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人は簡単に壊れる! 加藤智大被告 [現代日本の世相]

 人は簡単に壊れる!加藤智大被告

 1)3月24日、東京地裁 秋葉原殺傷、加藤被告に死刑判決

 3月24日、東京地裁は、秋葉原無差別殺傷事件で殺人罪などに問われていた加藤智大被告(28歳)に死刑判決を言い渡した。この事件は2008年6月8日午後0時半ごろ、秋葉原の歩行者天国の交差点にトラックで突入し5人をはねて3人を死亡させ、さらに12人を刃物で刺して4人を死亡させたもの。

 新聞報道によれば、概要は下記の通りである。
 加藤智大被告は、当初「人を殺すために秋葉原に来た。誰でもよかった」などと供述し、捜査段階から一貫して起訴内容を認めていたため、裁判では被告の「責任能力の有無」が主な争点となっていた。
 検察側は起訴前の精神鑑定をもとにして「完全責任能力が認められる」と指摘し、「犯罪史上まれに見る凶悪事件で、人間性のかけらもない悪魔の所業」として死刑を求刑していた。 
 これに対して弁護側は「被告は事件当時の記憶がほとんどなく、何らかの精神疾患があった可能性がある」として心神喪失の状態にあったと主張して死刑回避を求めていた。
 村山浩昭裁判長「白昼の大都会で、多数の通行人の命を奪った責任は最大級に重い。人間性の感じられない残虐な犯行だ」と述べ、検察側の求刑通り責任能力を認め、死刑が言い渡された。
 判決は動機について、幼少期に「虐待とも言える不適切な養育」を受け、他人と強い信頼関係が築けなくなったことや、友人や仕事を失い、「居場所がない孤独感」を感じていたことが背景にあると指摘。このため、現実より携帯電話の掲示板サイトでの人間関係の比重が重くなったが、サイト上の嫌がらせでそれを失ったと感じ、大きな事件を起こして嫌がらせをやめさせようとしたと分析した。
 ただ、加藤被告自身は、法廷で「携帯サイトの掲示板で嫌がらせをした人にやめてほしいと伝えたかった」と説明し、検察側が動機として指摘していた自分の容姿に対する劣等感や、派遣社員で不安定であることに悩んでいた内容については否定したという。

 判決は「相手のことを全く顧みない、人間性の感じられない残虐な犯行」と指弾した。判決は「個人的事情を理由に無関係の第三者に危害を加えることなど到底許されない」と批判し、「犯行を思いついた発想の危険さ、残虐さ、冷酷さは被告人の人格に根差したものであり、更生は著しく困難である」と述べた。
 事件後、インターネット上に凶悪犯罪を予告するような書き込みが相次ぎ、警察は取り締まりを強化した。加藤被告が犯行に使った両刃のナイフは、所持が禁じられた。

 判決、および上記の報道に見られる認識と対応は、果たして日本社会で進行している現実を把握しているのか、対応できるのか、大きな疑問・疑念を感じずにはおれない。

 2)「会社に居場所がなくなった

 加藤智大被告は、「会社(派遣先)に居場所がなくなった」と供述した。
 実際その通りであろう。

 加藤被告は、2007年11月から日研総業の派遣社員としてトヨタ系列関東自動車工業東富士工場(静岡県裾野市御宿1200)の塗装工程で働いていたが、2008年5月29日に一旦6月末での契約解除の通知を受けている。派遣社員という彼の立場で「契約解除」は、職と同時に住む場所も失う事を意味する。
 彼自身が携帯サイトにこう綴っている。「あ、住所不定・無職になったのか ますます絶望的だ」と。更に、彼が絶望的になっているところへ「ツナギ紛失事件」が起こった。犯行を起こす3日前、6月5日朝、職場へ出勤するもののロッカーにある筈の作業服がないと、怒って暴れて帰ってしまう。「あるはずの作業着のつなぎがロッカーに無かったため、それは自分に会社を辞めろということかと思った」と加藤被告は供述している。このトラブルが無差別殺人の引き金になったようである。

 職を失い、住む場所も失い、唯一の「関係」であるネット上でも「嫌がらせ」を受けた、誰からも相手にされない、自分は誰からも認められていない、見られてもいないという長期間にわたる不安と焦燥、それに続いて職場も住むところも同時に失った。

 加藤被告は以前から、派遣契約を打ち切られるのではないかという不安を同僚に漏らしている。あるはずの作業着のつなぎがロッカーに無かったのを見て「クビになったと思い込む」のは、加藤のような扱われ方をしてきた者にとっては、きわめて「当然な認識」であろう。実際にこれまで簡単に首になってきたし、そのように扱われてきた。

 3)まさに「流浪の孤立者」

 加藤被告のたどってきた軌跡をあらためて追ってみよう。
 青森を離れてからの加藤被告の軌跡を追うと、まさに彷徨っている、「流浪の孤立者」。

2001年3月:県立青森高校を卒業、中日本自動車短期大学(岐阜県加茂郡坂祝町深萱1301)入学
2002年:卒業まで半年になり、突然、地元の国立大への編入希望を出した
2003年3月:中日本自動車短期大学卒業、
2003年7月から2005年2月まで:宮城県仙台市に住む友人宅に身を寄せ、03年暮れに仙台市内の警備会社に契約社員として勤務。05年2月「自己都合」で退社。
2005年4月から2006年4月まで:日研総業派遣社員。埼玉県にある日産ディーゼル工業上尾工場に勤務。
2006年5月から2006年8月まで:茨城県常総市の住宅建材メーカーに派遣社員として勤務。
2007年1月から2007年9月まで:青森市でトラックの運転手として(2007年4月以降は正社員)、 「自己都合」で退社。
2007年11月から2008年6月まで:日研総業に登録、静岡県裾野市の関東自動車工業東富士工場の派遣社員で働いていたが、事件3日前の6月5日に、ロッカーに作業着がないと怒って帰る。6月6日以降は無断欠勤。

 東日本各地を転々としている。これではとても他の人と深い繋がりをもち、それを継続させていくような環境でも状況でもなかったろう。

 『流浪の孤立者』。このような働き方、暮らし方をする人が急増してる。
 派遣社員の全員ではないものの、加藤のような孤立した流浪生活を繰り返す人々は多く存在する。現代日本社会ではこの10年急増したし、現在もなお急増している。『流浪の孤立者』は加藤だけの特殊例ではない。日本社会に広がっている過酷な「働き方」であり、それ以外選択できない追い込まれた人たちである。そのようにいえばすでに日本社会には『流浪の民』は形成されている。かつ『流浪の民』同士は何の繋がり連携も持っていない。

 4)自分はだれからも認められていない 

 加藤は、自己顕示したかったわけではない、ただ誰でもいいから気にかけてほしかった、相手にしてほしかった。しかし誰も気に留めてくれない、誰も受け入れてくれない。

 携帯サイトに頻繁に送信される彼のメールを見てもその孤立感は尋常ではない。(犯行前半年間、携帯サイトに加藤の送ったメールがネット上に公開されている、加藤がどういう暮らしをし、何を考えていたのか、その一端がよくわかる)。

 それから携帯メールの送られる時間が、まったく不規則で実際に夜中・明け方であることに驚く。彼がいかに不規則な生活、非人間的な生活をしているかもわかる
 
 確かに、人はとりあえず衣食住があれば生き延びることはできる。しかしあくまでとりあえず、である。希望なしに、人間関係なしに、生涯にわたってというわけにはいかない。加藤には、衣食住以外の人間関係を持たなかった。派遣社員である加藤は、職場では対等な人間として扱われてこなかったし、そこには密接な信頼にたる人間関係は形成されなかった。家に帰れば一人であって、ネット上にしか人間関係は存在しない。

 だから、加藤は唯一の「人間的つながり」である携帯サイトで、自らの存在を叫んでいた。『俺のことを見てくれ!』『俺を認めてくれ!』と。

 犯行日近くになると頻繁に携帯サイトにメールを送っている。携帯サイトだけが彼を相手にしてくれる「場」だった。しかし、この「関係」も希薄なものであって、実際のところ、6月8日朝【秋葉原で人を殺します】と「犯行予告をした」にもかかわらず、誰も止めてくれなかった。「誰かが止めてくれると思った」と後日語ったそうである。

 もともと何もない、人として誰も扱ってくれない、話をする相手もいない。自分は何のために存在しているのか? 存在理由を確信できない。自分は存在しているけれど、誰も必要としていないし、誰も見ていない、気にとめていない。こういう生活を続けておれば、人は簡単に壊れる。

 自暴自棄になった加藤が、事件を起こしてTVや週刊誌に載ることを期待したのは、「もう死んでもいい、死刑になってもいい」、そうなってもいいから、『誰か俺を見てくれ! 相手にしてくれ!自分という人間がいたことを認めてくれ!』と考えたからであろう。

 希薄な社会関係のなかでは、「自分は果たして何者なのか?」、本人にもわからない人間ができてくる。人は社会関係の総体であるから、社会関係が希薄になり、相互の人間関係にて感情の表出、ぶつかりを抑え続け、人間関係が形式的な儀式・技術に置き換わってしまうと、それがその人になってしまう。希薄な社会関係は、「人の内容」を希薄にしてしまう。
 人間関係を喪失したら、人は容易に壊れてしまう。貧弱な社会関係しか持たなければ、その人の『内容』も貧弱になる。人は誰からも相手にされなければ生きていくことができない。

 5)判決は何を決めたか!

 3月24日の東京地裁判決は、何を決めたか。
 凶悪な事件を起こしたこの「やさ男」に死刑判決を下し、日本社会から排除することにした。
 全体としてみれば、裁判所と裁判制度は、現代日本社会が生みだしたし、現在もなお生みだしつつある加藤智大のような人物、「壊れた人たち」を、日本社会から排除することにしたのである。
 このことは、日本社会の抱えている病状と、法制度・裁判制度がいかに乖離しているかを表現しているだろうし、法制度・裁判制度は、現代日本社会の抱える問題に対する解決力を持たないことを、これまた証明しているだろう。

 このような意味からすれば、加藤を死刑にして排除しても、同じような境遇の人は今現在も再生産されているのであり、判決は「死刑」なる厳罰で押さえつけることを意図しているのであろうが、何の解決にもならないし、「むしろ何も解決しない、解決に関与しない」ことの表明であろう。

 6)人々の反応
 
 テレビのワイドショーで事件が取り上げられるたびにコメンテーターが発するのは「どうしてこんな凶悪な事件が起こったのか?」という対応である。そして「いかに特別な事件か!犯人がいかに特別な凶悪な人物か!あるいはこんなにも怪しい、奇異な、普通とちがう人物であるか!生い立ちや家庭環境や教育からしてもともとおかしい」・・・・・・・こういう結論(にならない結論)になるのであろうか。「ひと騒ぎ」して終わりである。

 あるいは、ネット上の反応をみると、加藤被告に対して「こんな事件をおこしたらどうせ死刑なのだし、死にたかったら一人で死ね、俺たちとはまったく違う奴」という言葉、感情を投げつけるのが一つの傾向のようである。加藤に対して厳しい非難の言葉を投げつける。「とうてい理解しがたい、愚かな人物」と描き出す。加藤を「理解する」以前に、強い調子の「拒否反応」を示す。このような反応は、自分は「そうなってはならない」という自戒からくる面も混じっているかもしれない。

 ネット上で見て驚いたのだけれど、「加藤は在日朝鮮人」という書き込みが氾濫している。理解しがたい人物は「在日朝鮮人」と決めつけて排除する、このパターン化した「説明」、というよりは心情は、崩壊していく日本社会への「不安」、焦燥、苛立ちを、受け止め理解するのではなく、目の前の誰かを敵か原因にみたて排除しようというもの。あるいは排外主義的な方向への組織化していく危険な動き。社会内の人びとの間の対立を引き起こしある部分を排除していく志向を表現している。

