So-net無料ブログ作成
検索選択
世界の動き ブログトップ
- | 次の30件

アラブ世界とトルコ [世界の動き]

 アラブ世界の政治的変化が続いている。
 
 2008年前の循環において、欧米より新自由主義による近代化が、アラブ世界を一部をとらえた。2008恐慌は、その近代化した社会を揺り動かした。また同時にこの地域におけるアメリカの影響力後退も明らかになりつつある。そのような新しい条件下において、アラブ世界の再編がすすんでいる。
 イスラム世界に対する無根拠な宣伝や批判が、欧米日で広がっている。イスラム社会を一色で塗りつぶして理解する傾向が、われわれのあいだにもある。

 そのようななかで、最近のトルコの動きについて、興味深い報告がありそれを聞く機会があったので、以下に紹介する。なお、聞いた者がまとめたか限りの紹介であるので、文責は紹介者にある。(文責:林 信治)

---------------

「トルコの視点」 
佐原徹哉氏(明大教授)

パレスチナ「土地の日」連帯集会、2012年3月31日、文京区区民センター


トルコとアラブ世界、パレスチナ問題
 トルコ人はトルコ語を話す。アラブ人はアラビア語を話す。オスマン帝国時代にアラブを支配してはいたが、必ずしもアラブ人に対する民族的な抑圧状態が続いていたわけではない。
 20世紀に入るとヨーロッパによる植民地支配という「転換」があった。トルコ人からすると「アラブはイギリスにそそのかされてアラブの大義を裏切ったから植民地化された、トルコはムスタファによって何とか踏ん張って植民地化の危機を乗り越えた。トルコとアラブは違う」という認識が存在する。
 パレスチナ問題もトルコではこれまで「遠い問題」だった。しかし、最近このような見方が変化しつつあり、イスラエル批判が高まっている。戦後ずっと、トルコは親米政権であり、イスラエルと友好的であったが、この3年くらいトルコ政府はイスラエルのパレスチナ政策を厳しく批判するようになった。

トルコ政治史の変化 
 2000年頃から、トルコ経済がよくなってきた。1950年代から80年代までは途上国とされてきたし、親米政権による「近代化」が進めば進むほど、トルコの人びとの暮らしは苦しくなっていた。
 2000年以前は、インフレがひどかった。高額紙幣が半年後、無価値になっていた。2000年以後、トルコリラの下落が止まり、通貨は安定した。中間層が成長してきたし、経済が改善している。アンカラやイスタンブール郊外に巨大なショッピングモールが目立ち、結構多くの人々が買い物をしているのを見ても、中間層が増大しているようであり、社会生活全般で、人々の生活がよくなっているように感じる。
 従来の貿易は、アメリカ依存であった。しかし最近では貿易相手国のトップはロシアに替わった。中国との貿易も増え、アラブ圏、中央アジアとの関係も拡大している。親米政権、米国依存のトルコから、全方位善隣外交のトルコに変わりつつある。それはトルコの自立化でもある。
 2002年、政治も変わった。総選挙で、イスラム主義の政党・公正発展党が過半数を獲得し、以後、安定政権を維持している。外交政策は、アメリカ一辺倒から、米政策に必ずしも従わなくなった。この地域におけるアメリカ、欧州の影響力の低下と相応している。

対米関係、対イスラエル関係の変化 
 第二次イラク戦争の時に、トルコはイラクに軍を送らなかった。最終的には一部使わせることになったけれども、トルコ国内の米軍基地をイラク派兵に使わせない態度を当初とった。イランとの関係改善も図り、善隣外交政策をすすめた。シリアとの関係も改善を進め、ビザなし渡航、関税なし貿易で、シリアを通じてアラブとの交易が拡大した。トルコ政府は、レバノンに仲介を試みてもいる。ガザ問題での対応でも従来の態度を変えた、などなど、これまでの反アラブ的政策を転換してきた。
 
 従来の親米政策、親イスラエル関係を変更したため、この10年間特に目立って対イスラエル関係は悪くなり、イスラエルはトルコの変化に苛立っている。
 イスラエルとの関係悪化は、2008年末はっきりしてきた。トルコ国営放送のドラマでイスラム教徒に対する迫害を描いたパレスチナ篇で、イスラエル兵がガザや西岸で行っていることをそのまま描いたところ、イスラエルがトルコ政府に正式に抗議した。しかし、トルコ政府は応じない。イスラエル外務副大臣が、駐イスラエルのトルコ大使を自分のオフィスに呼びつけ、その際、イスラエル外務副大臣が上から下に控えるトルコ大使に向かって抗議した。本来、二国関係は対等であり、トルコ大使は「対等な形式」で遇されなければならない。そのためトルコ政府が抗議した。

 ガザへの人道支援船問題が起きた。当初、イギリスの人道支援団体が2009年の暮れにトルコからトラックを手配して陸路から入れようとした。トルコのNGO組織も熱心に支援したが、イスラエルが邪魔をした。それで船でエジプトを中継したが、今度はエジプト政府が妨害する。それ以降、人道支援活動をトルコのモスリム系難民支援団体「人権と自由基金」が中心に担うようになり、2010年5月、海路で船団を組織した。ガザに入る前に公海上で、いきなりイスラエル空軍が何の予告もなく襲撃し、船団に下りてきて7名を虐殺し、27人を負傷させた。イスラエルは、例によって、「領海内に入った、警告目的で船に降り立ったら攻撃されたので正当防衛のため反撃した」とデタラメを並べて強弁している。
 トルコとイスラエル関係は悪化した。米・イスラエル・トルコの共同軍事演習は中止されたし、トルコ政府は、イスラエル軍機によるトルコ領内飛行を禁じた。

 
アラブ世界でトルコの権威が増す
 この政治的プロセスで、トルコ首相エルドリアンが、アラブ世界のなかで権威を増し、「英雄化」していく。アラブ世界はトルコに好感を持ち、友好関係が深まっていった。2011年のアラブ「民主化」過程でも、エルドリアン首相の発言が重視されていく。
 
 エルドリアンは公正発展党のリーダーであり、党はもともとイスラム主義者の政党である。現トルコ政権の対イスラエル政策は、かなり強行であり、ある意味「性根」が座っているように見える。国民も支持している。
 トルコ政治史が根本的に変わったと評価している。

政権党 公正発展党とは? 
 もともと、ムスタファ・ケマルによる共和人民党の一党独裁が長い期間、続いた。共和人民党は1950年に選挙で敗れ民主党が勝利した。1970年になると公正党が、80年代は祖国党が政権を担った。こうして1990年代の末まで、中道右派政権が政治を動かしてきたが、そのいずれの政権も、露骨にアメリカびいきであった。選挙で政権が変わっても親米政権のままであり、何も変わらなかった。経済政策、外交政策ともにアメリカに依存、もしくは隷従していた。
 
 2002年の選挙で、祖国党が敗れ、公正発展党が政権をとった。共和人民党、民主党もともに少数派に転落した。トルコでは10%以上得票なければ、議席を得ることができない。民主党、祖国党とも10%以上得票できなかった。次の選挙ではまたもとに戻ると思われていたが、2011年選挙でもともに数%しか取れなかった。共和人民党、民主党、祖国党などこれまでの政権党はほとんど政治的影響力を失い、2012年には祖国党は民主党に吸収された。親米政党が国会で議席を完全に失ったのである。

 公正発展党はイスラム主義ではあるが、かなり「穏健」な党であり、西欧的な経済発展や、近代的な原理、民主主義を取り入れており、いわゆる「イスラム原理主義」政党ではない。
 公正発展党は、2002年以降、「ムスリムでも経済を発展させることはできるし、外交も進めることはできる」実績を作り上げてきた。そのようなメッセージが国民のなかに広く肯定的に受け入れられてきたし、アラブ世界にも受け入れられてきた。

