真の民主主義の実現も不可能である」と激しく現代の資本活動、経済システムを批判している。その事態に抗議し、「自分たちと隣人の権利を守らねばならず、平和的に集会を開く権利を行使し、公共の空間を占拠し、私たちが直面している問題に対処するプロセスを作り出し、すべての人々に届く全体的な解決策を作り出そう」と呼びかけている。
三つの理由は、ウォール街占拠運動の進め方、組織の仕方の決定的な新しさがあることだ。広く開かれた自主的、自発的な連合体であるところにある。これがもっとも重要な特徴であろう。
誰でも参加できるうえ、横並びで民主的平和的な組織運営がなされている。ウェブサイトを通じた情報の共有、毎日の発信がなされ、かつまたその情報は参加者だけでなく外に向かって、世界中に向かって開かれている。ウェブサイトを見て誰でも参加できるし、誰でも情報を共有できる。直接民主主義を、ネットを通じてより広範に、開かれたものとして実現しようと努力しているのがよくわかる。人々が孤立し分断されている現代の状況に相応したやり方であろう。人々の自由な参加を実現するため、自主的な自発的な連合体、アソシエイションを組織しようと苦心している。このような人々の連合体、アソシエイションこそが、もっとも重要なことであるし、この先世界の人々にとって見習うべき一つの発見された姿、連合体となるだろう。
さらにいくつかの注目すべき特徴がある。
一つは、運動の継続性を保持していることである。
「…平和的に集会を開く権利を行使し、公共の空間を占拠し、私たちが直面している問題に対処するプロセスを作り出し、すべての人々に届く全体的な解決策を作り出そう。」(9月29日ニューヨーク市民総会(フリーダム公園)の第一「公式」声明)
「占拠」の意味は、運動を継続させ拡大させることにある。一日限りの行動、結集ではなく、毎日活動する態勢を取り、運動の継続性を実現した。当初、呼びかけに応じたメンバーは公園に寝泊まりし、毎日総会が開かれ、決定事項が伝達され、デモに出かける。警察の弾圧、逮捕があれば即時にウェブサイトで報告し訴える。毎日これを繰り返し、そうして次々に多くの新しい参加者を迎え入れてきた。「平和的に集会を開く権利を行使し、公共の空間を占拠」する意味は、要求を訴え続け、継続的な活動をするところにある。継続したことで、様々な個人、団体の共感を獲得し徐々に、そして一挙に広がっていった。
既存の大手マスメディアを信頼しない、頼らない、依存しないことも、特徴の一つである。大手マスメディアが「経済権力」の支配下にあることをよく知ったうえで対応している。それに代わる手段としてウェブサイトで世界中に発信した。大手マスメディアに頼れば、彼らの機嫌をうかがい、検閲を受けることを受け入れなくてはならなくなる。当初からこれを拒否して出発した。
ヤフーやグーグルも占拠運動の発信を検閲したり、ブロッキングしようとした。占拠運動に参加する「ハッカー集団」とともにこの妨害を打ち破った。
大手マスメディアばかりではなく、既存の政治勢力の中で活動することも選択していない。直接民主主義の考え方が貫いている。オバマ選出時の大衆的な運動が二大政党の手のひらの上で踊らされたことへの反省と批判がある。
これまでの既存の政治勢力は、米社会の貧困化を告発する力にならなかった。二大政党制、共和党は論外としても、民主党でも現状のままでは受け皿にならないと判断している。三年前、オバマを大統領に送り出したのは、アメリカ社会の下からの新たな大衆運動であった。あの時はとにかく共和党を政権から引きずりおろさなければならなかった。
しかし三年の経過を経て、自分たちが選出したオバマはあてにはならないことが判明した。ある意味では裏切られたと身に染みて認識した。「代表を送り出すだけではだめだ」。直接行動によって、常に圧力をかけ続けなければ、送り出した代表は変質する。直接民主主義をとっているのは、そのような反省、あるいは批判に基づいているのではなかろうか。
何事も現実に対する「徹底した批判」から、新しい運動、新しい力は生まれてくるものなのだろう。
4)私たちにとっての教訓
ウォール街占拠運動は、インターネット駆使した情報の共有・発信、直接民主主義的な組織運営など、参加者に「外」に対しても開かれている自発的自主的な連合体であるところに大きな特徴がある。これまでにない魅力的な、私たちが学ばなくてはならない新しい特徴である。インターネットの技術にも習熟しなければならないし、「ハッカー集団」も呼びこみ、グーグルやヤフーのブロッキングに対抗する手段を身につけなければならない。
今後、現代世界における大衆的な運動は、「上から指令的な運営」という組織運営のやり方から、より自主的な自発的な参加を保障する連合体に変わらなければならないことを示唆しているようだ。
ウェブサイトを駆使して、情報の共有・発信などを可能にしたし、それらは開放的であって、誰にでも共有できる。警察による弾圧の映像も即事に世界に向かって発信することで、自分たちの運動の正当性を主張し、弾圧者を告発した。主張の発信においても、大手のマスメディアに頼らない運動を構築した。
「上から指令的な運営」方式をとってきた既存の政党や労働組合は、1%の富裕者が経済権力を握った現代のシステムの下では、自分たちが99%の多数者であるにもかかわらず、民主主義を実現する力を持つことがまったく不十分にしかできない。個人や労働組合は、分断され孤立させられ階層化され、1%の富裕者が経済権力を握った現代のシステムに対抗できていない。この事態を覆すため、人々を再結集する運動の形態、スタイルに新しく生まれ変わらなければならない。
新自由主義の下で個人が分断され孤立化し、人々は分断され、労働組合も分断され、これに対抗できてこなかったことが、支持や影響力を失ってきた最大の理由の一つである。
大手マスメディアによる報道を期待すれば、マスメディアの顔色をうかがわなければならなくなる。
5)今後どうなるか?
◇自主的自発的な人々の連合体を作り上げた意義は大きい
ウォール街占拠運動が、今後どのように発展するか、だれにもわからない。彼らの要求や主張が簡単に実現するとは思われないし、実現していく道筋も明らかになっているわけではない。この先いろんな問題が出てくるだろう。
しかしだからと言って、要求や主張が簡単に実現するかしないかで、ウォール街占拠運動の画期的な意義が変わるものではない。
現代社会への批判・変革のための自主的自発的な人々の連合体を作り上げた意義は大きい。条件に応じてその姿を変えながら、この連合体はこの先、人々の運動の進め方の大きなモデルになっていくだろう。
◇どのように影響力を獲得していくか?
ウォール街占拠運動は、既存の政治勢力、民主党の中で活動し影響力を確保していくかどうかは、まだわからない。
というより、民主党の中で活動するようになれば、ウォール街占拠運動はその自主性・自発性を失い、開かれた性格も失い、したがって影響力を失う可能性があることは、容易に想像できる。
2008年オバマ大統領を生み出す過程で、オバマ支持運動は、インターネットを活用しこれまでとは違った広がりと支持を見せた。資金面でも小口献金ながらネットを通じた広範な人々から、巨額の献金を集めた。有権者の多くがこれまでとは違った、自分たちも大統領選出に積極的にかかわるという姿を見せた。これまでかかわりたくとも、そして積極的に参加しても、既存の二大政党によって支配層の手の上で踊らされてきた。二大政党制によって民衆が主権から遠ざけられている現実への批判、あるいは変革の行動が必要とされていた。
これを打ち破ってオバマを大統領に送り出した。しかしオバマは大統領就任後、彼を押し上げたその大多数の支持者たち・支持運動から離れ、あるいは切り捨てた。オバマのとった政策は、既存の支配者と相いれる内容にトーンダウンしたし、登用したスタッフの顔ぶれを見ても既存の支配者から引き継いでいる。その上オバマは、2012大統領選には既存の政治勢力、資金力で大統領選に臨もうとしており、2008年の選挙で得た広範な「草の根」の支持は期待していない。あるいは草の根の支持はもはや得ることができないと自覚している。それはオバマが「幻想」を約束し、大統領になったからであり、オバマ自身もその事実を自覚しているからだし、二大政党制の枠組み内で政権運営することをあらかじめ選択したからだ。
ウォール街占拠運動は、このようなアメリカ政治の現状、オバマ選出後の変革停滞に対する批判としても生まれたのであろう。
◇オバマ民主党は、ウォール街占拠デモ運動の受け皿にはならない
共和党は、超高額所得者に対してのごくわずかな増税にすら反対している。
民主党は、オバマ大統領が最近になって高額所得者への課税を訴えているものの、下院で共和党が多数を占めており、連邦議会で可決される可能性は皆無である。
ウォール街占拠デモ運動にとって、民主党との関係が一つの焦点である。あまり民主党の党内政治に関与せず、独立性を保ったほうが影響力を持続できるであろうし、下からの広範な人々の連合体を維持発展させることこそ、重要である。
民主党に関与し求めることは、民主党の左傾化であろうし、根本的な党の変革であろう。しかし、オバマが大統領になっても左傾化は進まなかった。苦い経験をしたばかりだし、これまで何度も裏切られてきた。そんなに容易ではない。下からの広範な人々の連合体が、より大きくなって初めて可能になるだろう。
ウォール街占拠運動が民主党に厳しくないのは、共和党政治があまりにひどかったからであり、単に共和党よりマシだからであろう。よりマシ政府として彼らがオバマ政権を生んだからである。
民主党が現在のままで、あるいは今のままのオバマ政権が、ウォール街占拠デモ運動の受け皿となることはありえない。
◇他方におけるティーパーティ運動右派の運動
他方、上から組織された茶会運動、これも経済危機への不満、批判がベースにある。あるいは、アメリカの地位低下に対する不安が没落する米中産階級の一部をとらえている。日本で排外主義が、ある人々をとらえているのと似ている。インターネットで広がっている点も同様だ。
ただその主張は、「政府の景気刺激策や皆保険制度を拒否するアメリカ独自の小さな政府実現を」主張しており、ほとんど現実性を持っていない。「小さな政府」と言いながら、2008年恐慌後、公的資金を注入し金融資本を救ったことは決して非難しない。「小さな政府」と言いながら、巨額の軍事費削減には言及しない。「小さな政府」実現の矛先は、国民皆保険制度への批判など事前に選別されているのであって、露骨に大資本、金融資本の利害を体現している。大手マスメディアは小さな茶会運動の集まりを、こぞって報道する。大手マスメディアが大資本、金融資本の持ち物だからである。
これまでのアメリカ政治で存立してきた原理主義右翼による独自の主張は、そのほかの国々では決して受け入れられてはいない。いわば普遍的でない主張である。
茶会運動は、既存政治勢力である共和党の中で活動し、強力な政治的影響力を発揮している。このような光景は「奇妙」でさえある。茶会運動とこの運動を利用して共和党内をリードし米国での世論を作り上げていく政治過程は、既存の支配機構を通じて米支配層が「民主主義」の形式的手続きを経て、米国政治を牛耳り、コントロールしているいくつも存在する、あるいは現れては消える政治的手法の一つであることを表現している。
茶会運動は、2010年中間選挙でもその影響力の大きさを発揮したし、共和党大統領候補選出においてその帰趨を左右する存在であるのも確かだ。茶会運動というより、茶番運動と呼ばれるのにふさわしい。(文責:小林 治郎吉)
やっと発見された人々の連合体
1)ウォール街占拠運動は、アメリカでは久々の左派の大衆運動
ウォール街占拠運動は、アメリカでは久々の左派の大衆運動であって、2000年ワシントンでのIMF会議、1999年WTOシアトル会議での反グローバリゼイションデモ以来である。それらはしかし局地的、短期間であった。今回のウォール街占拠運動は全米に広がり、さらに全世界に広がろうとしている。しかも2か月継続している。
今までの大衆運動とはまったく異なる新しい特徴、数々の「魅力」を備えている。
運営の仕方、人々の集まり方に特徴がある。ウェブサイトを利用した直接民主主義、現代の状況に見合うように自主的な自発的な人々の参加を可能にした人々の自由な連合体、アソシエイションではなかろうか。マルクスのいう批判的アソシエイションの一つの姿を示しているだろう。
またその批判の内容も、注目に値する。
9月29日採択されたニューヨーク市民総会(フリーダム公園)の第一「公式」声明
"Declaration of the Occupation of New York City"
http://nycga.cc/2011/09/30/declaration-of-the-occupation-of-new-york-city/]にその主張は明確に表現されている。
アメリカと世界の富が1%の人たちに握られていること、この富の偏在こそ、あるいは富の偏在をもたらす現代の社会関係こそ問題であるとし、その変革を主張している。至極まっとうな、まっすぐな要求、声、叫びである。
同時に、企業と企業活動が、現代における反社会的な存在であると明確に告発している。
「…民主主義的政府の正当な権力は人民に由来するが、企業は誰に同意を求めることもなく人民や地球から富を簒奪しており、民主主義のプロセスが経済権力によって決定されている間はいかなる真の民主主義も実現不可能であるという現実を認識している。」
「人民よりも自分たちの利益を、公正よりも利己的な関心を、平等よりも抑圧を優先するさまざまな企業が私たちの政府を動かしているこのとき、あなた方に呼びかけている。私たちは…ここに平和的に集まっており、それは私たちの権利である。」という現状認識を示している。
世界の99%の人たちは、「…世界の企業勢力によって不当な扱いを受けている」こと、何よりも利益実現を追求する企業活動が、富を簒奪し政府を動かし、人民の権利を踏みにじっていることを、驚くほど率直に告発している。
2)ウォール街占拠運動はどのように運営され、支持され、広がったのか?
自主的自発的な人々の連合体として運営されているウォール街占拠運動の実態が伝えられている。批判的アソシエイションの姿をネットから拾ってみよう。(肥田美佐子のNYリポート、鈴木頌さんのブログなどから転載)
◇自主的自発的な人々の連合体として運営されているウォール街占拠運動
「…平和的な運動姿勢や民主的な横並び組織運営法、独自のウェブサイトでデモの様子をライブストリーミング配信したりソーシャルメディアを駆使したりするデジタル・コミュニケーション戦略にある。同運動には、自発的にまとめ役を買って出る若者はいるが、縦並び的な「リーダー」はいない。公園に寝泊りする参加者同士のいさかいなどを解決する「調停員」もいる。一日に2回、各2時間ずつ開かれる「総会」で予定などを討議する。当局が拡声器の使用を禁じたため、決定事項を仲間に大声で伝言していく「人間拡声器」の手法も編み出した。…」(10月11日ウォール・ストリート・ジャーナル肥田美佐子のNYリポート)
◇市民の支持を受け、増え続ける多様な参加者
「さまざまな人種、性別、政治理念を持った人々による指導者のいない抵抗運動」
「…これまで反グローバリゼーション運動などは、さほど市民からの共感を得られなかったが、今回は、ストレートな主張と若者の熱意が、長引く景気低迷に疲れた市民の心を打った…」
「…組織はかなり確立されてきて おり、合議を導く「ファシリテーター班」、救急箱を持って歩く「医療班」、食料の寄付や調達を仕切る「フード班」がある。なかでも、メディア班は重要な役割を果たしている。広場の真ん中に発電機を備え、常に数人がパソコンに向かい、合議やデモの様子をほぼ24時間オンライ ンの動画で流すほか、ツイッターやウェブサイトの更新から、警察の暴力を撮影したビデオを動画共有サイト「ユーチューブ」に貼付ける作業をしている。」(10月11日肥田美佐子のNYリポート)
◇運動の始まり、全米各地への広がり
7月13日 カナダのエコ・グループがウォール街での平和的なデモ運動を提案。これにニューヨークの若者グループが合流。カナダのバンクーバーにある環境問題を扱う雑誌「アドバスターズ」の編集者カレ・ラースンが、「9月17日にウォール街を占領しよう」との呼びかけを発表した。
8月23日 ハッカー集団「アノニマス」がこれに賛同し抗議運動への参加を呼びかける。
9月17日 最初の占拠運動、ウォール街占拠行動がはじまり、推定1,000人が集まる。「われわれは99%だ。強欲で腐敗した1%にはもう我慢できない」がメインスローガンとなる。デモで掲げられたプラカードの内容
①政府による金融機関救済への批判
②富裕層への優遇措置への批判
③「グラス・スティーガル法」の改正による金融規制の強化
④高頻度取引の規制>
9月18日 広場で「総会」が開かれる。5時間にわたる討論の後、翌日からウォール街でデモを展開することを決定。逮捕につながるような行為はせず、ウォール街の通行人を妨害しないなど平和的民主的な行動をとることを満場一致で承認。
9月19日 広場に残った青年ら500人がニューヨーク証券取引所前を練り歩く。行動は午前9時半の株式市場 取引開始時と、午後4時の取引終了時の2回。段ボールのプラカードや太鼓・ラッパを持って歩道を歩くだけ。その後この行動が日課として定着する。
9月19日 カレントテレビがデモを取材。以後カレントテレビは連日抗議行動を報道。取材に当たったオルバーマン記者は、「なぜ主なニュース番組でこの抗議運動が取り上げられないのか? もしこれが茶会運動だったら、主要メディアは毎日トップで取り上げているだろう」と批判した。
9月22日 黒人人権運動のグループによる2千人のデモがウォール街占拠運動に合流
9月23日 米Yahoo! 抗議行動のサイト名(occupywallst.org)をふくむメイルをブロッキング。ヤフーは事実を認めたうえで、スパムフィルターの誤動作によるものだとし謝罪。
9月24日 最初の衝突 80名が逮捕、週末に合わせ全米から参加者が結集。警察は「住宅地区への行進でいくつかの通りが混乱した」ことを理由に大量逮捕に乗り出す。この取締りで80人が逮捕された。
9月24日 弾圧の模様がインターネット上でアップロードされ、「若い女性が警察官に催涙スプレーをかけられる」場面が注目を集める。
9月24日 100人近い逮捕者、1,000人あまりの新手の参加者が自発的にデモ行進を敢行。このデモ隊がニューヨーク市警と衝突し、100人近い逮捕者が出たという経過のようだ。
9月25日 「アノニマス」がYOUTUBEに動画をアップロード。警察に対し「36時間以内に残虐行為があれば、ニューヨーク市警をインターネット上から消去する」との“脅迫”を発表する。
9月26日 占拠運動、催涙スプレー事件の当該警察官の収監と警察委員長の辞任を要求。この日の夕方、映画監督マイケル・ムーアがリバティ・プラザで演説を行う。またチョムスキーが運動を強く支持するとのメッセージを発表。
9月28日 全米運輸労組(チームスター)に属するニューヨーク運輸業労働組合が占拠運動の支援を決議する。
9月30日 AFL‐CIOのリチャード・トラムカ会長、「労働組合は全国レベル、地方レベルの双方で『ウォール街占拠』に参加している」と発言。
10月02日 グーグルとツイッターが、ウォール街での抗議行動に関する記事の検閲に踏み切る。
10月03日 ニューヨーク市中央労働組合評議会の呼びかけで、全米運輸労組ローカル、介護・看護労働者労組、全米鉄鋼労組、教員連盟、米国通信労働者組合がシティーホールに結集。占拠運動の支援策を協議。
10月05日 ALF・CIOのトラムカ議長、「ウォール街に説明責任と雇用創出を求める彼らの決意を支持する」と表明。「若者の行動を横取りするつもりはない」、「われわれは全米でデモ参加者を支援し、今後も互いに協力し合っていく」と述べる。ALF・CIO(米労働総同盟産別会議)はアメリカ最大の労働センターで、1,220万人の組合員を組織する。
10月05日 占拠運動への連帯デモ行進。参加者は1万ないし2万人規模と推定される。ズコッティ公園(自由広場)を出発し、約1キロ北の連邦ビル前まで鐘や太鼓を鳴らして「ウォール街を占拠せよ」などと訴えながら行進した。
10月07日 AFL・CIO、占拠運動を支持することを決定。傘下の地方公務員組合連合(AFSCME)と通信労組(CWA)、合同運輸労組(ATU)、全米看護師組合(NNU)の4労組もデモに加わり始めるAFL・CIO自体が変化した。看護婦や教師やトラック運転手などの周辺産業労働者がAFL・CIOを支える時代…。
10月11日 「ボストンのダウンタウンでも、バンク・オブ・アメリカ前に約3,000人が集結した。ほかにも、ハワイからロサンゼルス、サンフランシスコ、シカゴ、ミネアポリス、フィラデルフィア、オーランド、ワシントンDCまで、優に100カ所を超える全米の都市で同様のデモが進行中だ。」(肥田美佐子のNYリポート)
10月12日 ロスアンゼルス市議会、「オキュパイ・ロスアンゼルス」運動を支持するとした決議を全会一致で可決。市議会による公的な支持の表明は初めて。
10月17日 NYタイムズにクルーグマンが寄稿。「ウォール街の反応は“軽蔑した無視”から“泣き言”に変わりつつある。彼らの怒りは数百万の米国人の心を揺り動かしつつある。ウォール街の泣き言は、少しも不思議ではない」と述べる。
3)何が画期的なのか?
注目すべき点がみられる。下記にまとめてみよう。
一つ目の理由は、2008年恐慌後のアメリカ社会の荒廃がある。米国人の多くが、彼らの表現によれば「99%」が、恐慌による損失を負わされ、その生活条件を悪化させている。失業は広がり、住宅を失った人たちも多い。公園に寝泊りすることもいとわず、運動に参加する人々が多数存在する社会になったのである。背景にはアメリカ社会全体を覆う貧困の広がり、格差社会化がある。
二つ目の理由は、その主張である。
9月29日採択されたニューヨーク市民総会(フリーダム公園)の第一「公式」声明は、このグループの公式文書であるが、立派な内容である。
「企業は…人民や地球から富を簒奪しており、経済権力によって民主主義のプロセスが決定されている間は、いかなる真の民主主義の実現も不可能である」と激しく現代の資本活動、経済システムを批判している。その事態に抗議し、「自分たちと隣人の権利を守らねばならず、平和的に集会を開く権利を行使し、公共の空間を占拠し、私たちが直面している問題に対処するプロセスを作り出し、すべての人々に届く全体的な解決策を作り出そう」と呼びかけている。
三つの理由は、ウォール街占拠運動の進め方、組織の仕方の決定的な新しさがあることだ。広く開かれた自主的、自発的な連合体であるところにある。これがもっとも重要な特徴であろう。
誰でも参加できるうえ、横並びで民主的平和的な組織運営がなされている。ウェブサイトを通じた情報の共有、毎日の発信がなされ、かつまたその情報は参加者だけでなく外に向かって、世界中に向かって開かれている。ウェブサイトを見て誰でも参加できるし、誰でも情報を共有できる。直接民主主義を、ネットを通じてより広範に、開かれたものとして実現しようと努力しているのがよくわかる。人々が孤立し分断されている現代の状況に相応したやり方であろう。人々の自由な参加を実現するため、自主的な自発的な連合体、アソシエイションを組織しようと苦心している。このような人々の連合体、アソシエイションこそが、もっとも重要なことであるし、この先世界の人々にとって見習うべき一つの発見された姿、連合体となるだろう。
さらにいくつかの注目すべき特徴がある。
一つは、運動の継続性を保持していることである。
「…平和的に集会を開く権利を行使し、公共の空間を占拠し、私たちが直面している問題に対処するプロセスを作り出し、すべての人々に届く全体的な解決策を作り出そう。」(9月29日ニューヨーク市民総会(フリーダム公園)の第一「公式」声明)
「占拠」の意味は、運動を継続させ拡大させることにある。一日限りの行動、結集ではなく、毎日活動する態勢を取り、運動の継続性を実現した。当初、呼びかけに応じたメンバーは公園に寝泊まりし、毎日総会が開かれ、決定事項が伝達され、デモに出かける。警察の弾圧、逮捕があれば即時にウェブサイトで報告し訴える。毎日これを繰り返し、そうして次々に多くの新しい参加者を迎え入れてきた。「平和的に集会を開く権利を行使し、公共の空間を占拠」する意味は、要求を訴え続け、継続的な活動をするところにある。継続したことで、様々な個人、団体の共感を獲得し徐々に、そして一挙に広がっていった。
既存の大手マスメディアを信頼しない、頼らない、依存しないことも、特徴の一つである。大手マスメディアが「経済権力」の支配下にあることをよく知ったうえで対応している。それに代わる手段としてウェブサイトで世界中に発信した。大手マスメディアに頼れば、彼らの機嫌をうかがい、検閲を受けることを受け入れなくてはならなくなる。当初からこれを拒否して出発した。
ヤフーやグーグルも占拠運動の発信を検閲したり、ブロッキングしようとした。占拠運動に参加する「ハッカー集団」とともにこの妨害を打ち破った。
大手マスメディアばかりではなく、既存の政治勢力の中で活動することも選択していない。直接民主主義の考え方が貫いている。オバマ選出時の大衆的な運動が二大政党の手のひらの上で踊らされたことへの反省と批判がある。
これまでの既存の政治勢力は、米社会の貧困化を告発する力にならなかった。二大政党制、共和党は論外としても、民主党でも現状のままでは受け皿にならないと判断している。三年前、オバマを大統領に送り出したのは、アメリカ社会の下からの新たな大衆運動であった。あの時はとにかく共和党を政権から引きずりおろさなければならなかった。
しかし三年の経過を経て、自分たちが選出したオバマはあてにはならないことが判明した。ある意味では裏切られたと身に染みて認識した。「代表を送り出すだけではだめだ」。直接行動によって、常に圧力をかけ続けなければ、送り出した代表は変質する。直接民主主義をとっているのは、そのような反省、あるいは批判に基づいているのではなかろうか。
何事も現実に対する「徹底した批判」から、新しい運動、新しい力は生まれてくるものなのだろう。
4)私たちにとっての教訓
ウォール街占拠運動は、インターネット駆使した情報の共有・発信、直接民主主義的な組織運営など、参加者に「外」に対しても開かれている自発的自主的な連合体であるところに大きな特徴がある。これまでにない魅力的な、私たちが学ばなくてはならない新しい特徴である。インターネットの技術にも習熟しなければならないし、「ハッカー集団」も呼びこみ、グーグルやヤフーのブロッキングに対抗する手段を身につけなければならない。
今後、現代世界における大衆的な運動は、「上から指令的な運営」という組織運営のやり方から、より自主的な自発的な参加を保障する連合体に変わらなければならないことを示唆しているようだ。
ウェブサイトを駆使して、情報の共有・発信などを可能にしたし、それらは開放的であって、誰にでも共有できる。警察による弾圧の映像も即事に世界に向かって発信することで、自分たちの運動の正当性を主張し、弾圧者を告発した。主張の発信においても、大手のマスメディアに頼らない運動を構築した。
「上から指令的な運営」方式をとってきた既存の政党や労働組合は、1%の富裕者が経済権力を握った現代のシステムの下では、自分たちが99%の多数者であるにもかかわらず、民主主義を実現する力を持つことがまったく不十分にしかできない。個人や労働組合は、分断され孤立させられ階層化され、1%の富裕者が経済権力を握った現代のシステムに対抗できていない。この事態を覆すため、人々を再結集する運動の形態、スタイルに新しく生まれ変わらなければならない。
新自由主義の下で個人が分断され孤立化し、人々は分断され、労働組合も分断され、これに対抗できてこなかったことが、支持や影響力を失ってきた最大の理由の一つである。
大手マスメディアによる報道を期待すれば、マスメディアの顔色をうかがわなければならなくなる。
5)今後どうなるか?
◇自主的自発的な人々の連合体を作り上げた意義は大きい
ウォール街占拠運動が、今後どのように発展するか、だれにもわからない。彼らの要求や主張が簡単に実現するとは思われないし、実現していく道筋も明らかになっているわけではない。この先いろんな問題が出てくるだろう。
しかしだからと言って、要求や主張が簡単に実現するかしないかで、ウォール街占拠運動の画期的な意義が変わるものではない。
現代社会への批判・変革のための自主的自発的な人々の連合体を作り上げた意義は大きい。条件に応じてその姿を変えながら、この連合体はこの先、人々の運動の進め方の大きなモデルになっていくだろう。
◇どのように影響力を獲得していくか?
ウォール街占拠運動は、既存の政治勢力、民主党の中で活動し影響力を確保していくかどうかは、まだわからない。
というより、民主党の中で活動するようになれば、ウォール街占拠運動はその自主性・自発性を失い、開かれた性格も失い、したがって影響力を失う可能性があることは、容易に想像できる。
2008年オバマ大統領を生み出す過程で、オバマ支持運動は、インターネットを活用しこれまでとは違った広がりと支持を見せた。資金面でも小口献金ながらネットを通じた広範な人々から、巨額の献金を集めた。有権者の多くがこれまでとは違った、自分たちも大統領選出に積極的にかかわるという姿を見せた。これまでかかわりたくとも、そして積極的に参加しても、既存の二大政党によって支配層の手の上で踊らされてきた。二大政党制によって民衆が主権から遠ざけられている現実への批判、あるいは変革の行動が必要とされていた。
これを打ち破ってオバマを大統領に送り出した。しかしオバマは大統領就任後、彼を押し上げたその大多数の支持者たち・支持運動から離れ、あるいは切り捨てた。オバマのとった政策は、既存の支配者と相いれる内容にトーンダウンしたし、登用したスタッフの顔ぶれを見ても既存の支配者から引き継いでいる。その上オバマは、2012大統領選には既存の政治勢力、資金力で大統領選に臨もうとしており、2008年の選挙で得た広範な「草の根」の支持は期待していない。あるいは草の根の支持はもはや得ることができないと自覚している。それはオバマが「幻想」を約束し、大統領になったからであり、オバマ自身もその事実を自覚しているからだし、二大政党制の枠組み内で政権運営することをあらかじめ選択したからだ。
ウォール街占拠運動は、このようなアメリカ政治の現状、オバマ選出後の変革停滞に対する批判としても生まれたのであろう。
◇オバマ民主党は、ウォール街占拠デモ運動の受け皿にはならない
共和党は、超高額所得者に対してのごくわずかな増税にすら反対している。
民主党は、オバマ大統領が最近になって高額所得者への課税を訴えているものの、下院で共和党が多数を占めており、連邦議会で可決される可能性は皆無である。
ウォール街占拠デモ運動にとって、民主党との関係が一つの焦点である。あまり民主党の党内政治に関与せず、独立性を保ったほうが影響力を持続できるであろうし、下からの広範な人々の連合体を維持発展させることこそ、重要である。
民主党に関与し求めることは、民主党の左傾化であろうし、根本的な党の変革であろう。しかし、オバマが大統領になっても左傾化は進まなかった。苦い経験をしたばかりだし、これまで何度も裏切られてきた。そんなに容易ではない。下からの広範な人々の連合体が、より大きくなって初めて可能になるだろう。
ウォール街占拠運動が民主党に厳しくないのは、共和党政治があまりにひどかったからであり、単に共和党よりマシだからであろう。よりマシ政府として彼らがオバマ政権を生んだからである。
民主党が現在のままで、あるいは今のままのオバマ政権が、ウォール街占拠デモ運動の受け皿となることはありえない。
◇他方におけるティーパーティ運動右派の運動
他方、上から組織された茶会運動、これも経済危機への不満、批判がベースにある。あるいは、アメリカの地位低下に対する不安が没落する米中産階級の一部をとらえている。日本で排外主義が、ある人々をとらえているのと似ている。インターネットで広がっている点も同様だ。
ただその主張は、「政府の景気刺激策や皆保険制度を拒否するアメリカ独自の小さな政府実現を」主張しており、ほとんど現実性を持っていない。「小さな政府」と言いながら、2008年恐慌後、公的資金を注入し金融資本を救ったことは決して非難しない。「小さな政府」と言いながら、巨額の軍事費削減には言及しない。「小さな政府」実現の矛先は、国民皆保険制度への批判など事前に選別されているのであって、露骨に大資本、金融資本の利害を体現している。大手マスメディアは小さな茶会運動の集まりを、こぞって報道する。大手マスメディアが大資本、金融資本の持ち物だからである。
これまでのアメリカ政治で存立してきた原理主義右翼による独自の主張は、そのほかの国々では決して受け入れられてはいない。いわば普遍的でない主張である。
茶会運動は、既存政治勢力である共和党の中で活動し、強力な政治的影響力を発揮している。このような光景は「奇妙」でさえある。茶会運動とこの運動を利用して共和党内をリードし米国での世論を作り上げていく政治過程は、既存の支配機構を通じて米支配層が「民主主義」の形式的手続きを経て、米国政治を牛耳り、コントロールしているいくつも存在する、あるいは現れては消える政治的手法の一つであることを表現している。
茶会運動は、2010年中間選挙でもその影響力の大きさを発揮したし、共和党大統領候補選出においてその帰趨を左右する存在であるのも確かだ。茶会運動というより、茶番運動と呼ばれるのにふさわしい。(文責:小林 治郎吉)
カダフィ、即時処刑の意味 [世界の動き]
1)リビア、カダフィ殺害
10月20日リビア・シルテ郊外で、カダフィが殺害された。8月23日カダフィ政権打倒を掲げる国民評議会が首都トリポリを占領した時点で、カダフィ政権はすでにほぼ崩壊してはいた。ただカダフィ派との戦闘は続いていたから、カダフィの殺害で局面は変わり、戦闘は終了することになるだろう。
国民評議会がほぼリビア全土を掌握し、新政権として発足することになる。
2)カダフィはどのように殺されたか?