 いずれにせよ、これも加藤を「理解しがたい人物」として描き出す一例ではあろう。そうして「自分とは違う」という結論を導き出して少し安心するのである。

 われわれは、「理解しがたい人物」として描き出してはならない。現代日本社会をとらえている病の産物である。

 7)メガネをかけた「やさ男」 

 加藤智大は、凶悪犯というにはあまりにもイメージが異なる。加藤はどう見ても「やさ男」である。一見して決して「凶悪」という印象ではない。
 より正しく言えば「壊れた人」。何かひ弱な、自分の居場所を持たない、あるいは奪われた人たち、現代日本社会から「疎外」された人たちの、最後の反抗、あるいは暴発であるように見える。「自暴自棄」的に、緊急避難的に見ず知らずの人を傷つけている。破綻した自身を死刑にして終わらせたいと妄想した。そのことで自身の存在を認めてもらいたかった。

 加藤智大のような人物は、現代日本社会が生みだした一つのタイプであることに間違いはない。

 自分はだれからも認められていない、受け入れられていない。

 このように言うのは、7人もの殺傷事件を起こした加藤の犯行を擁護するのではない。これは明白な犯罪ではある。被害者は何の関係もないのに殺害されたし、傷つけられた。こんなに理不尽なことはない。
 
 問題にしているのは、事件がどうして起きたのか、その解決には何が必要か考え対応しなければならないということだ。

 加藤のような人物は、不安定雇用低収入の孤立する単身者が急増する現代日本社会が生み出したものであることもまた間違いない。加藤の犯行は「特別」であろうが、彼のような生活を送る人たちは、決して特殊ではない。むしろ一つのタイプである。加藤のような人物がどのようにして形成されてきたのか、ということである。

 押さえつけられ支配されてきたこの人たちは、自己と自己の権利を主張する術を持たない、その資質まで失ってしまう。何か問題が発生したとき、これを解決する術、解決する上でのまわりとの関係、人間関係、社会関係をもたない。リセットするしかない。「無断欠勤」、「自主退社」して、他の派遣に移る。そうして「流浪の民」に加わる。(「無断欠勤」、「自主退社」という言葉は、会社には責任はなくて、派遣当人の「自己責任」という意味をその内にすでに含んでいる。)

 そのうちの全員ではない極少数の者が、リセットという解決でない解決で対応しきれない者の一部が、最後に「自爆的」に「壊れて」しまう。事件を起こしたから「顕在化」した。しかし事件を起こしていない人たちは、私たちの周りに既にいっぱいいる。顕在化したのは、氷山の一角。「壊れて」自殺した人もいるだろう。自殺未遂した人はその数十倍はいるだろう。これも同じ社会的病状からくる。その原因は底部において重なる。
 「自爆的」に「壊れて」しまったから、初めて注目するべきなのではない、問題視するのではない。事件を起こさない多くの人たち、その多くの人たちを生みだしつつある現代日本の社会関係をこそ、問題にしなければならない。

 日本人の自殺者が年間3万人を超えて久しいが、このうちのある部分は、加藤のような「だれからも認められていない、受け入れられていない」人たちであろう。この二つの現象は「対」としてとらえるべきと判断する。「顕在化」していないさらに多くの「だれからも認められていない、受け入れられていない」人は、日本社会のなかで自分を発信する機会も少なくしか持たず、日々一所懸命生きている。

 そこには格差社会日本における新しい階層階級の支配―被支配関係がズシリと重くのしかかっている。格差社会日本では、人と人との関係を、正社員と派遣社員の関係に変えてしまう。それに連なる支配―被支配関係、搾取する人間の搾取される人間に対するむき出しの支配に置き換える。派遣社員は、実際に現代的「奴隷」として扱われている。

 文句を言えば、派遣元に連絡され取り替えられる、気に入らなければ雇い止めにされる。派遣社員の側の心情はいかほどのものか、その不安と焦燥。もはや一人の人間、対等な関係ではない。扱っている方は特に気にも留めていないが、扱われている方は日々強烈な不満が蓄積する。

 このような「効率的支配」は長年かけて生みだされたものである。日本的経営の産物、現代的な日本資本主義の産物なのである。不況になったら自由に解雇できる派遣社員を増やし、利益を生み出さない要因を徹底的に排除する「ムリ、ムラ、ムダ」のない経営。日本の企業、日本生産性本部はこれを目指してきた。この経営の志向に応えるように、労働力生産の場である学校も教育も、そして家庭も地域社会も「自主的に」変質してきた。

 したがって、「加藤智大」に観察される一つのタイプは、この現代日本社会が不可避的に今もなお生み出しつつあるタイプの一つに見える。死刑にしたり、厳罰にしたりしたら、問題は解決するのではない。孤立した低収入不安定雇用の人びとをなくし、格差社会日本をいかに住みやすく変革するかという問題に連なっているとうことだ。(文責:小林 治郎吉)


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TPPに反対する理由の一つ [現代日本の世相]

TPPに反対する理由の一つ

中国に対抗したブロック経済を目指すTPP

 TPPを、「平成の開国」などと大げさに宣伝しているものの、実態は大きく異なる。TPPには中国が入っておらず、実質的には日本と米国のEPAという性格が大部分を占めており、中国に対抗する日米+環太平洋ブロック経済の形成を意図したものだからである。

 そのようなところから考えるなら、TPPは、米国がその力の後退を意識しているなかで勃興する新興国・特に中国に対抗してブロック政策、ブロック経済圏を形成を意図したところから生まれており、きわめて危険なものであると言える。

 日本政府はそのような米国の意図、ブロック経済への加入という性格を知っておりながら意図的に隠し、かつ
無視し、そして米国政府の意向に従順に従っている。その卑小な態度を、時代がかった「平成の開国」などと宣伝し、煙幕を張って、しかも重要なことは国会での全国民的な議論をすることもなく、加入へと突き進もうとしているのである。
 
 日本の将来は、成長する中国、東アジアとの良好な関係のなかにこそ描くことができる。中国を排除したTPPへの一方的な加入は、米国の対中国政策に利用されているだけであって、政治的経済的には対抗し対立するブロック経済を準備する危険性を持ち、歴史的にみるならば、第一次世界大戦から第二次大戦の間の時代のように、新たな対立、さらには戦争の原因をつくる可能性・危険性さえはらんでいる。(文責:林 信治)
 


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法人税引き下げに反対する! [現代日本の世相]

菅首相 法人税率の5%引き下げを指示

法人税引き下げに反対する!

1)12月13日22時の速報によれば、「菅首相が法人税率の5%引き下げを野田財務大臣に指示した」と伝えている。

2)法人税引き下げに反対する!
 日本の国家財政は危機的な状態に陥っている。そのような状況で法人税率を5%引き下げるべきではない。

3)そもそも、国家財政が危機的な状況に陥った原因は、90年代のバブル崩壊以降、資本に利益を確保させるため、公的資金の投入、公共事業をはじめ莫大な金額を、終始バランスも省みず国家財政から支出し、資本を救いつづけたことにある。
 「企業が元気になれば、仕事も増えて働く人々の収入も増える」と言って、せっせと資本のために支出したが、この言葉、この理窟はまったく嘘だということをはっきりと証明してしまった。働く日本人は貧乏になるばかりだ。

4)さらに、90年代以降、規制撤廃をすすめ、派遣法など労働者の権利を奪い取る政策を推し進め、不安定雇用低賃金労働者層を増大させてきた
 そのことによって資本は多くの利益をあげてきた。他方、不安定雇用低賃金労働者層の増大は、厚生年金、国民年金を支払えない労働者層を増やし、現在と将来の年金制度を破壊してきた。健康保険も同様である。賃金の面で、年金・健康保険料の面でも、資本は支出を節約し、その分利益をあげてきたのである。格差社会日本が出現したが、そのことで資本は儲けてきたのである。そのつけは、この先何十年にもわたって、日本国民の生活を破壊するし、国家財政の負担を大きくする。

5)経団連をはじめ、資本家の法人税引き下げの理窟が呆れる。「法人税が高ければ、資本が逃げていく」というのだ。
 他方、大多数の働く日本人は逃げていく場所はどこにもない。財産のない者はどこにも逃げていくことはできない。
 国家から、納税の義務から逃げる手段を持っているのは、資本だけである。その立場をちらつかせて、「法人税を下げないと、逃げるぞ!」と脅しているのである。

6)経団連がかつて、「愛国心教育」を政府に提言したことがあった。こういうのをチャンチャラおかしい、というのだ。
 法人税を下げてはならない。経団連の連中に「愛国心」を教え込まなければならない。

 法人税をよりたくさん支払って、自身の愛国心を示せ!
 現在、働く日本人はますます生活が苦しくなってるにもかかわらず、あるいは生活が苦しくなっているからこそであろうが、日本を代表する大資本の多くは空前の利益をあげている。そのような状態であっても、「法人税を下げろ!」と要求し、政府に圧力をかけているのだ。
  
 不安定雇用低賃金労働者層を増大させ、貧乏人を増やしてきた。その「所得」は資本に移転さててきた、内部留保を増大させ、経営者や株主の取り分を増やした。
 そうであるのに、さらに加えて、「法人税の減税」を要求しているのだ。
 
 国家財政が危機的な状況にあるにもかかわらず、資本は自身の目先の利益を追求し、法人税引き下げの大合唱を続けてきた。資本にとって国家財政とは、「国民から収奪する道具」であり、「資本の利益を引き出す財布」である。国家財政が破綻しようがしまいが、どうでもいいのだ。

7)それに応じてしまう菅首相、民主党政権も情けない。何をやっているのか。
 今からでも撤回せよ!
 法人税引き下げを止めよ!(文責:林信治)

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「生活苦で再犯、刑務所がセイフティネットに」 [現代日本の世相]

 日経新聞(8月26日朝刊)は、「出所した高齢者や障害者が生活苦から万引きや無銭飲食をして再び刑務所に戻るケースは後を絶たない」という「恐ろしい現実」を報じている。

「生活苦で再犯、刑務所がセイフティネットに」

 強制施設を出所した高齢者や障害者が必要な福祉を受けられず、生活苦から万引きや無銭飲食をして再び刑務所に戻るケースは後を絶たない。
 2006年の法務省の調査は身元引受先のない満期出所者約7200人のうち、高齢や障害を抱え自立が困難なのは約1000人と推計。65歳以上の満期出所者のうち5年以内に再び服役する割合は約7割で、64歳以下の6割を上回った。知的障害者とその可能性のある受刑者の約4割が「生活苦」を犯行動機に挙げている。

 元横浜刑務所主席矯正処遇官の浜井浩一・龍谷大学教授(犯罪学)は「出所者に対する福祉の不在が再犯を生み、刑務所がセーフティネットと化している」と指摘。(8月26日 日経朝刊)
――――――――――――――――

 現代日本社会を特徴づける「貧困と孤立化」

1)「自己責任」と「厳罰化」は有効ではない

 「犯罪」に対しては、「自己責任」でもって非難し、したがって「厳罰化」すれば犯罪はなくなるというキャンペーンが一方的になされている。法務省・警察庁はそう思い込んでいるフシがある。

 「自己責任」と非難さえしておれば何も対策しなくていい、したがって最も安くつくからそう主張している、と疑ってみたくなる。実際には「当たらずとも遠からず」というところがあるであろう。