 従来のパレスチナ連帯は、これまで「反帝民族解放路線」か、または「イスラム主義、アラブ民族主義」の主張のいずれかであった。イスラムの民族主義とは、例えばアヤトラ・ホメイニの考え「アラブの土地が異教徒に支配されおり、ムスリムの手に取り戻さなければならない」というものである。
 公正発展党も、ほぼ同様に考えていると思われるが、この主張を「人権」という言葉で主張する。「モスリムであるため、人権侵害を受けている。この人権侵害を回復しなければならない」。欧米世界で受け入れられる論理で主張するところに特徴がある。そして、欧米の人権外交は「ムスリムの人権侵害を無視していて、ダブルスタンダートである」と批判する。
 2010年のガザ人道物資支援に対しても、公正発展党は、PLOやハマスの闘争には触れないで、抑圧されているムスリムへの人道支援を支持すると、同様のロジックで対応した。

 「スカーフ」問題 
 「スカーフ」問題が象徴している。トルコ政府・公正発展党は、「誰しも公の場でスカーフをかぶる権利を持っている」とする。すなわち、「かぶりたい者には、かぶる権利があるし、かぶりたくなければかぶらなくてよい」というもの。従来トルコでは、「公の場では法律でスカーフをかぶってはいけない」と決められていた。
 最近、フランス国内でフランス警察官が、スカーフを冠ったムスリム女性から、無理やり引きはがした事件が起き、フランスのサルコジはこれを擁護した。
 どちらが「民主主義的か」は比べるまでもなかろう。

 トルコ女性のスカーフ着用は、実際のところ減っている。一時、社会問題となったが、政府が「スカーフを着用する権利を認める」としたら、政治争点化しなくなり、鎮静化してしまった。暑いし臭いので、常に着用するものではない。
 イスラムへの弾圧や人権侵害に対する抗議、イスラムの自決権・人権の要求が、「スカーフ問題」として表れているのである。

2008恐慌、欧州経済危機とトルコ経済について
 トルコは、かつて2000年に恐慌を経験し、IMFの管理国家になった。ただし、2008年の世界恐慌、欧州危機の影響はほとんど受けなかった。
 むしろ逆に、欧州経済危機の時に欧州資本の一部がトルコに避難してきている。トルコ経済は、2009年は縮小したものの、2010,2011年は経済成長した。世界で2番目の成長であった。そのような意味では2008恐慌の影響が最も少なかった地域であり、経済であった。現在のところ、活発な資本の流入が、トルコ経済をけん引し、拡大基調にある。ただし、資本余剰もみえはじめ、最近は不動産投資が目立っている。バブル的な段階かもしれない。いずれにせよ、トルコ資本は蓄積も小さいので、当然のことトルコ経済がホットマネーに依存しているのは事実である。

「アラブの春」について
 欧米日のメディアは、独裁と反独裁、善と悪に、塗り固めて報道している。そこには欧米日政府の利害が表現されているのであって、惑わされてはならない。実状はそれほど単純ではないし、一様に表現できるものでもない。ただ、シリア・アサド政権打倒へすすむ可能性は否定できない。
 反独裁、民主化と言った時、トルコでは「軍、親米派、世俗主義」への批判となる。トルコ親米派は、とても腐敗した人たちで、公正発展党が、親米派に対する批判の根拠にしているのは事実である。ただし、公正発展党が腐敗していないという意味ではない。

現代におけるアラブ連帯、パレスチナ連帯 
 アラブ連帯、パレスチナ連帯の内容は、今日の政治的社会的関係のなかで変わってきている、そのなかで今後どのようにしていくかを考えなくてはならない。
 公正発展党の政策をすべて支持はできないが、この党の対応、トルコ政府の対応は、理性的であって、国民やアラブ世界からも好感をもって支持されており、今後、見守っていく必要がある。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

現代自動車は恥を知れ! [世界の動き]

 現代自動車は恥を知れ!
HUNDAI.jpg

   カイサカ声明2011年11月12日

 2011年6月からこの5ヵ月の間、韓国・家族・男女平等省の外に、一人の女性が不当解雇に抗議の座り込みを行ってきました。韓国の最大手自動車メーカー現代自動車社における度重なる性的な嫌がらせを行った雇用者と会社へ反抗した報いとして不当解雇されたことに対する抗議の座り込みでした。

 朴さんは、アサン(韓国では半年ごとに更新される契約労働で)14年間、現代自動車工場で働いてきました。 無力の契約労働者がだまされた典型的なケースで、朴さんが工場長の虐待に対して頼るものがないので、抵抗して経済に困る事態に直面するよりは、横暴を受け入れると考え、工場長は彼女の不安定な地位を利用しました。この男は、誰と仕事をしているかまったくわかっていなかったです。

 2009年4月のはじめ、工場長は時間外に朴さんを呼び出し、朴さんが工場長の命令に従わないと、攻撃的な言葉を投げつけ、セックスを強要し脅しました。 工場長が職場で体に強制的にさわった直後、朴さんは同僚に虐待を訴えました。 申し立てが広がり、企業が状況をかぎつけたとき、朴さんは仕事から3ヵ月賃金削減と6ヵ月出勤停止で罰されました。朴さんの虐待者がメンバーである会社の特別委員会が朴さんは会社の評判を「傷つけた」と決定し、彼女は最終的に解雇されました。

 ああいや、それだけではありませんでした。
 直後に、朴さんは工場に対し女性一人用の抗議テントを準備しましたが、会社から攻撃されて強制的にテントを張った場所から追い出されました。それで朴さんは法的措置をとり、人権韓国全国委員会を通して彼女の不当解雇を訴えて、主張通り当件を性的いやがらせと認定させ、現代自動車に損害賠償するよう命令を勝ち取りました。しかし現代自動車は委員会の調査結果を無視しました。また韓国政府は会社に責任があるとみなすことを拒否しています。

 最小限の正義のための朴さんの闘争は長い、難しい闘いであることがわかっています。韓国政府が現代自動車から注文を受けている事実があり彼女を抑えつけるのですが、朴さんはこの不当な扱いを拒否しました。資本主義的暴力に立ち向かう朴さんの表明は、 虐待的な雇い主に立ち向かうすべての女性労働者に勇気と粘り強さを与えるものです。

 カイサカは、工場長の行為も、現代自動車経営者の行為も、ともに糾弾します。私たちは朴さんのケースが契約労働者の弱い立場に光を当てていると思っています。 契約労働者化は性的いやがらせを過少報告してしまうことになりますし、職場での虐待に対して女性を保護するための苦労の上獲得した法律を元に戻してしまうのです。

 朴さんは、会社に対抗して立っている最前線で「ただ一人の女性」というだけではありません、それ以上です。 彼女は、資本主義的家長制度に対する私たちすべての女性労働者の闘いを体現しています。

 朴さん支持の国際的な抗議は、力が持続しているということを証明します。 より多くの力が、数字以上あります。当声明は彼女とすべての韓国の女性労働者に対する私たちの支持の正式な表明であるとともに、この声明を通じて私たちは支持の声を届けまた広めます。




nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

ウォール街占拠運動― やっと発見された人々の連合体 [世界の動き]

 ウォール街占拠運動― 
  
    やっと発見された人々の連合体

 1)ウォール街占拠運動は、アメリカでは久々の左派の大衆運動
 ウォール街占拠運動は、アメリカでは久々の左派の大衆運動であって、2000年ワシントンでのIMF会議、1999年WTOシアトル会議での反グローバリゼイションデモ以来である。それらはしかし局地的、短期間であった。今回のウォール街占拠運動は全米に広がり、さらに全世界に広がろうとしている。しかも2か月継続している。
 今までの大衆運動とはまったく異なる新しい特徴、数々の「魅力」を備えている。
 運営の仕方、人々の集まり方に特徴がある。ウェブサイトを利用した直接民主主義、現代の状況に見合うように自主的な自発的な人々の参加を可能にした人々の自由な連合体、アソシエイションではなかろうか。マルクスのいう批判的アソシエイションの一つの姿を示しているだろう。