◇拘束のきっかけは空爆
カダフィが拘束されたのは北中部シルトから西約3キロ付近。現場に入ったロイター通信の記者によると、6車線ある幹線道路から約20メートル外れた場所に、荷台に機関銃を備え付けた小型トラック15台が大破し焼け焦げた状態で放置されていた。
周りには、狙いを外した爆弾がもたらす地面の穴などが見られず、北大西洋条約機構(NATO)による正確な空爆を受けた可能性が高い。NATOの空爆は、正確にカダフィを狙い撃ちした、あるいは居場所を知っていた可能性が高い。
現場にいた国民評議会の兵士によると、カダフィは空爆を受けた後、近くの排水溝トンネルに逃げ込んだ。足と背中を負傷していた。(ロイター)
◇反カダフィ派の民兵軍による即時処刑
反カダフィ派の民兵軍、国民評議会側の軍によって、排水溝に隠れていたカダフィはその場所を突き止められ、生きたまま捕えられた。NATOによる空爆と民兵による拘束は、連携した行動である。NATOはこのようなところまで関与している。
カダフィは拘束直後、生存していた、にもかかわらず連行中に民兵によって腹、もしくは頭を撃たれ、殺害された。「死亡」と報道されているが、正しくは「即時処刑」である。無抵抗の状態での殺害が明確となれば、カダフィの「即時処刑」は国際法に抵触する。
同国を暫定統治する国民評議会(NTC)のある高官は、「カダフィは連行される際に、(反カダフィ派の兵士に)殴られ、そして殺された」と話している。
ジュネーブ条約では捕虜などに対する拷問や処刑を禁じており、OHCHRのルパート・コルビル報道官は「即時処刑はいかなる場合でも違法。戦闘中に死亡することとは異なる」と指摘している。
NATOや国民評議会にとってカダフィの生存は都合が悪く、戦闘中に死んでもらう必要があった、しかし生きて捕えてしまった、そのため死んでもらったということであろうか。
このようなところにも、新政権・国民評議会の特質があらわれているのではないだろうか。
3)NATOの空爆は侵略である
◇NATOによる空爆出撃は、9,600回にも及んだ
反カダフィ派への武力弾圧を続けたカダフィ派に対する軍事行動が始まったのは3月19日。NATOは3月31日に、米英仏軍が開始した軍事作戦の指揮権を米軍から引き継いだ。
NATOの盟主、米国が後方支援に回ったため、英仏軍がNATOによる空爆を主導。空爆のための出撃回数は9,600回を超えた。尋常ではない。
8月23日のカダフィ政権崩壊後も続けてきた軍事作戦は、1949年のNATO創設後初めて、米国ではなく英仏など欧州諸国が主導する形で実施され、反カダフィ派の地上部隊を空爆で支援してきた。NATOは新たな軍事介入の先例を作った。
◇NATOによる空爆は侵略である
「人権」擁護、アラブの民主化支援という名目による空爆は、カダフィ政権に対する一方的なかつ直接的な軍事介入であり、軍事侵略である。軍事介入によらない平和的解決、交渉こそ追求されなくてはならない。NATOは、そのような努力を一切行ってこなかった。このような行為は決して許されるものではない。
同じ基準が適用されるのなら、この先欧米諸国にとって都合の悪い政府・政権は選別して、軍事介入、侵略できることになる。その名目は、「人権擁護」であり、「民主化」である。
現時点において具体的現実的には、欧米はシリアへの軍事介入をン狙っている。アサド政権を打倒し、欧米諸国にとって都合のいい政権樹立を狙っている。
打倒の対象は、選別されていて、「人権」が無視される社会、サウジややバーレーンは、親欧米の政府・政権であるから、事前に除外される。侵略国家イスラエルも除外される。
リビアのカダフィ政権は親欧米の政権ではない、したがって適用される。石油資源を国有化してしまったカダフィ政権は打倒の対象である。打倒すれば、国民評議会が権力を握れば、石油を握る機会が訪れる。
カダフィがいくら独裁政治を行ったからと言って、欧米資本がリビアの石油を支配する理由にはならない。
リビアの最高指導者だったカダフィが、10月20日殺されたことで、3月末から北大西洋条約機構(NATO)が指揮する軍事作戦は終結するだろう。
市民を守るなどという見え透いた口実でもって、NATOは数千人の市民を殺害した。
国連(ONU)や、欧州連合(UE)などの組織が、いかにも戦争を計画し、実施してきた。この事実を忘れてはならない。人権の名によって侵略した。
4)軍事介入・侵略以外に道はなかったのか?
ベネズエラ大統領チャベスは、NATOなど外国軍の軍事介入を避けるために、カダフィ政権と、反政府派とのあいだを仲介する国際委員会を設置し、紛争の平和的解決をはかることを提案していた。ALBA外相会議はこの提案を支持することを決定した。委員会のメンバー、期間などは明らかではないが、ALBAはアラブ連盟(LA)、アフリカ諸国連合(UA)そのほかの諸国と協力し、委員会を形成することを考えた。
チャベスは、この委員会に米国の元大統領である、ジミー・カーターを候補としてあげた。チャベスによると、2003年ベネズエラにおいて、反対派が石油生産などのストライキによる攻勢をかけたとき、カーター元大統領が仲介をおこなった。
カダフィ政権は、チャベスとALBAの提案を受け入れた。リビアのモウサ・コウサ外相は、委員会の設置のために必要な措置が取られることを支持するという書簡を送っている。リビア反対派である国民評議会はこれを完全に拒否した。米国も平和のための国際委員会の派遣という提案を拒否した。
アフリカ連合(UA)も同様の提案をしてきた。これも拒否された。
米国もNATOも、そして国民評議会も、戦闘によるカダフィ政権の打倒をめざしたし、その点でまったく一致したのである。
国民評議会が欧米の利害の代理人なのか、それとも国民評議会が自分の意志で尻尾を振っているのか、いずれ明らかになるだろう。リビアの石油が誰のものになるか!それを見届ければ明らかになるだろう。
5)国民評議会とは何か?支持していいのか?
◇NATOの軍事介入を要請した国民評議会
前述の通り、カダフィ政権は、チャベスとALBAの提案を受け入れた。リビア反対派である国民評議会はこれを完全に拒否した。そればかりかNATOの軍事介入を要請した。
この事実は、国民評議会がいかにNATO諸国と近いかを示している。
◇国民評議会は誰の利益を体現しているのか?
利益を巡って争い、 反カダフィ派同士の内輪もめ
10月21日読売新聞によれば、「国民評議会はトリポリ制圧後、暫定政権の早期樹立を目指したが、シルテなどでカダフィ派の抵抗が続き、評議会内部の主導権争いも表面化。……ジブリル暫定首相は19日、「我々は戦闘から政治的な争いに入っている。新国家ができる前に起こってはいけないことだ」と述べ、暫定政府を巡る各派のポスト争いを批判、政争がもたらす混乱を批判した。評議会は当初、9月中にも暫定政権を発足させる予定だったが、閣僚ポストを巡る争いが激化し、延期を余儀なくされた。背景には、カダフィ政権打倒を巡る論功行賞の問題が、もともと根強かった地域・部族間の対立を増幅させたことがある。」と伝えている。
国民評議会の政治理念が明確でない、そもそもリビア国民に対して新政権は何をするのか、どのようなリビアを建設するのか、そのプランも伝えられていない。地域・部族間の利害対立、閣僚ポスト争いは伝わってくる。政権打倒による利権獲得が、衝動力であるように見える。
6)リビアの石油は誰のものになるのか!
9月21日国連総会で、ボリビア大統領エボ・モラレスは「リビアの石油は誰のものになるのであろうか。介入はカダフィや人民の罪でおこされたのではない。それはリビアの石油が原因であった。数年以内にリビアの石油が、いかなる国の手に渡ったかを、われわれは見ることができるであろうと」演説した。
NATOの軍事介入の意味は何か?NATOの軍事介入を要請した国民評議会の性格は何か?
これらはすべて、リビアの石油が誰のものになるかを見届けるならば、最終的に明らかになるだろう。
カダフィは石油を国有化した。リビアのものにした。国有化は、米や英仏伊にとっては、敵視すべきとんでもない政策なのだ。
この先石油が、軍事介入した米や仏、英、イタリアのものになったなら、この戦争の意味を、最終的にはっきりさせるだろう。カダフィの行った農地改革をどうするか、これも同じく見届けなければならない。
「市民を守るなどという見え透いた口実でもって、NATOは数千人の市民を殺害した。アフリカ連合(UA)による建設的な提案を無視し、安保理の問題のある決議すら踏みにじった」。 国連も「国際的な平和を守れという要求、NATOの爆撃を即時中止させよという要求に答えることなく、侵略戦争の共犯者となった」。
NATOがリビア爆撃の根拠にした国連決議は一方的である。「いかなるものも罪なき人々を殺害することを正当化することはできない」 (文責:林 信治)
10月20日リビア・シルテ郊外で、カダフィが殺害された。8月23日カダフィ政権打倒を掲げる国民評議会が首都トリポリを占領した時点で、カダフィ政権はすでにほぼ崩壊してはいた。ただカダフィ派との戦闘は続いていたから、カダフィの殺害で局面は変わり、戦闘は終了することになるだろう。
国民評議会がほぼリビア全土を掌握し、新政権として発足することになる。
2)カダフィはどのように殺されたか?
◇拘束のきっかけは空爆
カダフィが拘束されたのは北中部シルトから西約3キロ付近。現場に入ったロイター通信の記者によると、6車線ある幹線道路から約20メートル外れた場所に、荷台に機関銃を備え付けた小型トラック15台が大破し焼け焦げた状態で放置されていた。
周りには、狙いを外した爆弾がもたらす地面の穴などが見られず、北大西洋条約機構(NATO)による正確な空爆を受けた可能性が高い。NATOの空爆は、正確にカダフィを狙い撃ちした、あるいは居場所を知っていた可能性が高い。
現場にいた国民評議会の兵士によると、カダフィは空爆を受けた後、近くの排水溝トンネルに逃げ込んだ。足と背中を負傷していた。(ロイター)
◇反カダフィ派の民兵軍による即時処刑
反カダフィ派の民兵軍、国民評議会側の軍によって、排水溝に隠れていたカダフィはその場所を突き止められ、生きたまま捕えられた。NATOによる空爆と民兵による拘束は、連携した行動である。NATOはこのようなところまで関与している。
カダフィは拘束直後、生存していた、にもかかわらず連行中に民兵によって腹、もしくは頭を撃たれ、殺害された。「死亡」と報道されているが、正しくは「即時処刑」である。無抵抗の状態での殺害が明確となれば、カダフィの「即時処刑」は国際法に抵触する。
同国を暫定統治する国民評議会(NTC)のある高官は、「カダフィは連行される際に、(反カダフィ派の兵士に)殴られ、そして殺された」と話している。
ジュネーブ条約では捕虜などに対する拷問や処刑を禁じており、OHCHRのルパート・コルビル報道官は「即時処刑はいかなる場合でも違法。戦闘中に死亡することとは異なる」と指摘している。
NATOや国民評議会にとってカダフィの生存は都合が悪く、戦闘中に死んでもらう必要があった、しかし生きて捕えてしまった、そのため死んでもらったということであろうか。
このようなところにも、新政権・国民評議会の特質があらわれているのではないだろうか。
3)NATOの空爆は侵略である
◇NATOによる空爆出撃は、9,600回にも及んだ
反カダフィ派への武力弾圧を続けたカダフィ派に対する軍事行動が始まったのは3月19日。NATOは3月31日に、米英仏軍が開始した軍事作戦の指揮権を米軍から引き継いだ。
NATOの盟主、米国が後方支援に回ったため、英仏軍がNATOによる空爆を主導。空爆のための出撃回数は9,600回を超えた。尋常ではない。
8月23日のカダフィ政権崩壊後も続けてきた軍事作戦は、1949年のNATO創設後初めて、米国ではなく英仏など欧州諸国が主導する形で実施され、反カダフィ派の地上部隊を空爆で支援してきた。NATOは新たな軍事介入の先例を作った。
◇NATOによる空爆は侵略である
「人権」擁護、アラブの民主化支援という名目による空爆は、カダフィ政権に対する一方的なかつ直接的な軍事介入であり、軍事侵略である。軍事介入によらない平和的解決、交渉こそ追求されなくてはならない。NATOは、そのような努力を一切行ってこなかった。このような行為は決して許されるものではない。
同じ基準が適用されるのなら、この先欧米諸国にとって都合の悪い政府・政権は選別して、軍事介入、侵略できることになる。その名目は、「人権擁護」であり、「民主化」である。
現時点において具体的現実的には、欧米はシリアへの軍事介入をン狙っている。アサド政権を打倒し、欧米諸国にとって都合のいい政権樹立を狙っている。
打倒の対象は、選別されていて、「人権」が無視される社会、サウジややバーレーンは、親欧米の政府・政権であるから、事前に除外される。侵略国家イスラエルも除外される。
リビアのカダフィ政権は親欧米の政権ではない、したがって適用される。石油資源を国有化してしまったカダフィ政権は打倒の対象である。打倒すれば、国民評議会が権力を握れば、石油を握る機会が訪れる。
カダフィがいくら独裁政治を行ったからと言って、欧米資本がリビアの石油を支配する理由にはならない。
リビアの最高指導者だったカダフィが、10月20日殺されたことで、3月末から北大西洋条約機構(NATO)が指揮する軍事作戦は終結するだろう。
市民を守るなどという見え透いた口実でもって、NATOは数千人の市民を殺害した。
国連(ONU)や、欧州連合(UE)などの組織が、いかにも戦争を計画し、実施してきた。この事実を忘れてはならない。人権の名によって侵略した。
4)軍事介入・侵略以外に道はなかったのか?
ベネズエラ大統領チャベスは、NATOなど外国軍の軍事介入を避けるために、カダフィ政権と、反政府派とのあいだを仲介する国際委員会を設置し、紛争の平和的解決をはかることを提案していた。ALBA外相会議はこの提案を支持することを決定した。委員会のメンバー、期間などは明らかではないが、ALBAはアラブ連盟(LA)、アフリカ諸国連合(UA)そのほかの諸国と協力し、委員会を形成することを考えた。
チャベスは、この委員会に米国の元大統領である、ジミー・カーターを候補としてあげた。チャベスによると、2003年ベネズエラにおいて、反対派が石油生産などのストライキによる攻勢をかけたとき、カーター元大統領が仲介をおこなった。
カダフィ政権は、チャベスとALBAの提案を受け入れた。リビアのモウサ・コウサ外相は、委員会の設置のために必要な措置が取られることを支持するという書簡を送っている。リビア反対派である国民評議会はこれを完全に拒否した。米国も平和のための国際委員会の派遣という提案を拒否した。
アフリカ連合(UA)も同様の提案をしてきた。これも拒否された。
米国もNATOも、そして国民評議会も、戦闘によるカダフィ政権の打倒をめざしたし、その点でまったく一致したのである。
国民評議会が欧米の利害の代理人なのか、それとも国民評議会が自分の意志で尻尾を振っているのか、いずれ明らかになるだろう。リビアの石油が誰のものになるか!それを見届ければ明らかになるだろう。
5)国民評議会とは何か?支持していいのか?
◇NATOの軍事介入を要請した国民評議会
前述の通り、カダフィ政権は、チャベスとALBAの提案を受け入れた。リビア反対派である国民評議会はこれを完全に拒否した。そればかりかNATOの軍事介入を要請した。
この事実は、国民評議会がいかにNATO諸国と近いかを示している。
◇国民評議会は誰の利益を体現しているのか?
利益を巡って争い、 反カダフィ派同士の内輪もめ
10月21日読売新聞によれば、「国民評議会はトリポリ制圧後、暫定政権の早期樹立を目指したが、シルテなどでカダフィ派の抵抗が続き、評議会内部の主導権争いも表面化。……ジブリル暫定首相は19日、「我々は戦闘から政治的な争いに入っている。新国家ができる前に起こってはいけないことだ」と述べ、暫定政府を巡る各派のポスト争いを批判、政争がもたらす混乱を批判した。評議会は当初、9月中にも暫定政権を発足させる予定だったが、閣僚ポストを巡る争いが激化し、延期を余儀なくされた。背景には、カダフィ政権打倒を巡る論功行賞の問題が、もともと根強かった地域・部族間の対立を増幅させたことがある。」と伝えている。
国民評議会の政治理念が明確でない、そもそもリビア国民に対して新政権は何をするのか、どのようなリビアを建設するのか、そのプランも伝えられていない。地域・部族間の利害対立、閣僚ポスト争いは伝わってくる。政権打倒による利権獲得が、衝動力であるように見える。
6)リビアの石油は誰のものになるのか!
9月21日国連総会で、ボリビア大統領エボ・モラレスは「リビアの石油は誰のものになるのであろうか。介入はカダフィや人民の罪でおこされたのではない。それはリビアの石油が原因であった。数年以内にリビアの石油が、いかなる国の手に渡ったかを、われわれは見ることができるであろうと」演説した。
NATOの軍事介入の意味は何か?NATOの軍事介入を要請した国民評議会の性格は何か?
これらはすべて、リビアの石油が誰のものになるかを見届けるならば、最終的に明らかになるだろう。
カダフィは石油を国有化した。リビアのものにした。国有化は、米や英仏伊にとっては、敵視すべきとんでもない政策なのだ。
この先石油が、軍事介入した米や仏、英、イタリアのものになったなら、この戦争の意味を、最終的にはっきりさせるだろう。カダフィの行った農地改革をどうするか、これも同じく見届けなければならない。
「市民を守るなどという見え透いた口実でもって、NATOは数千人の市民を殺害した。アフリカ連合(UA)による建設的な提案を無視し、安保理の問題のある決議すら踏みにじった」。 国連も「国際的な平和を守れという要求、NATOの爆撃を即時中止させよという要求に答えることなく、侵略戦争の共犯者となった」。
NATOがリビア爆撃の根拠にした国連決議は一方的である。「いかなるものも罪なき人々を殺害することを正当化することはできない」 (文責:林 信治)
ウォール街を占拠しよう! [2008-9世界経済恐慌]
ウォール街を占拠しよう!
自分たちのことを99%と呼んでいます。アメリカと世界の富が1%の人たちに握られていることを告発しています。
富の偏在こそ、あるいは富の偏在をもたらす現代の社会関係こそ問題であると告発しています。そしてその変革を主張しています。
至極まっとうな、まっすぐな要求、声、叫びではないでしょうか。
以下の文章が友人から届きました。
_____________________________
ニューヨーク市民総会(フリーダム公園)の第一「公式」声明
[原文 "Declaration of the Occupation of New York City" http://nycga.cc/2011/09/30/declaration-of-the-occupation-of-new-york-city/]
これは9月29日午後8時ごろに、「ウォールストリートを占拠せよ」の全メンバーの投票で、満場一致で採択された。これは私たちの最初の、公式発表用の文書である。私たちはこのほかに3つの声明を準備中であり、まもなく発表されるだろう。それは(1)諸要求の宣言、(2)連帯の原則、(3)あなたがた自身の「直接民主主義のための占拠グループ」を組織する方法についての文書である。
ニューヨーク市の占拠の宣言
私たちは、大きな不公正に対して感じていることを表現するために連帯して集まっているこの時、何が私たちを結集させたかを見失ってはならない。私たちは、世界の企業勢力によって不当な扱いを受けていると感じているすべての人々に、私たちがあなたがたの味方であることを知らせるためにこの声明を書いている。
団結した1つの人民として、私たちは、人類の未来がその構成員たちの相互協力を必要としており、私たちのシステムは私たちの権利を守らなければならず、そのシステムが腐敗している時には、それぞれの個人こそが自分たちや隣人たちの権利を守らなければならず、民主主義的政府の正当な権力は人民に由来するが、企業は誰に同意を求めることもなく人民や地球から富を簒奪しており、民主主義のプロセスが経済権力によって決定されている間はいかなる真の民主主義も実現不可能であるという現実を認識している。
私たちは、人民よりも自分たちの利益を、公正よりも利己的な関心を、平等よりも抑圧を優先するさまざまな企業が私たちの政府を動かしているこのとき、あなた方に呼びかけている。私たちは次のような事実を知らせるために、ここに平和的に集まっており、それは私たちの権利である。
あの人たちは違法な差し押さえ手続きによって私たちの住宅を奪った。もともとの抵当権など持っていないにもかかわらずである。
あの人たちは納税者のお金で救済され、免責され、今まで通り役員たちに法外なボーナスを与え続けている。
あの人たちは職場の中に、年齢、皮膚の色、性別やジェンダー・アイデンティティー、性的指向をもとにした不平等と差別を永続化してきた。
あの人たちは怠慢によって食糧供給を汚染し、独占化を通じて農業システムを崩壊させてきた。
あの人たちは人間以外の無数の動物たちを苦しめ、閉じ込め、虐待することによって利益を上げ、そのことを隠してきた。
あの人たちは従業員から、より有利な賃金やより安全な労働条件を求めて交渉する権利を奪おうとしつづけてきた。
あの人たちは学生を教育のための何万ドルもの借金に縛り付けてきた。教育は人権であるにも関わらずである。
あの人たちは継続的に労働者をアウトソーシング(外注化)し、それを梃子として労働者の健康保険や賃金を切り下げてきた。
あの人たちは企業に人民と同等の権利を与えるように裁判所に圧力をかけてきた。いかなる刑事責任も社会的責任も負わせることなしにである。
あの人たちは健康保険に関する契約を免れる方法を見つけるために、何百万ドルものお金を法律対策チームのために使っている。
あの人たちは私たちの個人情報を商品として売っている。
あの人たちは報道の自由を妨げるために軍隊や警察を使ってきた。
あの人たちは利益追求のために、生命を危険にさらすような欠陥製品のリコールを意図的に拒否してきた。
あの人たちは自分たちの政策が破滅的な結果をもたらし、現在ももたらし続けているにもかかわらず、いまだに経済政策を決定している。
あの人たちは自分たちを規制する立場にある政治家たちに巨額の献金をしてきた。
あの人たちは代替エネルギーへの移行を妨害し、私たちを引き続き石油に依存させようとしてきた。
あの人たちは人々の生命を救うことができるジェネリック薬の普及を妨害しつづけている。これまでの投資を守るためと言っているが、それらはすでに莫大な利益を上げている。
あの人たちは利益を守るために石油の漏出や、事故、不正経理、添加物を意図的に隠してきた。
あの人たちはメディアの支配を通じて意図的に人々に誤った情報と恐怖を植え付けている。
あの人たちは囚人を殺害するための民間契約を承認してきた。容疑についての重大な疑義が提示されている場合にさえである。
あの人たちは国内でも国外でも植民地主義を永続化してきた。
あの人たちは国外において、罪のない市民の拷問と殺害に関与してきた。
あの人たちは政府からの調達契約を獲得するために、大量破壊兵器を生産し続けている。
(・・・私たちの不満はこれに尽きるものではない)
世界の人々へ
ウォールストリートのリバティー広場を占拠している私たち、ニューヨーク市民総会はあなた方に、あなた方の力を行使することを促す。
あなた方の平和的に集会を開く権利を行使し、公共の空間を占拠し、私たちが直面している問題に対処するプロセスを作り出し、すべての人々に届く全体的な解決策を作り出そう。
直接民主主義の精神において行動を起こし、グループを形成しているすべてのコミュニティーに対して、私たちは提供可能なあらゆる支援、文書、およびすべての資材を提供する。私たちと共に、声を上げよう!
自分たちのことを99%と呼んでいます。アメリカと世界の富が1%の人たちに握られていることを告発しています。
富の偏在こそ、あるいは富の偏在をもたらす現代の社会関係こそ問題であると告発しています。そしてその変革を主張しています。
至極まっとうな、まっすぐな要求、声、叫びではないでしょうか。
以下の文章が友人から届きました。
_____________________________
ニューヨーク市民総会(フリーダム公園)の第一「公式」声明
[原文 "Declaration of the Occupation of New York City" http://nycga.cc/2011/09/30/declaration-of-the-occupation-of-new-york-city/]
これは9月29日午後8時ごろに、「ウォールストリートを占拠せよ」の全メンバーの投票で、満場一致で採択された。これは私たちの最初の、公式発表用の文書である。私たちはこのほかに3つの声明を準備中であり、まもなく発表されるだろう。それは(1)諸要求の宣言、(2)連帯の原則、(3)あなたがた自身の「直接民主主義のための占拠グループ」を組織する方法についての文書である。
ニューヨーク市の占拠の宣言
私たちは、大きな不公正に対して感じていることを表現するために連帯して集まっているこの時、何が私たちを結集させたかを見失ってはならない。私たちは、世界の企業勢力によって不当な扱いを受けていると感じているすべての人々に、私たちがあなたがたの味方であることを知らせるためにこの声明を書いている。
団結した1つの人民として、私たちは、人類の未来がその構成員たちの相互協力を必要としており、私たちのシステムは私たちの権利を守らなければならず、そのシステムが腐敗している時には、それぞれの個人こそが自分たちや隣人たちの権利を守らなければならず、民主主義的政府の正当な権力は人民に由来するが、企業は誰に同意を求めることもなく人民や地球から富を簒奪しており、民主主義のプロセスが経済権力によって決定されている間はいかなる真の民主主義も実現不可能であるという現実を認識している。
私たちは、人民よりも自分たちの利益を、公正よりも利己的な関心を、平等よりも抑圧を優先するさまざまな企業が私たちの政府を動かしているこのとき、あなた方に呼びかけている。私たちは次のような事実を知らせるために、ここに平和的に集まっており、それは私たちの権利である。
あの人たちは違法な差し押さえ手続きによって私たちの住宅を奪った。もともとの抵当権など持っていないにもかかわらずである。
あの人たちは納税者のお金で救済され、免責され、今まで通り役員たちに法外なボーナスを与え続けている。
あの人たちは職場の中に、年齢、皮膚の色、性別やジェンダー・アイデンティティー、性的指向をもとにした不平等と差別を永続化してきた。
あの人たちは怠慢によって食糧供給を汚染し、独占化を通じて農業システムを崩壊させてきた。
あの人たちは人間以外の無数の動物たちを苦しめ、閉じ込め、虐待することによって利益を上げ、そのことを隠してきた。
あの人たちは従業員から、より有利な賃金やより安全な労働条件を求めて交渉する権利を奪おうとしつづけてきた。
あの人たちは学生を教育のための何万ドルもの借金に縛り付けてきた。教育は人権であるにも関わらずである。
あの人たちは継続的に労働者をアウトソーシング(外注化)し、それを梃子として労働者の健康保険や賃金を切り下げてきた。
あの人たちは企業に人民と同等の権利を与えるように裁判所に圧力をかけてきた。いかなる刑事責任も社会的責任も負わせることなしにである。
あの人たちは健康保険に関する契約を免れる方法を見つけるために、何百万ドルものお金を法律対策チームのために使っている。
あの人たちは私たちの個人情報を商品として売っている。
あの人たちは報道の自由を妨げるために軍隊や警察を使ってきた。
あの人たちは利益追求のために、生命を危険にさらすような欠陥製品のリコールを意図的に拒否してきた。
あの人たちは自分たちの政策が破滅的な結果をもたらし、現在ももたらし続けているにもかかわらず、いまだに経済政策を決定している。
あの人たちは自分たちを規制する立場にある政治家たちに巨額の献金をしてきた。
あの人たちは代替エネルギーへの移行を妨害し、私たちを引き続き石油に依存させようとしてきた。
あの人たちは人々の生命を救うことができるジェネリック薬の普及を妨害しつづけている。これまでの投資を守るためと言っているが、それらはすでに莫大な利益を上げている。
あの人たちは利益を守るために石油の漏出や、事故、不正経理、添加物を意図的に隠してきた。
あの人たちはメディアの支配を通じて意図的に人々に誤った情報と恐怖を植え付けている。
あの人たちは囚人を殺害するための民間契約を承認してきた。容疑についての重大な疑義が提示されている場合にさえである。
あの人たちは国内でも国外でも植民地主義を永続化してきた。
あの人たちは国外において、罪のない市民の拷問と殺害に関与してきた。
あの人たちは政府からの調達契約を獲得するために、大量破壊兵器を生産し続けている。
(・・・私たちの不満はこれに尽きるものではない)
世界の人々へ
ウォールストリートのリバティー広場を占拠している私たち、ニューヨーク市民総会はあなた方に、あなた方の力を行使することを促す。
あなた方の平和的に集会を開く権利を行使し、公共の空間を占拠し、私たちが直面している問題に対処するプロセスを作り出し、すべての人々に届く全体的な解決策を作り出そう。
直接民主主義の精神において行動を起こし、グループを形成しているすべてのコミュニティーに対して、私たちは提供可能なあらゆる支援、文書、およびすべての資材を提供する。私たちと共に、声を上げよう!