 また「厳罰化」したところで、厳罰である刑務所の方が世間より住みやすい状況にある悲惨な人びとにとっては、「厳罰」にもならないから、犯罪は減ることはない。
 
 「孤立した貯えのない高齢者、障害者」は、現代日本社会では生きていくことはきわめて困難であって、無収入で厳しい世間に放り出されるよりは、刑務所のほうがまだ生き延びることができるという現実が目の前にひろがっている。
 指摘の通り、福祉行政の貧困は刑務所をセイフティネットにしている、ひどい現状が起きている。

 しかも、このような状況は、この先確実に増大する。
 というのは、現在、国民の20%が年金を支払っていない。ということは、将来国民年金を受け取ることのできない大量の高齢者を生みだすのは確実である。確実に、貧困化した高齢者は将来増大する。現状よりは悪くなる。

2)必要なのは厳罰化ではなく、福祉施設の充実

 高齢者や障害者らを福祉施設に入所できるようにすることが何よりも必要なことは言うまでもない。

 必要なのは厳罰化ではなく、福祉施設の充実なのだけれど、格差社会が拡大し、貧困層が増大すれば、福祉施設拡充と運営のための費用は、膨大な額にのぼってしまう。その負担は、国家に転嫁されて、さらにいっそう国家予算が膨らんでしまう。今でさえ財政赤字なのにさらに福祉充実のために赤字を拡大していくには限度がある。

 しかし、これらのことは考えてみれば、バブル崩壊の恐慌・不況下で、日本政府と日本企業がコスト削減努力を行い、正社員を減らして派遣社員を増やし、国内の雇用を減らして海外進出して、それなりに努力して、作りだした現実でもある。

 さて、「こんな日本に誰がした」ということか。(文責:林 信治)

9月6日追記

 (上記記述に関連して)「2009年度は、国民年金は支払対象者のうち40%が未納。」(日経 9月5日朝刊)と報じている。
 少なくとも国民年金はすでに、崩壊状態に入っているということ。

 

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政治家は簡単に節を曲げていいのか! 辻元離党、千葉法相 死刑執行 [現代日本の世相]

政治家は簡単に節を曲げていいのか!
単なるウソツキではないか!


辻元清美議員の社民党離党

 7月27日の記者会見で、辻元清美議員が社民党離党を表明、「政権の外に出たら政策実現が遠のく」のが理由だという。当面は無所属で行くというが、そのうち民主党に入るだろう。民主党側も衆議院議員三分の二確保を狙っているから。
 辻元議員は、民主党・国民新党の選挙協力で当選してきた。社民党にいたのでは次の選挙で民主党の選挙協力は期待できないことも、離党の要因には違いない。

 要するに政権に残りたかったから、社民党の政権離脱に反対だったということなのだ。副大臣なりにいろいろやってきた、政権の外にいたらできなくなる、と考えたということだ。
 国土交通副大臣を9ヵ月ばかりやったこと、権力の一端に身を置き権力を行使したことで、何かしら勘違いをしたのだろう、としか思えない。権力の行使は、人を惑わすほどの魅惑なのだろうか、改めてそのように思う。

 5月28日、前鳩山首相は福島消費者行政担当大臣を罷免した。普天間問題で辺野古移転承認を迫り、拒否したので福島大臣を罷免したのである。当然のこと、社民党の政権離脱に帰結した。

 それは何を意味するか! 社民党は政権離脱の犠牲を払っても、普天間閉鎖、辺野古移転拒否を貫いたのである。

 逆に、福島党首が明確に辺野古移設を拒否しなかったら、社民党は政権のなかで独自の政党であり続けることはできず、この先消滅したであろうことは容易に推定できる。福島党首はその意味では、社民党としてのとるべき道を誤らなかったのだ。

 社民党にとって、政権に残ることは、「県外移設」の放棄であり、沖縄県民への裏切りである。辻元議員ならば、そんなことがわからないはずはなかろう。

 しかし9ヵ月ばかり国土交通副大臣をやり勘違いした辻元議員は、自身の今後と社民党が守った原則とを天秤にかけ、社民党離党を選んだのだ。

 問題なのは、社民党のなかに他に政権に戻りたい者が他にもいることなのだ。私には、政治家としての現実感覚がないとしか思えない。「県外移設」の放棄は、社民党の独自性の消失であり、その次にはかならず社民党は消滅を招く、そしてかならず社民党に属していた議員の雲散霧消、すなわち消滅をも招くであろう、そんなことは目に見えている。

 この見通しが正しいかどうかは、数年先の辻元議員を追ってみれば、いずれ判明する。
 取り返しのつかない事態なって、判明しても後の祭りではあるが。

 最近の政党は、社民党に限らないけれども、政党の体をなしていない。単に議員の集まりであるという性格をより強くしている。目先の利害に引きずられやすい体質にすでに変わっている。党の原則は、いとも簡単に変えられてしまう。「マニフェスト」が乱発されているが、扱いがいかにも軽い。
 
 政党政治はすでに崩壊している。(その意味では、選挙ごとに即物的な票集めに走るフィリピンの政治とよく似てきたと、これを書いていて気づいた。)

千葉法相、死刑執行命令にサイン

 他方、千葉法相は、7月24日死刑執行命令にサインをした。そして自ら執行命令を出した2人の処刑現場を立ち会ってきたという。「死刑の執行は適切に行なわれ、私自身自らの目で確認させていただき、あらためて死刑に関する根本的な議論が必要だと感じました」(記者会見)と語った。

 千葉法相は2009年9月の法相就任直後まで「死刑廃止を推進する議員連盟」に加盟していた。27日の会見では「私自身、もともと廃止するのも方向性の一つと考えてきた。それは変わるものではない」と強調。死刑を執行したことは「法務大臣として職責をどう果たしていくべきかを考え、様々な検討、精査した結果」と語った。

 「死刑を執行を指示した後で、死刑廃止の考えは変わらない」と言っているのだから、何を言っているのか、支離滅裂であるとしか言いようがない。
 死刑廃止の信念がいとも簡単に放棄されている。死刑廃止を含めた議論を開始するに当たり、死刑廃止に反対の人も含め議論のテーブルについてもらうために、二人の死刑を執行した、ということだろうか。
 自身のこざかしい政治的な判断のために、死刑執行された、ということなのか。

 千葉法相に訊ねたい。
 仮にだ、「死刑廃止を主張する議員をなくすにはどうしたらいいか?」と問われたら、「順番に半年ずつ法務大臣に任命すればいい」と答えるのがあなたの行動から得られる教訓だが、正しいかい?

 仙谷由人官房長官も、死刑廃止議員連盟の古くからのメンバーであるが、発言も控えているし何の対応さえもしていない。

 いずれも、何と頼りないことか。
 何を基準に政治家の言うことを信用していいのか、何を基準にを選んでいいのか、まったくわからなくなる。

 これまで死刑制度を維持してきた警察、検察、法務省その他の官僚のあるいは権力の圧力はすさまじいのであろうことは、想像される。実際には、権力の圧力にどのように闘っていくかが問題なのだろう。
 それにしても、ほとんど闘おうとする姿勢さえ見せず、早々と既存権力の軍門に下っていることに、呆れてしまう。(文責:林信治)


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両国の回向院 [現代日本の世相]

両国の回向院

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 両国・大江戸博物館の「モンゴル至宝展」とやらに出かけたものの、歴代モンゴル王朝の金飾りをおもに集めた展示ゆえ、観客は展示品を価格に換算するのがいかにも容易。俗っぽいことこのうえなし。金飾りの大きさに比例した熱心さと感歎の声をあげるよう誘導される。

 早めに切り上げて両国駅あたりをうろうろしていると、回向院とあったのでのぞいてみる。
 明暦の大火(1657)の死者を供養するために建立された、と説明板にある。回向院過去帳に記載された死者数は20,002人、江戸全体の死者は数万人にのぼったという。

 行き場のない死者を葬る必要があったから建立された回向院。明暦の大火は江戸の街ほとんどを、すなわち町人屋敷のみならず、江戸城本丸を含む武家屋敷も焼きつくしてしまった。それゆえ、江戸復興のために武士ばかりでなく、町民の気持ちも考慮するが必要であったというわけか。

 それからそののち回向院、行き場のない死者を引きとる専門寺院となった。行き場のない者に行き場があるのは、いいことだ。
 安政の大地震(1855)の死者(4,000人)もここにいる、関東大震災の犠牲者もいる。いずれも引きとり手のない死者たち。

 江戸の住民、名もなき民、有象無象は、「死んだ証」をもって、かつてかれらがここらあたりに「生きた証」を残す。

 ただし、古い死者を祀るだけでは商売はうまくいかないようで、犬猫ペット供養塔や力士力塚などをも受け入れて、雑然とした様相を呈す。われらが祖先、名もなき民にとっては、このいいかげんな「雑然さ」は、むしろ親しみやすかろう。にぎわいがあり、われらには似合いだろう。

 墓地もあるが、つめにつめ、墓石は手を伸ばせば「お隣さん」に届く。これでは地震がきたら、となりの墓石に当たって共倒れとなろう。

 もともと共倒れした同士だもの、それもまたよかろう。死者は次から次へと増えるので、新参者多くなり、先に行き着いた者共は、居場所をつめるしかない。

 それに加えて回向院、昨今の土地高騰の波うけて、周りの土地は次々と業者に切り取られ、両側からマンションやビルが迫りきて、参道も細く削られた。本堂の後ろももう他人の土地で、回向院自体も狭いところに押し込められた。
 「ああ、狭苦しや回向院」、墓石たちが口そろえた歌声を、夜も深き境内で、聞いた人があるという。死んでなお、厳しい生存競争にさらされているというべきか。(文責:玉)

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教育社への抗議行動に参加 [現代日本の世相]

12月18日昼、教育社への抗議行動に参加
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  <12 月18日昼、新宿マインズタワービル前、㈱ニュートンへの抗議行動>


1) 教育社抗議行動に参加
 12月18日昼、新宿マインズタワービル前で、教育社労働組合の抗議行動があり参加しました。新宿駅南口からすぐのマインズタワーには㈱ニュートン、㈱ニュートンプレスが入っていますが、両社とも経営者は教育社社長・高森圭介、みどり夫妻です。80名ほどの参加者があり、社前で経営者・高森夫妻への抗議の声をあげました。

 教育社労働組合は1971年結成されましたが、結成以来高森社長は労働組合を敵視し、一次、二次、三次にわたる解雇、暴力職制による弾圧、別棟隔離就労など、38年間も執拗な労働者弾圧、労働組合破壊攻撃を続けています。
 労働者弾圧に奔走する高森社長は、経営をも悪化させてしまい、その挙句は賃金切り下げや分社化を行い、犠牲を労働者に転嫁してきました。さらには、賃金不払い、職場縮小などによって退職を強要しました。

 教育社労働組合は、賃金切り下げ、未払いに対し裁判に提訴し、いずれも勝利しました。賃金、退職金支払いを求めた裁判では八度にわたって、1億5千万円の支払いを命じる判決が出されましたが、高森社長は一切拒否しています。1億5千万円は労働組合員の未払い分ですが、組合員以外の労働者への未払い分を含めると、7億6千万円にも達してしまいます。高森社長は、最高裁の判決さえ無視しているのです。最高裁判決で勝利を勝ち取っても、資本家の無法は通ってしまう日本社会なのです。

 ㈱ニュートン、㈱ニュートンプレスでは、最近でも給料遅配が頻繁に起こったうえ、わずかな金額しか支払われず、ついには常態化しつつあります。組合員でない労働者も苦しんでいます。