 またその批判の内容も、注目に値する。
 9月29日採択されたニューヨーク市民総会(フリーダム公園)の第一「公式」声明
"Declaration of the Occupation of New York City"
 http://nycga.cc/2011/09/30/declaration-of-the-occupation-of-new-york-city/]にその主張は明確に表現されている。
 アメリカと世界の富が1%の人たちに握られていること、この富の偏在こそ、あるいは富の偏在をもたらす現代の社会関係こそ問題であるとし、その変革を主張している。至極まっとうな、まっすぐな要求、声、叫びである。

 同時に、企業と企業活動が、現代における反社会的な存在であると明確に告発している。
 「…民主主義的政府の正当な権力は人民に由来するが、企業は誰に同意を求めることもなく人民や地球から富を簒奪しており、民主主義のプロセスが経済権力によって決定されている間はいかなる真の民主主義も実現不可能であるという現実を認識している。」

 「人民よりも自分たちの利益を、公正よりも利己的な関心を、平等よりも抑圧を優先するさまざまな企業が私たちの政府を動かしているこのとき、あなた方に呼びかけている。私たちは…ここに平和的に集まっており、それは私たちの権利である。」という現状認識を示している。
 世界の99%の人たちは、「…世界の企業勢力によって不当な扱いを受けている」こと、何よりも利益実現を追求する企業活動が、富を簒奪し政府を動かし、人民の権利を踏みにじっていることを、驚くほど率直に告発している。

 2)ウォール街占拠運動はどのように運営され、支持され、広がったのか?
 自主的自発的な人々の連合体として運営されているウォール街占拠運動の実態が伝えられている。批判的アソシエイションの姿をネットから拾ってみよう。(肥田美佐子のNYリポート、鈴木頌さんのブログなどから転載)

 ◇自主的自発的な人々の連合体として運営されているウォール街占拠運動
 「…平和的な運動姿勢や民主的な横並び組織運営法、独自のウェブサイトでデモの様子をライブストリーミング配信したりソーシャルメディアを駆使したりするデジタル・コミュニケーション戦略にある。同運動には、自発的にまとめ役を買って出る若者はいるが、縦並び的な「リーダー」はいない。公園に寝泊りする参加者同士のいさかいなどを解決する「調停員」もいる。一日に2回、各2時間ずつ開かれる「総会」で予定などを討議する。当局が拡声器の使用を禁じたため、決定事項を仲間に大声で伝言していく「人間拡声器」の手法も編み出した。…」(10月11日ウォール・ストリート・ジャーナル肥田美佐子のNYリポート)

 ◇市民の支持を受け、増え続ける多様な参加者
 「さまざまな人種、性別、政治理念を持った人々による指導者のいない抵抗運動」
 「…これまで反グローバリゼーション運動などは、さほど市民からの共感を得られなかったが、今回は、ストレートな主張と若者の熱意が、長引く景気低迷に疲れた市民の心を打った…」
 「…組織はかなり確立されてきて おり、合議を導く「ファシリテーター班」、救急箱を持って歩く「医療班」、食料の寄付や調達を仕切る「フード班」がある。なかでも、メディア班は重要な役割を果たしている。広場の真ん中に発電機を備え、常に数人がパソコンに向かい、合議やデモの様子をほぼ24時間オンライ ンの動画で流すほか、ツイッターやウェブサイトの更新から、警察の暴力を撮影したビデオを動画共有サイト「ユーチューブ」に貼付ける作業をしている。」(10月11日肥田美佐子のNYリポート)

 ◇運動の始まり、全米各地への広がり
 7月13日 カナダのエコ・グループがウォール街での平和的なデモ運動を提案。これにニューヨークの若者グループが合流。カナダのバンクーバーにある環境問題を扱う雑誌「アドバスターズ」の編集者カレ・ラースンが、「9月17日にウォール街を占領しよう」との呼びかけを発表した。
 8月23日 ハッカー集団「アノニマス」がこれに賛同し抗議運動への参加を呼びかける。
 9月17日 最初の占拠運動、ウォール街占拠行動がはじまり、推定1,000人が集まる。「われわれは99%だ。強欲で腐敗した1%にはもう我慢できない」がメインスローガンとなる。デモで掲げられたプラカードの内容
  ①政府による金融機関救済への批判 
  ②富裕層への優遇措置への批判
  ③「グラス・スティーガル法」の改正による金融規制の強化
  ④高頻度取引の規制>

 9月18日 広場で「総会」が開かれる。5時間にわたる討論の後、翌日からウォール街でデモを展開することを決定。逮捕につながるような行為はせず、ウォール街の通行人を妨害しないなど平和的民主的な行動をとることを満場一致で承認。
 9月19日 広場に残った青年ら500人がニューヨーク証券取引所前を練り歩く。行動は午前9時半の株式市場 取引開始時と、午後4時の取引終了時の2回。段ボールのプラカードや太鼓・ラッパを持って歩道を歩くだけ。その後この行動が日課として定着する。
 9月19日 カレントテレビがデモを取材。以後カレントテレビは連日抗議行動を報道。取材に当たったオルバーマン記者は、「なぜ主なニュース番組でこの抗議運動が取り上げられないのか? もしこれが茶会運動だったら、主要メディアは毎日トップで取り上げているだろう」と批判した。
 9月22日 黒人人権運動のグループによる2千人のデモがウォール街占拠運動に合流
 9月23日 米Yahoo! 抗議行動のサイト名(occupywallst.org)をふくむメイルをブロッキング。ヤフーは事実を認めたうえで、スパムフィルターの誤動作によるものだとし謝罪。
 9月24日 最初の衝突 80名が逮捕、週末に合わせ全米から参加者が結集。警察は「住宅地区への行進でいくつかの通りが混乱した」ことを理由に大量逮捕に乗り出す。この取締りで80人が逮捕された。
 9月24日 弾圧の模様がインターネット上でアップロードされ、「若い女性が警察官に催涙スプレーをかけられる」場面が注目を集める。
 9月24日 100人近い逮捕者、1,000人あまりの新手の参加者が自発的にデモ行進を敢行。このデモ隊がニューヨーク市警と衝突し、100人近い逮捕者が出たという経過のようだ。
 9月25日 「アノニマス」がYOUTUBEに動画をアップロード。警察に対し「36時間以内に残虐行為があれば、ニューヨーク市警をインターネット上から消去する」との“脅迫”を発表する。
 9月26日 占拠運動、催涙スプレー事件の当該警察官の収監と警察委員長の辞任を要求。この日の夕方、映画監督マイケル・ムーアがリバティ・プラザで演説を行う。またチョムスキーが運動を強く支持するとのメッセージを発表。
 9月28日 全米運輸労組(チームスター)に属するニューヨーク運輸業労働組合が占拠運動の支援を決議する。
 9月30日 AFL‐CIOのリチャード・トラムカ会長、「労働組合は全国レベル、地方レベルの双方で『ウォール街占拠』に参加している」と発言。
 10月02日 グーグルとツイッターが、ウォール街での抗議行動に関する記事の検閲に踏み切る。
 10月03日 ニューヨーク市中央労働組合評議会の呼びかけで、全米運輸労組ローカル、介護・看護労働者労組、全米鉄鋼労組、教員連盟、米国通信労働者組合がシティーホールに結集。占拠運動の支援策を協議。
 10月05日 ALF・CIOのトラムカ議長、「ウォール街に説明責任と雇用創出を求める彼らの決意を支持する」と表明。「若者の行動を横取りするつもりはない」、「われわれは全米でデモ参加者を支援し、今後も互いに協力し合っていく」と述べる。ALF・CIO(米労働総同盟産別会議)はアメリカ最大の労働センターで、1,220万人の組合員を組織する。
 10月05日 占拠運動への連帯デモ行進。参加者は1万ないし2万人規模と推定される。ズコッティ公園(自由広場)を出発し、約1キロ北の連邦ビル前まで鐘や太鼓を鳴らして「ウォール街を占拠せよ」などと訴えながら行進した。
 10月07日 AFL・CIO、占拠運動を支持することを決定。傘下の地方公務員組合連合(AFSCME)と通信労組(CWA)、合同運輸労組(ATU)、全米看護師組合(NNU)の4労組もデモに加わり始めるAFL・CIO自体が変化した。看護婦や教師やトラック運転手などの周辺産業労働者がAFL・CIOを支える時代…。
 10月11日 「ボストンのダウンタウンでも、バンク・オブ・アメリカ前に約3,000人が集結した。ほかにも、ハワイからロサンゼルス、サンフランシスコ、シカゴ、ミネアポリス、フィラデルフィア、オーランド、ワシントンDCまで、優に100カ所を超える全米の都市で同様のデモが進行中だ。」(肥田美佐子のNYリポート)
 10月12日 ロスアンゼルス市議会、「オキュパイ・ロスアンゼルス」運動を支持するとした決議を全会一致で可決。市議会による公的な支持の表明は初めて。
 10月17日 NYタイムズにクルーグマンが寄稿。「ウォール街の反応は“軽蔑した無視”から“泣き言”に変わりつつある。彼らの怒りは数百万の米国人の心を揺り動かしつつある。ウォール街の泣き言は、少しも不思議ではない」と述べる。