フェリシダットさんの証言 [フィリピン元「慰安婦」]
少し時間が経ってしまいましたが、フィリピン戦時性暴力被害者の一人であるフェリシダットさんが7月に来日された時にお聞きしたお話しを紹介します。
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「女たちの戦争と平和資料館(wam)」の第9回特別展の開催にあわせて、フィリピン元「慰安婦」団体リラピリピーナから二人の女性、被害者の一人フェリシダット・デ・ロス・レイエス(82歳)さんと、コーディネイターであるリチェルダ・エクストラマドゥーレさんが来日し、7月2日オープニング・イベントが開催されました。
来日に合わせ、7月3日三鷹で、「フィリピンから二人の女性を迎えて」―お話と映画上映―の会を持ちました。映画「カタローウガン!、ロラたちに正義を!」を上映し、そのあとフェリシダット・デ・ロス・レイエス(82歳)さんからお話を聞きました。紙面の都合から、レイエスさんの証言のみを紹介します。レイエスさんは、映画のなかでも証言されています。
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フェリシダット・レイエスさんの証言
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<7月3日、証言するフェリシダット・デ・ロス・レイエス(82歳)さん>
私の名前は、フェリシダット・デ・ロス・レイエスです、女性団体ガブリエラ傘下、フィリピン元「慰安婦」被害者団体リラ・ピリピーナのメンバーです。私の生まれた場所はマスバテ、誕生日は1928年11月22日、82歳です。私の体験をお話しします。
戦争前、私の家族はフィリピンのマスバテに住んでおり、父はドレスをつくる小さなビジネスをしていました。区役所から警察や軍隊の制服の注文を受けました。その時、マスバテのなかのミラグロス町に引っ越し、私はもうすでに14歳でしたが、小学校に入り一年生になりました。何度も小学校に入り直しており、何度か目の一年生でした。
ミラグロス町にいた頃、戦争になるといううわさが広がりましたが、私の父は「おーっ、また戦争の話かい、ずーっと戦争の話ばかりだけど、まだ大丈夫よ。」と、ちょっとのんびり構えていました。でも、ある裁判官から「逃げた方がいい。あなたはバンカ(魚をとる小さい船)を持っているから、いつでも逃げられるように川そばの船に住んでいた方がいい。」と忠告されました。
しばらくして、ミラグロスに日本軍がやって来ました。私たちの家族は服をつくっていましたので、その関係で知り合いがいて、いろんな人と一緒にミラグロス町から外へ逃げることになりました。真夜中に荷物・家財道具を持って逃げまわりました。途中、木の下で一晩過ごしたこともありました。明け方、布をテントのように張った仮の宿に泊まったりしました。そこはディナクリパン村でした。当時、私の家族はそれほど生活には困っていませんでした。父は農業もやっていましたから、食べ物もそんなには不自由していませんでした。
日本軍はミラグロスへやって来て、ミラグロス小学校に駐屯しました。ミラグロス小学校は町で一番大きい建物で、日本軍が接収しました。いろいろ調べたのでしょう、何カ月かたって日本軍は他のいろんな場所にも駐屯してきました。
私たちの逃亡先であるディナクリパン村にも、日本軍がやって来ました。日本軍から「ここは抗日ゲリラが多く戦闘の激しい地域だから、シビリアンであるあなたたちは前の住所であるミラグロス町に帰れ!」と言われました。
私の父は、帰りたくなかったのです。そうすると日本軍から、「もし帰らなかったらあなたをゲリラとみなす。ミラグロスだと学校もある。帰ったら子供たちは学校へ行ける。帰れ!」と言われ、ほとんど強制的にミラグロスに戻りました。
ミラグロス町に帰った時、私たちの家はすでに燃やされたあとでした。家財は壊され、家は焼かれ、豚小屋も豚も焼かれていて、家族みんな大変なショックを受けました。逃げた家族はゲリラ、もしくは支持者とみなされ、破壊されたのです。
通常フィリピンの学校は9月から始まります。この時私は8月から学校に入りましたが、ずうっと1年生ばっかりだったので、今度は2年生に入ることになりました。クラスには30人いて、チェドロ先生でした。
学校には日本人の先生がいました。ミラグロス小学校のなかに日本軍の駐屯地があり、いつも日本軍兵士がいました。そこから日本語を教えに日本人の先生が来ていました。
そのうち日本軍の偉い人が来ることになり、ウエルカムパーティをやることになりました。先生から、私は日本語が上手であると選ばれて、歓迎会に出演することになったのです。日本人先生が歓迎会プログラムをつくり、日本語の歌「見よ!東海の空あけて」を覚えました。私の番号は7番でした。
.jpg)
<フィリピン元「慰安婦」団体リラピリピーナのコーディネイターであるリチェルダ・エクストラマドゥーレさん>
歓迎会は金曜日でした。三台のトラックがきて、日本軍兵士でいっぱいになりました。その時の私たちの気持ちはうれしかったのか、恐かったのかよくわからないような状態でした。
歓迎会のはじめのうちは、日本兵はすごく優しかったし、そんなに問題はありせんでした。歓迎会で私は歌いました。
そのあと一人の日本人兵士から、「ナンバー7!学校の裏に来い!」と呼ばれました。先生に聞くと、「他のクラスメートもいるから大丈夫、心配しないで行きなさい」と言われ、先生の言葉を信じて行ったのです。しかし行ってみると誰もいません。私は急に恐くなり、「皆のいるところに戻る」と抗議しました。すると突然二人の日本兵に手を引っ張られて連れて行かれてしまいました。
向学心があって日本語がすこしできたばかりに、学校の先生から選ばれ、「日本軍兵士のところへ行きなさい」と言われました。送りだしたらレイプされるのは教師もうすうす知っていました。にもかかわらず、学校ぐるみで日本軍に協力し、その結果たくさんの少女たちが犠牲になったという事情もあったのです。
日本兵に連れて行かれた時は、本当に恐かったのです。「なんで他の生徒がいないのか!」と必死で抗議しました。「とにかく、待て!」と言われました。しばらくたって暗くなった頃、5人の日本兵がやって来ました。一人は将校らしく立派な軍服を着ており、リーダーのように振る舞いました。残りの4人は普通の兵士で、私を部屋に連れ込みました。4人が私の手をつかんだ状態のまま、その将校によって足をけられ、平手打ちにされました。すごく恐い思いをしました。
そしてその5人の兵士から私はレイプされました。セックスの経験は初めてでした。私はレイプの被害にあってとてもショックを受けました。
最後の兵士がレイプした時に、外から笑う他の兵士たちの声が聞こえました。その時私はあらためて大変な屈辱を覚えました。動物か何かように扱われた、人間扱いされていない、と感じました。
私は何度も「家に帰らせて!」と訴えました。しかし兵士たちは「もう暗いから」と言って結局、帰らせてくれません。朝になったら帰れるかと思いましたが、夜が明けても返してくれません。その日から毎晩、日本軍兵士たちにレイプされ続けました。食べ物をくれはしましたが、私はショック状態で食欲が全然ありませんでした。なにも食べられない状態が続きました。
いつも外から日本軍兵士たちの笑い声が聞こえました。私は屈辱と不安でずうっと泣いていました。何日も泣いていると、とうとう涙が枯れて出なくなりました。食べ物はやはり食べられませんでしたが、コーヒーは飲みました。何日かをコーヒーだけで過ごしたのです。ある晩、隣の部屋から女性の泣き声が聞こえてきました。「誰かいる、私だけじゃない、他の人もレイプされている」と思いました。
とても辛かったので、家に帰りたい気持がますます強くなり、いつも「帰りたい!」と大きな声をあげました。そのたびに「うるさい!」と怒られました。日本軍兵士のなかにはタガログ語を話す兵士もいたのです。「うるさくしたら、殺す!」と言われました。私は、むしろ「殺してくれ!」と叫びました。「何度もレイプされ続ける生活はつらくて、耐えられない気持ちがつのり、死んだ方がマシ」と思ったのです。
部屋のドアは薄い鉄製(トタン?)の扉でした。私は「帰りたい!」と叫びながら何度も蹴りました。兵士から「ほんとにうるさい!殺すぞ!」と何度も言われました。
ある夜、3人の日本軍兵士が入って来ました。しかし私は「いやだ!いやだ!」と叫びました。3人のうちの一人が私の身体に触った時、熱があることに気づきました。レイプをやめ外で話していました。
しばらくして「もう、家に帰れ!」と言われたのです。私の体の異常に気づいたのでしょう。熱病か何かに感染していると誤解し、うつされると恐れたのかもしれません。家まで送ると言いましたが、私は「いやだ!ひとりで帰る」と強く断りました。だって恐いから、またレイプされるかもしれないと思ったからです。
学校から家まで、身体がすごくつらくてやっとの思いで歩いて帰りました。ろくに食べていなかったので身体が衰弱していたのでしょう。家に帰る道には深い草むらがあり、誰かいるんじゃないか、また襲われるのではないかと、とても恐かった記憶があります。
ミラグロス小学校から家までだいたい2km離れていました。家に帰った時に、家の前には誰もいませんでした。父は魚を獲りに出かけていました。そのうち姉妹たちをみつけましたが、泣いていて近づこうとしません。私は家に入りました。母がいました。母と抱き合って、私たちはずっと泣き続けました。
しばらくして母に、「どうして父や家族は、私を連れ戻しに来なかったの!」と尋ねました。
当時、日本軍のやることには逆らえなかったのです。父が私を連れ戻しに行くことは、危険な行為でした。殺されるかもしれなかったのです。そういう規則だと言われたそうです。父は危なくて来ることができませんでしたが、のちに父からはすまなかったと言われました。
私の姉とカメラマンの仕事をしているその夫がフィルムを買いに行く途中、日本軍兵士に出会い、お辞儀しなさいと命令されましたが、恐かったからあまりうまくできませんでした。フィリピン人にはもともとお辞儀する習慣はありません。その「態度」だけで逮捕されて、姉の夫は太陽の下で拷問を受けました。同時に捕えられた姉は、区役所の建物に監禁されてレイプされました。姉は子供を産んだばかりでした。
姉の夫は、かわいそうにすぐ後、亡くなってしまいました。当初家族は、私には亡くなった理由を教えてくれませんでした。「どうして兄さんは死んでしまったの!」と聞いても、みんな何も言わず私には秘密にしていました。私を気遣ってくれていたのでしょう。しばらくしてやっと教えてくれました。姉がレイプされたことが、ショックで亡くなったと言うのです。それを聞いて私は涙が止まりませんでした。
当時のミラグロス町は、日本軍にいつ捕まり監禁されレイプされるかわからない危険な状態でした。私も危ないから、父から「お兄さんの家に引っ越したほうがいい、そこの学校に行くこともできる」と言われました。
そのあとで私は逃げるように違う村に引っ越ししました。その頃にもう戦争はほとんど終わっていました。私たち家族は逃げまわってきたので家も財産も失っており、家族の生活はまったくひどいみじめな状態になりました。
そうして再びマスバテに引っ越しました。父はまた縫製の仕事をはじめました。私はマスバテで6年生まで学校に行きました。
<当日、通訳をしてくださったアリソン・オパオンさん、歌も歌ってくださいました>
私は本当は先生になりたかったのです。戦争が終わったあとも勉強し先生になりたかったのです。しかし父は「家にはそんなお金はない」と、許してくれません。「それより服をつくる仕事を覚えろ!」と言われました。日本軍にレイプされ、私の人生は大きく狂わされました。それは大変な惨劇でしたが、それだけにとどまりませんでした。私の家族には日本軍に殺された者もいます。戦争で家族は財産を失いました。そのせいで私は上の学校に行くことはできず、すぐ働かなければなりませんでした。
父の仕事を手伝い、そうして縫製の仕事をすることになりましたが、ただ、最初はどうやっていいかわかりませんでした。「いままで見ていなかったのか!」と父に怒られました。
ちょうどその時ズボンを縫う急ぎの仕事が入り、「これをやれ!」と言われました。受取日になって、発注した人が来ましたが、できていませんでした。一日待ってもらい、その晩頑張ってやっと完成しました。そのようにして私は仕事を覚えました。
これらは私のつらい、くらい経験です。決して死ぬまで忘れることはできません。最初は人前で話すことはできませんでした。すごく悲しいことですし、話し出すと私の気持ちも体もつらくなったのです。でも今はやっと皆さんに話すことができるようになりました。
戦争の時はそれはそれは本当に大変でした。ろくに食べ物がありませんでした。たとえ目の前に食べ物があってもとにかく逃げまわらなければならず、食べるどころではなかったこともありました。家畜もいましたが、全部日本軍に押収されました。あの頃は本当につらかったのです。
戦争の時に日本軍によって私のいとこの一人が殺され、叔父さんの一人も殺されました。私や姉はレイプされました。家族は財産を失い、ひどい生活を強いられました。戦争は本当によくありません。本当にやめなくてはなりません。そのために私たちは、団結して反対しなくてはなりません。
日本軍が降伏した時、私の心の中には復讐心がありました。日本軍兵士からレイプされ大変な思いをしましたし生きる希望も失っていましたから、日本兵をひとりだけでもいいから殺し、自分も死にたいと思っていました。そんな精神状態でした。皆さんに、ご理解いただけるでしょうか。
でも日本軍兵士も、戦争中にまたそのあとになっても、たくさん死にました。その姿もみました。かわいそうであるようにも思うようになりました。
私にはつらい経験があります。でも私だけではありません。同じような被害を受けたロラがたくさんいます。そのことを決して忘れてほしくないのです。
ロラたちのためにこの話を歴史の本に残し学んでほしいのです、ロラたちの正義を回復してもらいたいのです。そうして私たちのような女が二度と生まれないようにしてほしいのです。
日本政府は被害の事実をようやく認めてはいますが、公的な謝罪も補償もしていません。私たちは望んでいるのは日本政府の公的な謝罪と補償です。
私の話を聞いてくださり、ありがとうございました。
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「女たちの戦争と平和資料館(wam)」の第9回特別展の開催にあわせて、フィリピン元「慰安婦」団体リラピリピーナから二人の女性、被害者の一人フェリシダット・デ・ロス・レイエス(82歳)さんと、コーディネイターであるリチェルダ・エクストラマドゥーレさんが来日し、7月2日オープニング・イベントが開催されました。
来日に合わせ、7月3日三鷹で、「フィリピンから二人の女性を迎えて」―お話と映画上映―の会を持ちました。映画「カタローウガン!、ロラたちに正義を!」を上映し、そのあとフェリシダット・デ・ロス・レイエス(82歳)さんからお話を聞きました。紙面の都合から、レイエスさんの証言のみを紹介します。レイエスさんは、映画のなかでも証言されています。
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フェリシダット・レイエスさんの証言
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<7月3日、証言するフェリシダット・デ・ロス・レイエス(82歳)さん>
私の名前は、フェリシダット・デ・ロス・レイエスです、女性団体ガブリエラ傘下、フィリピン元「慰安婦」被害者団体リラ・ピリピーナのメンバーです。私の生まれた場所はマスバテ、誕生日は1928年11月22日、82歳です。私の体験をお話しします。
戦争前、私の家族はフィリピンのマスバテに住んでおり、父はドレスをつくる小さなビジネスをしていました。区役所から警察や軍隊の制服の注文を受けました。その時、マスバテのなかのミラグロス町に引っ越し、私はもうすでに14歳でしたが、小学校に入り一年生になりました。何度も小学校に入り直しており、何度か目の一年生でした。
ミラグロス町にいた頃、戦争になるといううわさが広がりましたが、私の父は「おーっ、また戦争の話かい、ずーっと戦争の話ばかりだけど、まだ大丈夫よ。」と、ちょっとのんびり構えていました。でも、ある裁判官から「逃げた方がいい。あなたはバンカ(魚をとる小さい船)を持っているから、いつでも逃げられるように川そばの船に住んでいた方がいい。」と忠告されました。
しばらくして、ミラグロスに日本軍がやって来ました。私たちの家族は服をつくっていましたので、その関係で知り合いがいて、いろんな人と一緒にミラグロス町から外へ逃げることになりました。真夜中に荷物・家財道具を持って逃げまわりました。途中、木の下で一晩過ごしたこともありました。明け方、布をテントのように張った仮の宿に泊まったりしました。そこはディナクリパン村でした。当時、私の家族はそれほど生活には困っていませんでした。父は農業もやっていましたから、食べ物もそんなには不自由していませんでした。
日本軍はミラグロスへやって来て、ミラグロス小学校に駐屯しました。ミラグロス小学校は町で一番大きい建物で、日本軍が接収しました。いろいろ調べたのでしょう、何カ月かたって日本軍は他のいろんな場所にも駐屯してきました。
私たちの逃亡先であるディナクリパン村にも、日本軍がやって来ました。日本軍から「ここは抗日ゲリラが多く戦闘の激しい地域だから、シビリアンであるあなたたちは前の住所であるミラグロス町に帰れ!」と言われました。
私の父は、帰りたくなかったのです。そうすると日本軍から、「もし帰らなかったらあなたをゲリラとみなす。ミラグロスだと学校もある。帰ったら子供たちは学校へ行ける。帰れ!」と言われ、ほとんど強制的にミラグロスに戻りました。
ミラグロス町に帰った時、私たちの家はすでに燃やされたあとでした。家財は壊され、家は焼かれ、豚小屋も豚も焼かれていて、家族みんな大変なショックを受けました。逃げた家族はゲリラ、もしくは支持者とみなされ、破壊されたのです。
通常フィリピンの学校は9月から始まります。この時私は8月から学校に入りましたが、ずうっと1年生ばっかりだったので、今度は2年生に入ることになりました。クラスには30人いて、チェドロ先生でした。
学校には日本人の先生がいました。ミラグロス小学校のなかに日本軍の駐屯地があり、いつも日本軍兵士がいました。そこから日本語を教えに日本人の先生が来ていました。
そのうち日本軍の偉い人が来ることになり、ウエルカムパーティをやることになりました。先生から、私は日本語が上手であると選ばれて、歓迎会に出演することになったのです。日本人先生が歓迎会プログラムをつくり、日本語の歌「見よ!東海の空あけて」を覚えました。私の番号は7番でした。
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<フィリピン元「慰安婦」団体リラピリピーナのコーディネイターであるリチェルダ・エクストラマドゥーレさん>
歓迎会は金曜日でした。三台のトラックがきて、日本軍兵士でいっぱいになりました。その時の私たちの気持ちはうれしかったのか、恐かったのかよくわからないような状態でした。
歓迎会のはじめのうちは、日本兵はすごく優しかったし、そんなに問題はありせんでした。歓迎会で私は歌いました。
そのあと一人の日本人兵士から、「ナンバー7!学校の裏に来い!」と呼ばれました。先生に聞くと、「他のクラスメートもいるから大丈夫、心配しないで行きなさい」と言われ、先生の言葉を信じて行ったのです。しかし行ってみると誰もいません。私は急に恐くなり、「皆のいるところに戻る」と抗議しました。すると突然二人の日本兵に手を引っ張られて連れて行かれてしまいました。
向学心があって日本語がすこしできたばかりに、学校の先生から選ばれ、「日本軍兵士のところへ行きなさい」と言われました。送りだしたらレイプされるのは教師もうすうす知っていました。にもかかわらず、学校ぐるみで日本軍に協力し、その結果たくさんの少女たちが犠牲になったという事情もあったのです。
日本兵に連れて行かれた時は、本当に恐かったのです。「なんで他の生徒がいないのか!」と必死で抗議しました。「とにかく、待て!」と言われました。しばらくたって暗くなった頃、5人の日本兵がやって来ました。一人は将校らしく立派な軍服を着ており、リーダーのように振る舞いました。残りの4人は普通の兵士で、私を部屋に連れ込みました。4人が私の手をつかんだ状態のまま、その将校によって足をけられ、平手打ちにされました。すごく恐い思いをしました。
そしてその5人の兵士から私はレイプされました。セックスの経験は初めてでした。私はレイプの被害にあってとてもショックを受けました。
最後の兵士がレイプした時に、外から笑う他の兵士たちの声が聞こえました。その時私はあらためて大変な屈辱を覚えました。動物か何かように扱われた、人間扱いされていない、と感じました。
私は何度も「家に帰らせて!」と訴えました。しかし兵士たちは「もう暗いから」と言って結局、帰らせてくれません。朝になったら帰れるかと思いましたが、夜が明けても返してくれません。その日から毎晩、日本軍兵士たちにレイプされ続けました。食べ物をくれはしましたが、私はショック状態で食欲が全然ありませんでした。なにも食べられない状態が続きました。
いつも外から日本軍兵士たちの笑い声が聞こえました。私は屈辱と不安でずうっと泣いていました。何日も泣いていると、とうとう涙が枯れて出なくなりました。食べ物はやはり食べられませんでしたが、コーヒーは飲みました。何日かをコーヒーだけで過ごしたのです。ある晩、隣の部屋から女性の泣き声が聞こえてきました。「誰かいる、私だけじゃない、他の人もレイプされている」と思いました。
とても辛かったので、家に帰りたい気持がますます強くなり、いつも「帰りたい!」と大きな声をあげました。そのたびに「うるさい!」と怒られました。日本軍兵士のなかにはタガログ語を話す兵士もいたのです。「うるさくしたら、殺す!」と言われました。私は、むしろ「殺してくれ!」と叫びました。「何度もレイプされ続ける生活はつらくて、耐えられない気持ちがつのり、死んだ方がマシ」と思ったのです。
部屋のドアは薄い鉄製(トタン?)の扉でした。私は「帰りたい!」と叫びながら何度も蹴りました。兵士から「ほんとにうるさい!殺すぞ!」と何度も言われました。
ある夜、3人の日本軍兵士が入って来ました。しかし私は「いやだ!いやだ!」と叫びました。3人のうちの一人が私の身体に触った時、熱があることに気づきました。レイプをやめ外で話していました。
しばらくして「もう、家に帰れ!」と言われたのです。私の体の異常に気づいたのでしょう。熱病か何かに感染していると誤解し、うつされると恐れたのかもしれません。家まで送ると言いましたが、私は「いやだ!ひとりで帰る」と強く断りました。だって恐いから、またレイプされるかもしれないと思ったからです。
学校から家まで、身体がすごくつらくてやっとの思いで歩いて帰りました。ろくに食べていなかったので身体が衰弱していたのでしょう。家に帰る道には深い草むらがあり、誰かいるんじゃないか、また襲われるのではないかと、とても恐かった記憶があります。
ミラグロス小学校から家までだいたい2km離れていました。家に帰った時に、家の前には誰もいませんでした。父は魚を獲りに出かけていました。そのうち姉妹たちをみつけましたが、泣いていて近づこうとしません。私は家に入りました。母がいました。母と抱き合って、私たちはずっと泣き続けました。
しばらくして母に、「どうして父や家族は、私を連れ戻しに来なかったの!」と尋ねました。
当時、日本軍のやることには逆らえなかったのです。父が私を連れ戻しに行くことは、危険な行為でした。殺されるかもしれなかったのです。そういう規則だと言われたそうです。父は危なくて来ることができませんでしたが、のちに父からはすまなかったと言われました。
私の姉とカメラマンの仕事をしているその夫がフィルムを買いに行く途中、日本軍兵士に出会い、お辞儀しなさいと命令されましたが、恐かったからあまりうまくできませんでした。フィリピン人にはもともとお辞儀する習慣はありません。その「態度」だけで逮捕されて、姉の夫は太陽の下で拷問を受けました。同時に捕えられた姉は、区役所の建物に監禁されてレイプされました。姉は子供を産んだばかりでした。
姉の夫は、かわいそうにすぐ後、亡くなってしまいました。当初家族は、私には亡くなった理由を教えてくれませんでした。「どうして兄さんは死んでしまったの!」と聞いても、みんな何も言わず私には秘密にしていました。私を気遣ってくれていたのでしょう。しばらくしてやっと教えてくれました。姉がレイプされたことが、ショックで亡くなったと言うのです。それを聞いて私は涙が止まりませんでした。
当時のミラグロス町は、日本軍にいつ捕まり監禁されレイプされるかわからない危険な状態でした。私も危ないから、父から「お兄さんの家に引っ越したほうがいい、そこの学校に行くこともできる」と言われました。
そのあとで私は逃げるように違う村に引っ越ししました。その頃にもう戦争はほとんど終わっていました。私たち家族は逃げまわってきたので家も財産も失っており、家族の生活はまったくひどいみじめな状態になりました。
そうして再びマスバテに引っ越しました。父はまた縫製の仕事をはじめました。私はマスバテで6年生まで学校に行きました。
<当日、通訳をしてくださったアリソン・オパオンさん、歌も歌ってくださいました>私は本当は先生になりたかったのです。戦争が終わったあとも勉強し先生になりたかったのです。しかし父は「家にはそんなお金はない」と、許してくれません。「それより服をつくる仕事を覚えろ!」と言われました。日本軍にレイプされ、私の人生は大きく狂わされました。それは大変な惨劇でしたが、それだけにとどまりませんでした。私の家族には日本軍に殺された者もいます。戦争で家族は財産を失いました。そのせいで私は上の学校に行くことはできず、すぐ働かなければなりませんでした。
父の仕事を手伝い、そうして縫製の仕事をすることになりましたが、ただ、最初はどうやっていいかわかりませんでした。「いままで見ていなかったのか!」と父に怒られました。
ちょうどその時ズボンを縫う急ぎの仕事が入り、「これをやれ!」と言われました。受取日になって、発注した人が来ましたが、できていませんでした。一日待ってもらい、その晩頑張ってやっと完成しました。そのようにして私は仕事を覚えました。
これらは私のつらい、くらい経験です。決して死ぬまで忘れることはできません。最初は人前で話すことはできませんでした。すごく悲しいことですし、話し出すと私の気持ちも体もつらくなったのです。でも今はやっと皆さんに話すことができるようになりました。
戦争の時はそれはそれは本当に大変でした。ろくに食べ物がありませんでした。たとえ目の前に食べ物があってもとにかく逃げまわらなければならず、食べるどころではなかったこともありました。家畜もいましたが、全部日本軍に押収されました。あの頃は本当につらかったのです。
戦争の時に日本軍によって私のいとこの一人が殺され、叔父さんの一人も殺されました。私や姉はレイプされました。家族は財産を失い、ひどい生活を強いられました。戦争は本当によくありません。本当にやめなくてはなりません。そのために私たちは、団結して反対しなくてはなりません。
日本軍が降伏した時、私の心の中には復讐心がありました。日本軍兵士からレイプされ大変な思いをしましたし生きる希望も失っていましたから、日本兵をひとりだけでもいいから殺し、自分も死にたいと思っていました。そんな精神状態でした。皆さんに、ご理解いただけるでしょうか。
でも日本軍兵士も、戦争中にまたそのあとになっても、たくさん死にました。その姿もみました。かわいそうであるようにも思うようになりました。
私にはつらい経験があります。でも私だけではありません。同じような被害を受けたロラがたくさんいます。そのことを決して忘れてほしくないのです。
ロラたちのためにこの話を歴史の本に残し学んでほしいのです、ロラたちの正義を回復してもらいたいのです。そうして私たちのような女が二度と生まれないようにしてほしいのです。
日本政府は被害の事実をようやく認めてはいますが、公的な謝罪も補償もしていません。私たちは望んでいるのは日本政府の公的な謝罪と補償です。
私の話を聞いてくださり、ありがとうございました。
「元「慰安婦」らの個人請求権放置は違憲」 [元「慰安婦」問題]
「元「慰安婦」らの個人請求権放置は違憲」
韓国憲法裁判所 判決
韓国憲法裁判所は8月30日、旧日本軍の元「慰安婦」の賠償請求権をめぐり、韓国政府が日本政府と交渉努力をしないのは違憲とする初めての判断を下した。元「慰安婦」被害者たちが違憲審査を申し立てていた。
日韓両国政府は1965年の日韓基本条約締結の際の請求権協定で、韓国政府が植民地時代の請求権を放棄する代わりに、日本政府が経済協力資金を支払う形で決着を図った。
韓国憲法裁判所は「協定に被害者(「慰安婦」)の賠償請求権が含まれているかをめぐり(日韓政府で)解釈の差があるので外交ルートを通じて解決しなければならない」として、韓国政府に外交努力を求めた。
韓国外交通商省の趙世暎東北アジア局長は9月1日、同国の憲法裁判所が、旧日本軍の元「慰安婦」の賠償請求権をめぐり韓国政府が日本政府との交渉努力をしないのは違憲との判断を出したことを受け、兼原信克駐韓公使を呼び、日本政府側の積極的な対応が必要との考えを伝えた。兼原公使は本国政府に報告すると答えた。
植民地時代の請求権をめぐっては、両国政府は1965年の協定で韓国政府が請求権を放棄、日本政府が経済協力資金を支払う形で決着が図られた。日本政府は個人の賠償請求権についても決着済みとの立場である。
これに対し、韓国・外交通商省省報道官は1日の記者会見で、「「慰安婦」問題は協定の対象に含まれず、日本政府が追加的な措置を取るべきだというのが韓国政府の一貫した立場だ」と述べた。
韓国政府、慰安婦問題で協議提案へ
さらに、9月8日、韓国・外交通商省は日本の植民地時代に「慰安婦」にされた韓国人女性の問題について、近く日本政府に協議を始めるよう提案することを決めた。韓国政府当局者が明らかにした。
元「慰安婦」たちの訴えを、韓国憲法裁判所が認めたことになる。韓国政府もその方向で交渉を始めると報じている。
――――――――――――――――――――――
この判決に対する、元「慰安婦」たち被害者、韓国韓国挺身隊問題対策協議会、ナヌムの家などの連名による声明が出ているので、下記に紹介する。
公 開 書 簡
「日本軍『慰安婦』問題解決の努力なき国家不作為は憲法違反、被害者の基本権侵害」という憲法裁判所決定を厳重に受けとめ、迅速な外交的措置の履行を韓国政府に促す
金星煥 外交通商部長官 殿
2011年8月30日、憲法裁判所は、韓国政府が日本軍「慰安婦」被害者の賠償請求権に関し具体的解決のために努力していないことは被害者の基本権を侵害する違憲行為であるとの刮目すべき決定を宣告した。これは、去る2006年7月5日、当時存命していた日本軍「慰安婦」被害者109名が「日本政府に法的責任があるにも関わらず、外交通商部が韓日請求権協定の解釈と実施による紛争解決をおこなわないために、被害者の財産権、人間の尊厳と価値および幸福追求権、外交的保護権を侵害したもの」だとして訴えた憲法訴願審判請求(事件名:2006헌마788、大韓民国と日本国間の財産および請求権に関する問題の解決と経済協力に関する協定第3条不作為違憲確認)への宣告として、請求後およそ5年余りをかけて成し遂げられた。
日本植民地時代に日本軍性奴隷として連行され残酷な人権侵害を経験した日本軍「慰安婦」被害者たちは、数十年にわたって日本政府を相手に困難な闘争を繰り広げてきた。自国民の被害を解決するために外交的努力を果たすべき責任がある韓国政府の対処が微温的かつ傍観的であるなか、被害者たちは日本の裁判所へと、国連へと、世界各国へと巡り歩き、日本政府に問題解決を促す活動を自らおこなってきた。1992年から約20年のあいだ街頭で毎週水曜日に、韓国政府による積極的対処を訴え、日本政府にたいし問題解決を促してきた。日本軍性奴隷制によって受けざるをえなかった苦痛と、解放後も続いた社会的無関心、冷遇そして韓国政府の無責任のなかで、被害者たちは二重三重の苦痛を受けなければならなかった。
こうした被害者たちにとって、憲法訴願審判請求は韓国政府に積極的役割を果たすよう促す国民としての最後の手段だった。
これについて憲法裁判所が、具体的解決努力をしなかった韓国政府にたいして、憲法に由来する作為義務に違反し被害者らの基本権を侵害したものとの判決を下したことは、日本軍「慰安婦」被害者と彼女たちを支援してきた多くの人々にとっての希望となった。
その反面、すでに国際社会でも「世界に類例を見ない残忍な犯罪」だと糾明された日本軍「慰安婦」問題が、なぜ実際の被害当事国である韓国政府にかくも長いあいだ背を向けられてきたのかを考えると、その挫折と怒りの深さは測り知れないほどだ。
被害者たちが日本軍「慰安婦」被害を自ら証言し、民間団体とともに世界各地で止むことなく訴えを続け、日本政府に向けて問題解決を直に要求してきたこの20年間の闘争に比して、外交通商部をはじめとする韓国政府が傾けてきた努力とは果たしていかなるものであったのかを、今回の憲法裁判所の決定を受けて真摯に重く省みることを願う。
この間、日本軍「慰安婦」被害者たちは日本政府がその責任を果たすことを要求して、日本政府および国会の代表と面談し、日本の裁判所に謝罪と賠償請求の訴訟を提起してきたが、どれも判決は敗訴とされた。日本政府はこの過程で、韓日協定によって日本軍「慰安婦」問題についての賠償問題はすでに解決したという立場を一貫して主張してきた。それでも韓国政府はこれにたいし公開の反駁さえまともにおこなわず、沈黙することで結果的に日本の立場を幇助する事態を招いた。
2005年、韓日協定文書の全面的な公開によって、日本軍「慰安婦」被害問題が協定に含まれておらず法的責任が残っているという事実を政府自らが確認し、それに伴って韓国政府の役割と義務も正式に確認された。以後、韓国政府は日本政府にたいして法的責任を追及しつづけていくという方針を明らかにし、これは国連人権機構および国際法律家協会などの意見に遅ればせながら足並みを揃える進展だと思われたため、被害者たちは再び韓国政府の努力を期待し新たな希望を抱いていた。
しかしその期待が失望へと変わるのには、それほど長い時間はかからなかった。その後も韓国政府は、日本軍「慰安婦」問題解決および法的責任を追及する韓日間の外交的措置など、国家次元での努力を果たさなかった。結局、韓日協定文書公開から約1年後の2006年7月5日、高齢の被害者達が最後の期待を胸に憲法訴願審判請求訴訟をおこなうという事態にまで至ってしまった。
8月30日の憲法裁判所の決定宣告がなされるまで待ち、この5年余りの時間が過ぎるあいだに、審判請求当時は109名だった請求人のうち48名が死亡し生存している請求人は61名だけとなった。
韓日請求権協定によって日本軍「慰安婦」被害者たちの賠償請求権は消滅したという日本政府の主張にたいし正式に公開的に反駁し、外交的解決努力を傾ける責任が韓国政府にあることは紛れもない。憲法裁判所の判決で明らかにされているように、「外交通商部が紛争解決の手続きへと踏み出す義務は、日本軍により恣行された組織的かつ持続的な不法行為によって人間の尊厳と価値を深刻に毀損された自国民らが賠償請求権を実現できるよう協力し保護すべき憲法的要請によるもの」であるのは当然のことだ。したがって「その義務を履行しないことは憲法に違反するもの」であり「請求人らの基本権が重大に侵害される可能性がある」という判決を、外交通商部は真摯に受け止めるべきだろう。また、「『あらゆる請求権』という包括的な概念を用いてこの協定を締結した韓国政府にもその責任があるという点に注目するならば、その障害状態を除去する行為へと踏み出すべき具体的義務がある」との決定もやはり明確に注視すべきだろう。
特に、日本軍「慰安婦」犯罪が有する人権蹂躙の深刻性と被害者たちに重ねて加えられている被害の持続性、被害者たちが高齢であることによる切迫性を考慮すれば、この事案は韓国政府がいかなる外交懸案よりも優先して解決すべき緊急懸案である。政府はこれ以上、高齢の被害者たちと関連民間諸団体に日本軍「慰安婦」問題解決のための努力を転嫁してはならない。
よって私たちは外交通商部に要求する。憲法裁判所の判決を謙虚かつ重く受け止め、日本軍「慰安婦」被害者たちの名誉と人権回復のための政府の外交政策を計画し、日本政府にたいし問題解決を積極的に促し、日本の行政府と立法府を相手に実質的解決が可能となるあらゆる外交的活動を即刻履行せよ!
2011年8月31日
請求人:姜日出、吉元玉、金福童、朴玉善、李順徳、李容洙等、請求者61名
韓国挺身隊問題対策協議会
ナヌムの家
挺身対ハルモニと共に行動する市民の会
憲法訴願審判請求訴訟代理人 李錫兌、崔鳳泰弁護士等23名
韓国憲法裁判所は8月30日、旧日本軍の元「慰安婦」の賠償請求権をめぐり、韓国政府が日本政府と交渉努力をしないのは違憲とする初めての判断を下した。元「慰安婦」被害者たちが違憲審査を申し立てていた。
日韓両国政府は1965年の日韓基本条約締結の際の請求権協定で、韓国政府が植民地時代の請求権を放棄する代わりに、日本政府が経済協力資金を支払う形で決着を図った。
韓国憲法裁判所は「協定に被害者(「慰安婦」)の賠償請求権が含まれているかをめぐり(日韓政府で)解釈の差があるので外交ルートを通じて解決しなければならない」として、韓国政府に外交努力を求めた。
韓国外交通商省の趙世暎東北アジア局長は9月1日、同国の憲法裁判所が、旧日本軍の元「慰安婦」の賠償請求権をめぐり韓国政府が日本政府との交渉努力をしないのは違憲との判断を出したことを受け、兼原信克駐韓公使を呼び、日本政府側の積極的な対応が必要との考えを伝えた。兼原公使は本国政府に報告すると答えた。
植民地時代の請求権をめぐっては、両国政府は1965年の協定で韓国政府が請求権を放棄、日本政府が経済協力資金を支払う形で決着が図られた。日本政府は個人の賠償請求権についても決着済みとの立場である。
これに対し、韓国・外交通商省省報道官は1日の記者会見で、「「慰安婦」問題は協定の対象に含まれず、日本政府が追加的な措置を取るべきだというのが韓国政府の一貫した立場だ」と述べた。
韓国政府、慰安婦問題で協議提案へ
さらに、9月8日、韓国・外交通商省は日本の植民地時代に「慰安婦」にされた韓国人女性の問題について、近く日本政府に協議を始めるよう提案することを決めた。韓国政府当局者が明らかにした。
元「慰安婦」たちの訴えを、韓国憲法裁判所が認めたことになる。韓国政府もその方向で交渉を始めると報じている。
――――――――――――――――――――――
この判決に対する、元「慰安婦」たち被害者、韓国韓国挺身隊問題対策協議会、ナヌムの家などの連名による声明が出ているので、下記に紹介する。
公 開 書 簡
「日本軍『慰安婦』問題解決の努力なき国家不作為は憲法違反、被害者の基本権侵害」という憲法裁判所決定を厳重に受けとめ、迅速な外交的措置の履行を韓国政府に促す
金星煥 外交通商部長官 殿
2011年8月30日、憲法裁判所は、韓国政府が日本軍「慰安婦」被害者の賠償請求権に関し具体的解決のために努力していないことは被害者の基本権を侵害する違憲行為であるとの刮目すべき決定を宣告した。これは、去る2006年7月5日、当時存命していた日本軍「慰安婦」被害者109名が「日本政府に法的責任があるにも関わらず、外交通商部が韓日請求権協定の解釈と実施による紛争解決をおこなわないために、被害者の財産権、人間の尊厳と価値および幸福追求権、外交的保護権を侵害したもの」だとして訴えた憲法訴願審判請求(事件名:2006헌마788、大韓民国と日本国間の財産および請求権に関する問題の解決と経済協力に関する協定第3条不作為違憲確認)への宣告として、請求後およそ5年余りをかけて成し遂げられた。
日本植民地時代に日本軍性奴隷として連行され残酷な人権侵害を経験した日本軍「慰安婦」被害者たちは、数十年にわたって日本政府を相手に困難な闘争を繰り広げてきた。自国民の被害を解決するために外交的努力を果たすべき責任がある韓国政府の対処が微温的かつ傍観的であるなか、被害者たちは日本の裁判所へと、国連へと、世界各国へと巡り歩き、日本政府に問題解決を促す活動を自らおこなってきた。1992年から約20年のあいだ街頭で毎週水曜日に、韓国政府による積極的対処を訴え、日本政府にたいし問題解決を促してきた。日本軍性奴隷制によって受けざるをえなかった苦痛と、解放後も続いた社会的無関心、冷遇そして韓国政府の無責任のなかで、被害者たちは二重三重の苦痛を受けなければならなかった。
こうした被害者たちにとって、憲法訴願審判請求は韓国政府に積極的役割を果たすよう促す国民としての最後の手段だった。
これについて憲法裁判所が、具体的解決努力をしなかった韓国政府にたいして、憲法に由来する作為義務に違反し被害者らの基本権を侵害したものとの判決を下したことは、日本軍「慰安婦」被害者と彼女たちを支援してきた多くの人々にとっての希望となった。
その反面、すでに国際社会でも「世界に類例を見ない残忍な犯罪」だと糾明された日本軍「慰安婦」問題が、なぜ実際の被害当事国である韓国政府にかくも長いあいだ背を向けられてきたのかを考えると、その挫折と怒りの深さは測り知れないほどだ。
被害者たちが日本軍「慰安婦」被害を自ら証言し、民間団体とともに世界各地で止むことなく訴えを続け、日本政府に向けて問題解決を直に要求してきたこの20年間の闘争に比して、外交通商部をはじめとする韓国政府が傾けてきた努力とは果たしていかなるものであったのかを、今回の憲法裁判所の決定を受けて真摯に重く省みることを願う。
この間、日本軍「慰安婦」被害者たちは日本政府がその責任を果たすことを要求して、日本政府および国会の代表と面談し、日本の裁判所に謝罪と賠償請求の訴訟を提起してきたが、どれも判決は敗訴とされた。日本政府はこの過程で、韓日協定によって日本軍「慰安婦」問題についての賠償問題はすでに解決したという立場を一貫して主張してきた。それでも韓国政府はこれにたいし公開の反駁さえまともにおこなわず、沈黙することで結果的に日本の立場を幇助する事態を招いた。
2005年、韓日協定文書の全面的な公開によって、日本軍「慰安婦」被害問題が協定に含まれておらず法的責任が残っているという事実を政府自らが確認し、それに伴って韓国政府の役割と義務も正式に確認された。以後、韓国政府は日本政府にたいして法的責任を追及しつづけていくという方針を明らかにし、これは国連人権機構および国際法律家協会などの意見に遅ればせながら足並みを揃える進展だと思われたため、被害者たちは再び韓国政府の努力を期待し新たな希望を抱いていた。
しかしその期待が失望へと変わるのには、それほど長い時間はかからなかった。その後も韓国政府は、日本軍「慰安婦」問題解決および法的責任を追及する韓日間の外交的措置など、国家次元での努力を果たさなかった。結局、韓日協定文書公開から約1年後の2006年7月5日、高齢の被害者達が最後の期待を胸に憲法訴願審判請求訴訟をおこなうという事態にまで至ってしまった。
8月30日の憲法裁判所の決定宣告がなされるまで待ち、この5年余りの時間が過ぎるあいだに、審判請求当時は109名だった請求人のうち48名が死亡し生存している請求人は61名だけとなった。
韓日請求権協定によって日本軍「慰安婦」被害者たちの賠償請求権は消滅したという日本政府の主張にたいし正式に公開的に反駁し、外交的解決努力を傾ける責任が韓国政府にあることは紛れもない。憲法裁判所の判決で明らかにされているように、「外交通商部が紛争解決の手続きへと踏み出す義務は、日本軍により恣行された組織的かつ持続的な不法行為によって人間の尊厳と価値を深刻に毀損された自国民らが賠償請求権を実現できるよう協力し保護すべき憲法的要請によるもの」であるのは当然のことだ。したがって「その義務を履行しないことは憲法に違反するもの」であり「請求人らの基本権が重大に侵害される可能性がある」という判決を、外交通商部は真摯に受け止めるべきだろう。また、「『あらゆる請求権』という包括的な概念を用いてこの協定を締結した韓国政府にもその責任があるという点に注目するならば、その障害状態を除去する行為へと踏み出すべき具体的義務がある」との決定もやはり明確に注視すべきだろう。
特に、日本軍「慰安婦」犯罪が有する人権蹂躙の深刻性と被害者たちに重ねて加えられている被害の持続性、被害者たちが高齢であることによる切迫性を考慮すれば、この事案は韓国政府がいかなる外交懸案よりも優先して解決すべき緊急懸案である。政府はこれ以上、高齢の被害者たちと関連民間諸団体に日本軍「慰安婦」問題解決のための努力を転嫁してはならない。
よって私たちは外交通商部に要求する。憲法裁判所の判決を謙虚かつ重く受け止め、日本軍「慰安婦」被害者たちの名誉と人権回復のための政府の外交政策を計画し、日本政府にたいし問題解決を積極的に促し、日本の行政府と立法府を相手に実質的解決が可能となるあらゆる外交的活動を即刻履行せよ!