2) 詐欺商法の経営
 ㈱ニュートンは、科学雑誌『Newton』を発行しており、新聞などで「Newton」名で広告を出し、資格試験用『合格保証TLTソフト』を販売しています。広告には「不合格なら全額返還」と記していますが、不合格になった人が返金を求めても、応じません。そのため、㈱ニュートンには、電話でのクレームが殺到し、ネット上や消費者生活センターにも抗議や苦情、相談が多数寄せられています。この「詐欺」は長年続いていますが、高森社長は、あらためようとはせず、なおりくりかえしおこなっています。

3) 教育社闘争に変わらぬ支援と連帯を
 教育社・高森社長は経営者としての最低のモラルも逸脱しているばかりか、法律違反を堂々と行っています。労働者、労働組合としては生活と尊厳のためには団結して闘っていく以外にありません。
 現在、日本社会は、新自由主義による「格差社会」化と世界的な経済危機で、失業者や不安定雇用低賃金労働者が増大しています。いわば多くの「仲間」がぞくぞくと生まれています。
 高森社長ほどではないにしても、労働者に犠牲を転嫁する経営者が増えています。労働組合組織率が低下し、告発されないことをいいことに、弱い者いじめの不法な経営が横行しつつあります。
 教育社労働者、労働組合の長年にわたる苦しみ、悩み、闘いは、生活破壊、権利剥奪に苦しむ現在の多くの労働者の苦しみ、悩み、闘いでもあります。教育社労働組合の粘り強い闘いが、新しい仲間のあいだに広がり、そして勝利することを望みます。そのためにこの先もずっと教育社労働組合の闘いとともにありたいと思います。(文責:玉)

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福元館の多喜二 [現代日本の世相]

福元館の多喜二

 この春四月二二日、年輩の友人とともに厚木・七沢温泉の福元館を訪れた。山あいの小さな沢沿いに立つ福元館の周りには、ここかしこに八重桜が花開き、樹々は競って新芽を出していた。多喜二が秘密裏に逗留し小説『オルグ』を書き上げた福元館を、この心地よい季節に訪れる機会を持てたことを喜んでいる。
 心地よかったのは季節のせいだけではないようだ。ここでは多喜二が今もなお大切に扱われていると、確かに伝わってくるからでもあったろう。
DSC_0029 ○ 多喜二.JPG
 多喜二が宿泊し『オルグ』を書いた小さな「離れ」が、当時のまま保存されている。母屋の東、道路を隔てた崖上に、木々に埋れて立っている。下の道や母屋からは見つけることはできない。「離れ」の部屋には、丹前や炬燵用火鉢、徳利とゴールデンバット、鉄瓶が置かれ、ここで書き上げたとされる『オルグ』の表紙コピーもある。
 多喜二は一九三〇年六月二四日、治安維持法違反で検束され、翌三一年一月二二日保釈された。その後、暫くして福元館に逗留したことになる。このときの多喜二はすでに地下にもぐり不安と緊張に支配された生活を送っていた。多喜二のその緊張した「気持ち」に思いを重ねてみる。静かな、かつ生活感の乏しいこの離れにいると、彼の緊張の一部がよみがえってくるようにも感じる。
 「離れ」から外、ガラス戸の向こうの山あいの景色に目を移してみる。多喜二も書き疲れた後など顔を上げて何度も眺めたのではなかろうか。その景色は今も変わってはいない。
 「離れ」には母屋に通じる呼び鈴があり、手紙も食事も運ばれたという。多喜二は風呂以外に「離れ」を出ることはなかった。当時彼には拷問のひどい傷が残り、福元館では彼岸花と卵黄、酢、メリケン粉を混ぜて傷跡に塗ってくれたという。人懐っこい多喜二は福元館の人々に確かな印象を残したようだ。
DSC_0016 ○火鉢と徳利とバット.JPG
(火鉢と徳利とバット)
 ノーマ・フィールド『小林多喜二』(岩波新書)によれば、三一年二月ごろ七沢温泉に一ヶ月ほど逗留し『オルグ』を書いたことはこれまで知られていたものの、どの旅館であるか長い間不明であった。福元館であると広く知られるようになったのは、つい最近、二〇〇〇年三月のことであるという。福元館は、戦前戦中から戦後の六九年間にわたり、若くして虐殺された多喜二を、誰から求められることもなく人知れず大切に「供養」してきたのである。

 戦前戦中から敗戦直後、高度成長期、社会主義体制の解体、そして「蟹工船」ブームといわれる現代まで、多喜二評価は様々な「変遷」を経てきた。振幅の大きい「毀誉褒貶」が繰り返されてきたし、これからも繰り返されるだろう。しかし福元館における多喜二は、静かなずっと変わらぬ信頼に包まれ居場所を得ているようで、なにかしらホッとするものがある。多喜二は今なおここに逗留することを容認されているようでもある。

 福元館の多喜二をぜひ一度、訪れてみてはいかがだろうか。 (文責・児玉繁信)



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フジヤマの サクラの国の 失業者 [現代日本の世相]

フジヤマの サクラの国の 失業者

 「美しい国日本」と言った首相がいた。
 格差社会に眼をそらし、「美しい国」日本とは何事か。政治的には欺瞞であるとともに、そもそも「美しい」と言い述べる美的センスを疑う。
 現代の貧困の広がりには眼をそらして、何が見えるか。
経済危機で真っ先に首を切られる人が数十万人も突然現れ、仕事といえば、不安定雇用の低賃金、人間扱いされない人間の増えた現代日本社会は、どのように美しかろう。

フジヤマの サクラの国の 失業者

 この川柳は、鶴彬の作品。戦前の作。
 大和心とか、サクラにフジヤマの日本精神と偏狭なものの見方を「自画自賛」し、多くの従順な「社会的無知」の日本国民を作り出し、周辺諸国、周辺民族を蔑視した戦前の日本軍国主義。
 その時代に生きた鶴彬は、「フジヤマ、サクラ」の「偽善」を見抜いてこの川柳を読んだ。

 ところでわれわれは、現代日本社会の偽善をしっかりと見抜いているか。
 しっかりと見抜いていないとすれば、鶴彬の批判精神は、現代の日本社会への批判、皮肉としてもそのまま通用させなければならないであろう。

 さて、この鶴彬の精神を我らの精神として、「日本的精神」、すなわち誇るべき日本労働者の精神として呼び戻し、我らのうちに植えつけ、現代の土壌の上に育てることが必要であろう。

 鶴彬の川柳と批判精神が、現代日本にぴったり必要であることを、思え!
 (文責:玉)
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麻生の支持率が急落 [現代日本の世相]

麻生政権の支持率が下がっている

1)麻生の支持率が急落

 麻生政権の支持率が急落している。12月8日の毎日、読売、朝日の各新聞社によれば、麻生政権ン支持率は、21%~22%にまで急落したという。
 自民党にとっては大変だ、これでは選挙に勝てない。自民党は衆議院解散を非常にやりにくくなった。別の選挙向けの「顔」にすげ替えるのか。選択肢はだんだん狭くなっている。

 それでまたぞろ、政界再編だそうだ。目先を変えて政権にしがみつこうとする。宮崎県知事や大阪府知事で「目先」を変えて支持を得たものだから、同じ効果を狙っている。政治理念も何もあったものではない。政界再編で何が変わったか。何も変わらなかった。いや、正確には、よりひどく国民がコケにされた。また、繰り返しをやるのか。

2)急増した雇用不安こそ問題だ

 自民党支持率の急落は、急増した雇用不安にある。自民党支持率が下がろうと上がろうとどうでもいい。雇用不安こそ大きな問題だ。派遣労働者の契約期間での雇い止め、それどころか契約前の解雇が大量に発生している。その人数が極めて多く、しかも急速であったため、広範なレベルで社会不安が広がったし、更に広がるだろう。他方同時に並行して、身分変更、転職、賃金切り下げが進んでいる。大学生内定者の取り消しも相次いでいる。

 派遣労働者という制度の持つ非情な意味が、あらためて明確になった。怒りを感じる。資本家にとっては、いつでも自由に解雇できる都合のいい制度なのだ。労働者を人とは扱わない制度なのだ。
 派遣労働者法の撤廃が根本的な解決だ。これ以外にない。

3)更にバカにするのか

 政府自民党は、「派遣労働者を雇ったら企業に100万円支給する、内定取り消し者を採用したら企業に100万円支給する」という救済策を出してきている。これもまた人をバカにした政策だ。解雇された労働者や内定取り消し学生への支援を、資本家への支援・くれてやりを通じてやろうというのだ。なぜ直接労働者や学生へ支援しないのか。実際、財源も明確でなく、いつからどのようにどの程度やるかは不明だ。とりあえず不人気だから、人気取りのために出してきた政策らしい。

 あらゆる政策の実行を、必ず資本家を儲けさせることを通じて、行おうとするもの。その趣旨においてこれは本当に国民をバカにした考えであり、政策だ。

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トヨタの末端の三次下請け企業ベトナム人研修生の驚くべき実態 [現代日本の世相]

ずいぶん前の話

 名古屋ふれあいユニオンの酒井委員長
 9月14日(日)、15日(月)は反トヨタ愛知行動に参加したが、名古屋ふれあいユニオンの酒井委員長の報告に驚いた。

 トヨタは子会社だけでなく、部品会社、下請け、孫請け会社を抱えた、垂直的な産業構造を形成している。この垂直的な産業構造は戦後の日本資本主義が発明し発展させ、国境を超えて世界に拡大し、また世界に伝播させた。フォード型生産システムを内側から食い破り、今風に言うと「ビジネスモデル」に作り上げた。いまや自動車産業だけでなく、電機・電子産業、繊維産業などあらゆる分野に広がっている。
 
 酒井委員長の報告は、トヨタの末端の三次下請け企業働かされているベトナム人研修生の驚くべき実態である。彼女らの時給はわずか300円、一日12時間労働、休日なし。しかも研修生制度ゆえ研修先でしか働くことができない(転職の自由がない)。研修先がいやなら即刻帰国しなければならない。研修生制度という名目で、最低賃金制を破り、残業規制を破り、休日を奪い、転職の自由さえない。転職できない弱みから、雇用主はセックスの相手まで強要してきたという。現代の「奴隷労働」である。

 このベトナム人研修生が名古屋ふれあいユニオンに相談に来て、この様な実態が暴露され、雇用主を告発し闘っている最中であるという。
 
 ただよく認識しておかなければならないのは、この「研修生制度」による「現代の奴隷労働」も、トヨタ生産システムの一部を形成しているのだ。垂直的な産業構造は何のためか、底辺企業群で不安定雇用、低賃金労働者を活用するためだ。活用しても、頂点のトヨタには責任は及ばないにもかかわらず、果実は得ることができる。
フィリピントヨタでの労働組合潰しも、トヨタ生産システムの重要な根幹にかかわる原則なのであろう。

 そのことは、トヨタが大きくなればなるほど、世界の労働者は不幸になることと同じなのだ。トヨタの存在と拡大は、人類の未来を暗くすることに他ならない。(文責:今久留米 泉)
(名古屋ふれあいユニオン委員長・酒井徹さんのブログ http://imadegawa.exblog.jp/  参照)
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『無差別殺傷事件、あるいは通り魔事件』 [現代日本の世相]

無差別殺傷事件、あるいは通り魔事件

貧困化すれば孤立する現代日本社会


1)続発する「無差別殺傷事件、あるいは通り魔事件」 

 7月28日午後7時半ごろ、JR平塚駅コンコースで、通行人7人が十徳ナイフで切られた。犯人は34歳の女性で、新聞報道によれば「死にたいと思った、人を道連れにしたいと思った」と話しているという。被害者は無関係の人たち。
 先日、八王子で「通り魔事件」が発生し、2名の死傷者が出た。この時の犯人の動機も「誰でもよかった」という。
 秋葉原の「通り魔事件」も被害者は無関係の人たちだった。
 一連の事件は同じ特徴がある。

 とりあえず、「通り魔」事件と書いたが、果たして「通り魔」事件と呼んでいいのだろうか? 犯人たちは、「通り魔」と呼ぶには、あまりにもイメージが異なる。決して「凶悪」という印象ではない。一言で言えば「壊れた人たち」

 何かひ弱な、自分の居場所を持たない、あるいは奪われた人たち、現代日本社会から「疎外」された人たちの、最後の反抗、あるいは爆発であるように見える。
 「自暴自棄」的に、緊急避難的に見ず知らずの人を傷つけている、破綻した自身を死刑にしてもらいたいと妄想するのも特徴の一つ。

2)犯人たちのタイプ、どこから生まれたのか?

