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横田にも辺野古にも普天間にも基地はいらない 7・17横田行動 [沖縄、基地反対]

横田にも辺野古にも普天間にも基地はいらない 7・17横田行動

  「日米安保と米軍再編」と題し、前田哲男さんの講演

画像 073 ○ 横田行動 前田哲男さん.jpg<講演する前田哲男さん>

1)安保50年
 1972年、沖縄は祖国復帰し、安保条約下に置かれた。1960年の安保条約改定時には、沖縄県民は何ら関与できなかったし、抗議する権限もなかった。にもかかわらず、復帰は安保条約の適用をもたらした。第3条「基地の継続使用」。自分たちが願いもしなかった条件での復帰を強要された。
 さらに条約の規定に従い現在、普天間基地の代替基地として辺野古新基地建設が強行されようとしている。
 
 安保50年を経た現在、”米軍再編”として日本全土に影響しつつある。横田には航空総隊司令部が移設されている。日米統合運用が格段と進んでいる。実質的な共同司令部がつくられつつある。
 日米安保条約は、50年前の1960年に改訂された条文と一字一句違っていないにもかかわらず、その内実は大きく変化した。範囲は広がり、能力は格段に強化されつつある、そして意味も変わった。

 1960年以前の安保は日本防衛を想定しており、極東地域に限定されていた。「”極東”とは、フィリピン以北、台湾、韓国である、ソ連沿海州は含まない」と自民党政府閣僚は当時、国会で答弁した。  1960年の安保改定交渉中、当時の内閣法制局長が、適用範囲を明確に回答した。

 しかし、その説明は偽りであったことを、われわれは最近知った。密約の存在である。日米安保は密約という「裏条約」をもっていたのである。国民に知らせない裏条約があったこと、それを締結していたこと自体、大変な問題である。

 改訂された日米安保条約は、今から見れば範囲もせまく、規模も小さいが、これでも当時大きな問題となり、国会で強行採決しなければ通らなかった。通した後、自民党・岸内閣は総辞職している。

 冷戦終了後、1990年半ばから、日米安保は大きくその内容・性格を変えていく。日米安保共同宣言、冷戦後の戦略を規定した1995年ナイ論文、クリントン―橋本共同宣言、周辺事態における共同行動ガイドラインなどによって、新たに広範囲の規定に、なし崩し的に変更してしまった。『周辺』とは「極東」を超えてしまい、1960年改訂した安保とは別のものになった。

2)“米軍再編”の本質はどこにあるか?
 この勝手な拡大適用のさらなる拡大と強化が、今日の“米軍再編”である。
 2001年9月11日によって、米政府・米軍は世界の反テロ戦争に対応すると宣言する。これに従い、日米の共同戦略目標が唱えられる。小泉内閣のもとではじめられた新たな日米協力、すなわち反テロ世界戦争への対応である。世界のどこでテロリズムが起きても米軍は介入・参戦するし、日本政府も協力するという内容である。

 テロがありさえすれば、(実際になくても、米軍の自作自演でもってテロリストがいるとすれば)、世界のどこへでも軍事介入するという危険な宣言である。そこから日本の基地の新しい役割を求められ、その目的のための態勢形成が米軍再編である。したがって、日米安保体制は、今回の米軍再編下での第三次安保といえる。

 沖縄では1995年少女暴行事件が起こり、反対運動は県民全体に広がり、SACOが設立され、沖縄の負担軽減が提起された。しかし時間が経過するにつれて、このSACOも米軍再編の方向に都合よく利用されようとしている。
 現在は米軍再編の目玉としての普天間移転だが、当初の事情は少し違っていた。当初は普天間の過密状態解消、辺野古移設であったが、いつの間にか自民党・防衛省官僚によって、対テロ戦争への荷担、米国への従属的対応へと徐々に転換していった。周辺事態法や反テロリズム戦争への対応という戦略目標の変更が、基地のあり方に変化をもたらしている。

3)関東計画、日米統合化の実態
 在日米軍の再編がおこなわれてきた。
 第一次関東計画があり、ベトナム戦争の敗北を受けて、関東地方の基地再編を行った。いくつかの基地を廃止し、米軍は横田・横須賀・座間へ集中と常駐化させ、集約した。立川、朝霞、入間などは米軍から返還された、しかしそのまま自衛隊が入れ替わった。縮小と強化の両面をもっていた。
 
 現在、第二次関東計画が実行されている。縮小の計画はなく、ただ強化である。さらに特徴的であり、かつ危険なのは、日米共同運用、統合化。横田、横須賀、座間、厚木基地の機能をより強化し、自衛隊を引き入れる、これが現在、起きていることである。自衛隊と米軍が、同じ基地のなかで一体化し、共同運用の態勢をより整えている。
 日本政府・防衛省は、明らかに自身の意思と利害で、一体化・統合の方向に進んでいる。決して米政府・米軍への「従属的」側面だけで、事態を認識してはならないことを教えている。

 座間には、米陸軍司令部が復帰してきた。そこへ自衛隊の中央即応軍司令部が新設され、朝霞から座間へ移動した。中央即応軍司令部は、行動地域が限定されておらず、どこにでも展開できるとしている。日米共同で指揮され、運用される状態に入っている。
 米海軍にとって、横須賀は集中的拠点である。これまで、米海軍の原子力空母が母港としてきた。現在はジョージ・ワシントン。横須賀にはすでに原子炉の修理のできる施設も備えている。
 他方、自衛隊の海軍も隣に併存していて、一体感を強めている。92年のフィリピン・スービック港返還により、横須賀は西太平洋における唯一の米軍軍港となった。
 空軍でも、米空軍は自衛隊空軍を引き入れて共同運用する態勢は、予定通り着々と進んでいる。2014年には、横田・厚木の空港を米軍がもつことになる。