2011年8月31日
請求人:姜日出、吉元玉、金福童、朴玉善、李順徳、李容洙等、請求者61名
韓国挺身隊問題対策協議会
ナヌムの家
挺身対ハルモニと共に行動する市民の会
憲法訴願審判請求訴訟代理人 李錫兌、崔鳳泰弁護士等23名
欧米金融危機の懸念から、世界経済危機の様相 [2008-9世界経済恐慌]
欧米金融危機の懸念から、世界経済危機の様相
ドルの低下は、米国の地位の低下
この夏、世界経済危機は新たな、深刻な様相を呈している。
1)米政府、10年間で2兆ドルの歳出削減
米連邦債務の上限引き上げ問題は、期限の8月2日に迫るなかでギリギリの決着にこぎ着け、デフォルト(債務不履行)の懸念はひとまず消えたことになった。しかし、その一方で、米国は今後10年間で2兆ドル規模の歳出削減を実施することになり、緊縮財政が義務付けられ、米政府当局者にとって選択肢はなくなった。景気高揚策としての財政政策を採ることはできなくなった。
歳出削減額は米連邦債務の上限である14.3兆ドルと比較すれば約17%と、きわめて大きい。日本に当てはめれば一般会計予算の2年分、税収の4年分以上に相当する。
米連邦債務の上限引き上げ問題で繰り返された2012年大統領選を想定した共和党からの攻撃に対し、オバマ政権・米政府は、対応能力の欠如を露呈し、世界の投資家を一斉に不安にさせた。
2)スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が発表した米国債の格下げ
8月5日、スタンダード&プアーズ(S&P)による米国債の格下げを受け、世界の投資家が一斉にリスク削減に動いた。担保価値の低下による半ば強制的なリスク削減に加え、投資家は格下げによる負の連鎖が今後も続くことを警戒している。
S&Pは8月8日、米国債に続き、米政府系住宅金融機関(GSE)の連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)と連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)の長期格付けも一段階引き下げた。
スタンダード&プアーズ(S&P)による米国債の格下げをきっかけとして、欧米債務問題の早期解決に対する悲観的見方の広がり、景気の二番底に対する懸念が広がり、投資家はリスク資産から一斉に資金を引き揚げ、欧米株安、世界同時株安となった。
しかし、スタンダード&プアーズ(S&P)による米国債の格下げは、あくまで「きっかけ」であって原因ではない。たとえ格下げがなくとも、遅かれ早かれ債務問題への不安、金融不安から世界同時株安に至っただろう。
3)8月の世界同時株安は、欧米債務問題・金融システム不安から来ている
投資家心理悪化のきっかけとなったのは、5日スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)による米国債の格下げ、ユーロ圏の債務危機への懸念から、米経済の悪化が景気の二番底を招くとの懸念が広がり、これに追い打ちをかけた。
8月8日、世界の株式市場は、欧州と米国の債務問題の早期解決に対する悲観的見方の広がりや、景気の二番底に対する懸念で急落した。主要7カ国(G7)の財務相・中央銀行総裁による声明も市場の鎮静化には至らなかった。
8月19日現在、ダウ工業株30種は8月に入ってからは13.1%下落した。
この日アジアから始まった株価の下落は欧州でも続き、米市場で一層加速。2008年12月1日以来の大幅な下落率となった。
世界の株式市場では、過去8日間の下落で3兆8000億ドル以上が失われ、行き場のなくなった資金はスイスフランと円、金に向かう展開となった。
米株市場でバンク・オブ・アメリカが20%下落するなど金融株の下げが厳しい。米国では住宅、商業用地ともに価格が下げ止まらず、不良債権の処理は終わっていない。雇用も目立って改善せず、消費拡大は見込めそうもない。
今回の世界株安は欧米債務問題に金融システム不安が複合的に絡んで起きている。抜本的な問題解決は期待できそうにない。
世界の投資家は、いっせいにリスク回避し、リスク・ポジションの解消を続けている。新興国への投資も引き揚げざるを得なくなり、新興国株価も一斉に下落した。その結果、世界的な株安の連鎖が止まらない。
4)ECBの国債購入の効果は一時的、G7声明の主要ターゲットは米欧短期金融市場
米国債格下げは、住宅ローン担保証券(MBS)の信用にも影響し、MBSを担保にした短期資金のやり取りが円滑に進むのかはっきりしない。
G7声明で「今後数週間緊密に連絡を取り、適切に対応し、金融市場の安定と流動性を確保するための行動を取る準備がある」としている主なターゲットは、ドル/円相場ではなく、まず第一に米短期金融市場、第二に欧州短期市場であろう。
欧州では、ECBが行ったイタリア・スペイン国債の買い入れの規模は約20億ユーロ。両国の国債利回りは急低下し一定の効果はあった。ただフランス国債の保証コストとなるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)は160ベーシスポイント(bp)に拡大し、過去最高水準となった。米格下げを受け、フランスなど他の最上級格付国が今後どれだけ格付けを維持できるか、懸念が広がった。
イタリアの国債市場規模は大きく、ECBの動きは一時的な解決策にすぎない。ユーロ圏債務危機や景気への影響への政府の対応能力を疑問視する見方に押された。
欧州中央銀行(ECB)はイタリアとスペインの国債購入に乗り出したものの、長期的な救済策への懸念の払しょくには至らなかった。
要するに、ECBの国債購入の効果はあくまで一時的であって、期待した効果は生まなかったということになる。
5)米政府にはすでに打開策がない
米国では債務上限引き上げの前提として緊縮財政をコミットする政治決着をはかったため、財政面での景気刺激は不可能に近い。昨年発動された量的緩和第2弾(QE2)は世界的な資源価格、商品市況の高騰をもたらし、確かに米株価を高騰させた。しかし、それは副作用が大きかった。新興国では物価上昇が止まらない。アジアでは不動産価格の上昇を招き、ガソリン価格や食料品価格も高騰した。インフレ制御に苦しんでいる。そうした犠牲のもとで米国は株価を上昇させたが、その上昇分もすでに吹き飛んでいる。QE2の効果はその程度に限定的だった上に、いっそうの金融不安を呼び起こしてしまった。量的緩和第3弾(QE3)を発動する状況にはない。
米国ではオバマ大統領が財政赤字に対する迅速な行動を呼びかけたが、税金に関する提案が野党共和党の反発を招いた。大統領は、米国債の格下げで財政赤字削減の緊急性が増したと強調し、議会の特別委員会が11月に提案する財政赤字削減策の内容の一部として、増税と社会保障プログラムの見直しを求めたが、共和党のベイナー下院議長はこれを拒否する姿勢を示した。
市場では、欧米の政治面での障害が迅速な財政改革を阻むとの見方が広がっており、解決策の選択肢が限られて本格的な支援は期待できないとの悲観的見方が強い。「債務増大や景気減速の問題に米政府は対処できない」との判断が広がった。市場は単に米国景気を懸念しているのではなく、恐慌に陥った際の対応策がないことを懸念している。
2008世界恐慌以降、政府による大規模な経済対策が消費意欲を刺激し、雇用の悪化にかかわらず小売りだけが2008年恐慌前の水準を超えてきた。財政出動バブルと言っていい。そのうえでこの3年間で余分に増加した米政府債務は約3兆ドルで、小売売上高がかさ上げされた分の累積値を試算すると1.5兆ドルとなり、政府支出の約半分が消費に回った格好となっている。今後、緊縮財政が実施されれば、このかさ上げされた消費のかなりの部分が失われていくことになっていくであろう。
ドルの低下は、米国の地位の低下
米国の地位低下が顕著となり、基軸通貨国というよりは、西側の大国の1つに成り下がったという現実が大きい。米国内では大統領のリーダーシップが低下し、安全保障やG7の枠組みにおいても、米国主導で物事が決まらなくなっている。米国が作った格付けルールの中で、米国自身が格下げされ、座標軸の真ん中が無くなった。
市場は、スタンダード&プアーズ(S&P)による米国債の格下げを、米国自身の格下げと受け取ったのである。
世界経済の構造変化を感じさせる。
6)世界同時株安に具体策なし
8月26日、米連邦準備理事会(FRB)バーナンキ議長は、量的緩和第3弾(QE3)実施を表明しなかった。たとえに今後追加してQE3が実施されたとしても、世界景気が急減速する事態を防ぐ特効薬にはならない。
米国では景気減速懸念が強まる一方、政府債務上限問題で財政支出がしにくくなっており、追加金融緩和(QE3)しかとりあえず採る方法は残されていない。しかし、そのQE3が導入されたとしても資源価格・商品市況が活況となるだけであって、根本的な解決には至らない。それどころかいっそうのドル安円高へと導き、インフレの危険性も準備する。
そうなれば、米市場の金融機能不全を材料にドル安と株安が進行するリスクが拡大するような事態を招くであろう。
八方手詰まりの状況にある。
今、市場が懸念を強めているのは、2008年8月の世界恐慌後の「バブル崩壊」を、財政・金融の“大盤振る舞い”で対処したものの、結果的に米国を中心に経済は健全化する方向に行かず、財政・金融政策の刺戟効果がなくなると、再び、低成長軌道に戻ってしまったのではないかという点である。
3年前には米国はじめ欧州各国に財政出動の余力があったが、今はその余力がほとんどない。危機対応力の低下したG7各国が、これから来る景気後退リスクを乗り越える余力を残していないのである。
具体策を持っていない。打開策がない。(文責:小林 治郎吉)
ドルの低下は、米国の地位の低下
この夏、世界経済危機は新たな、深刻な様相を呈している。
1)米政府、10年間で2兆ドルの歳出削減
米連邦債務の上限引き上げ問題は、期限の8月2日に迫るなかでギリギリの決着にこぎ着け、デフォルト(債務不履行)の懸念はひとまず消えたことになった。しかし、その一方で、米国は今後10年間で2兆ドル規模の歳出削減を実施することになり、緊縮財政が義務付けられ、米政府当局者にとって選択肢はなくなった。景気高揚策としての財政政策を採ることはできなくなった。
歳出削減額は米連邦債務の上限である14.3兆ドルと比較すれば約17%と、きわめて大きい。日本に当てはめれば一般会計予算の2年分、税収の4年分以上に相当する。
米連邦債務の上限引き上げ問題で繰り返された2012年大統領選を想定した共和党からの攻撃に対し、オバマ政権・米政府は、対応能力の欠如を露呈し、世界の投資家を一斉に不安にさせた。
2)スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が発表した米国債の格下げ
8月5日、スタンダード&プアーズ(S&P)による米国債の格下げを受け、世界の投資家が一斉にリスク削減に動いた。担保価値の低下による半ば強制的なリスク削減に加え、投資家は格下げによる負の連鎖が今後も続くことを警戒している。
S&Pは8月8日、米国債に続き、米政府系住宅金融機関(GSE)の連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)と連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)の長期格付けも一段階引き下げた。
スタンダード&プアーズ(S&P)による米国債の格下げをきっかけとして、欧米債務問題の早期解決に対する悲観的見方の広がり、景気の二番底に対する懸念が広がり、投資家はリスク資産から一斉に資金を引き揚げ、欧米株安、世界同時株安となった。
しかし、スタンダード&プアーズ(S&P)による米国債の格下げは、あくまで「きっかけ」であって原因ではない。たとえ格下げがなくとも、遅かれ早かれ債務問題への不安、金融不安から世界同時株安に至っただろう。
3)8月の世界同時株安は、欧米債務問題・金融システム不安から来ている
投資家心理悪化のきっかけとなったのは、5日スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)による米国債の格下げ、ユーロ圏の債務危機への懸念から、米経済の悪化が景気の二番底を招くとの懸念が広がり、これに追い打ちをかけた。
8月8日、世界の株式市場は、欧州と米国の債務問題の早期解決に対する悲観的見方の広がりや、景気の二番底に対する懸念で急落した。主要7カ国(G7)の財務相・中央銀行総裁による声明も市場の鎮静化には至らなかった。
8月19日現在、ダウ工業株30種は8月に入ってからは13.1%下落した。
この日アジアから始まった株価の下落は欧州でも続き、米市場で一層加速。2008年12月1日以来の大幅な下落率となった。
世界の株式市場では、過去8日間の下落で3兆8000億ドル以上が失われ、行き場のなくなった資金はスイスフランと円、金に向かう展開となった。
米株市場でバンク・オブ・アメリカが20%下落するなど金融株の下げが厳しい。米国では住宅、商業用地ともに価格が下げ止まらず、不良債権の処理は終わっていない。雇用も目立って改善せず、消費拡大は見込めそうもない。
今回の世界株安は欧米債務問題に金融システム不安が複合的に絡んで起きている。抜本的な問題解決は期待できそうにない。
世界の投資家は、いっせいにリスク回避し、リスク・ポジションの解消を続けている。新興国への投資も引き揚げざるを得なくなり、新興国株価も一斉に下落した。その結果、世界的な株安の連鎖が止まらない。
4)ECBの国債購入の効果は一時的、G7声明の主要ターゲットは米欧短期金融市場
米国債格下げは、住宅ローン担保証券(MBS)の信用にも影響し、MBSを担保にした短期資金のやり取りが円滑に進むのかはっきりしない。
G7声明で「今後数週間緊密に連絡を取り、適切に対応し、金融市場の安定と流動性を確保するための行動を取る準備がある」としている主なターゲットは、ドル/円相場ではなく、まず第一に米短期金融市場、第二に欧州短期市場であろう。
欧州では、ECBが行ったイタリア・スペイン国債の買い入れの規模は約20億ユーロ。両国の国債利回りは急低下し一定の効果はあった。ただフランス国債の保証コストとなるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)は160ベーシスポイント(bp)に拡大し、過去最高水準となった。米格下げを受け、フランスなど他の最上級格付国が今後どれだけ格付けを維持できるか、懸念が広がった。
イタリアの国債市場規模は大きく、ECBの動きは一時的な解決策にすぎない。ユーロ圏債務危機や景気への影響への政府の対応能力を疑問視する見方に押された。
欧州中央銀行(ECB)はイタリアとスペインの国債購入に乗り出したものの、長期的な救済策への懸念の払しょくには至らなかった。
要するに、ECBの国債購入の効果はあくまで一時的であって、期待した効果は生まなかったということになる。
5)米政府にはすでに打開策がない
米国では債務上限引き上げの前提として緊縮財政をコミットする政治決着をはかったため、財政面での景気刺激は不可能に近い。昨年発動された量的緩和第2弾(QE2)は世界的な資源価格、商品市況の高騰をもたらし、確かに米株価を高騰させた。しかし、それは副作用が大きかった。新興国では物価上昇が止まらない。アジアでは不動産価格の上昇を招き、ガソリン価格や食料品価格も高騰した。インフレ制御に苦しんでいる。そうした犠牲のもとで米国は株価を上昇させたが、その上昇分もすでに吹き飛んでいる。QE2の効果はその程度に限定的だった上に、いっそうの金融不安を呼び起こしてしまった。量的緩和第3弾(QE3)を発動する状況にはない。
米国ではオバマ大統領が財政赤字に対する迅速な行動を呼びかけたが、税金に関する提案が野党共和党の反発を招いた。大統領は、米国債の格下げで財政赤字削減の緊急性が増したと強調し、議会の特別委員会が11月に提案する財政赤字削減策の内容の一部として、増税と社会保障プログラムの見直しを求めたが、共和党のベイナー下院議長はこれを拒否する姿勢を示した。
市場では、欧米の政治面での障害が迅速な財政改革を阻むとの見方が広がっており、解決策の選択肢が限られて本格的な支援は期待できないとの悲観的見方が強い。「債務増大や景気減速の問題に米政府は対処できない」との判断が広がった。市場は単に米国景気を懸念しているのではなく、恐慌に陥った際の対応策がないことを懸念している。
2008世界恐慌以降、政府による大規模な経済対策が消費意欲を刺激し、雇用の悪化にかかわらず小売りだけが2008年恐慌前の水準を超えてきた。財政出動バブルと言っていい。そのうえでこの3年間で余分に増加した米政府債務は約3兆ドルで、小売売上高がかさ上げされた分の累積値を試算すると1.5兆ドルとなり、政府支出の約半分が消費に回った格好となっている。今後、緊縮財政が実施されれば、このかさ上げされた消費のかなりの部分が失われていくことになっていくであろう。
ドルの低下は、米国の地位の低下
米国の地位低下が顕著となり、基軸通貨国というよりは、西側の大国の1つに成り下がったという現実が大きい。米国内では大統領のリーダーシップが低下し、安全保障やG7の枠組みにおいても、米国主導で物事が決まらなくなっている。米国が作った格付けルールの中で、米国自身が格下げされ、座標軸の真ん中が無くなった。
市場は、スタンダード&プアーズ(S&P)による米国債の格下げを、米国自身の格下げと受け取ったのである。
世界経済の構造変化を感じさせる。
6)世界同時株安に具体策なし
8月26日、米連邦準備理事会(FRB)バーナンキ議長は、量的緩和第3弾(QE3)実施を表明しなかった。たとえに今後追加してQE3が実施されたとしても、世界景気が急減速する事態を防ぐ特効薬にはならない。
米国では景気減速懸念が強まる一方、政府債務上限問題で財政支出がしにくくなっており、追加金融緩和(QE3)しかとりあえず採る方法は残されていない。しかし、そのQE3が導入されたとしても資源価格・商品市況が活況となるだけであって、根本的な解決には至らない。それどころかいっそうのドル安円高へと導き、インフレの危険性も準備する。
そうなれば、米市場の金融機能不全を材料にドル安と株安が進行するリスクが拡大するような事態を招くであろう。
八方手詰まりの状況にある。
今、市場が懸念を強めているのは、2008年8月の世界恐慌後の「バブル崩壊」を、財政・金融の“大盤振る舞い”で対処したものの、結果的に米国を中心に経済は健全化する方向に行かず、財政・金融政策の刺戟効果がなくなると、再び、低成長軌道に戻ってしまったのではないかという点である。
3年前には米国はじめ欧州各国に財政出動の余力があったが、今はその余力がほとんどない。危機対応力の低下したG7各国が、これから来る景気後退リスクを乗り越える余力を残していないのである。
具体策を持っていない。打開策がない。(文責:小林 治郎吉)
ユーロ危機は繰り返す [2008-9世界経済恐慌]
ユーロ危機は繰り返す
ギリシャの大幅な債務超過に端を発した欧州ソブリン危機は、圏内の中核国であるイタリアやフランスにも飛び火し、欧州通貨統合の行方に暗い影を投げかけている。
果たして危機終息の見通しはあるか。ユーロはドル、円とならぶ世界の通貨として市場の信認を回復できるか。
1)ギリシャ危機は解決しない、ユーロ危機は繰り返される
ギリシャ危機は債務の減免なしには解決しない、したがってユーロの危機は今後も繰り返される。7月に決まった追加支援によってもギリシャの債務問題は解決しなかった。
「仮に金利が10%だとしても、(ギリシャは)15%程度の成長を毎年続けなくてはならず、GDP(国内総生産)の150%という債務は返せない。本質的な解決を避け、つぎはぎで対処しようとするので、いずれまた市場が荒れ、そのたびにイタリアやスペインに危機が飛び火するだろう。したがって、半年ごとに追加支援を繰り返し、問題の先送りをつづけるしかない状況にある。最終的には、債務の減免なしで解決は無理であろう。」(8月17日、国際通貨研究所の佐久間浩司・経済調査部長)。
ギリシャ国債の価格は暴落し、金利は現在19%である。
しかし、本当に問題なのは、たとえギリシャ危機が債務減免で解決したとしても、その分ユーロが債務・不良債権を抱え込むのであって、より大きなユーロ危機、ユーロ信用不安、金融機関の破綻を準備するのであり、その危機がもうすぐ先に、見えていることなのである。
2)ギリシャ危機とは何か?
ユーロは各国共通貨であるため、債務危機などの対外不均衡が生じた場合、ギリシャ貨幣を切り下げる為替調整機能が働かない。スペインやポルトガルも同様に、通貨が下落しないことで国際競争力を失ってしまった。さらに、2004年ごろからEUが東欧に拡大し、欧州企業の生産拠点がイベリア半島から東欧に移ってしまった。
ギリシャでも同様の事態が繰り返された。2001年のユーロ加盟によって、実際には例えばドイツとギリシャ間には深刻な経済格差が存在するにもかかわらず、ユーロ圏であるということで、同じ通貨を共有した。強力な通貨を手にしたギリシャにおける資本調達環境は、一気に改善した。ギリシャの安価な労働力を目当てに活発な資本投資が行われ、経済は急拡大した。企業買収をおこない、生産を拡大した。いわば人為的に作り出された好条件によってバブル状態が生まれ、ギリシャ経済は急拡大した。バブルに浮かれて投資したのはギリシャ資本ばかりではない。欧州資本、特に金融資本が投資したのである。
低利で調達できる資金は、ギリシャ資本主義の「高度化」に投資されることは少なかった。これまでの高金利から一挙に低金利になった。住宅需要は急速に増大し、多くの国民が住宅購入に走った。不動産、住宅への投機も同時に拡大した。多くの資金は、目先の利益を求めて不動産投資、住宅投資に流れ、住宅バブルに沸いた。欧州の金融機関はこの住宅バブルに多額の資本を投資した。
しかし、ユーロ統合直後に生じた好条件はすぐに解消してしまった。ギリシャでの物価が上昇した、労働コストも上昇していった、そもそも低賃金を目当てに進出したから、他方で生産性の向上は遅れた。徐々に多くのメーカーがギリシャを離れ、アジアや東欧に拠点を移した。そうしてギリシャ経済が不調の兆候が出はじめたところへ、2008世界恐慌が襲った。ギリシャ経済は恐慌状態に陥り、多くのギリシャ企業が操業を停止し、逃亡し、破産した。
不動産投資、住宅投資は焦げつきを見せはじめ、膨大な額の不良債権が姿を現し始めている。ギリシャの金融機関のみならず、欧州の銀行、金融機関はすでに膨大な不良債権を抱えている。
他方、2009年10月に発足したパパンドレウ政権は前政権による統計数字の改ざんを暴露した。同年の財政赤字の対GDP比がそれまで公表されていた6%程度ではなく、12.7%に達していることが判明し、同国のずさんな財政実態への懸念が一気に金融市場を覆った。
ギリシャ政府の財政破綻への懸念が拡大した、そして一挙にギリシャ国債の引き受け手がなくなり、ソブリン危機となったのである。
住宅バブルがはじけ、企業が逃亡し、失業が増大したギリシャは、この財政危機を解決する力を失っている。財政収入が減少し、支出が増大するにもかかわらず、EUやIMFから財政再建を義務づけられた。ユーロ各国と国際通貨基金(IMF)による支援の条件として、 財政再建、すなわち、福祉予算・教育費、さらには年金を削り、公務員を削減することを求められている。
ユーロ加盟国で初めてデフォルト(債務不履行)の瀬戸際まで追い込まれたギリシャは、欧州連合(EU)、国際通貨基金(IMF)などから第一次支援(2010年)、第二次支援(2011年)として、これまでに総額2,690億ユーロ(約30兆円)に及ぶ救済措置を受けている。第二次支援には、民間投資家の負担による債務軽減も盛り込まれた。
その代償として、ギリシャ政府が対外公約したのは既得権益の切り捨てを含む抜本的な財政緊縮策である。そのツケは様々な形で市民生活に目に見える打撃を及ぼしている。
3)ギリシャ危機はギリシャにとどまらない
ギリシャ危機はギリシャにとどまらなかった。まっすぐにユーロ体制の危機へと進んだのである。ドイツを始めとするユーロ圏各国と国際通貨基金(IMF)による度重なる支援にもかかわらず、ギリシャ危機のマグマは衰えていない。むしろ、イタリア、スペイン、そしてフランスなど他の域内諸国に対する市場不安を誘発、単一通貨ユーロを足元から脅かし続けている。なぜならば、ギリシャに起きた住宅バブルは、同じように、東欧諸国でも、スペイン、イタリアでも同時に進行したてきたからである。そのバブルに欧州の主要な金融機関が投資し、莫大な不良債権を抱えているからである。ギリシャ危機は欧州バブル崩壊の先陣を切っているとみなしてさしつかえない。
ユーロ体制は、「経済格差のある域内諸国間の亀裂」となって紛糾しはじめている。この亀裂は、修復可能なのか。欧州通貨統合の厳しい未来を暗示している。「ユーロ」は現在、最大の危機に直面している。
「域内諸国間の亀裂」として現れているのは、欧州でのバブル崩壊、世界恐慌による損を誰が負担するのか、誰が没落するのか、をめぐった争いと見るのが、もっとも的確なのであろう。
4)アイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリアへの危機の転回、即ユーロの危機
ギリシャと同様に大幅な財政赤字を抱えるアイルランド、ポルトガル、スペインの国債はすでに格下げされ、イタリアの国債も同様の不安にさらされている。
さらに、8月半ばには、ドイツと並ぶユーロの牽引役であるフランスに対しても「トリプルA」格付けを失うのではないかという懸念が市場に拡大。サルコジ大統領が静養先の海辺から引き返して新たな財政緊縮策を取りまとめる事態となった。
この余波で、こうした国々の国債を保有している欧州各国の銀行株が急落、フランスのソシエテ・ジェネラルが一時22%も下落するなど、リーマン・ショック以来ともいえる混乱が起きた。
株価急落を阻止するため、フランスは8月12日、イタリア、ベルギー、スペインとともに金融株に対する空売り規制を導入。ドイツも欧州全体で株式、国債、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)に対するネーキッド・ショートセリング(現物手当てのない空売り)禁止を呼び掛けた。
さらに、欧州中央銀行(ECB)は8月15日、ユーロ参加国の国債を12日までの1週間に220億ユーロ(約2兆4000億円)買い入れたと発表した。これは昨年5月の買い入れ開始以来、1週間の購入額としては最大規模で、ソブリン危機拡大に対するECBの切迫感が浮き彫りになった。
ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリアの危機は、決して各国の孤立した危機ではなく、即ユーロの危機なのである。
欧州を覆う投機マネーの動きや景況感の悪化の背景にあるのは、2008世界恐慌による金融危機、これに続く過剰生産恐慌に対し、各国政府は公的資金の注入し、とりあえず目の前に迫った恐慌の衝撃を緩和させた。そのことは、莫大な損を国家財政に付け替えただけであって、財政危機の顕在化によるソブリン危機へと爆発の「場所」、形態を変えただけであった。現在の過程は国債の価格低下、格下げから、信用不安へと進み、とくに財政基盤の弱いギリシャが、欧州を覆う投機マネーの攻撃を受けている。
ギリシャ危機を抑えるには、ECBの追加支援、もしくは債務減免しかありえない。ECBはさらに各国の国債を購入せざるを得なくなるだろう。いずれにせよそのことは、不良債権をユーロが抱え込むこと、またもやより大きな損のつけかえであって、ユーロの財政基盤を弱くするだけである。しまいにはユーロ自身の信用不安を引き起こす。
実際のところ、ユーロ危機こそ誰もが恐れている。ギリシャ「支援」とは、文字通り「弥縫策」である。モグラたたきのごとく次の犠牲を求めて、マネーは徘徊する。恐慌は2008年以降、「損のつけ替え」で爆発の機会を繰り延べされた。繰り延べは恐慌の爆発力をより高めたようである。いまや、恐慌による暴力的な調整しか選択はなくなりつつあるように見える。
欧州ソブリン危機の連鎖に加え、8月に入り欧州圏の景況も再び減速モードに入っている。欧州ばかりか世界同時株安、景気後退局面に入りつつある。
ユーロ危機の拡大は、世界恐慌からの「回復過程」から明らかな減速モードに入ったことを表現している。世界恐慌からの「回復過程」は、本当の回復ではなく、財政危機を人質にした爆発までの時間稼ぎであったようである。
欧州連合(EU)統計局が8月16日に発表した第2・四半期のユーロ圏域内総生産(GDP)は、ドイツの景気低迷やフランスのゼロ成長を反映し、市場予想より低い前期比0.2%、前年比1.7%の伸び(速報値)にとどまった。最大の押し下げ要因になったのは、貿易収支の悪化や消費の落ち込み、建設投資の不振で2009年第1・四半期以来の低成長となったドイツ経済の低迷である。
このままユーロの信認維持は難しい状況にある。ユーロ各国間の対立はより深まり、ユーロ体制の動揺とひび割れを大きくしている。どう修復するか。圏内の亀裂が深まれば深まるほど、盟主を自任するドイツとフランスには、そうした難題が重くのしかかる。
「ドイツとフランスは、共通通貨としてのユーロを強化し、一段と発展させる義務を絶対的に感じている。そのためにユーロ圏の金融・経済政策の連携強化が必要であることは明らかだ」。ドイツのメルケル首相は8月16日に行ったサルコジ仏大統領との独仏首脳会談の後、こう語って、ユーロ動揺への危機感をあらわにした。
しかし、現状打開の決め手はない。恐慌が勃発しないように、その場限りの「弥縫策」をとり続けるしかない。2008年世界恐慌勃発時には、財政支援政策を実施する余地はあったが、2011年夏にはその余地はすでにない。それどころか、対処したことによってもたらされた財政危機が、今度は新たな引き金になりそうである。
息を殺して、恐慌による暴力的な調整を待つばかりである。
ユーロ危機は繰り返す。世界的な金融危機・金融恐慌として繰り返す。(文責:小林治郎吉)
ギリシャの大幅な債務超過に端を発した欧州ソブリン危機は、圏内の中核国であるイタリアやフランスにも飛び火し、欧州通貨統合の行方に暗い影を投げかけている。
果たして危機終息の見通しはあるか。ユーロはドル、円とならぶ世界の通貨として市場の信認を回復できるか。
1)ギリシャ危機は解決しない、ユーロ危機は繰り返される
ギリシャ危機は債務の減免なしには解決しない、したがってユーロの危機は今後も繰り返される。7月に決まった追加支援によってもギリシャの債務問題は解決しなかった。
「仮に金利が10%だとしても、(ギリシャは)15%程度の成長を毎年続けなくてはならず、GDP(国内総生産)の150%という債務は返せない。本質的な解決を避け、つぎはぎで対処しようとするので、いずれまた市場が荒れ、そのたびにイタリアやスペインに危機が飛び火するだろう。したがって、半年ごとに追加支援を繰り返し、問題の先送りをつづけるしかない状況にある。最終的には、債務の減免なしで解決は無理であろう。」(8月17日、国際通貨研究所の佐久間浩司・経済調査部長)。
ギリシャ国債の価格は暴落し、金利は現在19%である。
しかし、本当に問題なのは、たとえギリシャ危機が債務減免で解決したとしても、その分ユーロが債務・不良債権を抱え込むのであって、より大きなユーロ危機、ユーロ信用不安、金融機関の破綻を準備するのであり、その危機がもうすぐ先に、見えていることなのである。
2)ギリシャ危機とは何か?