 犯人たちのタイプはみんなよく似ているように見える。どちらかというとおとなしいまじめな、しかし孤立した人、あるいは人間関係が極端に「細い」人。これまで決して「凶悪」ではなかった。むしろまわりから押さえつけられてきた人。周りから認められていないと感じている人、実際に相手にされなかった人。
 こういう人たちはどういうふうに生まれてきたのか。

 現代日本社会は、希薄な人間関係、コミュニケーション不足を日々ますますつくり出しつつある。
 携帯電話やメールによる人間関係は、情報量が極端に多くなるにもかかわらず、それゆえにというか、それにともなった濃密な関係をつくりだすことをともなわない。実際に感情の交換の場が奪われたり、失われている。

 核家族化が日本社会にとって全般的となり、家族内で、地域で、学校や職場で、すなわちどこにおいても、コミュニケーションが希薄になり、更には消失している。家族の間でも、個々の関心はTVやゲーム、芸能人がそれぞれの頭に直接的に入り込み、家族間相互の関係が希薄になっている傾向がある。
 さらにそれ以上に、現代日本では単身者世帯が増大している。決して若い世代にのみにとどまらない。60歳以上でも急増している。全世帯数の30%を超えようとしているし、さらに増大しつつある。誰とも会話しない、したとしても形ばかりの、無内容な、という人が増えている。

 他方、現代日本社会では、小学生の頃から周りへの対応の「スキル」を身につけることを要求される、周りに対して嫌われない人間、問題のない自己であること、洗練された自己を表現することを求められる。そのことは、感情のぶつかり、小さな喧嘩、自己主張を極力抑えることでもあるし、あえてそのような場を奪っている。このような関係に永くすごしていると、感情の表出、ぶつかりのない、本当でない表面だけの人間関係ができてくる。
 その結果、人とぶつからないように、感情を害さないようにふるまう人間ができあがってくる。本当の人間関係を持たない人間が多数現れてくる。
 いざ感情のぶつかり合いになった時、折り合いをつけることができない。そんな能力は身につけていない、そんな人が増大している。

 そのような希薄な社会関係のなかでは、「自分は果たして何者なのか?」、本人にもわからない人間ができてくる。人は社会関係の総体であるから、社会関係が希薄になり、相互の人間関係にて感情の表出、ぶつかりを抑え続けるなら、人間関係が形式的な「スキル」にだけになってしまうなら、それがその人になってしまう。希薄な社会関係は、「人の内容」を希薄にしてしまう

 例えば、日本人の多くは子どもも大人も、人と話し合い解決する力を身につけることができていない、そのような資質を急速に失ってしまった。人間関係が希薄になっていることの別の面からの一つの証拠である。
 たとえ、人間関係が希薄ではない人でも、一般的に言って人と議論することを嫌うし、また議論そのものができない。違う考えの相手に自分の考えを伝えることができない。トラブルを引き起こすのが面倒だからそんな話もしないし、もっと面倒なら人間関係を切ってしまう。
 現代日本社会の一般的傾向なのである。

 逆に言えば、日本社会はそんな対応力など求めていないし、求めてこなかった。人間関係のトラブルは、会社内外の支配従属関係、公務員内の上下に連なる関係、「金」の関係に「翻訳」して解決してしまう。それに相応した階層的な社会関係ができあがり、他方での個人の孤立は、対応している。
 
 したがって、問題は決して若い人だけではない。あらゆる年齢層、階層の日本人に、多かれ少なかれ、みられる特徴である。

 年上の世代にもその傾向は認められる。日本社会では、通常失業したら孤立する。会社を辞めた人はこれまでの人間関係を失う。人と人との関係のうちの多くが、会社、あるいは「取引」、「金」でつながっていたことを思い知る。失業や退職した後、人々を繋ぐ社会関係、これが極めて弱いのだ。家族や地域、趣味や社会活動、企業、労働組合そのほかのあらゆる社会活動が、衰弱してしまった。他方、制度的「セイフティネット」、年金や生活保護なども破壊されつつある。

 例えば退職したあと、あるいは正社員から派遣社員になったあと、孤立してしまう人が多いのも日本社会の特徴の一つだ。老人の万引きなどの軽犯罪が急増している事実は、そのことを別の面から証明している。孤立した老人、やるべきことを持たない人、こころよく働く仕事を持つことのできない人々があらゆる世代で急増していることが、孤立した、コミュニケイション不足の、このようなタイプの人たちをつくりだしていることと密接につながっている。孤立した人は、日本社会にとってあまり必要でない、したがって「粗末に」扱われている人たちなのだ。
 企業は派遣社員、アルバイト、60歳過ぎた人を、人としては扱わない。正確に言えば、第二級の人間として扱う。

 「自殺者が年間3万人を超えている」異常な状況も、この人間関係がきわめて希薄な、人間関係が「物の関係」、会社や金の関係におきかえられている現代日本社会の特徴に起因している。「貧困化すると孤立する」という現代日本社会の特性からきている。

 したがって、あの犯人たちの特徴は、支配されている現代日本人の特徴、すなわち、孤立した、コミュニケーションの不足した、貧弱な人間関係しかもたないという特徴を、多分に含んでいることになるだろう。このように判断するのが適切なのであろう。

 そこに格差社会日本(より正確には、被搾取者が搾取階級荷よって支配される社会日本)における新しい階層階級の支配―被支配関係がズシリと重なってきているし、その表現でもある。格差社会日本は、人と人との関係を、正社員と派遣社員の関係に変えてしまう。それに連なる支配―被支配関係、搾取する人間の搾取される人間に対するむき出しの支配に置き換えつつある。現代的「奴隷」として実際に扱われている。

 文句を言えば、派遣元にチクって取り替えればいい。車が故障したとき取り替える部品のようなものだ。もはや一人の人間、対等な人ではない。扱っている方は特に気にも留めていないが、扱われている方は日々強烈な不満が蓄積する。

 このような「効率的支配」が毎日毎日、更新、形成されて続けている。現代的な日本資本主義社会なのだ。利益を生み出さない要因を徹底的に排除する、「ムリ、ムラ、ムダ」のない社会。これにあわせるように、労働力生産の場である学校も教育も、そして家庭も地域社会も、「自主的に」変質していっている。したがって、「犯人たち」に観察される一つのタイプは、この現代日本社会が不可避的に今もなお生み出しつつある、一つのタイプ、あるいは一つの典型的なタイプの人たちにさえ見える。

 押さえつけられ支配されてきたこの人たちは、自己と自己の権利を主張する術を持たない、その資質まで失ってしまう。何か問題が発生したとき、これを解決する術、解決する上でのまわりとの関係、人間関係、社会関係をもたない。

 そのうちの全員ではないある者が、最後に「自爆的」に「壊れて」しまう。事件を起こしたから「顕在化」した。事件を起こしていない、こういう人たちは、私たちの周りに既にいっぱいいる。顕在化しているのは、言葉通り、氷山の一角である。「壊れないで」自殺した人もいる。自殺未遂した人はその十倍はいるといわれている。これも同じ社会的病状からくるのではなかろうか。その原因は底部において重なるのではなかろうか。

 そのような人たちのうち、全員ではないある者が、今回のように、他者を傷つける事件を引き起こした。「もう死にたい、殺して欲しい、死刑にして欲しい」。あるいは、そのことで、自身を支配してきた親や社長に「些細な」迷惑をかけて「復讐」したつもりにもなる。

 現在、問題視されつつあるのは、「壊れた犯人たち」が、殺人や傷害事件を引き起こすまで至っているからである。殺人や傷害事件を引き起こさなければ、誰もとりたてて問題にはしなかった。「氷山の一角」だけを問題にし、注目している。「氷山の一角」だけに問題を限るなら、すなわち、「その「一角」だけを削りとってしまおう」と対処法を考えるなら、それは根本的に解決することにはならないだろう。
 
 もちろんの犯人たちの行為を擁護できはしないし、言い分にも正当さはない。
 しかし、マスコミのように、「奇異だ」、「おかしい」として扱ってはならない。物事を何にも理解していない「あほう」であることを、そしてなんの対処にもならないことを自覚していない「あほう」であることを、証明するだけである。
 
 彼らを生み出した本質的な原因について論及しているのだ。決して個別的ではない日本社会の抱える問題なのだ。すなわち例えば、「親がよく教育しておくべきだった」云々という対策では解決はしない。

3)凶器の規制で解決できるか?

 秋葉原での凶器はナイフだったが、八王子の事件では100円ショップで買い求めた包丁だった。平塚では十徳ナイフだという。秋葉原事件では、ナイフの所持や販売が規制されたが、果たして今回は包丁や十徳ナイフを規制するのだろうか? 100円ショップで包丁を大量に売っている。
 包丁を規制するのであれば、カッターナイフも規制しなければならなかろう。のこぎりはどうか? はさみだって危ない。

 こういう反応は、「危険な人」から自分を護る「個人的」発想から生まれている。「危険な人」が生まれるのは、むしろ必然で避けられない、避けられない世の中なのだから、これをいかに個人的に回避するか、いかに押さえつけるかと発想する。「危険な人」「危ない人」と「私」とは別の存在という判断が前提としてある。

 こんな対応は、ほとんどまったく的外れである。

 秋葉原の犯人がナイフを使用したため、警察は何かちょうどいい機会であるかのようにナイフの規制を主張した。問題の解決というより、そもそも警察のやりたかったことをこれを機会に実行しただけであろう。

 あるいは、秋葉原の歩行者天国と八王子の駅前に監視カメラをつけて、そして全国ありとあらゆる場所に監視カメラをつければいいのだろうか?

 これは決して笑い事ではない。すでに事態は先取り的に進行していて、最近はマンションの入り口には監視カメラがついている、コンビニにもついている。街のあらゆるところに設置されている。確かに監視カメラを生産している電機会社や通信会社にとっては新しい市場が広がることになる。警備会社もまた市場が広がる。監視カメラに賛成する人は出てくるだろう。しかし、これとて対症療法的であり、根本的な解決ではありえない。
 そのような対策はこっけいだが、それにとどまらず、誰が誰を監視するかという「危険」な問題でもある。いわゆる「監視社会」に急速になりつつある。

4) 厳罰化は解決するか?