 3)何が画期的なのか? 
 注目すべき点がみられる。下記にまとめてみよう。

 一つ目の理由は、2008年恐慌後のアメリカ社会の荒廃がある。米国人の多くが、彼らの表現によれば「99%」が、恐慌による損失を負わされ、その生活条件を悪化させている。失業は広がり、住宅を失った人たちも多い。公園に寝泊りすることもいとわず、運動に参加する人々が多数存在する社会になったのである。背景にはアメリカ社会全体を覆う貧困の広がり、格差社会化がある。

 二つ目の理由は、その主張である。
 9月29日採択されたニューヨーク市民総会(フリーダム公園)の第一「公式」声明は、このグループの公式文書であるが、立派な内容である。
 「企業は…人民や地球から富を簒奪しており、経済権力によって民主主義のプロセスが決定されている間は、いかなる真の民主主義の実現も不可能である」と激しく現代の資本活動、経済システムを批判している。その事態に抗議し、「自分たちと隣人の権利を守らねばならず、平和的に集会を開く権利を行使し、公共の空間を占拠し、私たちが直面している問題に対処するプロセスを作り出し、すべての人々に届く全体的な解決策を作り出そう」と呼びかけている。

 三つの理由はウォール街占拠運動の進め方、組織の仕方の決定的な新しさがあることだ。広く開かれた自主的、自発的な連合体であるところにある。これがもっとも重要な特徴であろう。

 誰でも参加できるうえ、横並びで民主的平和的な組織運営がなされている。ウェブサイトを通じた情報の共有、毎日の発信がなされ、かつまたその情報は参加者だけでなく外に向かって、世界中に向かって開かれている。ウェブサイトを見て誰でも参加できるし、誰でも情報を共有できる。直接民主主義を、ネットを通じてより広範に、開かれたものとして実現しようと努力しているのがよくわかる。人々が孤立し分断されている現代の状況に相応したやり方であろう。人々の自由な参加を実現するため、自主的な自発的な連合体、アソシエイションを組織しようと苦心している。このような人々の連合体、アソシエイションこそが、もっとも重要なことであるし、この先世界の人々にとって見習うべき一つの発見された姿、連合体となるだろう。

 さらにいくつかの注目すべき特徴がある。
 一つは、運動の継続性を保持していることである。
 「…平和的に集会を開く権利を行使し、公共の空間を占拠し、私たちが直面している問題に対処するプロセスを作り出し、すべての人々に届く全体的な解決策を作り出そう。」(9月29日ニューヨーク市民総会(フリーダム公園)の第一「公式」声明)
 
 「占拠」の意味は、運動を継続させ拡大させることにある。一日限りの行動、結集ではなく、毎日活動する態勢を取り、運動の継続性を実現した。当初、呼びかけに応じたメンバーは公園に寝泊まりし、毎日総会が開かれ、決定事項が伝達され、デモに出かける。警察の弾圧、逮捕があれば即時にウェブサイトで報告し訴える。毎日これを繰り返し、そうして次々に多くの新しい参加者を迎え入れてきた。「平和的に集会を開く権利を行使し、公共の空間を占拠」する意味は、要求を訴え続け、継続的な活動をするところにある。継続したことで、様々な個人、団体の共感を獲得し徐々に、そして一挙に広がっていった。

 既存の大手マスメディアを信頼しない、頼らない、依存しないことも、特徴の一つである。大手マスメディアが「経済権力」の支配下にあることをよく知ったうえで対応している。それに代わる手段としてウェブサイトで世界中に発信した。大手マスメディアに頼れば、彼らの機嫌をうかがい、検閲を受けることを受け入れなくてはならなくなる。当初からこれを拒否して出発した。
 ヤフーやグーグルも占拠運動の発信を検閲したり、ブロッキングしようとした。占拠運動に参加する「ハッカー集団」とともにこの妨害を打ち破った。

 大手マスメディアばかりではなく、既存の政治勢力の中で活動することも選択していない。直接民主主義の考え方が貫いている。オバマ選出時の大衆的な運動が二大政党の手のひらの上で踊らされたことへの反省と批判がある。

 これまでの既存の政治勢力は、米社会の貧困化を告発する力にならなかった。二大政党制、共和党は論外としても、民主党でも現状のままでは受け皿にならないと判断している。三年前、オバマを大統領に送り出したのは、アメリカ社会の下からの新たな大衆運動であった。あの時はとにかく共和党を政権から引きずりおろさなければならなかった。
 しかし三年の経過を経て、自分たちが選出したオバマはあてにはならないことが判明した。ある意味では裏切られたと身に染みて認識した。「代表を送り出すだけではだめだ」。直接行動によって、常に圧力をかけ続けなければ、送り出した代表は変質する。直接民主主義をとっているのは、そのような反省、あるいは批判に基づいているのではなかろうか。
 何事も現実に対する「徹底した批判」から、新しい運動、新しい力は生まれてくるものなのだろう。

 4)私たちにとっての教訓

 ウォール街占拠運動は、インターネット駆使した情報の共有・発信、直接民主主義的な組織運営など、参加者に「外」に対しても開かれている自発的自主的な連合体であるところに大きな特徴がある。これまでにない魅力的な、私たちが学ばなくてはならない新しい特徴である。インターネットの技術にも習熟しなければならないし、「ハッカー集団」も呼びこみ、グーグルやヤフーのブロッキングに対抗する手段を身につけなければならない。

 今後、現代世界における大衆的な運動は、「上から指令的な運営」という組織運営のやり方から、より自主的な自発的な参加を保障する連合体に変わらなければならないことを示唆しているようだ。
 ウェブサイトを駆使して、情報の共有・発信などを可能にしたし、それらは開放的であって、誰にでも共有できる。警察による弾圧の映像も即事に世界に向かって発信することで、自分たちの運動の正当性を主張し、弾圧者を告発した。主張の発信においても、大手のマスメディアに頼らない運動を構築した。

 「上から指令的な運営」方式をとってきた既存の政党や労働組合は、1%の富裕者が経済権力を握った現代のシステムの下では、自分たちが99%の多数者であるにもかかわらず、民主主義を実現する力を持つことがまったく不十分にしかできない。個人や労働組合は、分断され孤立させられ階層化され、1%の富裕者が経済権力を握った現代のシステムに対抗できていない。この事態を覆すため、人々を再結集する運動の形態、スタイルに新しく生まれ変わらなければならない。

 新自由主義の下で個人が分断され孤立化し、人々は分断され、労働組合も分断され、これに対抗できてこなかったことが、支持や影響力を失ってきた最大の理由の一つである。
 大手マスメディアによる報道を期待すれば、マスメディアの顔色をうかがわなければならなくなる。

 5)今後どうなるか?