ユーロは各国共通貨であるため、債務危機などの対外不均衡が生じた場合、ギリシャ貨幣を切り下げる為替調整機能が働かない。スペインやポルトガルも同様に、通貨が下落しないことで国際競争力を失ってしまった。さらに、2004年ごろからEUが東欧に拡大し、欧州企業の生産拠点がイベリア半島から東欧に移ってしまった。
ギリシャでも同様の事態が繰り返された。2001年のユーロ加盟によって、実際には例えばドイツとギリシャ間には深刻な経済格差が存在するにもかかわらず、ユーロ圏であるということで、同じ通貨を共有した。強力な通貨を手にしたギリシャにおける資本調達環境は、一気に改善した。ギリシャの安価な労働力を目当てに活発な資本投資が行われ、経済は急拡大した。企業買収をおこない、生産を拡大した。いわば人為的に作り出された好条件によってバブル状態が生まれ、ギリシャ経済は急拡大した。バブルに浮かれて投資したのはギリシャ資本ばかりではない。欧州資本、特に金融資本が投資したのである。
低利で調達できる資金は、ギリシャ資本主義の「高度化」に投資されることは少なかった。これまでの高金利から一挙に低金利になった。住宅需要は急速に増大し、多くの国民が住宅購入に走った。不動産、住宅への投機も同時に拡大した。多くの資金は、目先の利益を求めて不動産投資、住宅投資に流れ、住宅バブルに沸いた。欧州の金融機関はこの住宅バブルに多額の資本を投資した。
しかし、ユーロ統合直後に生じた好条件はすぐに解消してしまった。ギリシャでの物価が上昇した、労働コストも上昇していった、そもそも低賃金を目当てに進出したから、他方で生産性の向上は遅れた。徐々に多くのメーカーがギリシャを離れ、アジアや東欧に拠点を移した。そうしてギリシャ経済が不調の兆候が出はじめたところへ、2008世界恐慌が襲った。ギリシャ経済は恐慌状態に陥り、多くのギリシャ企業が操業を停止し、逃亡し、破産した。
不動産投資、住宅投資は焦げつきを見せはじめ、膨大な額の不良債権が姿を現し始めている。ギリシャの金融機関のみならず、欧州の銀行、金融機関はすでに膨大な不良債権を抱えている。
他方、2009年10月に発足したパパンドレウ政権は前政権による統計数字の改ざんを暴露した。同年の財政赤字の対GDP比がそれまで公表されていた6%程度ではなく、12.7%に達していることが判明し、同国のずさんな財政実態への懸念が一気に金融市場を覆った。
ギリシャ政府の財政破綻への懸念が拡大した、そして一挙にギリシャ国債の引き受け手がなくなり、ソブリン危機となったのである。
住宅バブルがはじけ、企業が逃亡し、失業が増大したギリシャは、この財政危機を解決する力を失っている。財政収入が減少し、支出が増大するにもかかわらず、EUやIMFから財政再建を義務づけられた。ユーロ各国と国際通貨基金(IMF)による支援の条件として、 財政再建、すなわち、福祉予算・教育費、さらには年金を削り、公務員を削減することを求められている。
ユーロ加盟国で初めてデフォルト(債務不履行)の瀬戸際まで追い込まれたギリシャは、欧州連合(EU)、国際通貨基金(IMF)などから第一次支援(2010年)、第二次支援(2011年)として、これまでに総額2,690億ユーロ(約30兆円)に及ぶ救済措置を受けている。第二次支援には、民間投資家の負担による債務軽減も盛り込まれた。
その代償として、ギリシャ政府が対外公約したのは既得権益の切り捨てを含む抜本的な財政緊縮策である。そのツケは様々な形で市民生活に目に見える打撃を及ぼしている。
3)ギリシャ危機はギリシャにとどまらない
ギリシャ危機はギリシャにとどまらなかった。まっすぐにユーロ体制の危機へと進んだのである。ドイツを始めとするユーロ圏各国と国際通貨基金(IMF)による度重なる支援にもかかわらず、ギリシャ危機のマグマは衰えていない。むしろ、イタリア、スペイン、そしてフランスなど他の域内諸国に対する市場不安を誘発、単一通貨ユーロを足元から脅かし続けている。なぜならば、ギリシャに起きた住宅バブルは、同じように、東欧諸国でも、スペイン、イタリアでも同時に進行したてきたからである。そのバブルに欧州の主要な金融機関が投資し、莫大な不良債権を抱えているからである。ギリシャ危機は欧州バブル崩壊の先陣を切っているとみなしてさしつかえない。
ユーロ体制は、「経済格差のある域内諸国間の亀裂」となって紛糾しはじめている。この亀裂は、修復可能なのか。欧州通貨統合の厳しい未来を暗示している。「ユーロ」は現在、最大の危機に直面している。
「域内諸国間の亀裂」として現れているのは、欧州でのバブル崩壊、世界恐慌による損を誰が負担するのか、誰が没落するのか、をめぐった争いと見るのが、もっとも的確なのであろう。
4)アイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリアへの危機の転回、即ユーロの危機
ギリシャと同様に大幅な財政赤字を抱えるアイルランド、ポルトガル、スペインの国債はすでに格下げされ、イタリアの国債も同様の不安にさらされている。
さらに、8月半ばには、ドイツと並ぶユーロの牽引役であるフランスに対しても「トリプルA」格付けを失うのではないかという懸念が市場に拡大。サルコジ大統領が静養先の海辺から引き返して新たな財政緊縮策を取りまとめる事態となった。
この余波で、こうした国々の国債を保有している欧州各国の銀行株が急落、フランスのソシエテ・ジェネラルが一時22%も下落するなど、リーマン・ショック以来ともいえる混乱が起きた。
株価急落を阻止するため、フランスは8月12日、イタリア、ベルギー、スペインとともに金融株に対する空売り規制を導入。ドイツも欧州全体で株式、国債、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)に対するネーキッド・ショートセリング(現物手当てのない空売り)禁止を呼び掛けた。
さらに、欧州中央銀行(ECB)は8月15日、ユーロ参加国の国債を12日までの1週間に220億ユーロ(約2兆4000億円)買い入れたと発表した。これは昨年5月の買い入れ開始以来、1週間の購入額としては最大規模で、ソブリン危機拡大に対するECBの切迫感が浮き彫りになった。
ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリアの危機は、決して各国の孤立した危機ではなく、即ユーロの危機なのである。
欧州を覆う投機マネーの動きや景況感の悪化の背景にあるのは、2008世界恐慌による金融危機、これに続く過剰生産恐慌に対し、各国政府は公的資金の注入し、とりあえず目の前に迫った恐慌の衝撃を緩和させた。そのことは、莫大な損を国家財政に付け替えただけであって、財政危機の顕在化によるソブリン危機へと爆発の「場所」、形態を変えただけであった。現在の過程は国債の価格低下、格下げから、信用不安へと進み、とくに財政基盤の弱いギリシャが、欧州を覆う投機マネーの攻撃を受けている。
ギリシャ危機を抑えるには、ECBの追加支援、もしくは債務減免しかありえない。ECBはさらに各国の国債を購入せざるを得なくなるだろう。いずれにせよそのことは、不良債権をユーロが抱え込むこと、またもやより大きな損のつけかえであって、ユーロの財政基盤を弱くするだけである。しまいにはユーロ自身の信用不安を引き起こす。
実際のところ、ユーロ危機こそ誰もが恐れている。ギリシャ「支援」とは、文字通り「弥縫策」である。モグラたたきのごとく次の犠牲を求めて、マネーは徘徊する。恐慌は2008年以降、「損のつけ替え」で爆発の機会を繰り延べされた。繰り延べは恐慌の爆発力をより高めたようである。いまや、恐慌による暴力的な調整しか選択はなくなりつつあるように見える。
欧州ソブリン危機の連鎖に加え、8月に入り欧州圏の景況も再び減速モードに入っている。欧州ばかりか世界同時株安、景気後退局面に入りつつある。
ユーロ危機の拡大は、世界恐慌からの「回復過程」から明らかな減速モードに入ったことを表現している。世界恐慌からの「回復過程」は、本当の回復ではなく、財政危機を人質にした爆発までの時間稼ぎであったようである。
欧州連合(EU)統計局が8月16日に発表した第2・四半期のユーロ圏域内総生産(GDP)は、ドイツの景気低迷やフランスのゼロ成長を反映し、市場予想より低い前期比0.2%、前年比1.7%の伸び(速報値)にとどまった。最大の押し下げ要因になったのは、貿易収支の悪化や消費の落ち込み、建設投資の不振で2009年第1・四半期以来の低成長となったドイツ経済の低迷である。
このままユーロの信認維持は難しい状況にある。ユーロ各国間の対立はより深まり、ユーロ体制の動揺とひび割れを大きくしている。どう修復するか。圏内の亀裂が深まれば深まるほど、盟主を自任するドイツとフランスには、そうした難題が重くのしかかる。
「ドイツとフランスは、共通通貨としてのユーロを強化し、一段と発展させる義務を絶対的に感じている。そのためにユーロ圏の金融・経済政策の連携強化が必要であることは明らかだ」。ドイツのメルケル首相は8月16日に行ったサルコジ仏大統領との独仏首脳会談の後、こう語って、ユーロ動揺への危機感をあらわにした。
しかし、現状打開の決め手はない。恐慌が勃発しないように、その場限りの「弥縫策」をとり続けるしかない。2008年世界恐慌勃発時には、財政支援政策を実施する余地はあったが、2011年夏にはその余地はすでにない。それどころか、対処したことによってもたらされた財政危機が、今度は新たな引き金になりそうである。
息を殺して、恐慌による暴力的な調整を待つばかりである。
ユーロ危機は繰り返す。世界的な金融危機・金融恐慌として繰り返す。(文責:小林治郎吉)
「田中さんはラジオ体操をしない」を観る [映画・演劇の感想]
「田中さんはラジオ体操をしない」
沖電気による不当解雇を闘いつづけている田中哲郎さんを描いた映画。オーストラリアのマリー・デロフスキー監督 2009年作品。

<映画のチラシから>
どうして田中さんは解雇されたのか?
NTT民営化したころ、NTT関連企業であった沖電気にもその影響は及び、NTTから社長を迎え大幅な合理化・人員整理をおこなった。その経営方針を強引に進めるため、社員すべてに有無を言わさず会社に従わせる職場に変えてしまった。ラジオ体操もその踏み絵の一つで、始業時間前のラジオ体操に全員参加を強要する。時間外だから何の義務もない。にもかかわらず、ラジオ体操を拒否する者は会社の意向に従わない奴として、差別しいじめて、仕事から会社から排除する。このような人権侵害、不当労働行為を沖電気は堂々はやってきたのだ。しかもいまだに反省さえしていない。
田中さんは解雇された。それ以来毎朝、門前で抗議行動をしている。
日常を淡々と描く
そんな背景があるのだけれど、映画はむしろ淡々とした描写を重ねている。描き出しているのは、門前での抗議行動を含めた田中哲郎さんの毎日の生活であり、家族であり、まわりの人たちとの日常である。田中さんの家族も映し出す、「テッちゃんは頑固だからぁー」という田中さんへの信頼が読みとれるお母さん(義母)の表情がいい、一見して実直なことかわかる。奥さんもどちらかというと楽天的な感じ。田中さんが引っ張っているところはあるようだけれど、描かれている家族のつながりがいい。
要するに、映画は田中哲郎とはどんな人かを周りの人たちとのつながりを通して描き出そうとしている。そうして彼が、おおいに頑固だけれど、いかに人間的で思いやりのある魅力的な日本人の一人であるかを描き出しているのである。
映画のよさは、こんな田中さんの描写を通じて、日本の民主主義が毎日どのように支えられ守られているか、奮闘しているかを、生きた姿で描き出しているところにある。
よく見てくれ!こんな日本人もいるんだぞ! 世界の人々に向かって叫びたい気持になる。
民主主義にも命がある!
民主主義だって命があるのであって、毎日エネルギーを得なければ生き続けることはできない。多くのいろんな人の継続した努力によって生命をつないでいることを、この映画は教えてくれる。
田中哲郎さんは言う。「僕は難しいことは何もやっていない、僕の主張し行動しているのは簡単な当たり前のこと。おかしいことをおかしいと言いつづけてきただけ。」もちろんそんな簡単なことではないけれど、こんなふうにいう田中さんがいい、本当に魅力的だ。高尾の地で日本の民主主義に新しいエネルギーを毎日注いでいる。
いつしか日本の民主主義は、会社の門の前で眠り込んでしまうようになった。門の中では民主主義はなかなか棲息できない。会社は、個々の労働者に「全人格的なコミットメントを要求し続ける」(田畑稔)。全人格をもって会社業務に関与することを求め続ける。そうすると、一つ一つの行動を通じて、一段階一段階、その人の考えが変わり会社人間ができあがってきて、その分だけ民主主義が居場所をなくすのだ。
高尾の沖電気正門前の電柱に、田中哲郎さんはお金を払って広告看板を取りつけている。「いじめなどよろず相談に応じます」。それを指さし田中さんは言う。「ここは僕の暮らしている場です。ここで暮らしているんです。」これも美しいいいシーンだ。
田中哲郎さんの民主主義は、まっすぐな電柱よりもまっすぐに立っている。門をはいるときに沖電気の社員一人一人の民主主義が、萎縮しないように、眠りこまないように、毎朝背中を押しているのだ。
人らしく生きよう!
田中さんのまわりにはいろんな人が集まってくる。根津公子さんもその一人だそうで、「君が代」斉唱で起立を拒否した先生である。最近は学校でも校門を過ぎると民主主義が眠らされることになった。根津さんは、出勤停止処分とされた時、田中さんにならって門前に立つことにしたと言う。田中さんの民主主義はスクっと立っているので「伝染する」人もいると、これまたスクっと立っている(卒業式では立ち上がらない)根津さんが言うのだ。このような人のつながりがいい、その描写がいい。
新宿Ks Cinemaで7月2日から上映されている。 (文責;児玉繁信)
沖電気による不当解雇を闘いつづけている田中哲郎さんを描いた映画。オーストラリアのマリー・デロフスキー監督 2009年作品。

<映画のチラシから>
どうして田中さんは解雇されたのか?
NTT民営化したころ、NTT関連企業であった沖電気にもその影響は及び、NTTから社長を迎え大幅な合理化・人員整理をおこなった。その経営方針を強引に進めるため、社員すべてに有無を言わさず会社に従わせる職場に変えてしまった。ラジオ体操もその踏み絵の一つで、始業時間前のラジオ体操に全員参加を強要する。時間外だから何の義務もない。にもかかわらず、ラジオ体操を拒否する者は会社の意向に従わない奴として、差別しいじめて、仕事から会社から排除する。このような人権侵害、不当労働行為を沖電気は堂々はやってきたのだ。しかもいまだに反省さえしていない。
田中さんは解雇された。それ以来毎朝、門前で抗議行動をしている。
日常を淡々と描く
そんな背景があるのだけれど、映画はむしろ淡々とした描写を重ねている。描き出しているのは、門前での抗議行動を含めた田中哲郎さんの毎日の生活であり、家族であり、まわりの人たちとの日常である。田中さんの家族も映し出す、「テッちゃんは頑固だからぁー」という田中さんへの信頼が読みとれるお母さん(義母)の表情がいい、一見して実直なことかわかる。奥さんもどちらかというと楽天的な感じ。田中さんが引っ張っているところはあるようだけれど、描かれている家族のつながりがいい。
要するに、映画は田中哲郎とはどんな人かを周りの人たちとのつながりを通して描き出そうとしている。そうして彼が、おおいに頑固だけれど、いかに人間的で思いやりのある魅力的な日本人の一人であるかを描き出しているのである。
映画のよさは、こんな田中さんの描写を通じて、日本の民主主義が毎日どのように支えられ守られているか、奮闘しているかを、生きた姿で描き出しているところにある。
よく見てくれ!こんな日本人もいるんだぞ! 世界の人々に向かって叫びたい気持になる。
民主主義にも命がある!
民主主義だって命があるのであって、毎日エネルギーを得なければ生き続けることはできない。多くのいろんな人の継続した努力によって生命をつないでいることを、この映画は教えてくれる。
田中哲郎さんは言う。「僕は難しいことは何もやっていない、僕の主張し行動しているのは簡単な当たり前のこと。おかしいことをおかしいと言いつづけてきただけ。」もちろんそんな簡単なことではないけれど、こんなふうにいう田中さんがいい、本当に魅力的だ。高尾の地で日本の民主主義に新しいエネルギーを毎日注いでいる。
いつしか日本の民主主義は、会社の門の前で眠り込んでしまうようになった。門の中では民主主義はなかなか棲息できない。会社は、個々の労働者に「全人格的なコミットメントを要求し続ける」(田畑稔)。全人格をもって会社業務に関与することを求め続ける。そうすると、一つ一つの行動を通じて、一段階一段階、その人の考えが変わり会社人間ができあがってきて、その分だけ民主主義が居場所をなくすのだ。
高尾の沖電気正門前の電柱に、田中哲郎さんはお金を払って広告看板を取りつけている。「いじめなどよろず相談に応じます」。それを指さし田中さんは言う。「ここは僕の暮らしている場です。ここで暮らしているんです。」これも美しいいいシーンだ。
田中哲郎さんの民主主義は、まっすぐな電柱よりもまっすぐに立っている。門をはいるときに沖電気の社員一人一人の民主主義が、萎縮しないように、眠りこまないように、毎朝背中を押しているのだ。
人らしく生きよう!
田中さんのまわりにはいろんな人が集まってくる。根津公子さんもその一人だそうで、「君が代」斉唱で起立を拒否した先生である。最近は学校でも校門を過ぎると民主主義が眠らされることになった。根津さんは、出勤停止処分とされた時、田中さんにならって門前に立つことにしたと言う。田中さんの民主主義はスクっと立っているので「伝染する」人もいると、これまたスクっと立っている(卒業式では立ち上がらない)根津さんが言うのだ。このような人のつながりがいい、その描写がいい。
新宿Ks Cinemaで7月2日から上映されている。 (文責;児玉繁信)
韓進造船所を再び墓場にするな! [フィリピン労働運動]
0)はじめに
フィリピンのハンジン労働者から、最近の状況についての報告が送られてきました。以下に紹介します。
2011年3月以降、死亡事故を含む重大な労災事故が多発し、労働者の怒りが高まっています。労働者やサマハン(労働組合準備会)が改善を要求しても、会社は何も対応しません。それどころか労働者のリーダーを解雇し、強制休職に追い込んだり、弾圧してきており、卑劣な対応はこれまで以上です。
労働者たちは、会社に対し要求し続けるとともに、教会グループや他の労働組合センター・団体とともに、国会やアキノ大統領に、解決を求め訴えています。現地では緊迫した情勢が続いています。
なお、韓国・韓進造船所でも合理化に反対し、韓国・韓進労働組合委員長は、人員削減・解雇に反対し工場内クレーンに籠城中です。7月23日で191日目に入りました。韓国・韓進では古い造船所が閉鎖され、人員削減・解雇への反対を掲げ、闘っています。フィリピン・ハンジン社が日々生産を拡大していることと大いに関係があります。
--------------

<2011年3月、ピースサイクルは、ハンジン造船所に抗議に行った。警備員に止められた。この警備員たちもハンジン労働組合メンバーに暴力をふるう!>
報告:
スービック造船所の秘話――韓進建設重工業フィリピン
1)韓進(ハンジン)・フィリピン社はどのように稼いだのか?
2008年6月以来、韓進建設重工業フィリピン社(Hanjin Heavy Industries and Construction Phils., Inc.)は、24隻の船を建造し納入しました。14隻分で8億5,000万ドルの売上がありました。ここ2年間、ハンジン社は、スービック自由貿易区のなかで3億7,274万ドルの売上高を稼ぎ、最高額の輸出業者となっています。
この韓国資本コングロマリットは、2006年5月に7億2,100万ドルの初期投資から、操業しはじめました。敷き地は、元米海軍スービック基地の一部であり、アロヨ大統領との間で50年の賃貸借契約書に調印しました。フィリピンにおける最も大きい海外資本による直接投資(FDI)でした。ハンジン社は当時は15,000名の労働者でスタートしましたが、現在では21,000名のフィリピン人労働者を雇っています。会社は、2010年には7億ドルを売上げ、2011年9億3500万ドル、2012年には12億8000万ドル売上予定です。
10年間の免税期間に莫大な利益を得ようとしているわけですが、4年以内で会社は18億ドルの投資を回収してしまいました。
この理由として、ハンジン品質保証役員ヨハ・キムは、「フィリピン人労働者の造船技能習得が早い」と賞賛しました。そのような「賞賛」にもかかわらず、21,000名の勤勉なフィリピン人労働者への劣悪な処遇はどうなのでしょうか?
2)恒常的な労災事故と労働者虐待
SAMAHAN(ハンジン造船所労働者協会:労働組合結成のための準備組織)は、会社の発行している文書によって、2011年3月の週前半にスービック造船所で憂慮すべき頻度で死亡事故が発生していることを知りました。わずか6日間(3月8日~14日)に、6人の労働者に重傷を負わせた5件の事故がありました。
また4月8日~15日に、4つの異なった重大事故があり、2人の労働者が死にました。これらの事故は病院への入院を必要とするものでした。
他方、軽微な事故もあります。皮膚の小さな傷や擦り傷、かぶれ、溶接の煙にさらされたため目のはれや炎症、溶接時の金属の飛散による怪我、四肢の喪失、または両手の喪失などがきわめて憂慮すべき頻度で起こります。小さな診療所に勤務する看護師の医療を待つ労働者の毎日の長い列は、当造船所での労働がどれほど危険であるか、生きた証拠になっています。
また、3月28日から6月11日まで、SAMAHANは韓国人上司によるフィリピン人労働者の虐待・酷使について6件を記録しました。虐待は、首絞め、蹴り、硬い金属の懐中電灯で頭を殴ったり、鉄板を切る工業用ハサミで叩いたりといった行為に及んでいます。
3)職場における安全衛生は疑わしい
軽工業区と自由貿易区の貧弱な安全記録にさえも、事故と死亡の記録が連なっていることが2008年に明るみに出ました。
フィリピン議会と上院労働委員会は、その件を審査するための措置を講じました。2009年第一四半期までは、労災死の死者数は24名とされていましたが、労働雇用省労働安全衛生セクションは、死亡者40名、事故は5,000件と報告しました。
労働者たちは、韓国人上司が「フィリピン人労働者を屈服させる」ために、彼らの頭をけったり殴ったり硬いもので殴ったりすることを暴露するようになりました。食事はさらにまた多年にわたって労働者を苦しめている問題であって、しばしば古くて腐っていたり、ウジがいっぱいわいていたりするのです。また、事故多発の理由の一つが下請契約会社の広範な使用であると指摘されました。同じ造船所内の各部門は多数の異なる下請け会社の労働者で占められているのです。事故が起きても、労働者の責任、あるいは下請け会社の責任として、ごまかし隠し押さえつけてきたのです。
上院議員ジグノイ・エストラダによって行われた造船所調査では、以下の問題点とその改善が勧告されました。
・医療施設の欠如、常勤の医師と看護師のいる300床の病院施設が必要である。
・不十分な安全警告装置
・壊れた安全靴
・安全工具の不適切な使用
・低賃金の改善
4)ハンジン労働者の闘い
より安全な仕事場とするような上院労働委員会の勧告を得て、労働者は組合を結成し闘いました。労働組合は労働組合結成の前提条件を遵守したにもかかわらず、フィリピン労働雇用省により組合登録は保留にされました。そのためハンジン労働者は、2009年第1四半期にSAMAHANを組織して、労働雇用省に組合登録すると決めました。当初、SAMAHANの組合登録は、労働雇用省によって拒絶されましたが、2010年3月に登録が認められました。しかしハンジン経営者が上告し、労働雇用省第III地域は組合登録を取り消してしまったのです。都市宣教師(UM-AMRSP)グループや社会的行動全国事務局、正義と平和(CBCP-NASSA JP)ような教会グループの支持が功を奏し、2010年9月労働雇用省-BLRの全国ディレクター(National Director)などの支援があり、また労働雇用省への働きかけがあって、元の通り組合登録が認められました。
2011年3月以降、死者と大事故がまたもや増大してしまいました。また韓国人上司による虐待・酷使が続くこと(以前の指摘を意図的に無視)、そればかりでなく社員食堂の食事がまたもや腐ったものだったことから、2011年3月16日労働者たちは経営者に抗議の手紙を書くことにしました。この手紙に含まれているのは、安全衛生の遵守、事故防止、虐待禁止、食事改善などとともに、不法に解雇された40名の労働組合員とSAMAHANメンバーを復職させるという内容です。
対話を提案するSAMAHANの手紙を、経営者側は無視し何も回答しないまま、一旦食事を改善し、ユニフォームや安全靴、溶接用ゴーグル、ガスマスク、ヘルメットなどの安全工具を何人かの労働者に支給しはじめました。その時、労働者たちは喜びました。しかし、2日間で元に戻りました。古い腐った食事、低品質の機器・設備、およびおんぼろなユニフォームに戻りました。そんななか去る4月8日から15日、4件の連続した事故が続き、2人の労働者が死亡しました。
「造船所が再び墓場になる」という危機感が職場で高まりました。労働者たちは警告と抗議を示すため、5月1日前日昼休みに抗議の騒音連打を行い、そして5月26日には、経営者を追及する手紙を再度書きました。
グループの要求は単純です。ハンジン経営者とSAMAHANからなる労働者代表の間で委員会を新設し、共同で以下のことを決定することです。
・労働安全衛生の実施、造船所内の300床の病院施設の提供
・フィリピン人労働者の虐待禁止
・清潔で健康的な食物の提供
・不法に解雇された40名の復職(SAMAHANメンバーと疑われた者と組合員)。5人のSAMAHANリーダーの復職。
悲しいことに、問題に決着をつけることの代わりに、経営者はリーダーである労働者に対し出勤停止、職場からの追い出し、不法逮捕と拘留、ハンジン警備員によるSAMAHANリーダーへの慢性化した暴力・殴打で応じました。特別行動部隊とスービック警察もまた、SAMAHANリーダーを鎮圧するためにハンジン経営者側によって利用されているのです。
連絡窓口:
・アルフィー・アリピオ(Alfie Alipio)委員長(シャマハン) 0930 1870 800
・ジョエイ・ゴンザレス(Joey Gonzales)書記 0907 8320 094
・プレシィ・デレメス(Precy Dellomes)(マカバヤンMAKABAYAN)0922 2749 049 / 0927 8815 519
Email: makabayan2003@yahoo.com
・エルネスト・アレラノ(Ernesto Arellano)0922 8355 685
・テス・ボルゴニオ(Tess Borgonio)NUBCW・BWI 0917 8256 954
Email: nubcw.org08@yahoo.com
フィリピンのハンジン労働者から、最近の状況についての報告が送られてきました。以下に紹介します。
2011年3月以降、死亡事故を含む重大な労災事故が多発し、労働者の怒りが高まっています。労働者やサマハン(労働組合準備会)が改善を要求しても、会社は何も対応しません。それどころか労働者のリーダーを解雇し、強制休職に追い込んだり、弾圧してきており、卑劣な対応はこれまで以上です。
労働者たちは、会社に対し要求し続けるとともに、教会グループや他の労働組合センター・団体とともに、国会やアキノ大統領に、解決を求め訴えています。現地では緊迫した情勢が続いています。
なお、韓国・韓進造船所でも合理化に反対し、韓国・韓進労働組合委員長は、人員削減・解雇に反対し工場内クレーンに籠城中です。7月23日で191日目に入りました。韓国・韓進では古い造船所が閉鎖され、人員削減・解雇への反対を掲げ、闘っています。フィリピン・ハンジン社が日々生産を拡大していることと大いに関係があります。
--------------
<2011年3月、ピースサイクルは、ハンジン造船所に抗議に行った。警備員に止められた。この警備員たちもハンジン労働組合メンバーに暴力をふるう!>
報告:
スービック造船所の秘話――韓進建設重工業フィリピン
2011年6月22日
1)韓進(ハンジン)・フィリピン社はどのように稼いだのか?
2008年6月以来、韓進建設重工業フィリピン社(Hanjin Heavy Industries and Construction Phils., Inc.)は、24隻の船を建造し納入しました。14隻分で8億5,000万ドルの売上がありました。ここ2年間、ハンジン社は、スービック自由貿易区のなかで3億7,274万ドルの売上高を稼ぎ、最高額の輸出業者となっています。
この韓国資本コングロマリットは、2006年5月に7億2,100万ドルの初期投資から、操業しはじめました。敷き地は、元米海軍スービック基地の一部であり、アロヨ大統領との間で50年の賃貸借契約書に調印しました。フィリピンにおける最も大きい海外資本による直接投資(FDI)でした。ハンジン社は当時は15,000名の労働者でスタートしましたが、現在では21,000名のフィリピン人労働者を雇っています。会社は、2010年には7億ドルを売上げ、2011年9億3500万ドル、2012年には12億8000万ドル売上予定です。
10年間の免税期間に莫大な利益を得ようとしているわけですが、4年以内で会社は18億ドルの投資を回収してしまいました。
この理由として、ハンジン品質保証役員ヨハ・キムは、「フィリピン人労働者の造船技能習得が早い」と賞賛しました。そのような「賞賛」にもかかわらず、21,000名の勤勉なフィリピン人労働者への劣悪な処遇はどうなのでしょうか?
2)恒常的な労災事故と労働者虐待
SAMAHAN(ハンジン造船所労働者協会:労働組合結成のための準備組織)は、会社の発行している文書によって、2011年3月の週前半にスービック造船所で憂慮すべき頻度で死亡事故が発生していることを知りました。わずか6日間(3月8日~14日)に、6人の労働者に重傷を負わせた5件の事故がありました。
また4月8日~15日に、4つの異なった重大事故があり、2人の労働者が死にました。これらの事故は病院への入院を必要とするものでした。
他方、軽微な事故もあります。皮膚の小さな傷や擦り傷、かぶれ、溶接の煙にさらされたため目のはれや炎症、溶接時の金属の飛散による怪我、四肢の喪失、または両手の喪失などがきわめて憂慮すべき頻度で起こります。小さな診療所に勤務する看護師の医療を待つ労働者の毎日の長い列は、当造船所での労働がどれほど危険であるか、生きた証拠になっています。
また、3月28日から6月11日まで、SAMAHANは韓国人上司によるフィリピン人労働者の虐待・酷使について6件を記録しました。虐待は、首絞め、蹴り、硬い金属の懐中電灯で頭を殴ったり、鉄板を切る工業用ハサミで叩いたりといった行為に及んでいます。
3)職場における安全衛生は疑わしい
軽工業区と自由貿易区の貧弱な安全記録にさえも、事故と死亡の記録が連なっていることが2008年に明るみに出ました。
フィリピン議会と上院労働委員会は、その件を審査するための措置を講じました。2009年第一四半期までは、労災死の死者数は24名とされていましたが、労働雇用省労働安全衛生セクションは、死亡者40名、事故は5,000件と報告しました。
労働者たちは、韓国人上司が「フィリピン人労働者を屈服させる」ために、彼らの頭をけったり殴ったり硬いもので殴ったりすることを暴露するようになりました。食事はさらにまた多年にわたって労働者を苦しめている問題であって、しばしば古くて腐っていたり、ウジがいっぱいわいていたりするのです。また、事故多発の理由の一つが下請契約会社の広範な使用であると指摘されました。同じ造船所内の各部門は多数の異なる下請け会社の労働者で占められているのです。事故が起きても、労働者の責任、あるいは下請け会社の責任として、ごまかし隠し押さえつけてきたのです。
上院議員ジグノイ・エストラダによって行われた造船所調査では、以下の問題点とその改善が勧告されました。
・医療施設の欠如、常勤の医師と看護師のいる300床の病院施設が必要である。
・不十分な安全警告装置
・壊れた安全靴
・安全工具の不適切な使用
・低賃金の改善
4)ハンジン労働者の闘い
より安全な仕事場とするような上院労働委員会の勧告を得て、労働者は組合を結成し闘いました。労働組合は労働組合結成の前提条件を遵守したにもかかわらず、フィリピン労働雇用省により組合登録は保留にされました。そのためハンジン労働者は、2009年第1四半期にSAMAHANを組織して、労働雇用省に組合登録すると決めました。当初、SAMAHANの組合登録は、労働雇用省によって拒絶されましたが、2010年3月に登録が認められました。しかしハンジン経営者が上告し、労働雇用省第III地域は組合登録を取り消してしまったのです。都市宣教師(UM-AMRSP)グループや社会的行動全国事務局、正義と平和(CBCP-NASSA JP)ような教会グループの支持が功を奏し、2010年9月労働雇用省-BLRの全国ディレクター(National Director)などの支援があり、また労働雇用省への働きかけがあって、元の通り組合登録が認められました。
2011年3月以降、死者と大事故がまたもや増大してしまいました。また韓国人上司による虐待・酷使が続くこと(以前の指摘を意図的に無視)、そればかりでなく社員食堂の食事がまたもや腐ったものだったことから、2011年3月16日労働者たちは経営者に抗議の手紙を書くことにしました。この手紙に含まれているのは、安全衛生の遵守、事故防止、虐待禁止、食事改善などとともに、不法に解雇された40名の労働組合員とSAMAHANメンバーを復職させるという内容です。
対話を提案するSAMAHANの手紙を、経営者側は無視し何も回答しないまま、一旦食事を改善し、ユニフォームや安全靴、溶接用ゴーグル、ガスマスク、ヘルメットなどの安全工具を何人かの労働者に支給しはじめました。その時、労働者たちは喜びました。しかし、2日間で元に戻りました。古い腐った食事、低品質の機器・設備、およびおんぼろなユニフォームに戻りました。そんななか去る4月8日から15日、4件の連続した事故が続き、2人の労働者が死亡しました。
「造船所が再び墓場になる」という危機感が職場で高まりました。労働者たちは警告と抗議を示すため、5月1日前日昼休みに抗議の騒音連打を行い、そして5月26日には、経営者を追及する手紙を再度書きました。
グループの要求は単純です。ハンジン経営者とSAMAHANからなる労働者代表の間で委員会を新設し、共同で以下のことを決定することです。
・労働安全衛生の実施、造船所内の300床の病院施設の提供
・フィリピン人労働者の虐待禁止
・清潔で健康的な食物の提供
・不法に解雇された40名の復職(SAMAHANメンバーと疑われた者と組合員)。5人のSAMAHANリーダーの復職。
悲しいことに、問題に決着をつけることの代わりに、経営者はリーダーである労働者に対し出勤停止、職場からの追い出し、不法逮捕と拘留、ハンジン警備員によるSAMAHANリーダーへの慢性化した暴力・殴打で応じました。特別行動部隊とスービック警察もまた、SAMAHANリーダーを鎮圧するためにハンジン経営者側によって利用されているのです。
連絡窓口:
・アルフィー・アリピオ(Alfie Alipio)委員長(シャマハン) 0930 1870 800
・ジョエイ・ゴンザレス(Joey Gonzales)書記 0907 8320 094
・プレシィ・デレメス(Precy Dellomes)(マカバヤンMAKABAYAN)0922 2749 049 / 0927 8815 519
Email: makabayan2003@yahoo.com
・エルネスト・アレラノ(Ernesto Arellano)0922 8355 685
・テス・ボルゴニオ(Tess Borgonio)NUBCW・BWI 0917 8256 954
Email: nubcw.org08@yahoo.com
職場を墓場にするな! [フィリピン労働運動]
韓進(ハンジン)労働組合から、2011年3月からフィリピン・ハンジン造船所内で死亡を含む労働災害が急増してると報告が来ました。労働災害の一覧を下記に記します。短期間に事故が多発しています。
見るも無惨な実態です。こんなことが現代世界で起こっているとは、にわかには信じられないと最初に思いました。しかし、事実です。韓進資本は利益を上げるため、こんな行為に及んでいるのです。
ハンジン労働者は、以前からフィリピン国会、上院労働委員会に訴え告発してきましたが、告発した労働者が解雇され弾圧される始末でした。今回も抗議した労働者に対して、解雇・強制休職などで押さえつけようとしています。
「職場を墓場にするな!」と会社に対して、大統領に対して、議会に対して、各方面に抗議・告発しています。
殺人企業・韓進を許してはなりません!