 ここ数年来、「凶悪犯への厳罰化による防止」が宣伝されてきた。死刑執行の増大もその流れのなかにある。
 
 「犯人の人権よりも、被害者の家族の人権を尊重すべきだ」などと主張され、「被害者の人権」がいつの間にか「厳罰化」へともっともらしくすりかえられた。TVドラマ、陳腐なミステリードラマが描き出してみせる最近流行のテーマの一つだ。本当にワンパターンで、辟易する。

 それは「厳罰化」を進める政府自民党、警察などの政治的勢力の意志をが入ってきていると見なければならない。

 しかし、実態は大きく異なる。
 現代日本社会は、きわめて殺人事件の少ない社会である。歴史的にみても、世界的にみても稀な殺人事件は少ない社会である。わたしは、誇っていいとさえ思っている。
 そんな実態はなかなか報道されない。安心社会であると報道すると、警察は予算を確保しにくい、ということがあるのかもしれない。新しい現代的な不安を煽ると、予算を確保しやすいのかもしれない。

 さて、「厳罰化」も今回の事件を決して解決しない。被害をこうむった人に対して同情しなければならないが、しかし、「壊れた犯人たち」は、厳罰化や死刑執行の恐怖で押さえつけられ、犯罪の防止にはならない。押さえつければいい、というものではない。孤立し「壊れている」のだから、「死刑になること」を夢想して殺傷している者さえいるのだから。

 「押さえつければいい」とする主張は、現在進行している日本社会のひずみを、把握も認識もしていないことを告白しているに過ぎない。
 
5)解決は?

 事件の起きた原因は「凶器」ではなく、このような「犯人」をつくりだしたことにある。事件への対策は厳罰化ではなく、このような「壊れた」人を毎日作り出す日本社会の変更にある。

 現代日本社会への批判として、「壊れる」前に「孤立した」人、「搾取」された人、支配された人が自身を繋ぐアソシエイション、社会関係をつくりあげていくことにある。「孤立した」人、「搾取」された人、支配された人」が自分たちの置かれている実情を自覚し、つながりあい、自分たちの力で批判を立ち上げていくことにある。

 そのような社会関係を貧弱にしかもちえていない、いわば「武装解除」された現在の状態こそ、他国民に比べてさえ「おとなしい」といわれる現代日本人の特徴を、そして現代日本社会の病いを明瞭に映し出しているのだ。(文責:小林 治郎吉)

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8月3日、岩国・井原勝介市長を迎えての三鷹集会 [現代日本の世相]

8月3日、岩国・井原勝介市長を迎えての三鷹集会

8月3日、三鷹協働センターで岩国・井原勝介市長を迎えての三鷹集会が開かれ、230名の参加があり、市長の話もわかりやすくて、大変盛況だった。ピナット主催で、三鷹地域で市民活動にかかわるいろんな人が参加した。主催者の予想以上に人が集まって、会場は熱気に溢れ、椅子も足らず床に座り込む人もいた。
岩国市はこれまで戦後ずっと日本政府の基地政策に協力してきた。今回の米軍基地の拡大受け入れを国から一方的に決められたが、これ以上の負担はできないと、井原市長は住民投票で拒否の声をまとめ、新たな米軍基地受け入れを拒否した。すると日本政府は岩国市への補助金をカットしてきた。すでに着工している市役所の建て替えは最後の三年目に入っているが、今年になって補助金をカットしてきたため、市役所が完成しない。
こういうのを「姑息」というのだろう。何とやり方が汚いことか。国の政策に従わさせるため、補助金を使って締めつけてゴリ押ししてくる。政府には「市民生活をまもる」視点などどこにもない。現代日本における政府と地方の関係の一端を、如実に示す。
井原市長によれば、「こんなことを許せば民主主義が死んでしまう」という。岩国市議会では、「長いものには巻かれろ」式に、政府の補助金につられて基地受け入れを認める議員が多くを占め、市民の要望と市議会の動向は必ずしも一致していない。このような困難な情勢のなかで、井原市長は各地で訴えてまわっている。困難な闘いを強いられながらも、市民と共にがんばっている井原市長をぜひ、支援しよう。


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中国・毒ガス遺棄裁判 [現代日本の世相]

中国・毒ガス遺棄裁判判決

1)毒ガス遺棄裁判判決
 7月18日、毒ガス遺棄裁判判決が東京高裁(第五民事部・小林克己裁判長)でありました。判決は、一審判決を覆し、原告の請求を棄却しました。旧日本軍の遺棄した毒ガス兵器によって、戦後何年も経って被害を受けた中国の人たちの請求を棄却する不当な判決を下しました。
 夕方、文京区区民センターで報告集会もありました。

2)判決時の様子
 裁判官は主文の三行を読み上げてソソクサと法廷を立ち去りました。30秒もかからなかったと思います。自分は関与したくないという態度、サラリーマン化した裁判官。しかも言い訳がましいことに、「現行の法体系では救えない、国の責任は明確であり、新たな立法措置による解決を求める」という付言をつけています。そんなことを付言するくらいなら、裁判所が救うベしと判決を書けばいいではないか、そうすることが新たな立法措置による救済への道を開くというものでしょう。自分はかかわりたくないという態度がアリアリです。
原告である李臣さんは、その場で抗議の声をあげました。

3)棄却の理由
 判決では、毒ガス兵器は旧日本軍のものだと認めながら、「調査回収などの具体的行為をしておれば、被害が起きなかったという高度の蓋然性がない」からとして、国の不法行為の成立を否定しています。これも「法理」というのでしょうか。何という屁理屈をこねるのか、本当にあきれてしまいます。
 であれば、「できるだけ多くの場所に発見されないように遺棄・隠匿してしまえば、それから関係書類も燃してしまえば、そして年月がたてば、さらに棄てた場所を知っていても知らせないようにしておれば」、事故が発生しても「蓋然性がない」としてしまうことができてしまう論理の判決なのです。常識はずれというか、強盗の論理じゃなかろうか。

4)「遺棄毒ガス兵器は、ソ連軍あるいは国民党軍のものである」
 判決では、「大量の遺棄毒ガス兵器はいずれも日本軍のものであり、旧日本軍が河川や地中に投棄・埋設し、隠匿した上遺棄した」と証拠をあげて明確に認定してはいます。
どうしてかというと、国が本件の毒ガス兵器が「ソ連軍あるいは国民党軍のものである」と主張したからです。判決にもあきれましたが、それ以上に国がそんなことを主張していたと知り、更にもう一度あきれてしまいました。そんな政府を私たちは戴いているのでしょうか。
 判決は、この国の主張に限っては排斥しました。すなわち、旧日本軍の遺棄したものと認定しています。

5)付言
 判決には3ページに及ぶ下記の付言がついていると聞きました。
「毒ガス兵器の被害者や遺族は現在に至るまで全くなんらの補償も行われていないこと、被害者を補償しないことは正義にかなったものとはいえない」とし、「全体的公平的な被害救済措置の策定を望む」と付言しているといいます。
 司法としては、被害者を救済する判決は書けないが、被害の事実と日本政府の責任は明確なので、立法的解決を望む、ということでしょうか。
 であれば、裁判所はなんの役に立つのでしょうか、と思ってしまいます。


(原告の一人、李臣さん)

6)原告
 報告集会で、原告である李臣さん、孫文斗さんの話を聞きました。一審の勝利判決を覆されただけに、今回の判決と日本の裁判所、そして日本政府にとても失望していました。
 ただ、すぐ控訴すること、継続して正義の実現まで戦うとはっきりと述べました。李臣さんは「日本の裁判所、政府が応じないなら、国際裁判所へ訴えたりして追及し続ける」と話しました。大変立派だと思いました。

7)追記
 映画『苦い大地の涙から』(海南友子監督)で詳しく描かれていますので、見る機会があればぜひ御覧なればと思います。


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三多摩ピースサイクルに参加 [現代日本の世相]

三多摩ピースサイクルに参加

 
(自衛隊・入間基地へ申入書を提出)

 7月6日、9日、10日、11日の4日間にわたり、三多摩ピースサイクルがあり参加した。今年は梅雨が長引いたため四日間とも曇りで気温は上がらなかったが、時折小雨にあった。
 三多摩ピースサイクルは、8月6日、9日の広島・長崎にむけた全国ピースサイクルの一環で、三多摩地域の各自治体に平和行政について事前に質問状を送り、自転車で訪れて回答を受け意見交換する、このスタイルで十数年毎年活動してきた。継続した活動の成果として各自治体も丁寧に対応してくれるところがいくつかある。各市長からは広島・長崎市長への平和メッセージをあずかった。

 9条をめぐり憲法改悪の動きに対し各自治体の見解を問うたところ、ほとんどの自治体は国・政府の問題として傍観的な見解を述べたが、武蔵野、狛江市両市は「憲法の平和条項を尊重する」と明確に回答した。
 「国民保護法」が制定され、それに基づき各自治体では「国民保護条例」を制定し、戦争やテロ時の対応のための協議会設立し避難計画を策定されている。そして協議会には必ず自衛隊のメンバーが入っている。実際には、戦争など起きたとき、国や都から自衛隊・警察を通じて指示が入り対応する体制、すなわち「国家総動員」的な体制の一部がすでに整備されていることが各自治体レベルでも明らかとなった。
 横田基地の騒音、夜間発信訓練、軍民共用化など横田基地周辺住民と自治体の置かれている状況は依然として問題であり、近辺の五市一町として、あるいは他の自治体と共に基地負担の軽減、基地の撤去を継続して訴えていく必要があるという、現状がより明確に浮かびあがった。
 今回のピースサイクルに参加し、各自治体、住民の抱える問題と対応の現状を詳しく知ったうえで、住民・市民の人たちと連携し平和行政を定着させていく日常的な活動が大切なのだなとあらためて思った。


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沖電気 田中哲朗さん 門前行動に参加 [現代日本の世相]

沖電気 田中哲朗さん 門前行動に参加

 3月29日、沖電気の不当解雇撤回を要求し門前行動を行っている田中哲朗さんを訪れた。田中哲朗さんは毎朝、出勤時に門前で訴えているが、毎月29日は午前10時から午後3時まで門前行動を行っている。いろんな人たちが訪れて来る。
 この日は、本当に暖かく五月中旬並みの気温だったそうで、強い日差しを避けてパラソルの下でいろんな話を聞いた。
 田中さんは自分に厳しい人だが、同時にいろんなストレスや疲れを感じることもあるんだと率直に語ってくれて、この人はほんとうにウソをつかない人なんだなあとあらためて思った。
 支援に行ったのに、逆に田中さんからコーヒーやアイスクリームをいただいて恐縮した。
 近くの寺にあるしだれ桜が有名だそうなので、帰りに花見までして帰った。(寺の名前は忘れてしまった。)


<3月29日、沖電気 正門前で> <しだれ桜>


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米軍のイラク増派反対!米大使館行動 [現代日本の世相]

米軍のイラク増派反対!
占領を直ちにやめ、米軍はイラクから撤退を!