 ◇自主的自発的な人々の連合体を作り上げた意義は大きい
 ウォール街占拠運動が、今後どのように発展するか、だれにもわからない。彼らの要求や主張が簡単に実現するとは思われないし、実現していく道筋も明らかになっているわけではない。この先いろんな問題が出てくるだろう。
 しかしだからと言って、要求や主張が簡単に実現するかしないかで、ウォール街占拠運動の画期的な意義が変わるものではない。
 現代社会への批判・変革のための自主的自発的な人々の連合体を作り上げた意義は大きい。条件に応じてその姿を変えながら、この連合体はこの先、人々の運動の進め方の大きなモデルになっていくだろう。

 ◇どのように影響力を獲得していくか?
 ウォール街占拠運動は、既存の政治勢力、民主党の中で活動し影響力を確保していくかどうかは、まだわからない。
 というより、民主党の中で活動するようになれば、ウォール街占拠運動はその自主性・自発性を失い、開かれた性格も失い、したがって影響力を失う可能性があることは、容易に想像できる。

 2008年オバマ大統領を生み出す過程で、オバマ支持運動は、インターネットを活用しこれまでとは違った広がりと支持を見せた。資金面でも小口献金ながらネットを通じた広範な人々から、巨額の献金を集めた。有権者の多くがこれまでとは違った、自分たちも大統領選出に積極的にかかわるという姿を見せた。これまでかかわりたくとも、そして積極的に参加しても、既存の二大政党によって支配層の手の上で踊らされてきた。二大政党制によって民衆が主権から遠ざけられている現実への批判、あるいは変革の行動が必要とされていた。

 これを打ち破ってオバマを大統領に送り出した。しかしオバマは大統領就任後、彼を押し上げたその大多数の支持者たち・支持運動から離れ、あるいは切り捨てた。オバマのとった政策は、既存の支配者と相いれる内容にトーンダウンしたし、登用したスタッフの顔ぶれを見ても既存の支配者から引き継いでいる。その上オバマは、2012大統領選には既存の政治勢力、資金力で大統領選に臨もうとしており、2008年の選挙で得た広範な「草の根」の支持は期待していない。あるいは草の根の支持はもはや得ることができないと自覚している。それはオバマが「幻想」を約束し、大統領になったからであり、オバマ自身もその事実を自覚しているからだし、二大政党制の枠組み内で政権運営することをあらかじめ選択したからだ。
 ウォール街占拠運動は、このようなアメリカ政治の現状、オバマ選出後の変革停滞に対する批判としても生まれたのであろう。

 ◇オバマ民主党は、ウォール街占拠デモ運動の受け皿にはならない
 共和党は、超高額所得者に対してのごくわずかな増税にすら反対している。
 民主党は、オバマ大統領が最近になって高額所得者への課税を訴えているものの、下院で共和党が多数を占めており、連邦議会で可決される可能性は皆無である。
 ウォール街占拠デモ運動にとって、民主党との関係が一つの焦点である。あまり民主党の党内政治に関与せず、独立性を保ったほうが影響力を持続できるであろうし、下からの広範な人々の連合体を維持発展させることこそ、重要である。

 民主党に関与し求めることは、民主党の左傾化であろうし、根本的な党の変革であろう。しかし、オバマが大統領になっても左傾化は進まなかった。苦い経験をしたばかりだし、これまで何度も裏切られてきた。そんなに容易ではない。下からの広範な人々の連合体が、より大きくなって初めて可能になるだろう。

 ウォール街占拠運動が民主党に厳しくないのは、共和党政治があまりにひどかったからであり、単に共和党よりマシだからであろう。よりマシ政府として彼らがオバマ政権を生んだからである。
 民主党が現在のままで、あるいは今のままのオバマ政権が、ウォール街占拠デモ運動の受け皿となることはありえない。

 ◇他方におけるティーパーティ運動右派の運動
 他方、上から組織された茶会運動、これも経済危機への不満、批判がベースにある。あるいは、アメリカの地位低下に対する不安が没落する米中産階級の一部をとらえている。日本で排外主義が、ある人々をとらえているのと似ている。インターネットで広がっている点も同様だ。

 ただその主張は、「政府の景気刺激策や皆保険制度を拒否するアメリカ独自の小さな政府実現を」主張しており、ほとんど現実性を持っていない。「小さな政府」と言いながら、2008年恐慌後、公的資金を注入し金融資本を救ったことは決して非難しない。「小さな政府」と言いながら、巨額の軍事費削減には言及しない。「小さな政府」実現の矛先は、国民皆保険制度への批判など事前に選別されているのであって、露骨に大資本、金融資本の利害を体現している。大手マスメディアは小さな茶会運動の集まりを、こぞって報道する。大手マスメディアが大資本、金融資本の持ち物だからである。

 これまでのアメリカ政治で存立してきた原理主義右翼による独自の主張は、そのほかの国々では決して受け入れられてはいない。いわば普遍的でない主張である。
 茶会運動は、既存政治勢力である共和党の中で活動し、強力な政治的影響力を発揮している。このような光景は「奇妙」でさえある。茶会運動とこの運動を利用して共和党内をリードし米国での世論を作り上げていく政治過程は、既存の支配機構を通じて米支配層が「民主主義」の形式的手続きを経て、米国政治を牛耳り、コントロールしているいくつも存在する、あるいは現れては消える政治的手法の一つであることを表現している。
 茶会運動は、2010年中間選挙でもその影響力の大きさを発揮したし、共和党大統領候補選出においてその帰趨を左右する存在であるのも確かだ。茶会運動というより、茶番運動と呼ばれるのにふさわしい。(文責:小林 治郎吉)

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

カダフィ、即時処刑の意味 [世界の動き]

 1)リビア、カダフィ殺害

 10月20日リビア・シルテ郊外で、カダフィが殺害された。8月23日カダフィ政権打倒を掲げる国民評議会が首都トリポリを占領した時点で、カダフィ政権はすでにほぼ崩壊してはいた。ただカダフィ派との戦闘は続いていたから、カダフィの殺害で局面は変わり、戦闘は終了することになるだろう。
 国民評議会がほぼリビア全土を掌握し、新政権として発足することになる。

 2)カダフィはどのように殺されたか?