---------------------
わずか4カ月間のフィリピン韓進造船所での労災事故多発

<出勤前のハンジン労働者たち、サンバレス州スービック町>
名前 日付 職場 事件の性質・備考
1)病院へ搬送された事故
1. マーク・I・アバヤ(Mark I. Abaya)、2011年3月8日、溶接工 切断トーチの先端によって左腕に第二度の火傷。
2.ジョン・マーチ・カソル(John March Casol)、2011年3月12日、足場部門
10フィート高の足場から落下。左腕脱臼。
3.クリストファー・ネラ(Christopher Nera)、2011年3月12日、
常はクレーンで持ち上げる金属板(600cmx1000 cmx30cm)を手で持ちあげるよう指示され、落として彼の指を潰した。
4.アルドウリン・ドゥヒラグ(Aldrin Duhilag)、2011年3月14日、
切断トーチのリーク電流でグローブと手を焼いた。火傷。
5.アラン・I・オラノサ(Allan I. Olanosa)、2011年3月15日、フィットアップ部門
パネル部のATバーラインが落下し彼の右脚を粉砕。彼の左足の骨は、即時手術を受けなければならない。ステンレス鋼を、骨折した場所に挿入する必要がある。
6.エヂソン・R・マリット(Edison R Malit)、2011年3月15日、
バランスを失い20フィートの高さのあるプラットホームから落下。彼の肘の骨が外に突き出て、あごは破砕され、歯に亀裂を生じさせた。いまだ左目にあざが残り、腰痛に苦しんでいる。
7.ロニー・パクバス(Ronnie Pacubas)、2011年4月8日、足場部門
足場から落下。
8.アルヴィン・プラシオ(Alvin Placio)、2011年4月9日、溶接工
60kgの鉄板で頭を殴られた。パイプフィッター作業で働いていたにもかかわらず、韓国人班長によって働け!と鉄板で頭上を叩かれた。
9.ロナルド・アルヴァレス(Ronaldo Alvarez)、最近、現在入院中
パネルボードと金属板との間に挟まれ、腰を負傷。今現在病院に閉じ込められ、通常の倍の輸血を受けているがそれでも足りない
2)死亡事故
10.アルヴィン・ダラング(Alvin Dalunag)、2011年4月11日、グラインダー部門
6フィートの高さの職場から落下し、金属製補強材で頭を打った。
11.アンディ・ベルナルディーノ(Andy Bernardino)、2011年4月15日、電気技師
250kg の金属板で前頭部を打った。昏睡状態の後に死亡。
12.ベンジー・マララック(Benjie Mararac)、2011年6月4日
重労働によりヘルニア破裂を引き起こした。彼はジェームズゴードン記念病院で手術を受け、パンガシナンに運ばれた後に死んだ。
3)虐待事件
マーク・イラガン(Mark Ilagan)、2011年3月28日
金属製懐中電灯で頭を殴られた。
ジェシー・エミ(Jessie Emih)、2011年4月25日
数回にわたって頭を殴られた。
ジェニファー・バクロ・アベヨ(Jennifer Baculo Abejo)、2011年5月25日
韓国人上司が突然怒って産業はさみを彼に投げつけた。右足に当たり1?1.5cm深さの傷を負った。
クリストファー・アレヤンドロ(Christopher Alejandro)、2011年5月28日
首を絞められた。
ヘルベルト・ユアニタス(Herbert juanitas)、2011年6月11日
電気Ⅰ部門の副班長。彼は5時に帰宅しJuanitasが制限されている理由で、ルーマニア人班長によって首を絞められた。
4)嫌がらせ
レナンテ・ブカット(Renante Buccat)、2011年6月16日
ベンジャミン・アベネスJr.(Benjamin Abenes Jr.)、2011年6月16日
エデソン・ブエルヴァ(Edeson Buelva)、2011年6月10日
レスター・ディソン(Lester Dizon)、2011年6月16日
ジューン・アサンシオン(June Asuncion)、2011年6月13日
クリスチャン・パウル・シアル(Christian Paul Siar)、2011年6月16日
5)職場からの追い出し・解雇
ロイ・サラザール(Roy Salazar)、2011年6月6日
ギルベルト・デラペーナ(Gilbert Dela Pena)、2011年6月17日
レナンテ・ブカット(Renante Buccat)、2011年6月17日
ベンジャミン・アベネス(Jr.Benjamin Abenes Jr.)、2011年6月17日
見るも無惨な実態です。こんなことが現代世界で起こっているとは、にわかには信じられないと最初に思いました。しかし、事実です。韓進資本は利益を上げるため、こんな行為に及んでいるのです。
ハンジン労働者は、以前からフィリピン国会、上院労働委員会に訴え告発してきましたが、告発した労働者が解雇され弾圧される始末でした。今回も抗議した労働者に対して、解雇・強制休職などで押さえつけようとしています。
「職場を墓場にするな!」と会社に対して、大統領に対して、議会に対して、各方面に抗議・告発しています。
殺人企業・韓進を許してはなりません!
---------------------
わずか4カ月間のフィリピン韓進造船所での労災事故多発
*2011年3月から6月までのわずか4カ月間
*2008年の発生レベルに匹敵するしばしば起こった事故、死亡事故や虐待。
ただし、軽いけが・めまいや眼の刺激など日常の発生する軽傷で病院に運ばれていない小さな事故は除く。<出勤前のハンジン労働者たち、サンバレス州スービック町>
名前 日付 職場 事件の性質・備考
1)病院へ搬送された事故
1. マーク・I・アバヤ(Mark I. Abaya)、2011年3月8日、溶接工 切断トーチの先端によって左腕に第二度の火傷。
2.ジョン・マーチ・カソル(John March Casol)、2011年3月12日、足場部門
10フィート高の足場から落下。左腕脱臼。
3.クリストファー・ネラ(Christopher Nera)、2011年3月12日、
常はクレーンで持ち上げる金属板(600cmx1000 cmx30cm)を手で持ちあげるよう指示され、落として彼の指を潰した。
4.アルドウリン・ドゥヒラグ(Aldrin Duhilag)、2011年3月14日、
切断トーチのリーク電流でグローブと手を焼いた。火傷。
5.アラン・I・オラノサ(Allan I. Olanosa)、2011年3月15日、フィットアップ部門
パネル部のATバーラインが落下し彼の右脚を粉砕。彼の左足の骨は、即時手術を受けなければならない。ステンレス鋼を、骨折した場所に挿入する必要がある。
6.エヂソン・R・マリット(Edison R Malit)、2011年3月15日、
バランスを失い20フィートの高さのあるプラットホームから落下。彼の肘の骨が外に突き出て、あごは破砕され、歯に亀裂を生じさせた。いまだ左目にあざが残り、腰痛に苦しんでいる。
7.ロニー・パクバス(Ronnie Pacubas)、2011年4月8日、足場部門
足場から落下。
8.アルヴィン・プラシオ(Alvin Placio)、2011年4月9日、溶接工
60kgの鉄板で頭を殴られた。パイプフィッター作業で働いていたにもかかわらず、韓国人班長によって働け!と鉄板で頭上を叩かれた。
9.ロナルド・アルヴァレス(Ronaldo Alvarez)、最近、現在入院中
パネルボードと金属板との間に挟まれ、腰を負傷。今現在病院に閉じ込められ、通常の倍の輸血を受けているがそれでも足りない
2)死亡事故
10.アルヴィン・ダラング(Alvin Dalunag)、2011年4月11日、グラインダー部門
6フィートの高さの職場から落下し、金属製補強材で頭を打った。
11.アンディ・ベルナルディーノ(Andy Bernardino)、2011年4月15日、電気技師
250kg の金属板で前頭部を打った。昏睡状態の後に死亡。
12.ベンジー・マララック(Benjie Mararac)、2011年6月4日
重労働によりヘルニア破裂を引き起こした。彼はジェームズゴードン記念病院で手術を受け、パンガシナンに運ばれた後に死んだ。
3)虐待事件
マーク・イラガン(Mark Ilagan)、2011年3月28日
金属製懐中電灯で頭を殴られた。
ジェシー・エミ(Jessie Emih)、2011年4月25日
数回にわたって頭を殴られた。
ジェニファー・バクロ・アベヨ(Jennifer Baculo Abejo)、2011年5月25日
韓国人上司が突然怒って産業はさみを彼に投げつけた。右足に当たり1?1.5cm深さの傷を負った。
クリストファー・アレヤンドロ(Christopher Alejandro)、2011年5月28日
首を絞められた。
ヘルベルト・ユアニタス(Herbert juanitas)、2011年6月11日
電気Ⅰ部門の副班長。彼は5時に帰宅しJuanitasが制限されている理由で、ルーマニア人班長によって首を絞められた。
4)嫌がらせ
レナンテ・ブカット(Renante Buccat)、2011年6月16日
ベンジャミン・アベネスJr.(Benjamin Abenes Jr.)、2011年6月16日
エデソン・ブエルヴァ(Edeson Buelva)、2011年6月10日
レスター・ディソン(Lester Dizon)、2011年6月16日
ジューン・アサンシオン(June Asuncion)、2011年6月13日
クリスチャン・パウル・シアル(Christian Paul Siar)、2011年6月16日
5)職場からの追い出し・解雇
ロイ・サラザール(Roy Salazar)、2011年6月6日
ギルベルト・デラペーナ(Gilbert Dela Pena)、2011年6月17日
レナンテ・ブカット(Renante Buccat)、2011年6月17日
ベンジャミン・アベネス(Jr.Benjamin Abenes Jr.)、2011年6月17日
以上
教会と労働者がメディオーラで、ハンジン社追及の声をあげた [フィリピン労働運動]
ビジネス・ミラー紙は、ハンジン造船所で今年4月以降、死亡事故が再度多発し、それに抗議する教会グループと労働者グループが、大統領府に抗議のデモを行ったと報じています。
――――――――――――――――ー
教会と労働者がメディオーラで、ハンジン社追及の声をあげた
2011年6月20日(月)20:26、 ノニー・レイエス記者

<フィリピン、サンバレス州スービック町、早朝に会社のバスに乗り込むハンジン労働者たち>
6月20日月曜日、教会や労働団体は、国際的に認められた労働安全衛生基準の適用を拒否した韓進(ハンジン)建設重工業フィリピン㈱(Hanjin Heavy Industries and Construction-Philippines Inc.)を追及し批判しました。
教会と労働者グループは台風エガイ(Egay)の雨に耐えながら、サンバレス州スービック町レドンド半島のハンジン造船所で、労働法や安全基準を適切に実施させるようアキノ大統領に呼びかけるため、月曜日にメンディオーラにデモ行進しました。
230ヘクタール(568エーカー)のハンジン造船所は、一つの事業所としては世界で4番目に大きい造船所です。
教会と労働者グループは、危険な労働条件のため、造船所で重大な事故が頻繁に起こっていると訴えました。
グループは、2007年以来31人のフィリピン人労働者が造船所で死んだと報告しました。
記者声明で、教会労働委員会、フィリピン・カソリック司教会議共同議長、正義と平和のための行動全国事務局長であるブロデリック・パビロ(Broderick Pabillo)大司教は、「労働者に危険をもたらすすべての労働安全違反が、少なくとも今年1月よりも前に労働雇用省によってコンプライアンスは与えられているにもかかわらず、意図的に改善されていません。私たちはフィリピン労働法を馬鹿にするハンジンのような巨大企業の存在を許すことができません。アキノ大統領にこの問題に注目し対処してもらいたいのです。」と訴えた。
以前(4月30日)に、ハンジン労働者たちはハンジン経営者の注意を促すため、昼休みに一斉に雑音弾幕を発して抗議の意思を示しました。
「労働者側は、ハンジン経営者にともに席に着き話し合い、労働安全衛生のための解決策を練りましょうと提案しました。しかし経営者側は拘留、不法な休職、および解雇で対応してきたのです。ハンジン経営者は、私たち労働者と話し合いを持つより、むしろ痛めつける方がましと考えているようです。」とジョーイ・ゴンザレスSAMAHAN書記は語りました。
※SANAHANとは、「ハンジン労働者協議会」を意味するハンジン労働者の組織。労働組合結成の前提条件である労働雇用省の労働組合登録のためサマハンを組織した。
ハンジンの不十分な安全記録と虐待容疑は、2009年2月に議会によって調査されました。適切な安全装置を労働者が身につけていないとか、常勤の医師が造船所にいないといったような同社の安全基準をまもらない経過を、フィリピン議会は見てきました。
全国建設労働者労働組合(National Union and Construction Workers)のスポークスマンであるエミー・アレアノ(Ernie Arellano)弁護士によると、彼ら労働者の要求こそ国の法律に謳われており正当であり、支持される必要があるとのことでした。
――――――――――――――――ー
教会と労働者がメディオーラで、ハンジン社追及の声をあげた
2011年6月20日(月)20:26、 ノニー・レイエス記者
<フィリピン、サンバレス州スービック町、早朝に会社のバスに乗り込むハンジン労働者たち>
6月20日月曜日、教会や労働団体は、国際的に認められた労働安全衛生基準の適用を拒否した韓進(ハンジン)建設重工業フィリピン㈱(Hanjin Heavy Industries and Construction-Philippines Inc.)を追及し批判しました。
教会と労働者グループは台風エガイ(Egay)の雨に耐えながら、サンバレス州スービック町レドンド半島のハンジン造船所で、労働法や安全基準を適切に実施させるようアキノ大統領に呼びかけるため、月曜日にメンディオーラにデモ行進しました。
230ヘクタール(568エーカー)のハンジン造船所は、一つの事業所としては世界で4番目に大きい造船所です。
教会と労働者グループは、危険な労働条件のため、造船所で重大な事故が頻繁に起こっていると訴えました。
グループは、2007年以来31人のフィリピン人労働者が造船所で死んだと報告しました。
記者声明で、教会労働委員会、フィリピン・カソリック司教会議共同議長、正義と平和のための行動全国事務局長であるブロデリック・パビロ(Broderick Pabillo)大司教は、「労働者に危険をもたらすすべての労働安全違反が、少なくとも今年1月よりも前に労働雇用省によってコンプライアンスは与えられているにもかかわらず、意図的に改善されていません。私たちはフィリピン労働法を馬鹿にするハンジンのような巨大企業の存在を許すことができません。アキノ大統領にこの問題に注目し対処してもらいたいのです。」と訴えた。
以前(4月30日)に、ハンジン労働者たちはハンジン経営者の注意を促すため、昼休みに一斉に雑音弾幕を発して抗議の意思を示しました。
「労働者側は、ハンジン経営者にともに席に着き話し合い、労働安全衛生のための解決策を練りましょうと提案しました。しかし経営者側は拘留、不法な休職、および解雇で対応してきたのです。ハンジン経営者は、私たち労働者と話し合いを持つより、むしろ痛めつける方がましと考えているようです。」とジョーイ・ゴンザレスSAMAHAN書記は語りました。
※SANAHANとは、「ハンジン労働者協議会」を意味するハンジン労働者の組織。労働組合結成の前提条件である労働雇用省の労働組合登録のためサマハンを組織した。
ハンジンの不十分な安全記録と虐待容疑は、2009年2月に議会によって調査されました。適切な安全装置を労働者が身につけていないとか、常勤の医師が造船所にいないといったような同社の安全基準をまもらない経過を、フィリピン議会は見てきました。
全国建設労働者労働組合(National Union and Construction Workers)のスポークスマンであるエミー・アレアノ(Ernie Arellano)弁護士によると、彼ら労働者の要求こそ国の法律に謳われており正当であり、支持される必要があるとのことでした。
今年も三多摩をピースサイクルが走った [反原発]
今年も三多摩をピースサイクルが走った
7月8日(金)、13日(水)~15(金)の4日間、今年もピースサイクルが三多摩の各自治体を訪問し、各平和行政の実績について意見交換するとともに、恒久平和実現のためのいっそうの努力を訴えました。
原発事故への対応

<福生市役所での意見交換>
原発事故への対応
とくに今年は、福島原発事故問題が中心となりました。三多摩の各自治体に対しても、原発事故による放射線被害に対する住民の不安が多く寄せられており、各自治体とも保育所・小中学校校庭などの放射線測定をすでに行っています。さらには農作物などの放射線量測定の相談や要望が寄せられています。
放射能汚染の責任は東京電力、もしくは国にあるのであって、決して三多摩各自治体にあるのではないのだけれど、住民生活をまもり住民の要望にこたえる自治体の責務から、各自治体とも一定の対策や対応をせざるを得ない状況にあります。
各自治体ともそもそも放射線測定器を持っておらず、現在は都から貸し出されている各市町村当たり1,2台の放射線測定器で、保育所・学校など限定された地点を測定しているのが一般的なようです。測定点が三多摩全域を網羅はしていないものの最も高い測定値結果で0.12μシーベルト/h程度であり、この値自体決して低くはありませんが、その限りではホットスポットはないとのことでした。
放射能汚染とその不安への対策の内容・程度において、各市町村によって「差がある」ことは各自治体からの回答結果からも判明しました。瑞穂町では放射線測定器を独自に購入し要望があれば市民に貸し出す態勢をとっています。また武蔵村山市のように補正予算を組み学校給食食材の放射線検査実施態勢をとっているところもありました。
今後問題なのは、地域の放射能を「濃縮」して集める役割を果たしている下水処理場自体が高放射能レベルであることです。働いている人たち、周囲の人たちへの影響が心配されます。さらには処理場から出る高濃度汚染の汚泥の処置です。汚泥のエコセメントなどへの転用は業者からの拒否もあってサイクルは中断しており、現在のところ汚泥は処理場にたまる一方です。この問題に対する都・国からの指針はいまだ出ておらず、実際に対策はされていません。大きな問題です。
これら放射線対策は今後も続く長期間にわたる問題であり、自治体にとっても対策するためには財政的な裏付けも必要になってきます。安全な住民生活の実現という観点から徹底した対応、対策を徹底して実施してもらいたいと思いました。
7月8日(金)、13日(水)~15(金)の4日間、今年もピースサイクルが三多摩の各自治体を訪問し、各平和行政の実績について意見交換するとともに、恒久平和実現のためのいっそうの努力を訴えました。
原発事故への対応
<福生市役所での意見交換>
原発事故への対応
とくに今年は、福島原発事故問題が中心となりました。三多摩の各自治体に対しても、原発事故による放射線被害に対する住民の不安が多く寄せられており、各自治体とも保育所・小中学校校庭などの放射線測定をすでに行っています。さらには農作物などの放射線量測定の相談や要望が寄せられています。
放射能汚染の責任は東京電力、もしくは国にあるのであって、決して三多摩各自治体にあるのではないのだけれど、住民生活をまもり住民の要望にこたえる自治体の責務から、各自治体とも一定の対策や対応をせざるを得ない状況にあります。
各自治体ともそもそも放射線測定器を持っておらず、現在は都から貸し出されている各市町村当たり1,2台の放射線測定器で、保育所・学校など限定された地点を測定しているのが一般的なようです。測定点が三多摩全域を網羅はしていないものの最も高い測定値結果で0.12μシーベルト/h程度であり、この値自体決して低くはありませんが、その限りではホットスポットはないとのことでした。
放射能汚染とその不安への対策の内容・程度において、各市町村によって「差がある」ことは各自治体からの回答結果からも判明しました。瑞穂町では放射線測定器を独自に購入し要望があれば市民に貸し出す態勢をとっています。また武蔵村山市のように補正予算を組み学校給食食材の放射線検査実施態勢をとっているところもありました。
今後問題なのは、地域の放射能を「濃縮」して集める役割を果たしている下水処理場自体が高放射能レベルであることです。働いている人たち、周囲の人たちへの影響が心配されます。さらには処理場から出る高濃度汚染の汚泥の処置です。汚泥のエコセメントなどへの転用は業者からの拒否もあってサイクルは中断しており、現在のところ汚泥は処理場にたまる一方です。この問題に対する都・国からの指針はいまだ出ておらず、実際に対策はされていません。大きな問題です。
これら放射線対策は今後も続く長期間にわたる問題であり、自治体にとっても対策するためには財政的な裏付けも必要になってきます。安全な住民生活の実現という観点から徹底した対応、対策を徹底して実施してもらいたいと思いました。
SIKAP運動について [フィリピン労働運動]
バタアン労働組合連合(アンバ・バーラ) のエミリーさんから、近況の報告が届きました。
これまでの労働組合の組織化だけでなく、住民運動の組織化に取り組んでいます。
というのは、バタアン経済区の労働者数が14,000名に減っていること、さらにはそのうち正社員はわずか3,000名しかいません(その3000名のうち、1500名はミツミ電機バタアン)。
残りはすべて契約労働者です。契約労働者は5カ月で契約更新ですので、実際のところ労働組合組織化はできません。そのため、バタアン経済区ではこれ以上の労働組合の組織化は非常に難しい状況となっています。
他方、多数を占める契約労働者は解雇、低賃金、労災など様々な問題を抱えています。そのため、契約労働者を居住地域で組織し、自治体に対して教育の無償化や家賃支援など生活支援、不当解雇など法律上の保護を要求するするSIKAP運動にこれまで取り組んできているのです。
------------------------
こんにちは!
皆さんはいかがお過ごしですか?
あなた方の国を余震がいまだ見舞ってはいますが、皆さんすべてがいい状況にあることを願っています。
マリベレスにおける進展についていくつかの報告を添付します。

<2011年3月、エミリーさん>
仲間の皆さん、こんにちは?
あなた方皆さんがお元気なことを願っています。この季節、台風や豪雨にもかかわらず、私たちは問題なく過ごしています。
下記に、いくつかのニュースを示します:
1.BFG(バターンファイバーグラス組合)労働組合;
この労働組合は、世界的な経済危機と激しい競争にもかかわらず、会社経営にとりたてて問題なく、労働組合もしっかり活動しています。
2. Petrochem(ペトロケミ)労働組合
ペトロケミ労働組合もまた、順調に活動しています。労働組合代表選挙で勝利したあと、賃金や労働・福利条件を規定した労働協約を締結しました。労働組合役員たちは、みんな新しいメンバーであり労働組合運動の初心者ですが、労働協約締結のための団体交渉戦術や労働者の権利、基本的な労働運動のオリエンテイションなどを学び、また訓練を受けました。実際の組合活動でさらに訓練を受けました。みんな立派に活動しています。彼らは、いわゆる世界恐慌による労働者の追い出しや解雇を計画している経営者と闘うため、組合員を団結させることに力を注いでいます。
3. SIKAP運動について
フィリピンでは契約労働化がすすみ労働組合を組織することが非常に難しくなっているため、経済区内や周辺の労働者、半失業者などを地域社会で組織していることはこれまで伝えてきたとおりです。この地域協議会をSIKAPと呼んでいます。
SIKAPとその代表は、地方政府に対して公共住宅無料化や教育無償化など住民の利益を実現し住民福祉を充実させる目的で活動してきました。これは、フィリピン憲法が規定するフィリピン人の享受すべき権利であり、かつ法が実現していない基本的な権利です。失業者・働いていないメンバーのための所得創出プロジェクトなどの生活改善計画プログラムも実施するように自治体に提案しました。
歴史的にいうとこのSIKAP運動は、正規労働者の労働組合運動が徐々に解体され、もはや以前のような労働組合運動を継続できなくなっている現状下において、労働組合ナショナルセンターの一つであるマカバヤンとアンバ・バーラ(バタアン経済区労働組合連合)が採っている苦難の戦略であり、プロジェクトなのです。SIKAPは、マカバヤンのような組織でもなければ、アンバ・バーラのような組織でもありません。政治団体でさえなく、地域の福祉実現を求める協会です。私たちはSIKAPのメンバーに、自分たちの地域の利益と要求のために、州および国家政府に要求し闘うこと、そして少しでもその成果を獲得できるように導いているのです。
どのように闘うのか彼らにアドバイスしながら、アンバ・バーラの任務は、フィリピン憲法・法で規定されている条文の意義を明らかにし、メンバーの意識を高揚させることにあります。たとえ小さな成果であったとしても、自分たちの自主的な活動によって得た成果はそのままマリベレス地域で一般的な労働協約として実現できると想定しているのです。
4.マリベレス石炭火力発電所の建設問題
マリベレスの町は、現在大きな問題に直面しています。マリベレス石炭火力発電所が、バタアン州マリベレスのアラスアシン(Alas Asin)に建設中なのです。これは、2基の300メガワット石炭火力発電所建設です。中国が技術と資材調達を担当し、米国のデナム(Denham)資本が資金調達し、フィリピンGN Power社が進めるプロジェクトです。10億米ドルのプロジェクト--地域におけるエネルギーの複合体として、提案者によれば石炭、風力発電、水力発電、および天然ガス4相のプロジェクトとして設計されています。石炭火力が来年(2012)の9-12月期に稼働開始してしまうというのが現時点の真実です。
よくない話。
私たちは皆、バタアン原発と闘うのに忙しいのですが、 他方ですでにフィリピン民営化条例に基づき、GN Power社と政府で石炭火力発電所プロジェクトを進めていると、政府役人は語りました。
このプロジェクトのことは、マリベレスのみならず、この地方の誰も知りません。石炭火力発電所の建設労働者でさえ、建設しているのは石油火力発電所であって石炭火力ではないと認識しています。プロジェクトのあらゆる局面、および地域で公聴会を行うかどうかを、行うとすれば抗議の場にできるかどうか、私たちは調査しているところです。
もう一つのよくない話。
私たちは皆、石炭火力発電所がどれほど危険かを知っています。これまで有機水銀、トリウム、ウラン、塩素、アルミニウムなどの汚染物質をまき散らしてきました。フィリピンでの石炭火力発電では、先進国では取り付ける汚染物質除去装置を節約のため取り外してしてしまうのです。これは、人々、環境、およびその他もろもろに対して、危険です。
反核バタアン運動は、「エネルギー源としての石炭発電所は歴史的に決してクリーンではない」と議論できるように情報発信キャンペーンを行っています。
このキャンペーンが拡大・発展したなら、ここバタアンで反石炭火力のためのいろんな団体・セクターからなる協議会を結成することになるでしょう。その時にはNFBM(反核バタアン運動)がメンバーの一つとして参加するでしょう。
連帯して、エミリー
これまでの労働組合の組織化だけでなく、住民運動の組織化に取り組んでいます。
というのは、バタアン経済区の労働者数が14,000名に減っていること、さらにはそのうち正社員はわずか3,000名しかいません(その3000名のうち、1500名はミツミ電機バタアン)。
残りはすべて契約労働者です。契約労働者は5カ月で契約更新ですので、実際のところ労働組合組織化はできません。そのため、バタアン経済区ではこれ以上の労働組合の組織化は非常に難しい状況となっています。
他方、多数を占める契約労働者は解雇、低賃金、労災など様々な問題を抱えています。そのため、契約労働者を居住地域で組織し、自治体に対して教育の無償化や家賃支援など生活支援、不当解雇など法律上の保護を要求するするSIKAP運動にこれまで取り組んできているのです。
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こんにちは!
皆さんはいかがお過ごしですか?
あなた方の国を余震がいまだ見舞ってはいますが、皆さんすべてがいい状況にあることを願っています。
マリベレスにおける進展についていくつかの報告を添付します。
<2011年3月、エミリーさん>
仲間の皆さん、こんにちは?
あなた方皆さんがお元気なことを願っています。この季節、台風や豪雨にもかかわらず、私たちは問題なく過ごしています。
下記に、いくつかのニュースを示します:
1.BFG(バターンファイバーグラス組合)労働組合;
この労働組合は、世界的な経済危機と激しい競争にもかかわらず、会社経営にとりたてて問題なく、労働組合もしっかり活動しています。
2. Petrochem(ペトロケミ)労働組合
ペトロケミ労働組合もまた、順調に活動しています。労働組合代表選挙で勝利したあと、賃金や労働・福利条件を規定した労働協約を締結しました。労働組合役員たちは、みんな新しいメンバーであり労働組合運動の初心者ですが、労働協約締結のための団体交渉戦術や労働者の権利、基本的な労働運動のオリエンテイションなどを学び、また訓練を受けました。実際の組合活動でさらに訓練を受けました。みんな立派に活動しています。彼らは、いわゆる世界恐慌による労働者の追い出しや解雇を計画している経営者と闘うため、組合員を団結させることに力を注いでいます。
3. SIKAP運動について
フィリピンでは契約労働化がすすみ労働組合を組織することが非常に難しくなっているため、経済区内や周辺の労働者、半失業者などを地域社会で組織していることはこれまで伝えてきたとおりです。この地域協議会をSIKAPと呼んでいます。
SIKAPとその代表は、地方政府に対して公共住宅無料化や教育無償化など住民の利益を実現し住民福祉を充実させる目的で活動してきました。これは、フィリピン憲法が規定するフィリピン人の享受すべき権利であり、かつ法が実現していない基本的な権利です。失業者・働いていないメンバーのための所得創出プロジェクトなどの生活改善計画プログラムも実施するように自治体に提案しました。
歴史的にいうとこのSIKAP運動は、正規労働者の労働組合運動が徐々に解体され、もはや以前のような労働組合運動を継続できなくなっている現状下において、労働組合ナショナルセンターの一つであるマカバヤンとアンバ・バーラ(バタアン経済区労働組合連合)が採っている苦難の戦略であり、プロジェクトなのです。SIKAPは、マカバヤンのような組織でもなければ、アンバ・バーラのような組織でもありません。政治団体でさえなく、地域の福祉実現を求める協会です。私たちはSIKAPのメンバーに、自分たちの地域の利益と要求のために、州および国家政府に要求し闘うこと、そして少しでもその成果を獲得できるように導いているのです。
どのように闘うのか彼らにアドバイスしながら、アンバ・バーラの任務は、フィリピン憲法・法で規定されている条文の意義を明らかにし、メンバーの意識を高揚させることにあります。たとえ小さな成果であったとしても、自分たちの自主的な活動によって得た成果はそのままマリベレス地域で一般的な労働協約として実現できると想定しているのです。
4.マリベレス石炭火力発電所の建設問題
マリベレスの町は、現在大きな問題に直面しています。マリベレス石炭火力発電所が、バタアン州マリベレスのアラスアシン(Alas Asin)に建設中なのです。これは、2基の300メガワット石炭火力発電所建設です。中国が技術と資材調達を担当し、米国のデナム(Denham)資本が資金調達し、フィリピンGN Power社が進めるプロジェクトです。10億米ドルのプロジェクト--地域におけるエネルギーの複合体として、提案者によれば石炭、風力発電、水力発電、および天然ガス4相のプロジェクトとして設計されています。石炭火力が来年(2012)の9-12月期に稼働開始してしまうというのが現時点の真実です。
よくない話。
私たちは皆、バタアン原発と闘うのに忙しいのですが、 他方ですでにフィリピン民営化条例に基づき、GN Power社と政府で石炭火力発電所プロジェクトを進めていると、政府役人は語りました。
このプロジェクトのことは、マリベレスのみならず、この地方の誰も知りません。石炭火力発電所の建設労働者でさえ、建設しているのは石油火力発電所であって石炭火力ではないと認識しています。プロジェクトのあらゆる局面、および地域で公聴会を行うかどうかを、行うとすれば抗議の場にできるかどうか、私たちは調査しているところです。
もう一つのよくない話。
私たちは皆、石炭火力発電所がどれほど危険かを知っています。これまで有機水銀、トリウム、ウラン、塩素、アルミニウムなどの汚染物質をまき散らしてきました。フィリピンでの石炭火力発電では、先進国では取り付ける汚染物質除去装置を節約のため取り外してしてしまうのです。これは、人々、環境、およびその他もろもろに対して、危険です。
反核バタアン運動は、「エネルギー源としての石炭発電所は歴史的に決してクリーンではない」と議論できるように情報発信キャンペーンを行っています。
このキャンペーンが拡大・発展したなら、ここバタアンで反石炭火力のためのいろんな団体・セクターからなる協議会を結成することになるでしょう。その時にはNFBM(反核バタアン運動)がメンバーの一つとして参加するでしょう。
連帯して、エミリー
今年も三多摩を、ピースサイクルが走ります [沖縄、基地反対]
1)今年も三多摩を、ピースサイクルが走ります
“ピースサイクル2011三多摩ネット”は、平和と平和行政の実現を訴え7月8日、13日、14日、15日の4日間で三多摩の自治体首長の表敬訪問を予定しています。下記に予定コースを示します。
だれでも参加できます。参加希望は下記に連絡ください。
日程とコース
2011/7/8(金)12:00集合;三鷹・たべもの村、13:10~14:00:三鷹市、14:45~15:30:調布市、16:20~17:00狛江市
2011/7/13(水) 9:00~9:20:自衛隊入間基地、10:30~11:15:瑞穂町、13:00~13:45:武蔵村山市、 14:20~14:30:米軍ヨコタ基地、14:45~15:30:福生市、16:15~17:00:昭島市、17:00~昭島市職労と交流会
2011/7/14(木) 8:30~8:55:昭島市スタート集会、9:40~10:00:自衛隊立川基地、10:20~11:00:立川市、11:15~11:30:東京電力立川、13:00~13:40:国立市、14:50~15:30:多摩市、16:20~17:00:府中市
2011/7/15(金) 8:50~9:30:小金井市、10:15~11:00:国分寺市、13:00~13:45:小平市、15:00~15:40:西東京市、16:20~17:00:武蔵野市、19:00~アンポをつぶせ!ちょうちんデモ

<2011年3月、フィリピンピースサイクル、フィリピン外務省前での行動、Scrap VFA = 米比軍事訪問協定破棄を訴えています。>
2)日本中の原発を即刻、止めよう!