<米大使館前での集会、左側に警察官>

 2月2日午後7時、米大使館前で、ワールドピースナウの呼びかけにより、米軍のイラクへの3.5万人もの増派に抗議する集会が行われた。
 参加者は夕闇のビジネス街・官庁街に、米軍のイラク増派反対!占領を直ちにやめ、米軍はイラクから撤退を!の声をとどろかせた。

 1月10日、ブッシュ大統領は2.1万人の米軍をイラクに増派する「新戦略」を発表し、すでに第一陣が送られた。実際には2.1万人ではなく、3.5万人に増員された。現在13万人ものイラク駐留米軍の縮小・撤退どころかさらなる増派は、歯止めのない殺戮と暴力を一層拡大し、米軍と米政府の犯罪を重ねるものである。
 イラクでは、一日で100人以上の人びとが殺されており、その数は増え続けている。このようなイラクの破壊、軍による暴力的な支配、大量の殺戮は、ウソで塗り固めた口実で始めた米国の戦争と占領がもたらした。
 戦争を始めた米政府は自らの誤りを率直に認めて謝罪し、直ちに戦争を終わらせ、軍隊を引き上げるべきだ。


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日野でフィリピンの人たちとクリスマス会 [現代日本の世相]

フィリピンの人たちとクリスマス会

<12月10日、日野でクリスマス会>

12月10日の午後、アミーさんが亡くなってちょうど一年のこの日、三多摩地域に在住のフィリピンの人たちを中心にクリスマス会を持つことになり、カサナグの会からも参加させてもらった。
手作りのフィリピン料理やデザートなどたくさん準備されて、いろんな知り合いの人たちが来てくれて、元気なことを確認しあったのだと思う。初めて見る人もたくさん。50人近くは入れ替わり参加した。
フィリピンの人たちのこういうパーティの楽しみ方はパワーに溢れていて、はじけたように歌や踊りをみんなで楽しむ。こういうとき日本人にはみな同じように臆して、芸もなく眺めているばかり。
クリスマス会と一緒にしたとはいえ、自分たちがにぎやかに楽しみながら故人を偲ぶこんなパーティは、フィリピンスタイルなのだろうけれども、明るくてすっきりしていてなかなか素敵だった。


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山本製作所は解雇を撤回せよ!、交渉に応じろ! [現代日本の世相]

山本製作所は解雇を撤回せよ!、交渉に応じろ!

<12月5日、山本製作所前での抗議行動、韓国山本製作所労働組合代表三名とともに> 韓国・馬山経済区に進出している山本製作所の子会社が一方的に閉鎖され、働く韓国労働者61名が解雇された。山本製作所は時計の文字盤などを製造する部品会社でシチズンなどへ製品を納入している。 韓国・山本製作所労働者と労働組合は、工場閉鎖と解雇に抗議し四度にわたり来日し、板橋本町にある山本製作所本社に交渉を求めている。しかし山本製作所は一切の交渉を拒否し続けている。 12月5日夕方、東京総行動の一環として韓国山本製作所労働組合代表3名と支援する200名以上の労働者とともに交渉要求したが、山本製作所はこの日も門を閉ざし一切の交渉を拒否した。 このような不当な態度を取り続けている山本製作所を許してはならない。


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丸木美術館を訪れる(2) [現代日本の世相]

丸木美術館を訪れる


<美術館西、都幾川沿い> 丸木美術館を訪れるに際し、『女絵かき誕生』丸木俊(朝日選書1977年8月20日発行)を読み直した。非常にいい文章であることに、あらためて感心した。 論理的ではない。簡単で具体的な言葉しかでてこない。その時々の自分の考えと感情を、適切にスケッチするかのように書かれている。 論理的には飛躍するところもあるが、それは感情の流れに従ったもので決して不自然ではなく、独特のリズムをつくっている。 本当のところを描き出そうとする画家の志向が、文章に表れている。 絵かきの文章とはこういうものなのだと思ったのだ。 中川一政の文章にも同じような特徴を感じたことがある。 以下の本をよみなおした。 ・『女絵かきの誕生』 丸木俊  朝日選書93 1977 ・『流々遍歴--丸木位里画文集』 丸木位里 岩波書店 1988 ・『池袋モンパルナス』 宇佐美承 集英社 1990


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沖電気・不当解雇 門前闘争25年、田中哲朗コンサート [現代日本の世相]

沖電気・不当解雇撤回
門前闘争25年、田中哲朗コンサート

10月27日、八王子クリエイトホールで田中哲朗さん25年コンサートが行われた。約100名が参加した。

沖電気による不当解雇に抗議し続けて25年、田中さんは現在もなお毎日門前で抗議行動を続けている。不当なことは不当とはっきり言い続け、行動し続けること、これは決して容易なことではない。

日本では民主主義は会社の門をくぐると消える。会社のために個人の人権は無視される。会社は社員に全人格的に従うことを求める。このような情況はなんら変わっていない。労働組合はだんだん力を奪われ、告発する勢力はより少なくなっている。

コンサートには、国労闘争団や日の丸・君が代不規律で処分された根津公子さんも参加し、闘争の現状を訴えた。民主主義を要求し闘う人たちが田中さんの周りに集まってくる。
身の回りで起きた人権侵害、自分自身に起きたことに、すぐ抗議の声をあげ行動しなければ、民主主義を確保し続けることはできない。

田中さんは問いかける。たとえばあなたは、憲法改悪反対の署名を近所で集められますか?あなたは職場の人に話しかけることができますか?と。こんなことが民主主義を確保し拡大する上で、本当に大切なことなのだ。そんなあたり前なことをわたしたちは思い知らされる。ああだからこそ、田中さんはわたしたちにとって大切な存在なのだ。

コンサートだから、もちろん田中さんは演奏し歌い、そして、歌の合間にこれまで起きたこと、考えたことをたくさん喋った。演奏は不当解雇への抗議、歌は人権無視への告発。田中さんの歌は、田中さんの生きてきた道筋と一体のものだということがよくわかる。

日本の民主主義の欠陥を、田中さんは告発し続けてきた。25年告発し続け、これからも告発していく。わたしたちも一人ひとりがこの先、田中さんのように振舞わなければならない、そう思うのだ。


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丸木美術館を訪れる [現代日本の世相]

丸木美術館を訪れる


美術館前にある丸木スマの像

10月14日、三鷹プロジェクトの呼びかけで25名が集まり、丸木美術館を訪れた。この8月、三鷹で丸木美術館支援のための「原爆の図」パネル展示が行われた。財政的に厳しくこのままでは運営が困難になるという訴えが丸木美術館からあり、パネル展示はこれに応えたもので、参加された方々から総額37万円の寄付を集め、美術館に渡すことができた。

ただ、パネルは本物の絵ではないので、やはり美術館に行きたいという声が参加された方からあがり、今回の企画になった。

秋晴れの一日であった。また美術館の周囲は自然が豊かで本当に良いところだ。ここの自然は、生家近くの太田川べりと似ており、丸木位里が好んだといわれる。

北朝鮮の核実験を口実として、中川昭一自民党政調会長、麻生太郎外相らが、日本の核武装化を示唆する発言を意図的に繰り返しており、非常に危険な道へと歩み出そうと企図している。決して「本音が漏れた」のではなく、意図的に発言し、明らかに国民の反応を測っている。

その議論は、日本支配層にとって損か得かという点に集中している。
反対の声も、「アメリカ政府の機嫌を損ねるから、今は時期が悪い」というものがほとんどであって、悲惨な被爆死、核戦争被害に反対する観点の主張が、きわめて少ないのは驚くべきことだ。

このようなときにこそ、丸木夫妻の「原爆の図」をはじめとする画業は、あらためてより多くの人びとに、若い世代に伝えられなければならない。

今後も丸木美術館支援は続けたい。


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丸木美術館を支えよう [現代日本の世相]

丸木美術館を支えよう
丸木美術館 玄関

丸木美術館から「原爆の図」パネルを借り出して、8月2日(水)から7日(月)まで、三鷹市市民協働センターで展示を行いました。丸木美術館をいつまでも維持、運営していただきたいということがその目的です。この展示を行うのに「三鷹プロジェクト」を立ち上げ、賛同人を募りました。新聞各紙の報道、NHKの放映もあり、多くの皆さんが賛同いただき、参加いただきました。
これを機会にぜひ丸木美術館を訪れていただきたいと思います。

期間中、丸木美術館への寄付もたくさんいただきました。8月6日(日)には、鎌仲ひとみ監督「ヒバクシャ」上映会と監督の講演には、78人が参加いただきました。丸木美術館支援ということで、鎌仲ひとみ監督は無料で講演と「ヒバクシャ」上映を引き受けてくださいました。
また、丸木美術館発行「原爆の図」などのいくつかの画集も販売しました。
これら寄付と売上げは、賛同いただいた方々の平和を求める声とともに、丸木美術館にお渡しします。

丸木美術館や丸木夫妻の仕事に対する、多くの方々の支援の気持ちを、あらためて感じましたし、丸木夫妻の「原爆の図」など絵を通じた平和を求める活動の偉大さを再認識することができました。

特に最近の日本政府が、イラク戦争への荷担や北朝鮮に対するヒステリックな対応のなかに、多くの人々が戦争への懸念、不安を感じており、熱心な参加、賛同があったと思います。
                        
                          ----------「三鷹プロジェクト 賛同人」---------


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三鷹で「原爆の図」パネル展を開催中 [現代日本の世相]

三鷹で「原爆の図」パネル展を開催中
-----------「Peace Memorial Day」 三鷹プロジェクト-----------------------

8月2日(水)から7日(月)まで、三鷹市市民協働センター(℡:0422-46-0048)二階展示スペース(三鷹駅南口から徒歩13分)で、丸木位里、俊さんの「原爆の図」パネル展を行っています。「原爆の図」パネルは丸木美術館から、借り出したものです。

丸木位里、俊夫妻は作品、「原爆の図」、「南京大虐殺の図」、「アウシュビッツの図」、「水俣の図」などを通じて、戦争をはじめとする人間の手で引き起こされた社会的犯罪を告発してきましたし、現在もなお告発し続けています。美術館は、作品の保存管理、画業の整理・研究、展示、普及などさまざまな活動を行ってきています。この丸木美術館を、永遠に維持し、発展させなければなりません。
「丸木美術館は、世界に誇る平和美術館として、平和を願う人々と結びつき、維持発展していかなければなりません。」(丸木美術館:丸木美術館友の会入会の訴えから)
この丸木美術館維持のため、「丸木美術館友の会入会」の呼びかけが行われています。

なお、丸木美術館友の会入会の連絡は、丸木美術館へ。
友の会一般会員 一口2000円、維持会員 一口5000円、特別会員 一口10000円
〒355-0076 埼玉県東松山市下唐子1401
℡:0493-22-3266
http://www.aya.or./~marukimsn/

パネル展の会場で、下記のビデオ上映、講演などもあわせて行われます。
8月5日(土)には、ビデオ上映
 午後1時30分~3時    映画「にんげんをかえせ」(カラー・29分)
                 映画「予言」(カラーアニメ・85分)
 午後3時~6時       紙芝居「太平洋蛸捕り物語」
                 映画「風が吹くとき」(カラーアニメ・85分)
                 映画「あんにょん・サヨナラ」短縮版(ビデオ・30分)
8月6日(日)
 午後2時~3時30分    鎌仲ひとみ監督講演
 午後3時30分~5時30分 映画「ヒバクシャ--世界の終わりに」上映
 午後6時30分~       「平和のためのワークショップ」(ロラネットによる)

よろしく

 


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「二人とも生き埋め」、東大阪二人殺人事件 [現代日本の世相]

「二人とも生き埋め」、東大阪二人殺人事件

東大阪の大学生・藤本翔士(21)さん、無職・岩上哲也(21)さんの2名が集団で暴行を受けて行方不明になっていたが、6月27日、岡山県玉野市の産業廃棄物処理場で発見された。

東大阪大学の学生・佐藤勇樹容疑者(21)、アルバイト・徳満優多容疑者(21)ら9名が同じ大学の藤本翔士(21)さん、岩上哲也(21)さんら3名を呼び出して集団で暴行を加え、一人は解放したものの、上記二人は生き埋めにされ殺された。

事件の始まり、
6月15日、殺された東大阪の大学生・藤本さんが、徳満容疑者と取っ組み合いのけんかになった。「オレの彼女に手を出した」。藤本さんの交際していた女子学生と徳満容疑者がメールのやり取りをしていたのが理由だった。徳満容疑者はかつて同大短期大学部に通っており、藤本さんと顔見知り。このけんかが周囲を巻き込んでいく。