 ◇拘束のきっかけは空爆
 カダフィが拘束されたのは北中部シルトから西約3キロ付近。現場に入ったロイター通信の記者によると、6車線ある幹線道路から約20メートル外れた場所に、荷台に機関銃を備え付けた小型トラック15台が大破し焼け焦げた状態で放置されていた。
 周りには、狙いを外した爆弾がもたらす地面の穴などが見られず、北大西洋条約機構(NATO)による正確な空爆を受けた可能性が高い。NATOの空爆は、正確にカダフィを狙い撃ちした、あるいは居場所を知っていた可能性が高い。
 現場にいた国民評議会の兵士によると、カダフィは空爆を受けた後、近くの排水溝トンネルに逃げ込んだ。足と背中を負傷していた。(ロイター)

 ◇反カダフィ派の民兵軍による即時処刑
 反カダフィ派の民兵軍、国民評議会側の軍によって、排水溝に隠れていたカダフィはその場所を突き止められ、生きたまま捕えられた。NATOによる空爆と民兵による拘束は、連携した行動である。NATOはこのようなところまで関与している。
 カダフィは拘束直後、生存していた、にもかかわらず連行中に民兵によって腹、もしくは頭を撃たれ、殺害された。「死亡」と報道されているが、正しくは「即時処刑」である。無抵抗の状態での殺害が明確となれば、カダフィの「即時処刑」は国際法に抵触する。
 同国を暫定統治する国民評議会(NTC)のある高官は、「カダフィは連行される際に、(反カダフィ派の兵士に)殴られ、そして殺された」と話している。

 ジュネーブ条約では捕虜などに対する拷問や処刑を禁じており、OHCHRのルパート・コルビル報道官は「即時処刑はいかなる場合でも違法。戦闘中に死亡することとは異なる」と指摘している。
 NATOや国民評議会にとってカダフィの生存は都合が悪く、戦闘中に死んでもらう必要があった、しかし生きて捕えてしまった、そのため死んでもらったということであろうか。
 このようなところにも、新政権・国民評議会の特質があらわれているのではないだろうか。

 3)NATOの空爆は侵略である
 ◇NATOによる空爆出撃は、9,600回にも及んだ
 反カダフィ派への武力弾圧を続けたカダフィ派に対する軍事行動が始まったのは3月19日。NATOは3月31日に、米英仏軍が開始した軍事作戦の指揮権を米軍から引き継いだ。
 NATOの盟主、米国が後方支援に回ったため、英仏軍がNATOによる空爆を主導。空爆のための出撃回数は9,600回を超えた。尋常ではない。
 8月23日のカダフィ政権崩壊後も続けてきた軍事作戦は、1949年のNATO創設後初めて、米国ではなく英仏など欧州諸国が主導する形で実施され、反カダフィ派の地上部隊を空爆で支援してきた。NATOは新たな軍事介入の先例を作った

 ◇NATOによる空爆は侵略である
 「人権」擁護、アラブの民主化支援という名目による空爆は、カダフィ政権に対する一方的なかつ直接的な軍事介入であり、軍事侵略である。軍事介入によらない平和的解決、交渉こそ追求されなくてはならない。NATOは、そのような努力を一切行ってこなかった。このような行為は決して許されるものではない。

 同じ基準が適用されるのなら、この先欧米諸国にとって都合の悪い政府・政権は選別して、軍事介入、侵略できることになる。その名目は、「人権擁護」であり、「民主化」である。
 現時点において具体的現実的には、欧米はシリアへの軍事介入をン狙っている。アサド政権を打倒し、欧米諸国にとって都合のいい政権樹立を狙っている。
 打倒の対象は、選別されていて、「人権」が無視される社会、サウジややバーレーンは、親欧米の政府・政権であるから、事前に除外される。侵略国家イスラエルも除外される。

 リビアのカダフィ政権は親欧米の政権ではない、したがって適用される。石油資源を国有化してしまったカダフィ政権は打倒の対象である。打倒すれば、国民評議会が権力を握れば、石油を握る機会が訪れる。

 カダフィがいくら独裁政治を行ったからと言って、欧米資本がリビアの石油を支配する理由にはならない。

 リビアの最高指導者だったカダフィが、10月20日殺されたことで、3月末から北大西洋条約機構(NATO)が指揮する軍事作戦は終結するだろう。
 市民を守るなどという見え透いた口実でもって、NATOは数千人の市民を殺害した。
 国連(ONU)や、欧州連合(UE)などの組織が、いかにも戦争を計画し、実施してきた。この事実を忘れてはならない。人権の名によって侵略した。

 4)軍事介入・侵略以外に道はなかったのか?
 ベネズエラ大統領チャベスは、NATOなど外国軍の軍事介入を避けるために、カダフィ政権と、反政府派とのあいだを仲介する国際委員会を設置し、紛争の平和的解決をはかることを提案していた。ALBA外相会議はこの提案を支持することを決定した。委員会のメンバー、期間などは明らかではないが、ALBAはアラブ連盟(LA)、アフリカ諸国連合(UA)そのほかの諸国と協力し、委員会を形成することを考えた。
 チャベスは、この委員会に米国の元大統領である、ジミー・カーターを候補としてあげた。チャベスによると、2003年ベネズエラにおいて、反対派が石油生産などのストライキによる攻勢をかけたとき、カーター元大統領が仲介をおこなった。
 カダフィ政権は、チャベスとALBAの提案を受け入れた。リビアのモウサ・コウサ外相は、委員会の設置のために必要な措置が取られることを支持するという書簡を送っている。リビア反対派である国民評議会はこれを完全に拒否した。米国も平和のための国際委員会の派遣という提案を拒否した。
 アフリカ連合(UA)も同様の提案をしてきた。これも拒否された。

 米国もNATOも、そして国民評議会も、戦闘によるカダフィ政権の打倒をめざしたし、その点でまったく一致したのである。
 国民評議会が欧米の利害の代理人なのか、それとも国民評議会が自分の意志で尻尾を振っているのか、いずれ明らかになるだろう。リビアの石油が誰のものになるか!それを見届ければ明らかになるだろう。

 5)国民評議会とは何か?支持していいのか?
 ◇NATOの軍事介入を要請した国民評議会

 前述の通り、カダフィ政権は、チャベスとALBAの提案を受け入れた。リビア反対派である国民評議会はこれを完全に拒否した。そればかりかNATOの軍事介入を要請した。
 この事実は、国民評議会がいかにNATO諸国と近いかを示している。

 ◇国民評議会は誰の利益を体現しているのか?
 利益を巡って争い、 反カダフィ派同士の内輪もめ
 10月21日読売新聞によれば、「国民評議会はトリポリ制圧後、暫定政権の早期樹立を目指したが、シルテなどでカダフィ派の抵抗が続き、評議会内部の主導権争いも表面化。……ジブリル暫定首相は19日、「我々は戦闘から政治的な争いに入っている。新国家ができる前に起こってはいけないことだ」と述べ、暫定政府を巡る各派のポスト争いを批判、政争がもたらす混乱を批判した。評議会は当初、9月中にも暫定政権を発足させる予定だったが、閣僚ポストを巡る争いが激化し、延期を余儀なくされた。背景には、カダフィ政権打倒を巡る論功行賞の問題が、もともと根強かった地域・部族間の対立を増幅させたことがある。」と伝えている。

 国民評議会の政治理念が明確でない、そもそもリビア国民に対して新政権は何をするのか、どのようなリビアを建設するのか、そのプランも伝えられていない。地域・部族間の利害対立、閣僚ポスト争いは伝わってくる。政権打倒による利権獲得が、衝動力であるように見える。 

 6)リビアの石油は誰のものになるのか!
 9月21日国連総会で、ボリビア大統領エボ・モラレスは「リビアの石油は誰のものになるのであろうか。介入はカダフィや人民の罪でおこされたのではない。それはリビアの石油が原因であった。数年以内にリビアの石油が、いかなる国の手に渡ったかを、われわれは見ることができるであろうと」演説した。

 NATOの軍事介入の意味は何か?NATOの軍事介入を要請した国民評議会の性格は何か?
 これらはすべて、リビアの石油が誰のものになるかを見届けるならば、最終的に明らかになるだろう。
 カダフィは石油を国有化した。リビアのものにした。国有化は、米や英仏伊にとっては、敵視すべきとんでもない政策なのだ。

 この先石油が、軍事介入した米や仏、英、イタリアのものになったなら、この戦争の意味を、最終的にはっきりさせるだろう。カダフィの行った農地改革をどうするか、これも同じく見届けなければならない。

 「市民を守るなどという見え透いた口実でもって、NATOは数千人の市民を殺害した。アフリカ連合(UA)による建設的な提案を無視し、安保理の問題のある決議すら踏みにじった」。 国連も「国際的な平和を守れという要求、NATOの爆撃を即時中止させよという要求に答えることなく、侵略戦争の共犯者となった」。
 NATOがリビア爆撃の根拠にした国連決議は一方的である。「いかなるものも罪なき人々を殺害することを正当化することはできない」 (文責:林 信治)



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

欧米はリビアへの軍事介入を、即刻やめよ! [世界の動き]

 1)欧米の軍事介入に反対する!