福島原発事故は、すでに膨大な放射性物質をまき散らしました。
いまだ福島原発事故は収束しておらず、放射性物質を放出し続けています。
被曝による健康被害は、近い将来かならず起きるでしょう。
原発周辺の人たちは、自宅を離れることを余儀なくされました。いまだ避難生活を強いられています。
被害の大きさ、実態は、いまだ明確になっていません。
それ以上に、被害の責任を誰がどのようにとるのか、どのように補償するのかさえ明確ではありません。
にもかかわらず、日本政府、東京電力は、原発推進をいまだにやめようとはしていません。
原発に巨大な予算をつぎ込む法体制・システムは継続しています。原発による利益をむさぼる政治家ー官僚ー電力会社ー学者ーマスメディアは、いまだに「健在」です。
原発運転を再開すれば、交付金や税金が地方自治体につぎ込み買収するシステムは、いまだ存在し機能し続けています。
今こそ、日本中のすべての原発を止めよう!廃炉にしよう!
3)政府は、原発推進路線を即刻辞め、脱原発に転換しろ!
日本政府と東京電力は、「原発事故は決して起きない」、「絶対に安全だ」と主張し宣伝し続けてきました。しかし、福島原発の事故とその被害は、それがまったくの嘘であったことを証明しました。
他方、反原発を主張する人たちは、40年以上も前から、原発の危険性を指摘してきました。しかし、日本政府も東京電力も、マスメディアも、この指摘をまったく受け入れませんでした。
福島原発の事故とその被害は、反原発を主張する人たちの指摘するとおりのことが起きてしまいました。「予言」したかのように指摘した通りでした。
主張してきたのは「危険性」ばかりではありません。原発の「経済性」、「将来性」についても、日本政府と東京電力の主張は、まったくのデタラメであり、嘘だと指摘してきました。

<7月13日航空自衛隊入間基地への申し入れ>
原発は経済的にペイしない
日本政府と東京電力は、マスメディアは、「原発による電力が最も安い」という宣伝をいまだ行っています。
デタラメな宣伝です。原発を稼働させるための揚水発電などのコストも計算に入っていません。原発につぎ込む巨大な政府予算は計算に入っていません。遠い将来にまで及ぶ核廃棄物の保管費用、そして何よりも事故の被害補償も計算に入っていません。
しかし、この嘘も今すぐに破綻するでしょうし、破綻させなければなりません。
原発には「将来性」もありません。核廃棄物は誰がどのように保管するのかさえ明確ではありません。確実にしかも長い期間にわたって次の世代に負担を強いることになります。
今こそ、日本中のすべての原発を止めよう!廃炉にしよう!
ピースサイクル2011三多摩実行委員会 代表 大森 進
連絡先 / 事務局 平田 一郎
TEL/FAX:0422-48-8918、携帯:080-5386-9921、メール:ichirohi2007@yahoo.co.jp
“ピースサイクル2011三多摩ネット”は、平和と平和行政の実現を訴え7月8日、13日、14日、15日の4日間で三多摩の自治体首長の表敬訪問を予定しています。下記に予定コースを示します。
だれでも参加できます。参加希望は下記に連絡ください。
日程とコース
2011/7/8(金)12:00集合;三鷹・たべもの村、13:10~14:00:三鷹市、14:45~15:30:調布市、16:20~17:00狛江市
2011/7/13(水) 9:00~9:20:自衛隊入間基地、10:30~11:15:瑞穂町、13:00~13:45:武蔵村山市、 14:20~14:30:米軍ヨコタ基地、14:45~15:30:福生市、16:15~17:00:昭島市、17:00~昭島市職労と交流会
2011/7/14(木) 8:30~8:55:昭島市スタート集会、9:40~10:00:自衛隊立川基地、10:20~11:00:立川市、11:15~11:30:東京電力立川、13:00~13:40:国立市、14:50~15:30:多摩市、16:20~17:00:府中市
2011/7/15(金) 8:50~9:30:小金井市、10:15~11:00:国分寺市、13:00~13:45:小平市、15:00~15:40:西東京市、16:20~17:00:武蔵野市、19:00~アンポをつぶせ!ちょうちんデモ
<2011年3月、フィリピンピースサイクル、フィリピン外務省前での行動、Scrap VFA = 米比軍事訪問協定破棄を訴えています。>
2)日本中の原発を即刻、止めよう!
福島原発事故は、すでに膨大な放射性物質をまき散らしました。
いまだ福島原発事故は収束しておらず、放射性物質を放出し続けています。
被曝による健康被害は、近い将来かならず起きるでしょう。
原発周辺の人たちは、自宅を離れることを余儀なくされました。いまだ避難生活を強いられています。
被害の大きさ、実態は、いまだ明確になっていません。
それ以上に、被害の責任を誰がどのようにとるのか、どのように補償するのかさえ明確ではありません。
にもかかわらず、日本政府、東京電力は、原発推進をいまだにやめようとはしていません。
原発に巨大な予算をつぎ込む法体制・システムは継続しています。原発による利益をむさぼる政治家ー官僚ー電力会社ー学者ーマスメディアは、いまだに「健在」です。
原発運転を再開すれば、交付金や税金が地方自治体につぎ込み買収するシステムは、いまだ存在し機能し続けています。
今こそ、日本中のすべての原発を止めよう!廃炉にしよう!
3)政府は、原発推進路線を即刻辞め、脱原発に転換しろ!
日本政府と東京電力は、「原発事故は決して起きない」、「絶対に安全だ」と主張し宣伝し続けてきました。しかし、福島原発の事故とその被害は、それがまったくの嘘であったことを証明しました。
他方、反原発を主張する人たちは、40年以上も前から、原発の危険性を指摘してきました。しかし、日本政府も東京電力も、マスメディアも、この指摘をまったく受け入れませんでした。
福島原発の事故とその被害は、反原発を主張する人たちの指摘するとおりのことが起きてしまいました。「予言」したかのように指摘した通りでした。
主張してきたのは「危険性」ばかりではありません。原発の「経済性」、「将来性」についても、日本政府と東京電力の主張は、まったくのデタラメであり、嘘だと指摘してきました。
<7月13日航空自衛隊入間基地への申し入れ>
原発は経済的にペイしない
日本政府と東京電力は、マスメディアは、「原発による電力が最も安い」という宣伝をいまだ行っています。
デタラメな宣伝です。原発を稼働させるための揚水発電などのコストも計算に入っていません。原発につぎ込む巨大な政府予算は計算に入っていません。遠い将来にまで及ぶ核廃棄物の保管費用、そして何よりも事故の被害補償も計算に入っていません。
しかし、この嘘も今すぐに破綻するでしょうし、破綻させなければなりません。
原発には「将来性」もありません。核廃棄物は誰がどのように保管するのかさえ明確ではありません。確実にしかも長い期間にわたって次の世代に負担を強いることになります。
今こそ、日本中のすべての原発を止めよう!廃炉にしよう!
ピースサイクル2011三多摩実行委員会 代表 大森 進
連絡先 / 事務局 平田 一郎
TEL/FAX:0422-48-8918、携帯:080-5386-9921、メール:ichirohi2007@yahoo.co.jp
軍事費を削って、地震・津波・原発被害者を救え! [沖縄、基地反対]
「軍国主義に反対する国際女性ネットワーク」(The International Women's Network Against Militarism;以下; IWNAMの声明を入手しました。
――――――――
IWNAMプレスステートメント
軍事支出に反対するグローバルデー行動に際し
お問い合わせ:IWNAM事務局は、genuinesecurity@lists.riseup.net
フィリピンでは、下記へお問い合わせください: Bb.Lotlot dela Cruz -09178606650
日本の救済と回復:
米国は日本の"おもいやり"予算を辞退すべきであり、世界的な軍事依存をやめるべきだ
「軍国主義に反対する国際女性ネットワーク」(The International Women's Network Against Militarism;以下; IWNAM)は、米国および日本の政府が、日本と他国の領土での米国軍事施設の維持のため、米国と日本の納税者のお金の使用を止めるよう要求します。これら災害の期間、資金は、日本における地震、津波、および原子力発電所から放射能汚染の被害者・犠牲者のニーズを直接助けるために使われるべきです。また、軍国主義に関係しない、また個人間及び生態に対する暴力を引き起こすことに関係しない、新しい雇用のために使われるべきなのです。
IWNAMは、以前「軍国主義に反対する東アジア・米国-プエルトリコネットワーク」の名で、人々のため真のセキュリティを達成する世界的な軍事費の再配分を求めました。 私たちは「思いやり予算」のキャンセルを求めます、「思いやり予算」とは、日本にある米軍基地を維持するために日本政府によって支払われるとホスト国負担の一部です。(2000年6月、「安全を再定義する国際女性サミット最終声明」を見てください)。
「思いやり予算」は、日米安全保障条約下での日本政府の義務をはるかに超えていると批判されました。「思いやり予算」は日本における米国基地の日本人従業員給与、米兵へのユーティリティとぜいたくなレジャー施設のための建築費を含んでいます。2010年に、「思いやり予算」は合計で1,890億円(約16億ドル)に達しました。日本政府は、この予算の支出のかわりに、東北地域の最近の地震の犠牲者たち、放射汚染のリスクのため自分たちの共同体からやむを得ず避難した農業者、および漁夫たちなどの福島第一原発の近に住む多くの人々を助けるために使うことができるでしょう。日本の人びとは、広大な被災地の復興のため、経済と人的の損失からの回復のために、このお金を本当に必要としています。日本における米国軍基地を日本政府が維持することは、もはや持続不能となっています。 私たちは、米国政府が「思いやり予算」を断るなら、そのことで直接的に多くの人々を助けることになるでしょうし、より持続可能な世界をつくりだすことになると確信しています。
さらにIWNAMは、日本政府が沖縄の辺野古、高江の新基地建設、そしてグアムに新軍事基地建設を止め、天災の生存者に予算を使用するよう要求します。3月11日の地震以来、米軍および自衛隊は日本でますます目立つ存在になっています。 彼らの懸命な救出作業が報道されている一方で、私たちは軍の第一の目的が災害救出でないことを忘れるべきではありません。彼らの第一の訓練は、「敵」を破壊することです。まるで彼らが英雄であるかのように、軍事力が国の占領を正当化する機会として、これらの天災を利用するべきではありません。現在の軍事情勢をあいまいにします。
「平和と正義のためのグアム連合」のリサ・ナティヴィダット(Lisa Natividad )によると
「グアム(Guahan)では、日本政府がおよそ100億ドルの資金を追加して供給した結果、日本政府負担費用は総計で、米国海兵隊の沖縄からグアムへの移転総費用の70%を占めるに至っています。島民たちは、米軍基地の存在からくる、また1898年からの米国植民地支配の累積からくる、環境毒性と環境劣化に大きく影響を受けた健康被害に苦しんでいます。 例えば、発癌率は、軍事基地の近くに住んでいる多くの人たちにとって、非常に高くなっています。加えて米国は、現在およそ島の1/3を占領しており、なお現在、パガット(Pagat)村の古代チャモロ聖地に実弾射撃場複合体を建設するために、追加して2,300エーカーの土地を「取得」する途中にあります。追加の土地買収は、米国政府の支配を、島の約40%まで拡大させるでしょう、こうしてネイティブの人々のための土地はほんの少しに削られるのです。」
さらに米国東南部でのハリケーン・カトリーナ、ハイチ地震、およびフィリピン洪水の後、再建プロセスで企業や軍は自身の利益を増大するために、天災を利用しました。その後、これらの土地や場所は、以前にそこに住んでいた共同体の人びとにとって、生活する上で経済的にも、もはや便利なところではなくなりました。また、住民たちは軍による監視強化を経験しました。自然災害時には、人々を助け支援する復旧計画と災害部隊を必要としています。しかしまた、軍国主義者と資本家は、新自由主義の利害に基づく地政学的課題の達成において、自然災害後の脆弱な時期を利用します。この権力構造を変えようとしない軍国主義者と資本家の間に生じる共同行為に、私たちは重大な関心を持っち、批判しなければなりません。
軍国主義への依存は、暴力装置が人々に雇用を提供するとき起こります。軍に依存する社会で宣言される個人間の、生態への暴力は、必ずしも、大規模に軍国化された社会の産物とのみみなされるわけではありません。オハイオ州であった事件、すなわち元米空軍兵士が、沖縄県民生まれの妻を撲殺した事件は、軍国化された社会の対人暴力を例証しています。この男性が沖縄に配備された時に、二人は沖縄の名護で出会いました。 二人は結婚し、クリーブランド(オハイオ)に移動しました。2011年3月11日、この妻は夫によって厳しく殴られ、病院に連れて行かれました。治療されましたが、傷害がもとで亡くなりました。地方紙が報じたところによると、この男性は元パートナーと共にいたとき暴力をふるったこと、元パートナーの女性は別れることができた、とあります。この例は、軍人によって犯された対人暴力の繰り返し起こるパターンをよく表しています。
ハワイ・オアフ島カネオーの海兵隊飛行場に配置されたヘリコプターを増加させるという提案があります。オスプレイ (部隊を輸送するハイブリッドヘリコプター)支隊、コブラ攻撃ヘリコプター、およびフエイ戦隊の、オアフ島モカプ(Mokapu)への配備、ビッグ・アイランドでの演習ための配備が、提案されています。2011年3月30日に、ヘリコプターは1人の海兵隊員を殺して、3人の他隊員を傷つけながらクラッシュしました。ハワイにおける軍用機訓練地域と配備増大の推進は、1つの島から別の島まで基地と部隊を動かすアジアパシフィックにおける米国軍事戦略の結果です。歴史を通じて私たちは、ハワイ、沖縄、フィリピン、およびアジア太平洋地域における他国々で、私たちの共同体と環境における継続的な軍事化が、毎日の暴力と危険をどのように増加させたかを目撃しました。
2009年、世界全体の軍事費は1兆5310億ドル使われました。2008年からは6%の増加、2000年からすれば49%の増加です。2011年4月12日に、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は、2010年のグローバルな軍事費の計算値を発表するでしょう。私たちは、2010年の軍事費は世界で1兆6000億ドルに達すると見積もっています。私たちは、戦争をしかける巨大なグローバルな投資と社会的優先事項を世界規模で無視というこの間の落差・矛盾を告発し、世界中で広がる公共デモ、連帯行動、注意を促すためのイベントを行う市民、世界中で平和グループ、予算優先権活動家、武器規制を呼びかける人たちすべての活動に、参加します。 軍事支出に対する世界行動デーのウェブサイトを見てください。http://demilitarize.org/
IWNAMは、米国大統領バラク・オバマとその政府に下記のことを要求します。
1)日本の「思いやり予算」を断われ!
2)米軍が沖縄、グアム(ハワイ)、他の領土での新基地建設をやめろ!
3)天災の時期における軍国主義の正当化を止めろ!
4)軍国主義への依存を終わらせる代替の仕事に資金を供給せよ!
IWNAMを代表してサインされる:
あきばやしこずえ、平和と自由を求める国際婦人連盟、日本
Ellen-Rae Cachola、真の安全のための女性/女性が語る女性の声、米国とハワイ
Lotlot dela Cruz、カイサカ、フィリピン
Cora Valdez Fabros、VFA廃止運動、フィリピン
Terri Keko'olani、非武装地帯ハワイ/アロハアイナ
Gwyn Kirk、真の安全のための女性、米国
María Reinat Pumarejo、自覚と行動、プエルトリコ
Aida Santos-Maranan、女性の教育、出産および研究機構、フィリピン
Kim Tae-jung(キム・タエジュン)、韓国
高里鈴代、軍の暴力に反対し行動する沖縄女たち
Lisa Natividad、平和と正義のためのグアム連合、マーシャル諸島
※IWNAMとは?
The International Women's Network Against Militarism
IWNAMは、1997年に韓国、沖縄、日本本土、フィリピン、および合衆国(大陸)から40人の女性活動家、政策立案者、教師、および学生がそれぞれの国に対する米国軍のマイナス効果に関して、一緒に闘うため沖縄で集まった時に組織されました。 また、2000年に、ヴィエケス島の米国海軍爆撃訓練に反対したプエルトリコからの女性が加わりました。 2004年ハワイから、2007年グアムから、人の女性の参加が続きました。 IWNAMは、会員組織ではなく、自分たちの地域や共同体を非武装化させる共同の任務を共有する女性たち自身の共同行動です。 詳しくは、下記のサイトを見てください。visitwww.genuinesecurity.org
――――――――
IWNAMプレスステートメント
軍事支出に反対するグローバルデー行動に際し
お問い合わせ:IWNAM事務局は、genuinesecurity@lists.riseup.net
フィリピンでは、下記へお問い合わせください: Bb.Lotlot dela Cruz -09178606650
2011年4月12日
日本の救済と回復:
米国は日本の"おもいやり"予算を辞退すべきであり、世界的な軍事依存をやめるべきだ
「軍国主義に反対する国際女性ネットワーク」(The International Women's Network Against Militarism;以下; IWNAM)は、米国および日本の政府が、日本と他国の領土での米国軍事施設の維持のため、米国と日本の納税者のお金の使用を止めるよう要求します。これら災害の期間、資金は、日本における地震、津波、および原子力発電所から放射能汚染の被害者・犠牲者のニーズを直接助けるために使われるべきです。また、軍国主義に関係しない、また個人間及び生態に対する暴力を引き起こすことに関係しない、新しい雇用のために使われるべきなのです。
IWNAMは、以前「軍国主義に反対する東アジア・米国-プエルトリコネットワーク」の名で、人々のため真のセキュリティを達成する世界的な軍事費の再配分を求めました。 私たちは「思いやり予算」のキャンセルを求めます、「思いやり予算」とは、日本にある米軍基地を維持するために日本政府によって支払われるとホスト国負担の一部です。(2000年6月、「安全を再定義する国際女性サミット最終声明」を見てください)。
「思いやり予算」は、日米安全保障条約下での日本政府の義務をはるかに超えていると批判されました。「思いやり予算」は日本における米国基地の日本人従業員給与、米兵へのユーティリティとぜいたくなレジャー施設のための建築費を含んでいます。2010年に、「思いやり予算」は合計で1,890億円(約16億ドル)に達しました。日本政府は、この予算の支出のかわりに、東北地域の最近の地震の犠牲者たち、放射汚染のリスクのため自分たちの共同体からやむを得ず避難した農業者、および漁夫たちなどの福島第一原発の近に住む多くの人々を助けるために使うことができるでしょう。日本の人びとは、広大な被災地の復興のため、経済と人的の損失からの回復のために、このお金を本当に必要としています。日本における米国軍基地を日本政府が維持することは、もはや持続不能となっています。 私たちは、米国政府が「思いやり予算」を断るなら、そのことで直接的に多くの人々を助けることになるでしょうし、より持続可能な世界をつくりだすことになると確信しています。
さらにIWNAMは、日本政府が沖縄の辺野古、高江の新基地建設、そしてグアムに新軍事基地建設を止め、天災の生存者に予算を使用するよう要求します。3月11日の地震以来、米軍および自衛隊は日本でますます目立つ存在になっています。 彼らの懸命な救出作業が報道されている一方で、私たちは軍の第一の目的が災害救出でないことを忘れるべきではありません。彼らの第一の訓練は、「敵」を破壊することです。まるで彼らが英雄であるかのように、軍事力が国の占領を正当化する機会として、これらの天災を利用するべきではありません。現在の軍事情勢をあいまいにします。
「平和と正義のためのグアム連合」のリサ・ナティヴィダット(Lisa Natividad )によると
「グアム(Guahan)では、日本政府がおよそ100億ドルの資金を追加して供給した結果、日本政府負担費用は総計で、米国海兵隊の沖縄からグアムへの移転総費用の70%を占めるに至っています。島民たちは、米軍基地の存在からくる、また1898年からの米国植民地支配の累積からくる、環境毒性と環境劣化に大きく影響を受けた健康被害に苦しんでいます。 例えば、発癌率は、軍事基地の近くに住んでいる多くの人たちにとって、非常に高くなっています。加えて米国は、現在およそ島の1/3を占領しており、なお現在、パガット(Pagat)村の古代チャモロ聖地に実弾射撃場複合体を建設するために、追加して2,300エーカーの土地を「取得」する途中にあります。追加の土地買収は、米国政府の支配を、島の約40%まで拡大させるでしょう、こうしてネイティブの人々のための土地はほんの少しに削られるのです。」
さらに米国東南部でのハリケーン・カトリーナ、ハイチ地震、およびフィリピン洪水の後、再建プロセスで企業や軍は自身の利益を増大するために、天災を利用しました。その後、これらの土地や場所は、以前にそこに住んでいた共同体の人びとにとって、生活する上で経済的にも、もはや便利なところではなくなりました。また、住民たちは軍による監視強化を経験しました。自然災害時には、人々を助け支援する復旧計画と災害部隊を必要としています。しかしまた、軍国主義者と資本家は、新自由主義の利害に基づく地政学的課題の達成において、自然災害後の脆弱な時期を利用します。この権力構造を変えようとしない軍国主義者と資本家の間に生じる共同行為に、私たちは重大な関心を持っち、批判しなければなりません。
軍国主義への依存は、暴力装置が人々に雇用を提供するとき起こります。軍に依存する社会で宣言される個人間の、生態への暴力は、必ずしも、大規模に軍国化された社会の産物とのみみなされるわけではありません。オハイオ州であった事件、すなわち元米空軍兵士が、沖縄県民生まれの妻を撲殺した事件は、軍国化された社会の対人暴力を例証しています。この男性が沖縄に配備された時に、二人は沖縄の名護で出会いました。 二人は結婚し、クリーブランド(オハイオ)に移動しました。2011年3月11日、この妻は夫によって厳しく殴られ、病院に連れて行かれました。治療されましたが、傷害がもとで亡くなりました。地方紙が報じたところによると、この男性は元パートナーと共にいたとき暴力をふるったこと、元パートナーの女性は別れることができた、とあります。この例は、軍人によって犯された対人暴力の繰り返し起こるパターンをよく表しています。
ハワイ・オアフ島カネオーの海兵隊飛行場に配置されたヘリコプターを増加させるという提案があります。オスプレイ (部隊を輸送するハイブリッドヘリコプター)支隊、コブラ攻撃ヘリコプター、およびフエイ戦隊の、オアフ島モカプ(Mokapu)への配備、ビッグ・アイランドでの演習ための配備が、提案されています。2011年3月30日に、ヘリコプターは1人の海兵隊員を殺して、3人の他隊員を傷つけながらクラッシュしました。ハワイにおける軍用機訓練地域と配備増大の推進は、1つの島から別の島まで基地と部隊を動かすアジアパシフィックにおける米国軍事戦略の結果です。歴史を通じて私たちは、ハワイ、沖縄、フィリピン、およびアジア太平洋地域における他国々で、私たちの共同体と環境における継続的な軍事化が、毎日の暴力と危険をどのように増加させたかを目撃しました。
2009年、世界全体の軍事費は1兆5310億ドル使われました。2008年からは6%の増加、2000年からすれば49%の増加です。2011年4月12日に、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は、2010年のグローバルな軍事費の計算値を発表するでしょう。私たちは、2010年の軍事費は世界で1兆6000億ドルに達すると見積もっています。私たちは、戦争をしかける巨大なグローバルな投資と社会的優先事項を世界規模で無視というこの間の落差・矛盾を告発し、世界中で広がる公共デモ、連帯行動、注意を促すためのイベントを行う市民、世界中で平和グループ、予算優先権活動家、武器規制を呼びかける人たちすべての活動に、参加します。 軍事支出に対する世界行動デーのウェブサイトを見てください。http://demilitarize.org/
IWNAMは、米国大統領バラク・オバマとその政府に下記のことを要求します。
1)日本の「思いやり予算」を断われ!
2)米軍が沖縄、グアム(ハワイ)、他の領土での新基地建設をやめろ!
3)天災の時期における軍国主義の正当化を止めろ!
4)軍国主義への依存を終わらせる代替の仕事に資金を供給せよ!
IWNAMを代表してサインされる:
あきばやしこずえ、平和と自由を求める国際婦人連盟、日本
Ellen-Rae Cachola、真の安全のための女性/女性が語る女性の声、米国とハワイ
Lotlot dela Cruz、カイサカ、フィリピン
Cora Valdez Fabros、VFA廃止運動、フィリピン
Terri Keko'olani、非武装地帯ハワイ/アロハアイナ
Gwyn Kirk、真の安全のための女性、米国
María Reinat Pumarejo、自覚と行動、プエルトリコ
Aida Santos-Maranan、女性の教育、出産および研究機構、フィリピン
Kim Tae-jung(キム・タエジュン)、韓国
高里鈴代、軍の暴力に反対し行動する沖縄女たち
Lisa Natividad、平和と正義のためのグアム連合、マーシャル諸島
※IWNAMとは?
The International Women's Network Against Militarism
IWNAMは、1997年に韓国、沖縄、日本本土、フィリピン、および合衆国(大陸)から40人の女性活動家、政策立案者、教師、および学生がそれぞれの国に対する米国軍のマイナス効果に関して、一緒に闘うため沖縄で集まった時に組織されました。 また、2000年に、ヴィエケス島の米国海軍爆撃訓練に反対したプエルトリコからの女性が加わりました。 2004年ハワイから、2007年グアムから、人の女性の参加が続きました。 IWNAMは、会員組織ではなく、自分たちの地域や共同体を非武装化させる共同の任務を共有する女性たち自身の共同行動です。 詳しくは、下記のサイトを見てください。visitwww.genuinesecurity.org
欧米はリビアへの軍事介入を、即刻やめよ! [世界の動き]
1)欧米の軍事介入に反対する!
NATOは、リビアに軍事介入し、カダフィ政府軍とその支配地域を爆撃している。リビア空軍の上空飛行禁止措置をすでに取っている。すなわち、「人道支援」を口実に、軍事介入し制空権は英仏伊米、NATOがすでに握っている状態だ。
その目的は「人道支援」などではなく、カダフィ体制の破壊、ポスト・カダフィのリビア管理をどうするか、石油を誰が握るかという欧米の利益にある。
したがって、わたしたちは英仏伊米、NATO軍事介入を支持するわけにはいかない。軍事介入に反対する。
2)カダフィ政府は、国民へ銃を向けるな!
他方、カダフィ国軍の国民への弾圧を無視するわけにはいかない。
カダフィ政府は、即刻国民への攻撃を中止しなくてはならない。そのように宣言しなくてはならない。
カダフィ政府と反政府勢力の間での戦闘は、激しくなっている。カダフィ政府の危機が迫ってから、すぐさま闘いは、軍事的戦闘以外に選択の余地はないような事態に移行した。反政府勢力が武装し、カダフィ政府軍との戦闘を開始した。そして、まるで待っていたかのように周到に準備していた英仏伊米、NATO軍は、反政府勢力を支持し片方の側に立ち、すぐさま軍事介入してしまった。そうして一国では解決できない事態に、意図的に進めてしまった。
現在、戦闘は続いているものの、膠着状態に陥っているようである。爆撃などの火力において英仏伊米・NATO軍の優位は明らかで、高性能武器によって破壊的な爆撃を行いカダフィ政府軍の軍事力を殺ぐものの、地上軍を送り込んでいないので陣地確保・拡大できず、したがって政府軍・反政府軍の両方とも戦闘の勝利者にはなっておらず、戦闘は膠着状態に入っているようである。
英仏伊米・NATO軍は地上戦への参加・展開を狙って準備している。これは事態を混乱させる危険な行為だし、あくどい犯罪である。決して、軍事介入を拡大してはならない。
3)「国連決議」による軍事介入を求める英米仏伊
英米仏伊は、国連の決議に基づく軍事介入を求めている。「国連決議」によって侵略のお墨付きを得ようとしている。言い訳にされるのが、「人権」だ。カダフィ体制を打倒することが「人権擁護」だと描いた。ポスト・カダフィのリビア管理を誰がどう握るか、石油を誰が握るかという本心、すなわち欧米の現世的利益を、「国連決議」、「人権擁護」の後ろに隠している。
ただ、イラク、アフガン戦争を終えることのできない米政府は、2008経済恐慌もあって財政危機にあり、介入すれば一層の軍事費負担となることから、あくまでNATOとしての参加にとどめる意向だという点が、これまでと少し事情が違う。
4)欧米はリビア侵略をやめろ!
欧米日のメディアは、「住民虐殺をしているカダフィを許しておけない」と報道している。
英仏伊米をはじめとする先進国政府は、「虐殺を止めるために介入せざるを得ない」と宣伝している。そして戦闘を収めるつもりはなく、反政府勢力に一方的に荷担し、戦闘による勝利(=カダフィ後のリビア支配)を狙っている。これはすでに現代的な侵略、「国連決議」という煙幕を伴った「侵略」である。
煙幕に目がくらんで、NATOの爆撃に対し「住民虐殺を防ぐために仕方ない」という雰囲気が広がっている。日本を含む先進国国民のなかで、なかなかノーという声が広がらない。侵略反対、介入反対の声が広がらない。ズルズルと戦闘が拡大し戦争に転化する。このような事態は、第二次湾岸戦争を想起させる。
NATO軍の爆撃によって、何よりもリビア住民たちが犠牲になっている。「誤爆」が広がっている。NATO軍にとってカダフィ体制打倒が目的であり、住民保護・誤爆防止が目的ではない。NATO軍には「誤爆」を防ぐ意思がない。「カダフィ体制打倒の目的のためには少々の「誤爆」はいたしかたない、そもそも戦争なのだから「誤爆」はつきものである」と考えている。
犠牲になっているのは、リビア人民である。
そればかりではない、リビアには多数の外国人労働者が犠牲になっている。エジプト、トルコ、アフリカ人。飛行場や都市で「盾」にされて置かれている場合さえある。
5) 即刻戦闘を止めよ!
英仏伊米の介入は、石油狙い。このような介入は不当であり、リビアの人びとにとっては不幸である。現在の事態は、すでにリビア一国で解決できない状態に追い込まれつつある。リビア革命の成果はカダフィ自身によってすでに潰されているが、歴史はさらに後退するのかもしれない。さらにはイラクのような混乱した状態になることを心配しなければならない。
ポスト・カダフィ体制をどのようにするか? はリビア人民が決めることであろう。
事態を解決するには、
まず英仏伊米、NATOは軍事介入を即刻停止し、今後介入しないと誓うことである。
カダフィ政府は、反政府勢力を交渉相手、一つの政治勢力として認めなくてはならない。
反政府勢力も、欧米の軍事介入をはっきり拒否しなくてはならない。
そして、その条件の上で、双方とも戦闘を中止し、交渉に入るべきである。双方とも、あるべきリビア社会変革のプランを提示しリビア国民に明らかにしなくてはならない。
その上で、リビア人民の選択にゆだねる条件を整備するよう努力しなければならない。これが事態を解決する唯一の道筋だ。
英仏伊米、NATOは、対立を煽ってはならない。そのような権限はない。(文責:林 信治)
NATOは、リビアに軍事介入し、カダフィ政府軍とその支配地域を爆撃している。リビア空軍の上空飛行禁止措置をすでに取っている。すなわち、「人道支援」を口実に、軍事介入し制空権は英仏伊米、NATOがすでに握っている状態だ。
その目的は「人道支援」などではなく、カダフィ体制の破壊、ポスト・カダフィのリビア管理をどうするか、石油を誰が握るかという欧米の利益にある。
したがって、わたしたちは英仏伊米、NATO軍事介入を支持するわけにはいかない。軍事介入に反対する。
2)カダフィ政府は、国民へ銃を向けるな!
他方、カダフィ国軍の国民への弾圧を無視するわけにはいかない。
カダフィ政府は、即刻国民への攻撃を中止しなくてはならない。そのように宣言しなくてはならない。
カダフィ政府と反政府勢力の間での戦闘は、激しくなっている。カダフィ政府の危機が迫ってから、すぐさま闘いは、軍事的戦闘以外に選択の余地はないような事態に移行した。反政府勢力が武装し、カダフィ政府軍との戦闘を開始した。そして、まるで待っていたかのように周到に準備していた英仏伊米、NATO軍は、反政府勢力を支持し片方の側に立ち、すぐさま軍事介入してしまった。そうして一国では解決できない事態に、意図的に進めてしまった。
現在、戦闘は続いているものの、膠着状態に陥っているようである。爆撃などの火力において英仏伊米・NATO軍の優位は明らかで、高性能武器によって破壊的な爆撃を行いカダフィ政府軍の軍事力を殺ぐものの、地上軍を送り込んでいないので陣地確保・拡大できず、したがって政府軍・反政府軍の両方とも戦闘の勝利者にはなっておらず、戦闘は膠着状態に入っているようである。
英仏伊米・NATO軍は地上戦への参加・展開を狙って準備している。これは事態を混乱させる危険な行為だし、あくどい犯罪である。決して、軍事介入を拡大してはならない。
3)「国連決議」による軍事介入を求める英米仏伊
英米仏伊は、国連の決議に基づく軍事介入を求めている。「国連決議」によって侵略のお墨付きを得ようとしている。言い訳にされるのが、「人権」だ。カダフィ体制を打倒することが「人権擁護」だと描いた。ポスト・カダフィのリビア管理を誰がどう握るか、石油を誰が握るかという本心、すなわち欧米の現世的利益を、「国連決議」、「人権擁護」の後ろに隠している。
ただ、イラク、アフガン戦争を終えることのできない米政府は、2008経済恐慌もあって財政危機にあり、介入すれば一層の軍事費負担となることから、あくまでNATOとしての参加にとどめる意向だという点が、これまでと少し事情が違う。
4)欧米はリビア侵略をやめろ!
