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アメリカから離脱するフィリピン [フィリピンの政治経済状況]

アメリカから離脱するフィリピン

1)中比の緊張、和らぐ

 10月のドゥテルテ習近平首脳会談で南シナ海問題を、二国間交渉で平和的に解決することで合意し、状況は見事に改善した。フィリピンと中国が領有権を争う南シナ海スカロボー礁(中国名:黄岩島)での両国の緊張が緩和しつつある。フィリピン漁民が操業を再開したが、中国の妨害は起きていない。

 中国外務省の華春宝・副報道局長は10月31日の記者会見で、「中比関係は全面的に改善している。このような情勢下でドゥテルテ大統領が関心を持つ問題について、中国側は中比友好に基づいて適切に処理している」と述べた。

2)どうやって、改善したか?

 ドゥテルテはどうやって中比関係を改善したか?
 ハーグ仲裁裁判所の裁定に固執せず、中国とフィリピンとの二国間交渉で(アメリカや日本の域外国を排除して)解決する姿勢で臨み、南沙諸島スカボロー礁の領有権問題を棚上げにし、他方で中比経済関係拡大を合意したからだ。
 これはまったく正しいやり方だ。南シナ海の領有権問題については、中国は常に紛争は棚上げして、共同開発を進めるという原則を提唱してきたが、ドゥテルテはこれに応じたのである。
 同時に、ドゥテルテは交渉にあたり、米比軍事同盟や米比関係の重視しない姿勢を示した。ドゥテルテが実際に、米比軍訪問協定(以下:VFA)や米比相互防衛協定(以下:EDCA)を凍結、廃棄するか、あるいはできるかは不明だが、米国との軍事同盟、米国の影響力が、南シナ海領有権問題の真の対立要因であることは間違いない。彼はそのことをよく理解している。
 VFAやEDCAの廃棄、米国の影響力の低減が実現すれば、東アジアの軍事的緊張を緩和し、さらにASEANと中国が南シナ海の非軍事化と非核化を達成するための交渉に進むことができるだろう。

3)和解を優先

 国際海洋法機関は、当事者同士の和解を最優先し、和解結果の内容が海洋法にそぐわないものであってもそれを支持することになっている。中比が交渉で合意するならば、その合意はハーグ仲裁裁判所の裁定よりも尊重されるのである。中比が合意すれば、「中国は裁定を受け入れ、埋め立てた環礁を元に戻し、南シナ海から撤退しろ」と求める日米などの主張も根拠を失う。
 そもそもハーグ仲裁裁判所の裁定は、スカボロー礁は「岩」だとし中比双方の領有を認めなかった。裁定の影の勝利者は米国であり、この地域を勝手に航行する「根拠」を強引につくった。米国政府は「航行の自由作戦」と称し、早速米海軍を航行させ、二国間問題へ強引に割り込んだ。安倍政権はこの米国戦略のお先棒を担ぎ、中国を非難し対立を煽ったのである。

4)尖閣領有権問題との対比

 改善した中比関係と、悪化したままの現在の日中関係と対比してみれば、ドゥテルテの判断と行動が、いかに画期的であるかが判明する。
 1972年、当時の田中角栄首相と周恩来首相は、尖閣諸島領有権問題を棚上げし、日中共同声明を成立させた。1978年には鄧小平と園田直外相は日中平和友好条約を締結したが、この時も尖閣問題の棚上げを再確認した。

 しかし、日本政府・外務省は2000年代になって、「尖閣諸島の領有権問題を棚上げした事実はない、尖閣は日本固有の領土である」と交渉経緯を一方的に改竄し、尖閣諸島の領有を一方的に宣言し、日中関係を悪化させた。政府外務省と日本支配層が、米国好戦派の意向に従い、中国包囲策へ計画的意図的に転換したのが事実だろう。
 日本では、東アジア共同体構想を掲げ、米中二国との友好関係を築こうとした、鳩山・小沢の政治路線はつぶされているのだ。

5)アメリカから離脱するフィリピン

 ドゥテルテは、フィリピンがアメリカの影響下からの離脱する方向に一歩踏み出した。そのことは、これまでの世界からの構造的転換でもある。
 北京での交渉の数日前、ドゥテルテは、フィリピン・マスコミに 南シナ海を巡る中国との紛争に関し、「戦争は選択肢にない、その逆は何だろう? 平和的な交渉だ」と語った。その上で、「金を持っているのは、アメリカではなく中国だ」と言い放った。下品な表現だが、ドゥテルテ特有の現実感覚を見せている。

 中国との交渉で、ドゥテルテとフィリピン企業との政府代表団は、135億ドルもの額の様々な契約に調印した。習主席は中国とフィリピンに触れ、両国のことを「敵意や対決の理由がない海を隔てた隣国」と呼んだ。

 他方で、ドゥテルテは、前任者アキノのように、ワシントンの傀儡になるつもりはないと何度も発言した。米国の影響下から離れることは、平和的な交渉を行い中国やロシアと付き合うことと一体なのだ。

 ホワイト・ハウスと欧米マスコミは、あけすけなフィリピン新大統領の発言を、「利害にさとい取引のための態度」として描こうとしたが、けっしてそれだけではなかった。ドゥテルテの交渉とその後の進展は、フィリピンがアメリカから離脱するプロセスの一環であり、より深い意味を持っていることを示唆している。

 ドゥテルテは、わずかな外遊と交渉で、フィリピンの大きな転換を成し遂げた。しかも、ドゥテルテの登場は、アメリカは世界の警察官であり続けることはできないと表明したトランプ新政権となり、国内重視の政策に転換する時期と重なったのである。ドゥテルテにとって幸運だったようだ。以前なら、クーデターでつぶされていただろう。

 ドゥテルテ大統領はアジア歴訪を行い、まず中国、そして日本を訪問した。間もなくロシアのプーチンとも会談する。中国を軍事的に包囲することを狙ったペンタゴンのアジア基軸に、彼は巨大な穴を開け始めたように見える。(11月16日記)
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