 NATOは、リビアに軍事介入し、カダフィ政府軍とその支配地域を爆撃している。リビア空軍の上空飛行禁止措置をすでに取っている。すなわち、「人道支援」を口実に、軍事介入し制空権は英仏伊米、NATOがすでに握っている状態だ。
 その目的は「人道支援」などではなく、カダフィ体制の破壊、ポスト・カダフィのリビア管理をどうするか、石油を誰が握るかという欧米の利益にある。
 したがって、わたしたちは英仏伊米、NATO軍事介入を支持するわけにはいかない。軍事介入に反対する。

 2)カダフィ政府は、国民へ銃を向けるな!

 他方、カダフィ国軍の国民への弾圧を無視するわけにはいかない。
 カダフィ政府は、即刻国民への攻撃を中止しなくてはならない。そのように宣言しなくてはならない。

 カダフィ政府と反政府勢力の間での戦闘は、激しくなっている。カダフィ政府の危機が迫ってから、すぐさま闘いは、軍事的戦闘以外に選択の余地はないような事態に移行した。反政府勢力が武装し、カダフィ政府軍との戦闘を開始した。そして、まるで待っていたかのように周到に準備していた英仏伊米、NATO軍は、反政府勢力を支持し片方の側に立ち、すぐさま軍事介入してしまった。そうして一国では解決できない事態に、意図的に進めてしまった。

 現在、戦闘は続いているものの、膠着状態に陥っているようである。爆撃などの火力において英仏伊米・NATO軍の優位は明らかで、高性能武器によって破壊的な爆撃を行いカダフィ政府軍の軍事力を殺ぐものの、地上軍を送り込んでいないので陣地確保・拡大できず、したがって政府軍・反政府軍の両方とも戦闘の勝利者にはなっておらず、戦闘は膠着状態に入っているようである。
 英仏伊米・NATO軍は地上戦への参加・展開を狙って準備している。これは事態を混乱させる危険な行為だし、あくどい犯罪である。決して、軍事介入を拡大してはならない。

 3)「国連決議」による軍事介入を求める英米仏伊

 英米仏伊は、国連の決議に基づく軍事介入を求めている。「国連決議」によって侵略のお墨付きを得ようとしている。言い訳にされるのが、「人権」だ。カダフィ体制を打倒することが「人権擁護」だと描いた。ポスト・カダフィのリビア管理を誰がどう握るか、石油を誰が握るかという本心、すなわち欧米の現世的利益を、「国連決議」、「人権擁護」の後ろに隠している。
 ただ、イラク、アフガン戦争を終えることのできない米政府は、2008経済恐慌もあって財政危機にあり、介入すれば一層の軍事費負担となることから、あくまでNATOとしての参加にとどめる意向だという点が、これまでと少し事情が違う。

 4)欧米はリビア侵略をやめろ!

 欧米日のメディアは、「住民虐殺をしているカダフィを許しておけない」と報道している。
 英仏伊米をはじめとする先進国政府は、「虐殺を止めるために介入せざるを得ない」と宣伝している。そして戦闘を収めるつもりはなく、反政府勢力に一方的に荷担し、戦闘による勝利(=カダフィ後のリビア支配)を狙っている。これはすでに現代的な侵略、「国連決議」という煙幕を伴った「侵略」である。

 煙幕に目がくらんで、NATOの爆撃に対し「住民虐殺を防ぐために仕方ない」という雰囲気が広がっている。日本を含む先進国国民のなかで、なかなかノーという声が広がらない。侵略反対、介入反対の声が広がらない。ズルズルと戦闘が拡大し戦争に転化する。このような事態は、第二次湾岸戦争を想起させる。

 NATO軍の爆撃によって、何よりもリビア住民たちが犠牲になっている。「誤爆」が広がっている。NATO軍にとってカダフィ体制打倒が目的であり、住民保護・誤爆防止が目的ではない。NATO軍には「誤爆」を防ぐ意思がない。「カダフィ体制打倒の目的のためには少々の「誤爆」はいたしかたない、そもそも戦争なのだから「誤爆」はつきものである」と考えている。

 犠牲になっているのは、リビア人民である。
 そればかりではない、リビアには多数の外国人労働者が犠牲になっている。エジプトトルコアフリカ人。飛行場や都市で「盾」にされて置かれている場合さえある。

 5) 即刻戦闘を止めよ!

 英仏伊米の介入は、石油狙い。このような介入は不当であり、リビアの人びとにとっては不幸である。現在の事態は、すでにリビア一国で解決できない状態に追い込まれつつある。リビア革命の成果はカダフィ自身によってすでに潰されているが、歴史はさらに後退するのかもしれない。さらにはイラクのような混乱した状態になることを心配しなければならない。

 ポスト・カダフィ体制をどのようにするか?  はリビア人民が決めることであろう。

 事態を解決するには、
 まず英仏伊米、NATOは軍事介入を即刻停止し、今後介入しないと誓うことである。
 カダフィ政府は、反政府勢力を交渉相手、一つの政治勢力として認めなくてはならない。 
 反政府勢力も、欧米の軍事介入をはっきり拒否しなくてはならない。

 そして、その条件の上で、双方とも戦闘を中止し、交渉に入るべきである。双方とも、あるべきリビア社会変革のプランを提示しリビア国民に明らかにしなくてはならない。
 その上で、リビア人民の選択にゆだねる条件を整備するよう努力しなければならない。これが事態を解決する唯一の道筋だ。

 英仏伊米、NATOは、対立を煽ってはならない。そのような権限はない。(文責:林 信治)

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

エジプトにおける反政府運動の高揚 [世界の動き]

エジプトにおける反政府運動の高揚

1)エジプトにおける反政府運動の高揚の衝撃 
 エジプトにおける反政府運動の高揚は、ムラバク大統領の大統領選不出馬宣言にみられる支配体制と支配層の一部の崩壊を確実にしたところまで進んだ。米国の世界支配に迎合して、すなわちイスラエル政府と平和条約を結び、自国民衆を抑圧してきたエジプト・ムバラク政権は、そのみずからの支配を終わらせなければならないところに追い詰められているのは確かである。これまでの支配体制の継続、米国戦略の受け入れは、変更を強いられており、もはや後戻りできないところまで事態は進んでいる。

 ただ、エジプトの反政府運動、人民運動がこの先どのように進むか、どのような変革を実現するかは、いまだ明確になってはいない。あらかじめ変革の内容・方向・特徴を限定することができない。いままだその変革の過程にある。

 世界の人民だけでなく、これまでの世界秩序を形成し保持してきた者たちも、固唾をのんで事態の推移をみつめている。とりわけて、アメリカ政府とイスラエル政府。米国政府は、ムラバク後の新政権に影響力をなんとか確保しようと、と必死に工作している。


 現段階で明確に言えることは、チュニジアのベンアリ前大統領の追放に続く、エジプトの反政府運動の急速な盛り上がりは、この地域における米国の力の明確な後退を表現しているだろう。

2)イスラエルの不安
 もっとも一夜にして不安定な状況に追い込まれたのは、イスラエル政府、イスラエル支配者であろう。イスラエル政府と、その戦争・占領政策がこの地で存続できた根拠の一つが崩れ去ろうとしている。

 イスラエルの対パレスチナ戦争政策・入植政策は、米国の継続した軍事援助・経済援助を必要とする。なぜならば、イスラエル戦争国家は、戦争政策遂行にコストがかかるだけでなく、通常の経済活動においても高コスト体質であり、国際的競争力がないからである。イスラエル政府の戦争政策・入植政策は、イスラエル経済が周りのアラブ経済からは切り離れ孤立して存在する関係の確立に、導いたのである。