欧米日のメディアは、「住民虐殺をしているカダフィを許しておけない」と報道している。
英仏伊米をはじめとする先進国政府は、「虐殺を止めるために介入せざるを得ない」と宣伝している。そして戦闘を収めるつもりはなく、反政府勢力に一方的に荷担し、戦闘による勝利(=カダフィ後のリビア支配)を狙っている。これはすでに現代的な侵略、「国連決議」という煙幕を伴った「侵略」である。
煙幕に目がくらんで、NATOの爆撃に対し「住民虐殺を防ぐために仕方ない」という雰囲気が広がっている。日本を含む先進国国民のなかで、なかなかノーという声が広がらない。侵略反対、介入反対の声が広がらない。ズルズルと戦闘が拡大し戦争に転化する。このような事態は、第二次湾岸戦争を想起させる。
NATO軍の爆撃によって、何よりもリビア住民たちが犠牲になっている。「誤爆」が広がっている。NATO軍にとってカダフィ体制打倒が目的であり、住民保護・誤爆防止が目的ではない。NATO軍には「誤爆」を防ぐ意思がない。「カダフィ体制打倒の目的のためには少々の「誤爆」はいたしかたない、そもそも戦争なのだから「誤爆」はつきものである」と考えている。
犠牲になっているのは、リビア人民である。
そればかりではない、リビアには多数の外国人労働者が犠牲になっている。エジプト、トルコ、アフリカ人。飛行場や都市で「盾」にされて置かれている場合さえある。
5) 即刻戦闘を止めよ!
英仏伊米の介入は、石油狙い。このような介入は不当であり、リビアの人びとにとっては不幸である。現在の事態は、すでにリビア一国で解決できない状態に追い込まれつつある。リビア革命の成果はカダフィ自身によってすでに潰されているが、歴史はさらに後退するのかもしれない。さらにはイラクのような混乱した状態になることを心配しなければならない。
ポスト・カダフィ体制をどのようにするか? はリビア人民が決めることであろう。
事態を解決するには、
まず英仏伊米、NATOは軍事介入を即刻停止し、今後介入しないと誓うことである。
カダフィ政府は、反政府勢力を交渉相手、一つの政治勢力として認めなくてはならない。
反政府勢力も、欧米の軍事介入をはっきり拒否しなくてはならない。
そして、その条件の上で、双方とも戦闘を中止し、交渉に入るべきである。双方とも、あるべきリビア社会変革のプランを提示しリビア国民に明らかにしなくてはならない。
その上で、リビア人民の選択にゆだねる条件を整備するよう努力しなければならない。これが事態を解決する唯一の道筋だ。
英仏伊米、NATOは、対立を煽ってはならない。そのような権限はない。(文責:林 信治)
人は簡単に壊れる! 加藤智大被告 [現代日本の世相]
人は簡単に壊れる!加藤智大被告
1)3月24日、東京地裁 秋葉原殺傷、加藤被告に死刑判決
3月24日、東京地裁は、秋葉原無差別殺傷事件で殺人罪などに問われていた加藤智大被告(28歳)に死刑判決を言い渡した。この事件は2008年6月8日午後0時半ごろ、秋葉原の歩行者天国の交差点にトラックで突入し5人をはねて3人を死亡させ、さらに12人を刃物で刺して4人を死亡させたもの。
新聞報道によれば、概要は下記の通りである。
加藤智大被告は、当初「人を殺すために秋葉原に来た。誰でもよかった」などと供述し、捜査段階から一貫して起訴内容を認めていたため、裁判では被告の「責任能力の有無」が主な争点となっていた。
検察側は起訴前の精神鑑定をもとにして「完全責任能力が認められる」と指摘し、「犯罪史上まれに見る凶悪事件で、人間性のかけらもない悪魔の所業」として死刑を求刑していた。
これに対して弁護側は「被告は事件当時の記憶がほとんどなく、何らかの精神疾患があった可能性がある」として心神喪失の状態にあったと主張して死刑回避を求めていた。
村山浩昭裁判長は「白昼の大都会で、多数の通行人の命を奪った責任は最大級に重い。人間性の感じられない残虐な犯行だ」と述べ、検察側の求刑通り責任能力を認め、死刑が言い渡された。
判決は動機について、幼少期に「虐待とも言える不適切な養育」を受け、他人と強い信頼関係が築けなくなったことや、友人や仕事を失い、「居場所がない孤独感」を感じていたことが背景にあると指摘。このため、現実より携帯電話の掲示板サイトでの人間関係の比重が重くなったが、サイト上の嫌がらせでそれを失ったと感じ、大きな事件を起こして嫌がらせをやめさせようとしたと分析した。
ただ、加藤被告自身は、法廷で「携帯サイトの掲示板で嫌がらせをした人にやめてほしいと伝えたかった」と説明し、検察側が動機として指摘していた自分の容姿に対する劣等感や、派遣社員で不安定であることに悩んでいた内容については否定したという。
判決は「相手のことを全く顧みない、人間性の感じられない残虐な犯行」と指弾した。判決は「個人的事情を理由に無関係の第三者に危害を加えることなど到底許されない」と批判し、「犯行を思いついた発想の危険さ、残虐さ、冷酷さは被告人の人格に根差したものであり、更生は著しく困難である」と述べた。
事件後、インターネット上に凶悪犯罪を予告するような書き込みが相次ぎ、警察は取り締まりを強化した。加藤被告が犯行に使った両刃のナイフは、所持が禁じられた。
判決、および上記の報道に見られる認識と対応は、果たして日本社会で進行している現実を把握しているのか、対応できるのか、大きな疑問・疑念を感じずにはおれない。
2)「会社に居場所がなくなった」
加藤智大被告は、「会社(派遣先)に居場所がなくなった」と供述した。
実際その通りであろう。
加藤被告は、2007年11月から日研総業の派遣社員としてトヨタ系列関東自動車工業東富士工場(静岡県裾野市御宿1200)の塗装工程で働いていたが、2008年5月29日に一旦6月末での契約解除の通知を受けている。派遣社員という彼の立場で「契約解除」は、職と同時に住む場所も失う事を意味する。
彼自身が携帯サイトにこう綴っている。「あ、住所不定・無職になったのか ますます絶望的だ」と。更に、彼が絶望的になっているところへ「ツナギ紛失事件」が起こった。犯行を起こす3日前、6月5日朝、職場へ出勤するもののロッカーにある筈の作業服がないと、怒って暴れて帰ってしまう。「あるはずの作業着のつなぎがロッカーに無かったため、それは自分に会社を辞めろということかと思った」と加藤被告は供述している。このトラブルが無差別殺人の引き金になったようである。
職を失い、住む場所も失い、唯一の「関係」であるネット上でも「嫌がらせ」を受けた、誰からも相手にされない、自分は誰からも認められていない、見られてもいないという長期間にわたる不安と焦燥、それに続いて職場も住むところも同時に失った。
加藤被告は以前から、派遣契約を打ち切られるのではないかという不安を同僚に漏らしている。あるはずの作業着のつなぎがロッカーに無かったのを見て「クビになったと思い込む」のは、加藤のような扱われ方をしてきた者にとっては、きわめて「当然な認識」であろう。実際にこれまで簡単に首になってきたし、そのように扱われてきた。
3)まさに「流浪の孤立者」
加藤被告のたどってきた軌跡をあらためて追ってみよう。
青森を離れてからの加藤被告の軌跡を追うと、まさに彷徨っている、「流浪の孤立者」。
2001年3月:県立青森高校を卒業、中日本自動車短期大学(岐阜県加茂郡坂祝町深萱1301)入学
2002年:卒業まで半年になり、突然、地元の国立大への編入希望を出した
2003年3月:中日本自動車短期大学卒業、
2003年7月から2005年2月まで:宮城県仙台市に住む友人宅に身を寄せ、03年暮れに仙台市内の警備会社に契約社員として勤務。05年2月「自己都合」で退社。
2005年4月から2006年4月まで:日研総業派遣社員。埼玉県にある日産ディーゼル工業上尾工場に勤務。
2006年5月から2006年8月まで:茨城県常総市の住宅建材メーカーに派遣社員として勤務。
2007年1月から2007年9月まで:青森市でトラックの運転手として(2007年4月以降は正社員)、 「自己都合」で退社。
2007年11月から2008年6月まで:日研総業に登録、静岡県裾野市の関東自動車工業東富士工場の派遣社員で働いていたが、事件3日前の6月5日に、ロッカーに作業着がないと怒って帰る。6月6日以降は無断欠勤。
東日本各地を転々としている。これではとても他の人と深い繋がりをもち、それを継続させていくような環境でも状況でもなかったろう。
『流浪の孤立者』。このような働き方、暮らし方をする人が急増してる。
派遣社員の全員ではないものの、加藤のような孤立した流浪生活を繰り返す人々は多く存在する。現代日本社会ではこの10年急増したし、現在もなお急増している。『流浪の孤立者』は加藤だけの特殊例ではない。日本社会に広がっている過酷な「働き方」であり、それ以外選択できない追い込まれた人たちである。そのようにいえばすでに日本社会には『流浪の民』は形成されている。かつ『流浪の民』同士は何の繋がり連携も持っていない。
4)自分はだれからも認められていない
加藤は、自己顕示したかったわけではない、ただ誰でもいいから気にかけてほしかった、相手にしてほしかった。しかし誰も気に留めてくれない、誰も受け入れてくれない。
携帯サイトに頻繁に送信される彼のメールを見てもその孤立感は尋常ではない。(犯行前半年間、携帯サイトに加藤の送ったメールがネット上に公開されている、加藤がどういう暮らしをし、何を考えていたのか、その一端がよくわかる)。
それから携帯メールの送られる時間が、まったく不規則で実際に夜中・明け方であることに驚く。彼がいかに不規則な生活、非人間的な生活をしているかもわかる。
確かに、人はとりあえず衣食住があれば生き延びることはできる。しかしあくまでとりあえず、である。希望なしに、人間関係なしに、生涯にわたってというわけにはいかない。加藤には、衣食住以外の人間関係を持たなかった。派遣社員である加藤は、職場では対等な人間として扱われてこなかったし、そこには密接な信頼にたる人間関係は形成されなかった。家に帰れば一人であって、ネット上にしか人間関係は存在しない。
だから、加藤は唯一の「人間的つながり」である携帯サイトで、自らの存在を叫んでいた。『俺のことを見てくれ!』『俺を認めてくれ!』と。
犯行日近くになると頻繁に携帯サイトにメールを送っている。携帯サイトだけが彼を相手にしてくれる「場」だった。しかし、この「関係」も希薄なものであって、実際のところ、6月8日朝【秋葉原で人を殺します】と「犯行予告をした」にもかかわらず、誰も止めてくれなかった。「誰かが止めてくれると思った」と後日語ったそうである。
もともと何もない、人として誰も扱ってくれない、話をする相手もいない。自分は何のために存在しているのか? 存在理由を確信できない。自分は存在しているけれど、誰も必要としていないし、誰も見ていない、気にとめていない。こういう生活を続けておれば、人は簡単に壊れる。
自暴自棄になった加藤が、事件を起こしてTVや週刊誌に載ることを期待したのは、「もう死んでもいい、死刑になってもいい」、そうなってもいいから、『誰か俺を見てくれ! 相手にしてくれ!自分という人間がいたことを認めてくれ!』と考えたからであろう。
希薄な社会関係のなかでは、「自分は果たして何者なのか?」、本人にもわからない人間ができてくる。人は社会関係の総体であるから、社会関係が希薄になり、相互の人間関係にて感情の表出、ぶつかりを抑え続け、人間関係が形式的な儀式・技術に置き換わってしまうと、それがその人になってしまう。希薄な社会関係は、「人の内容」を希薄にしてしまう。
人間関係を喪失したら、人は容易に壊れてしまう。貧弱な社会関係しか持たなければ、その人の『内容』も貧弱になる。人は誰からも相手にされなければ生きていくことができない。
5)判決は何を決めたか!
3月24日の東京地裁判決は、何を決めたか。
凶悪な事件を起こしたこの「やさ男」に死刑判決を下し、日本社会から排除することにした。
全体としてみれば、裁判所と裁判制度は、現代日本社会が生みだしたし、現在もなお生みだしつつある加藤智大のような人物、「壊れた人たち」を、日本社会から排除することにしたのである。
このことは、日本社会の抱えている病状と、法制度・裁判制度がいかに乖離しているかを表現しているだろうし、法制度・裁判制度は、現代日本社会の抱える問題に対する解決力を持たないことを、これまた証明しているだろう。
このような意味からすれば、加藤を死刑にして排除しても、同じような境遇の人は今現在も再生産されているのであり、判決は「死刑」なる厳罰で押さえつけることを意図しているのであろうが、何の解決にもならないし、「むしろ何も解決しない、解決に関与しない」ことの表明であろう。
6)人々の反応
テレビのワイドショーで事件が取り上げられるたびにコメンテーターが発するのは「どうしてこんな凶悪な事件が起こったのか?」という対応である。そして「いかに特別な事件か!犯人がいかに特別な凶悪な人物か!あるいはこんなにも怪しい、奇異な、普通とちがう人物であるか!生い立ちや家庭環境や教育からしてもともとおかしい」・・・・・・・こういう結論(にならない結論)になるのであろうか。「ひと騒ぎ」して終わりである。
あるいは、ネット上の反応をみると、加藤被告に対して「こんな事件をおこしたらどうせ死刑なのだし、死にたかったら一人で死ね、俺たちとはまったく違う奴」という言葉、感情を投げつけるのが一つの傾向のようである。加藤に対して厳しい非難の言葉を投げつける。「とうてい理解しがたい、愚かな人物」と描き出す。加藤を「理解する」以前に、強い調子の「拒否反応」を示す。このような反応は、自分は「そうなってはならない」という自戒からくる面も混じっているかもしれない。
ネット上で見て驚いたのだけれど、「加藤は在日朝鮮人」という書き込みが氾濫している。理解しがたい人物は「在日朝鮮人」と決めつけて排除する、このパターン化した「説明」、というよりは心情は、崩壊していく日本社会への「不安」、焦燥、苛立ちを、受け止め理解するのではなく、目の前の誰かを敵か原因にみたて排除しようというもの。あるいは排外主義的な方向への組織化していく危険な動き。社会内の人びとの間の対立を引き起こしある部分を排除していく志向を表現している。
いずれにせよ、これも加藤を「理解しがたい人物」として描き出す一例ではあろう。そうして「自分とは違う」という結論を導き出して少し安心するのである。
われわれは、「理解しがたい人物」として描き出してはならない。現代日本社会をとらえている病の産物である。
7)メガネをかけた「やさ男」
加藤智大は、凶悪犯というにはあまりにもイメージが異なる。加藤はどう見ても「やさ男」である。一見して決して「凶悪」という印象ではない。
より正しく言えば「壊れた人」。何かひ弱な、自分の居場所を持たない、あるいは奪われた人たち、現代日本社会から「疎外」された人たちの、最後の反抗、あるいは暴発であるように見える。「自暴自棄」的に、緊急避難的に見ず知らずの人を傷つけている。破綻した自身を死刑にして終わらせたいと妄想した。そのことで自身の存在を認めてもらいたかった。
加藤智大のような人物は、現代日本社会が生みだした一つのタイプであることに間違いはない。
自分はだれからも認められていない、受け入れられていない。
このように言うのは、7人もの殺傷事件を起こした加藤の犯行を擁護するのではない。これは明白な犯罪ではある。被害者は何の関係もないのに殺害されたし、傷つけられた。こんなに理不尽なことはない。
問題にしているのは、事件がどうして起きたのか、その解決には何が必要か考え対応しなければならないということだ。
加藤のような人物は、不安定雇用低収入の孤立する単身者が急増する現代日本社会が生み出したものであることもまた間違いない。加藤の犯行は「特別」であろうが、彼のような生活を送る人たちは、決して特殊ではない。むしろ一つのタイプである。加藤のような人物がどのようにして形成されてきたのか、ということである。
押さえつけられ支配されてきたこの人たちは、自己と自己の権利を主張する術を持たない、その資質まで失ってしまう。何か問題が発生したとき、これを解決する術、解決する上でのまわりとの関係、人間関係、社会関係をもたない。リセットするしかない。「無断欠勤」、「自主退社」して、他の派遣に移る。そうして「流浪の民」に加わる。(「無断欠勤」、「自主退社」という言葉は、会社には責任はなくて、派遣当人の「自己責任」という意味をその内にすでに含んでいる。)
そのうちの全員ではない極少数の者が、リセットという解決でない解決で対応しきれない者の一部が、最後に「自爆的」に「壊れて」しまう。事件を起こしたから「顕在化」した。しかし事件を起こしていない人たちは、私たちの周りに既にいっぱいいる。顕在化したのは、氷山の一角。「壊れて」自殺した人もいるだろう。自殺未遂した人はその数十倍はいるだろう。これも同じ社会的病状からくる。その原因は底部において重なる。
「自爆的」に「壊れて」しまったから、初めて注目するべきなのではない、問題視するのではない。事件を起こさない多くの人たち、その多くの人たちを生みだしつつある現代日本の社会関係をこそ、問題にしなければならない。
日本人の自殺者が年間3万人を超えて久しいが、このうちのある部分は、加藤のような「だれからも認められていない、受け入れられていない」人たちであろう。この二つの現象は「対」としてとらえるべきと判断する。「顕在化」していないさらに多くの「だれからも認められていない、受け入れられていない」人は、日本社会のなかで自分を発信する機会も少なくしか持たず、日々一所懸命生きている。
そこには格差社会日本における新しい階層階級の支配―被支配関係がズシリと重くのしかかっている。格差社会日本では、人と人との関係を、正社員と派遣社員の関係に変えてしまう。それに連なる支配―被支配関係、搾取する人間の搾取される人間に対するむき出しの支配に置き換える。派遣社員は、実際に現代的「奴隷」として扱われている。
文句を言えば、派遣元に連絡され取り替えられる、気に入らなければ雇い止めにされる。派遣社員の側の心情はいかほどのものか、その不安と焦燥。もはや一人の人間、対等な関係ではない。扱っている方は特に気にも留めていないが、扱われている方は日々強烈な不満が蓄積する。
このような「効率的支配」は長年かけて生みだされたものである。日本的経営の産物、現代的な日本資本主義の産物なのである。不況になったら自由に解雇できる派遣社員を増やし、利益を生み出さない要因を徹底的に排除する「ムリ、ムラ、ムダ」のない経営。日本の企業、日本生産性本部はこれを目指してきた。この経営の志向に応えるように、労働力生産の場である学校も教育も、そして家庭も地域社会も「自主的に」変質してきた。
したがって、「加藤智大」に観察される一つのタイプは、この現代日本社会が不可避的に今もなお生み出しつつあるタイプの一つに見える。死刑にしたり、厳罰にしたりしたら、問題は解決するのではない。孤立した低収入不安定雇用の人びとをなくし、格差社会日本をいかに住みやすく変革するかという問題に連なっているとうことだ。(文責:小林 治郎吉)
1)3月24日、東京地裁 秋葉原殺傷、加藤被告に死刑判決
3月24日、東京地裁は、秋葉原無差別殺傷事件で殺人罪などに問われていた加藤智大被告(28歳)に死刑判決を言い渡した。この事件は2008年6月8日午後0時半ごろ、秋葉原の歩行者天国の交差点にトラックで突入し5人をはねて3人を死亡させ、さらに12人を刃物で刺して4人を死亡させたもの。
新聞報道によれば、概要は下記の通りである。
加藤智大被告は、当初「人を殺すために秋葉原に来た。誰でもよかった」などと供述し、捜査段階から一貫して起訴内容を認めていたため、裁判では被告の「責任能力の有無」が主な争点となっていた。
検察側は起訴前の精神鑑定をもとにして「完全責任能力が認められる」と指摘し、「犯罪史上まれに見る凶悪事件で、人間性のかけらもない悪魔の所業」として死刑を求刑していた。
これに対して弁護側は「被告は事件当時の記憶がほとんどなく、何らかの精神疾患があった可能性がある」として心神喪失の状態にあったと主張して死刑回避を求めていた。
村山浩昭裁判長は「白昼の大都会で、多数の通行人の命を奪った責任は最大級に重い。人間性の感じられない残虐な犯行だ」と述べ、検察側の求刑通り責任能力を認め、死刑が言い渡された。
判決は動機について、幼少期に「虐待とも言える不適切な養育」を受け、他人と強い信頼関係が築けなくなったことや、友人や仕事を失い、「居場所がない孤独感」を感じていたことが背景にあると指摘。このため、現実より携帯電話の掲示板サイトでの人間関係の比重が重くなったが、サイト上の嫌がらせでそれを失ったと感じ、大きな事件を起こして嫌がらせをやめさせようとしたと分析した。
ただ、加藤被告自身は、法廷で「携帯サイトの掲示板で嫌がらせをした人にやめてほしいと伝えたかった」と説明し、検察側が動機として指摘していた自分の容姿に対する劣等感や、派遣社員で不安定であることに悩んでいた内容については否定したという。
判決は「相手のことを全く顧みない、人間性の感じられない残虐な犯行」と指弾した。判決は「個人的事情を理由に無関係の第三者に危害を加えることなど到底許されない」と批判し、「犯行を思いついた発想の危険さ、残虐さ、冷酷さは被告人の人格に根差したものであり、更生は著しく困難である」と述べた。
事件後、インターネット上に凶悪犯罪を予告するような書き込みが相次ぎ、警察は取り締まりを強化した。加藤被告が犯行に使った両刃のナイフは、所持が禁じられた。
判決、および上記の報道に見られる認識と対応は、果たして日本社会で進行している現実を把握しているのか、対応できるのか、大きな疑問・疑念を感じずにはおれない。
2)「会社に居場所がなくなった」
加藤智大被告は、「会社(派遣先)に居場所がなくなった」と供述した。
実際その通りであろう。
加藤被告は、2007年11月から日研総業の派遣社員としてトヨタ系列関東自動車工業東富士工場(静岡県裾野市御宿1200)の塗装工程で働いていたが、2008年5月29日に一旦6月末での契約解除の通知を受けている。派遣社員という彼の立場で「契約解除」は、職と同時に住む場所も失う事を意味する。
彼自身が携帯サイトにこう綴っている。「あ、住所不定・無職になったのか ますます絶望的だ」と。更に、彼が絶望的になっているところへ「ツナギ紛失事件」が起こった。犯行を起こす3日前、6月5日朝、職場へ出勤するもののロッカーにある筈の作業服がないと、怒って暴れて帰ってしまう。「あるはずの作業着のつなぎがロッカーに無かったため、それは自分に会社を辞めろということかと思った」と加藤被告は供述している。このトラブルが無差別殺人の引き金になったようである。
職を失い、住む場所も失い、唯一の「関係」であるネット上でも「嫌がらせ」を受けた、誰からも相手にされない、自分は誰からも認められていない、見られてもいないという長期間にわたる不安と焦燥、それに続いて職場も住むところも同時に失った。
加藤被告は以前から、派遣契約を打ち切られるのではないかという不安を同僚に漏らしている。あるはずの作業着のつなぎがロッカーに無かったのを見て「クビになったと思い込む」のは、加藤のような扱われ方をしてきた者にとっては、きわめて「当然な認識」であろう。実際にこれまで簡単に首になってきたし、そのように扱われてきた。
3)まさに「流浪の孤立者」
加藤被告のたどってきた軌跡をあらためて追ってみよう。
青森を離れてからの加藤被告の軌跡を追うと、まさに彷徨っている、「流浪の孤立者」。
2001年3月:県立青森高校を卒業、中日本自動車短期大学(岐阜県加茂郡坂祝町深萱1301)入学
2002年:卒業まで半年になり、突然、地元の国立大への編入希望を出した
2003年3月:中日本自動車短期大学卒業、
2003年7月から2005年2月まで:宮城県仙台市に住む友人宅に身を寄せ、03年暮れに仙台市内の警備会社に契約社員として勤務。05年2月「自己都合」で退社。
2005年4月から2006年4月まで:日研総業派遣社員。埼玉県にある日産ディーゼル工業上尾工場に勤務。
2006年5月から2006年8月まで:茨城県常総市の住宅建材メーカーに派遣社員として勤務。
2007年1月から2007年9月まで:青森市でトラックの運転手として(2007年4月以降は正社員)、 「自己都合」で退社。
2007年11月から2008年6月まで:日研総業に登録、静岡県裾野市の関東自動車工業東富士工場の派遣社員で働いていたが、事件3日前の6月5日に、ロッカーに作業着がないと怒って帰る。6月6日以降は無断欠勤。
東日本各地を転々としている。これではとても他の人と深い繋がりをもち、それを継続させていくような環境でも状況でもなかったろう。
『流浪の孤立者』。このような働き方、暮らし方をする人が急増してる。
派遣社員の全員ではないものの、加藤のような孤立した流浪生活を繰り返す人々は多く存在する。現代日本社会ではこの10年急増したし、現在もなお急増している。『流浪の孤立者』は加藤だけの特殊例ではない。日本社会に広がっている過酷な「働き方」であり、それ以外選択できない追い込まれた人たちである。そのようにいえばすでに日本社会には『流浪の民』は形成されている。かつ『流浪の民』同士は何の繋がり連携も持っていない。
4)自分はだれからも認められていない
加藤は、自己顕示したかったわけではない、ただ誰でもいいから気にかけてほしかった、相手にしてほしかった。しかし誰も気に留めてくれない、誰も受け入れてくれない。
携帯サイトに頻繁に送信される彼のメールを見てもその孤立感は尋常ではない。(犯行前半年間、携帯サイトに加藤の送ったメールがネット上に公開されている、加藤がどういう暮らしをし、何を考えていたのか、その一端がよくわかる)。
それから携帯メールの送られる時間が、まったく不規則で実際に夜中・明け方であることに驚く。彼がいかに不規則な生活、非人間的な生活をしているかもわかる。
確かに、人はとりあえず衣食住があれば生き延びることはできる。しかしあくまでとりあえず、である。希望なしに、人間関係なしに、生涯にわたってというわけにはいかない。加藤には、衣食住以外の人間関係を持たなかった。派遣社員である加藤は、職場では対等な人間として扱われてこなかったし、そこには密接な信頼にたる人間関係は形成されなかった。家に帰れば一人であって、ネット上にしか人間関係は存在しない。
だから、加藤は唯一の「人間的つながり」である携帯サイトで、自らの存在を叫んでいた。『俺のことを見てくれ!』『俺を認めてくれ!』と。
犯行日近くになると頻繁に携帯サイトにメールを送っている。携帯サイトだけが彼を相手にしてくれる「場」だった。しかし、この「関係」も希薄なものであって、実際のところ、6月8日朝【秋葉原で人を殺します】と「犯行予告をした」にもかかわらず、誰も止めてくれなかった。「誰かが止めてくれると思った」と後日語ったそうである。
もともと何もない、人として誰も扱ってくれない、話をする相手もいない。自分は何のために存在しているのか? 存在理由を確信できない。自分は存在しているけれど、誰も必要としていないし、誰も見ていない、気にとめていない。こういう生活を続けておれば、人は簡単に壊れる。
自暴自棄になった加藤が、事件を起こしてTVや週刊誌に載ることを期待したのは、「もう死んでもいい、死刑になってもいい」、そうなってもいいから、『誰か俺を見てくれ! 相手にしてくれ!自分という人間がいたことを認めてくれ!』と考えたからであろう。
希薄な社会関係のなかでは、「自分は果たして何者なのか?」、本人にもわからない人間ができてくる。人は社会関係の総体であるから、社会関係が希薄になり、相互の人間関係にて感情の表出、ぶつかりを抑え続け、人間関係が形式的な儀式・技術に置き換わってしまうと、それがその人になってしまう。希薄な社会関係は、「人の内容」を希薄にしてしまう。
人間関係を喪失したら、人は容易に壊れてしまう。貧弱な社会関係しか持たなければ、その人の『内容』も貧弱になる。人は誰からも相手にされなければ生きていくことができない。
5)判決は何を決めたか!
3月24日の東京地裁判決は、何を決めたか。
凶悪な事件を起こしたこの「やさ男」に死刑判決を下し、日本社会から排除することにした。
全体としてみれば、裁判所と裁判制度は、現代日本社会が生みだしたし、現在もなお生みだしつつある加藤智大のような人物、「壊れた人たち」を、日本社会から排除することにしたのである。
このことは、日本社会の抱えている病状と、法制度・裁判制度がいかに乖離しているかを表現しているだろうし、法制度・裁判制度は、現代日本社会の抱える問題に対する解決力を持たないことを、これまた証明しているだろう。
このような意味からすれば、加藤を死刑にして排除しても、同じような境遇の人は今現在も再生産されているのであり、判決は「死刑」なる厳罰で押さえつけることを意図しているのであろうが、何の解決にもならないし、「むしろ何も解決しない、解決に関与しない」ことの表明であろう。
6)人々の反応
テレビのワイドショーで事件が取り上げられるたびにコメンテーターが発するのは「どうしてこんな凶悪な事件が起こったのか?」という対応である。そして「いかに特別な事件か!犯人がいかに特別な凶悪な人物か!あるいはこんなにも怪しい、奇異な、普通とちがう人物であるか!生い立ちや家庭環境や教育からしてもともとおかしい」・・・・・・・こういう結論(にならない結論)になるのであろうか。「ひと騒ぎ」して終わりである。
あるいは、ネット上の反応をみると、加藤被告に対して「こんな事件をおこしたらどうせ死刑なのだし、死にたかったら一人で死ね、俺たちとはまったく違う奴」という言葉、感情を投げつけるのが一つの傾向のようである。加藤に対して厳しい非難の言葉を投げつける。「とうてい理解しがたい、愚かな人物」と描き出す。加藤を「理解する」以前に、強い調子の「拒否反応」を示す。このような反応は、自分は「そうなってはならない」という自戒からくる面も混じっているかもしれない。
ネット上で見て驚いたのだけれど、「加藤は在日朝鮮人」という書き込みが氾濫している。理解しがたい人物は「在日朝鮮人」と決めつけて排除する、このパターン化した「説明」、というよりは心情は、崩壊していく日本社会への「不安」、焦燥、苛立ちを、受け止め理解するのではなく、目の前の誰かを敵か原因にみたて排除しようというもの。あるいは排外主義的な方向への組織化していく危険な動き。社会内の人びとの間の対立を引き起こしある部分を排除していく志向を表現している。
いずれにせよ、これも加藤を「理解しがたい人物」として描き出す一例ではあろう。そうして「自分とは違う」という結論を導き出して少し安心するのである。
われわれは、「理解しがたい人物」として描き出してはならない。現代日本社会をとらえている病の産物である。
7)メガネをかけた「やさ男」
加藤智大は、凶悪犯というにはあまりにもイメージが異なる。加藤はどう見ても「やさ男」である。一見して決して「凶悪」という印象ではない。
より正しく言えば「壊れた人」。何かひ弱な、自分の居場所を持たない、あるいは奪われた人たち、現代日本社会から「疎外」された人たちの、最後の反抗、あるいは暴発であるように見える。「自暴自棄」的に、緊急避難的に見ず知らずの人を傷つけている。破綻した自身を死刑にして終わらせたいと妄想した。そのことで自身の存在を認めてもらいたかった。
加藤智大のような人物は、現代日本社会が生みだした一つのタイプであることに間違いはない。
自分はだれからも認められていない、受け入れられていない。
このように言うのは、7人もの殺傷事件を起こした加藤の犯行を擁護するのではない。これは明白な犯罪ではある。被害者は何の関係もないのに殺害されたし、傷つけられた。こんなに理不尽なことはない。
問題にしているのは、事件がどうして起きたのか、その解決には何が必要か考え対応しなければならないということだ。
加藤のような人物は、不安定雇用低収入の孤立する単身者が急増する現代日本社会が生み出したものであることもまた間違いない。加藤の犯行は「特別」であろうが、彼のような生活を送る人たちは、決して特殊ではない。むしろ一つのタイプである。加藤のような人物がどのようにして形成されてきたのか、ということである。
押さえつけられ支配されてきたこの人たちは、自己と自己の権利を主張する術を持たない、その資質まで失ってしまう。何か問題が発生したとき、これを解決する術、解決する上でのまわりとの関係、人間関係、社会関係をもたない。リセットするしかない。「無断欠勤」、「自主退社」して、他の派遣に移る。そうして「流浪の民」に加わる。(「無断欠勤」、「自主退社」という言葉は、会社には責任はなくて、派遣当人の「自己責任」という意味をその内にすでに含んでいる。)
そのうちの全員ではない極少数の者が、リセットという解決でない解決で対応しきれない者の一部が、最後に「自爆的」に「壊れて」しまう。事件を起こしたから「顕在化」した。しかし事件を起こしていない人たちは、私たちの周りに既にいっぱいいる。顕在化したのは、氷山の一角。「壊れて」自殺した人もいるだろう。自殺未遂した人はその数十倍はいるだろう。これも同じ社会的病状からくる。その原因は底部において重なる。
「自爆的」に「壊れて」しまったから、初めて注目するべきなのではない、問題視するのではない。事件を起こさない多くの人たち、その多くの人たちを生みだしつつある現代日本の社会関係をこそ、問題にしなければならない。
日本人の自殺者が年間3万人を超えて久しいが、このうちのある部分は、加藤のような「だれからも認められていない、受け入れられていない」人たちであろう。この二つの現象は「対」としてとらえるべきと判断する。「顕在化」していないさらに多くの「だれからも認められていない、受け入れられていない」人は、日本社会のなかで自分を発信する機会も少なくしか持たず、日々一所懸命生きている。
そこには格差社会日本における新しい階層階級の支配―被支配関係がズシリと重くのしかかっている。格差社会日本では、人と人との関係を、正社員と派遣社員の関係に変えてしまう。それに連なる支配―被支配関係、搾取する人間の搾取される人間に対するむき出しの支配に置き換える。派遣社員は、実際に現代的「奴隷」として扱われている。
文句を言えば、派遣元に連絡され取り替えられる、気に入らなければ雇い止めにされる。派遣社員の側の心情はいかほどのものか、その不安と焦燥。もはや一人の人間、対等な関係ではない。扱っている方は特に気にも留めていないが、扱われている方は日々強烈な不満が蓄積する。
このような「効率的支配」は長年かけて生みだされたものである。日本的経営の産物、現代的な日本資本主義の産物なのである。不況になったら自由に解雇できる派遣社員を増やし、利益を生み出さない要因を徹底的に排除する「ムリ、ムラ、ムダ」のない経営。日本の企業、日本生産性本部はこれを目指してきた。この経営の志向に応えるように、労働力生産の場である学校も教育も、そして家庭も地域社会も「自主的に」変質してきた。
したがって、「加藤智大」に観察される一つのタイプは、この現代日本社会が不可避的に今もなお生み出しつつあるタイプの一つに見える。死刑にしたり、厳罰にしたりしたら、問題は解決するのではない。孤立した低収入不安定雇用の人びとをなくし、格差社会日本をいかに住みやすく変革するかという問題に連なっているとうことだ。(文責:小林 治郎吉)
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