 このような関係は、世界中の国々を見渡しても、存在しない。きわめて特異な、まれな例である。首都圏を囲んで米軍の拠点基地が存在する国など世界中見渡してもどこにも存在しない。そのことは、日米安保における、日本の従属性をいっそう強めることになっている。日米司令部の統合は、自衛隊の米軍への吸収、統合の傾向も強めているし、別の言い方をすれば、自衛隊の傭兵化が進んでいると言える。
 2010年ハワイ沖リムパック、環太平洋合同演習などでも、この統合化・従属化・一体化の進行を見てとれた。日米安保条約の「範囲」とか周辺事態の「周辺」が、現実の進行によって、先取り的に、ずるずるとなし崩し的に拡大されていることを意味する。

4)脅威論は米軍再編を実行する口実
 現在の状況は、非常に危険である。
 特に日米政府は、脅威論を煽っている。北朝鮮のミサイル危機を煽り、韓国の哨戒艇沈没で北朝鮮を非難している。この先は中国海軍の脅威を煽るだろう。
 このような脅威キャンペーンは何度も行われてきたことだし、その結果、日米安保の拡大適用が実施され、莫大な防衛予算を費やしてきた。 古くは、ソ連海軍の脅威が煽られて、シーレーン構想が語られ、日本政府・防衛庁はその装備を拡充し、活動範囲を広げてきた。
 今回も同じ意図が見える。同じパターンで脅威が煽られている。次に出てくるのは、日本が米国と一緒になって、東アジアと世界における危険な好戦的な勢力としてたちあらわれることである。

5)鳩山政権
 鳩山政権はその出発において、意図としては日米関係の変更を図った。対等な日米関係をうちたてようとしたし、普天間の国外・県外移転を試みた。しかしその試みは、米国や政府官僚・マスコミ、防衛予算にぶら下がる既存勢力の抵抗にあい、あっけなく挫折した。
 菅内閣は民主党政権交代当初の路線を継承することに、はじめから興味を示していない。参議院選・沖縄選挙区では一人の民主党候補も立てなかったし、また立てることができなかった。はじめから、「打算的」である。
 米国に従属的な軍事同盟を廃棄し、対等な日米関係を求め、普天間国外移転しなければ、政権交代した意味はない。
画像 105.jpg
<集会後デモ、横田基地に向かって抗議の声をあげる>


6)何を要求するか!米軍撤退に向けた「行動計画」
 この米軍再編と日米統合化の過程を止めるには、どのように反対すればいいか、ということが問題となる。米軍撤退に向けた「行動計画」を提示していかなくてはならない。

 日本ほど一貫して気前のいい国はない。米軍駐留費の75%を日本政府がわざわざ負担している。
 この先「思いやり予算協定」の第6次延長(2010年末に期限切れ)をしないことだ。米政府に対し、駐留費を出さなければ維持できないような基地は、“自発的返還”させるように迫らなければならない。
 政権交代への期待は、このなし崩し的な米軍再編と自衛隊の組入れを、やめさせることにある。民主党政権に、どれほど、また何が期待できるか、である。

 フィリピンの例を見てみよう。フィリピンからは、米軍基地はなくなったし、米軍は撤退した。現在、米比相互防衛条約、米比軍訪問協定が存在し、米軍がミンダナオなどに反テロ戦争を口実に駐留している。いろんな事情や不完全さもあるが、基地返還、米軍撤退の一例であり、一つの道筋である。わたしたちが政権交代に期待するのは、部分的な変革かもしれない。しかしそうであっても、政権交代の条件下でどのような部分的な変革を、どうやって実現していくか、考えなければならない。

 韓国の例。 金大中政権の誕生によって、司令部の移動、部隊の削減を実現した。米軍司令部に戦時司令権があり、米軍が統率するとされてきたが、交渉により、韓国軍の司令権は独立分割することに合意した。地位協定も改訂した。韓国の地位協定は非常に不平等なものだったので、日本並みにすることになった。それに加えて、より進んだ「環境規定」を入れることに成功している。韓国政府の粘り強い交渉によって実現した。

 いま一つの例はドイツであろう。ドイツ内の駐留米軍は大幅に削減されたし、基地も減らした。旧東ドイツには外国基地、米軍基地はない。また、米兵の犯罪・事故に対してもドイツ国内法の適用、優先へと改めさせた。この点は、日本とは大違いである。

 現在の日米地位協定では、米軍基地が返還された際に、たとえ環境汚染されていたとしても、地位協定によって米軍には環境復帰させる義務はない。ドイツ・韓国と比べても、不平等な、遅れた状態にある。

 まずは、地位協定の改定を申し入れ、「国内環境基準の遵守」、「原状回復義務」を明記させることだ。ドイツ・シュレーダー政権、韓国・金大中政権が実現したのだから、できないはずはない。
 日本にはすでに「旧軍港市転換法」という国内法がある。当法律によれば、旧軍港市4市、すなわち横須賀・佐世保・呉・舞鶴市の場合は、民間や市有地に転換後でも、環境汚染などしていた場合、国は環境復帰させる無限責任があると規定している。すなわち、米政府にこの国内法に相当する義務を負わせなくてはならない。

 このような課題を、この先民主党への批判は継続しながら、どのように実現していくか?どのように、何を取り組んでいくべきか、わたしたちは米軍撤退に向けた「行動計画」をもったうえで運動のさらなる展開と強化を図っていかなくてはならない。


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