佐藤・徳光の両容疑者は6月17日、監禁、恐喝などの容疑で大阪府警に被害届を出していた。届出によると二人は16日、藤本さんら5人から暴行された上、車で5時間にわたって連れ回され、ガソリン代として5千円を取られた。更に「次の週までに慰謝料として50万円もってこい」と脅された。このとき岩上さんは山口組系暴力団の関係者を名乗ったという。

「慰謝料」を要求され徳満容疑者らが頼ったのは、佐藤容疑者の中学時代の同級生の無職・小林竜司容疑者容疑者(21)。小林容疑者は地元の友人を集めた。

調べでは、18日夜「慰謝料を払います」と言って藤本さん、岩上さんら三人を地元の岡山に呼び出し、9名で待ち構え、岡山市の路上や公園で暴行を加えた。ゴルフクラブや特殊警棒、金づちで頭や腹を殴り、更に近くの産業廃棄物処理場に移った。暴行は20時間以上続いた。
誰かがパワーショベルで穴を掘った。「埋めたる」と言いながら殴り、血を流して意識がもうろうとした藤本さんは穴に倒れ込んだ。その上に土がかけられたという。

藤本さんの遺体は複数の大きな石とともに見つかった。小林容疑者らが埋める際、石を投げつけたと見られる。近くの土中から岩上さんの遺体が両手を縛られた状態で発見された。

-------------------------------------------------------------
事件の詳細はいまだ完全には明らかになっていない。しかし、事件の特徴のいくつかは、十分にわたしたちを驚かせるものだ。

第一に、無職の青年が多く目立つことだ。

第二に、徳満容疑者が女子学生とメールのやり取りをしていたそれだけのことが、「オレの彼女に手を出した」として最初の学生同士の争いになる。ここで女子学生はまるで男の持ち物であるかのように扱われている。女子学生だって自分の意思でメールのやり取りをしていたのか、そうでないのか?

第三に、争いが簡単に暴行、恐喝へと進んだことだ。程度を知らないでいきなりエスカレートしている。しかも、「慰謝料」としてその要求が表現される。金に換算されるのだ。

第四に、殺された岩本さんが暴力団関係者であるとほのめかし、暴行が簡単に殺人にまで進んだこと。「恐怖」がエスカレートしている。

人間関係のトラブルになったとき、力以外で解決することができない。力はエスカレートすることしか知らない。双方が力におびえ、虚勢を張って、暴行がエスカレートしたように見える。

双方ともよく似た者同士である。現代日本の若者の特徴的な特質が現れているように見える。この特質は現代日本社会の特質をそのまま反映している。


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「ニッポン」と「ニホン」 [現代日本の世相]

「ニッポン」と「ニホン」

サッカーのワールドカップでの報道では、NHKでも民放でもアナウンサーはすべて「ニッポン」と発音する。ゲストが「ニホン」と言ったとき、「ニッポン」とあとから言い直して言葉を重ねた。
アナウンサーの教育では「ニッポン」と発音するように指導されているのだろう。
果たして「ニッポン」と統一される必要があろうか?

わたしが中学生の時、「ニッポン」と「ニホン」の違いについて担任教師は次のように教えてくれた。

「大日本帝国憲法(だいにっぽんていこくけんぽう)」が「ニッポン」であり、「日本国憲法(にほんこくけんぽう)」が「ニホン」であると。そして、教師である彼が言うには、自分は「ニッポン」では戦争を想起し、「ニホン」で平和を想起すると。

発音の違いが、必ずしも戦争と平和の違いとは断定できないけれど、ただその教師の思いは、いまもありがたく受け取っている。


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「ばれないようにすりゃあよかった!」 [現代日本の世相]

「ばれないようにすりゃあよかった!」

青少年が受け取るべき教訓。

日銀・福井俊彦総裁、村上ファンドへ1千万円投資し、1473万円もの利益を得ていた。しかも、2006年2月になって村上ファンドに解約を申し入れている。村上ファンドへの捜査が及んでいることを知って、急ぎ解約したものと疑われても致し方ない。
これは、6月5日村上世彰被告が証券取引法違反容疑で逮捕されて始めて明らかになったことだ。しかし、あくまで日銀総裁としての「道義的責任」であって、法的には責任はないとされている。事実、村上ファンドに投資しているオリックス・宮内会長は何も追及されていない。

早稲田大学理工学部学術院・松本和子教授が、国の研究費(振興調整費)を投資信託で運用した。そればかりでなく、松本教授は自身が監査役を務めた企業との架空取引の疑惑もある。

村上ファンド・村上世彰被告が、6月26日、5億円の保釈金を払って保釈された。村上世彰被告の証券取引法違反は、ライブドアとの話し合いの際に日本テレビ株購入予定の情報を知ったうえで、ライブドアへの売買を想定し日本テレビ株を購入した点にある。それ以外の点は問題ない。これはライブドアの宮内らの供述から明らかになってしまった。彼の払った保釈金は「正当な」彼の収入から支払われたものだ。

ライブドアの堀江被告らの逮捕は、子会社の収支を赤字であるのに黒字と偽装した点にある。それ以外に違法なところはないとされる。彼らも「正当な」彼の収入から保釈金を支払って保釈された。ともに六本木ヒルズに現在も住んでいる。

いずれにせよ、彼らに共通するのは、たまたまこれら事実が明るみに出たことだ。明るみに出なければ追及されることはなかった。

彼らが事件から汲み取ったであろう教訓は、「ばれないようにすりゃあよかった!」である。
村上被告も堀江被告も、以前の地位は失ってしまった。楽天・三木谷社長やYUSEN・藤田社長、あるいはオリックス宮内会長たちと、なんら違ったところはない。違法であったとしてもそれをばれないようにやることが重要なのだ。目立ちすぎて狙われただけのことなのだ。既存の資本家、資産家の人たちにもっと低姿勢で根回しも行って少し分配もしてやってこなかったので、狙われただけのことなのだ。

日本社会はずいぶん進化して「アメリカ的」になった。


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サッカーワールドカップ、横並びの熱狂 [現代日本の世相]

テレビのどのチャンネルを見てもサッカー日本戦の映像ばかり繰り返して写している。1998年フランスでのワールドカップの時に、「休暇が取れないので、仕事をやめてフランスへ観戦に行った若者」を紹介していたのが記憶に残っている。彼はその後どうしたのであったか。
サッカーワールドカップの騒ぎに戸惑ってしまう。クロアチア戦の視聴率は70%近くになったという。

試合前の君が代の演奏の際に、中田英寿が大きく口をあけて歌っていたのを見たのは、軽い驚きだった。数少ないTV インタビュウからの印象だが、彼は波風を立てないで周りとすぐ妥協する日本的習慣から遠く、自身の主張をそのまま表現する日本人的でない若者と見えて、その点密かに好感を持った。中田を含む日本選手代表は、確かに「現代のヒーロー」である。

わたしには、サッカーを含むどのスポーツに関しても観戦は嫌いではないが「ニッポン、勝て」という思い入れはない。もちろん、サッカーそのもの、あるいは選手それぞれがいやなのではない。
そうではなくて、最近の政治家が得意げに言う「愛国心教育」の声高な主張と呼応するものを感じて、不安になるのだ。観客のすべてが、あるいはTV 観戦する誰もが、「自主的に」興奮して熱狂し、自然に「ニッポン」と叫んでいる。もちろん、トップ・レベルのゲームを観ることは楽しいし、つい観てしまうのだが、アナウンサーが「ニッポン」と叫び、観客が頬に日の丸をペイントしているのを見ると風景を見ると、ウーンとうなってしまう。

「君が代」や「日の丸」、あるいは祖国に対する忠誠がいつのまにか押し寄せてくる風潮には日々閉口している。
そんなことを強制されなくても、日本人の長所や美点はそれとして大いに認め、短所や欠点は冷静に省みることはできるし、そうしてきた。その伝統のうちにありたいと願う。「国として」ではなく「日本人の特質」として、対置すべき自己認識と批判がなくてはならないのではないかと思う。
しかし、そのようなプロセスがすっ飛んで、「国としての日本」、すなわち「君が代」や「日の丸」、あるいは「祖国に対する忠誠」が押しつけられているのだが、これと呼応するかのように、WBCやサッカーワールドカップなどのような機会に別の形で人々が熱狂し、その熱狂がそのまま「ニッポン」に収斂されるようで、非常に不安だ。

さて、ニッポンはオーストラリアに敗れ、クロアチアと引き分けてしまった。決勝リーグ進出にはブラジルに3点差以上で勝つしかない。
観戦しての印象だが、サッカーはハードなスポーツだとあらためて知った。90分間走り回らなければならない体力消耗戦であり、体のぶつけ合いではある意味格闘技に近い。
二つの試合を見て感じるのは、公平に見て日本チームの実力は、「FIFA18位とされているより、かなり低いのではないか?」と。
敗戦のあと、TVのアナウンサーや評論家は、しきりに「あきらめるな!」「奇跡を起こせ!」を叫ぶ。「神風が吹く!」といっているようにさえ聞こえるのだが、少々うがち過ぎだろうか?

(追記)6月22日
試合前の「君が代」斉唱のことで知人から、次のようなことを教えられた。以前、中田英寿選手は試合前の「君が代」斉唱の折、歌っていなかったことがあり、マスコミで取り上げられ非難された。それ以来、カメラは常に中田の口元に注目している。この騒ぎに嫌気がさしたことが、彼がヨーロッパのチームに移籍した理由の一つであるというのだ。


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共謀罪法案、危険な事態 [現代日本の世相]

共謀罪法案、危険な事態

6月1日、自民党は共謀罪法案の民主党案を丸呑みし、この成立を狙った。当初、国会会期延長はないとして、今国会成立はなくなったと安心させたスキに成立を狙うという姑息な手段にでた。
6月2日、共謀罪法案が成立してしまうのではないか、との危機感が広がり、国会周辺に抗議する人たちが急遽集まりその推移を見守った。
幸いにして、民主党の審議拒否、自民党内からも「民主党案丸呑み」への反発があり、成立しなかったが、非常に危険な事態に一時陥ったのだ。
自民党は、批判の世論が盛り上がらないうちに成立させてしまおうとしたのだ。「いったん成立させてしまい、その後修正すればよい」という自民党・細田国対委員長の思惑にも現れている通り、引き続き危険な状況には変わりない。

6月2日午後5時の院内集会に参加したが、本当に緊迫した雰囲気で、参加者皆が緊張していた。
共謀罪法案は修正すればいいのではない。廃案以外に正しい態度はない。


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5月31日、立川・反戦ビラ裁判、集会とデモに参加 [現代日本の世相]

5月31日、立川・反戦ビラ裁判、集会とデモ

2004年4月27日、自衛官とその家族に向けてイラク派兵反対を呼びかけるビラを防衛庁立川宿舎に配布したことが、住居侵入罪にあたるとして「立川自衛隊監視テント村」の三名が逮捕、起訴されたあげく、75日間も勾留された。
2004年12月16日、東京地裁八王子支部はビラ入れは「政治的表現活動」として無罪判決を出した。しかし、検察は控訴し、控訴審の東京高裁は2005年12月9日、逆転有罪判決を下した。三名の被告は、即日最高裁へ上告した。

5月31日、午後一時に最高裁へ上告趣意書を提出し、夕方星陵会館で集会を行い、集会後最高裁へデモがあり、この行動に参加した。

「ビラ入れだけで逮捕され、裁判で有罪となる」とは本当にひどい。しかも「イラク派兵反対」のビラなので警察や権力は、明らかに狙い撃ちにしている。裁判所が権力の意向を汲んで判決を書いている。東京高裁の判決などそれだ。


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