 かつてイスラエルには、周辺アラブ諸国を「経済的後背地」にして利用し、例えば「経済特区」とし安い労働力を利用し搾取し一経済圏を形成し、周辺諸国に工業製品を輸出する、すなわちアラブ地域の経済圏の盟主となる構想と可能性は存在した(そうすべきだったと言っているのではない)。しかし、イスラエル政府はそのような方向を選択しなった。戦争政策・占領政策をとり、移民をふやし、約束の地=土地を支配・拡大することに執心した。逆に言うと、戦争政策・占領政策をとったことは、イスラエル経済が、例えば安価な衣料、電気製品や自動車生産できはしない体質になってしまったことを意味する。

 したがって、米国の継続した軍事援助・経済援助を永遠に必要とすると同時に、イスラエルの戦争政策を容認し妥協するエジプト政府を必要としてきたのである。

 そこで問題なのが、米国の力の後退である。オバマ政権がイスラエルの入植政策の手直しを迫ってきた理由はそこにある。米国はすでにこれまでどおりイスラエル政府に対して、エジプト政府に対しても、援助を出すことが難しくなりつつある。すなわちこれまでの米国支配の枠組みが崩壊しようとしている。(文責:林 信治)

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

「あなたが約束したチェンジを全く実感できない」 [世界の動き]

「あなたが約束したチェンジを全く実感できない」

 先日の日経新聞が、下記のような記事をつたえていた。
 
 …… 「あなたが約束したチェンジをまったく実感できない」11月に中間選挙を控えた米国。テレビ局が9月20日に主催した対話集会で、大統領のオバマ(49)を激しくなじったのは、中年の黒人女性だった。
 ……
 民意を前に苦悩する政治リーダーたち。共通するのは、前政権の停滞を打ち破る『改革』に期待を込めた世論の失望だ。…(10月16日、日本経済新聞)

 「中年の黒人女性の言葉」は、政権に対する人々の心情を見事に表している。実に印象的な言葉だ。
 オバマ政権は確かに自分たちが生みだした、しかし、できてみれば自分たちの政権ではなかった。

 失望するとともに、なじっている。
 オバマ大統領を「なじっている」のは、オバマを支持した人たちである。 

 オバマ大統領誕生時には、米国民には大きな期待があった、ブッシュ前政権の新自由主義経済政策の結果、米国でも貧富の格差が拡大し、イラク戦争で国家財政赤字も拡大する一方だった。そこへ2008年リーマンショックに始まる世界恐慌が人々を襲った。

 多くの米国人はもうこのままではだめだ、なんとか変えなければならないと考えた。経済政策、戦争政策におけるブッシュ路線をやめさせ、変革を求め、改革を実現する新しいリーダーを選ぼうとした。

 大統領選挙運動において、オバマを支持する運動は、これまでにない草の根の人々の支持を巻き起こし、小口の政治献金を広く薄く集め、新しい広がりを獲得した。人々の新しい力、期待が、オバマを大統領に選出した。

 しかし、2年たって、多くの人々は失望しているし、怒っている。
 「チェンジ」を合言葉に広がった支持は、ある熱気を持って広がったが、人々のその熱気に応えるだけの政策を実行することができない。せいぜい既存政策の手直しの範囲にとどまっている。

 多くの人々を落胆させつつある。
 曰く、「あなたが約束したチェンジを全く実感できない」 

 この言葉が、オバマを支持した大多数の米国民の気分を見事に代弁しているであろう。 
 
 さて、改革への期待と失望は、日本における民主党への政権交代に対しても、同様に生まれ広がりつつあるようである。(文責:林 信治)

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

ベネズエラでの選挙 チャベス勝利の意味 [世界の動き]

ベネズエラでの選挙

チャベス勝利の意味

1)チャベス派の勝利
 チャベス派のベネズエラ統一社会主義党(PSUV)が、2008年11月23日、選出知事の72%を占め、投票の58%を獲得し、大半の資本主義寄りの世論調査会社やら、大半の野党好みマスコミによる予想を唖然とさせた。

 PSUV候補者は、三州(グアロ、スクレ、アラグア)で、現職野党知事を打倒し、二州(ミランダとタチラ)で敗北した。資本家の政治的代表する野党は、観光の中心地(ヌエバ・エスパルタ)で知事の座を維持し、コロンビア、カラボボに接する州タチラと石油を産出するズリア州で勝利し、人口の多いミランダ州で逆転勝ちをおさめ、首都カラカス首都区長官の座を得た。国民お大半はチャベス政権を支持したものの、必ずしもチャベス政権の一方的な勝利ではない。
 65%という投票率は、これまでのすべての大統領選挙を越えていることから、社会主義者の勝利は、特に意義深い。ベネズエラ国民は社会主義的変革に向かって既に歩み始めた現時点においても、大きな関心と熱い支持を寄せている。
 投票率が高いと野党が有利になるという、世論調査会社の事前予想は当たらなかった。むしろ、資本主義寄りマスメディアの希望的観測を表現しただけだった。歴史比較という文脈で見てみると、社会主義者の勝利の重みは明白だ。

2)どのような勝利であったか?
 判断すべき指標はなにか?

①国民は国有化と民主的統制を支持した
 石油、セメント、鉄鋼、金融、および他の主要な民営資本主義独占企業の国有化を含めたいくつかの急進的な経済政策という文脈の中で、PSUVは高い水準の支持を維持した。
すなわち、国民は主要産業の国有化と民主的統制を支持した。この意味は大きい。

② 自由で公開された選挙
 ヨーロッパ、南北アメリカ、日本のいかなる与党も、自由で公開された選挙で、これほど高いレベルの国民支持をえているものはきわめてまれだ。日米欧などで行われている資本家や金持ちに圧倒的に有利な、「形骸的な民主主義選挙」ではない。民主主義がもっとも高いレベルで発揮された選挙といえる。

③国民は困難をも理解し、PSUVの政策を支持した
 ベネズエラの主要輸出収入源である石油価格の70%もの下落(1バレル140ドルから50ドル)にもかかわらず、そして国家収入の大幅な減少にもかかわらず、政府は、食糧、教育や福祉医療などの社会計画のための資金拠出を維持した。国民はPSUVのこの政策を支持した。

④事態の進展と国民の政治的前進
 チャベス派候補者に関する投票判断の上で、選挙民は自身の政治的判断を示した。つまり、十分に政府サービスを提供するよう努めた候補者には報い、大衆の要求を無視したか、敏感でない人々を懲らしめた。チャベス大統領はすべての社会主義者候補者の選挙で遊説したが、ミランダ州のディスダド・カベジョ知事と、カラカス首都区長官らチャベス派現職知事は敗北した。ただ地方を中心とする州における社会主義者の勝利は、大半が意識的な階級的利害に基く投票結果によるものであり、単にチャベス大統領との一体感を反映するものではない。一時の熱狂から事態は確実に進んでいる。チャベスによってコントロールされたかのように描き出す選挙報道は、大きく間違っている。
しかしそのことは、チャベス政権自体が、新しい局面・事態に直面しており、その情況に見合った政策と人々の自主的な結集・組織を実現しなければならないことを意味している。

⑤国有化は新自由主義からベネズエラをまもった
 金融恐慌によって世界のあらゆる地域で経済が後退している。先進国の投資は途上国から引き上げた。先進国の言うままに新自由主義経済を導入し、投資を呼び込んできた途上国から、この危機に際して投資「マネー」は、非情にも損を回避するために死に物狂いで逃亡した。途上国人民の生活など一顧だにしなかった。
ベネズエラの主要産業の国有化と民主的統制は、新自由主義による世界資本の支配からベネズエラとベネズエラ人民を守り、引き続き資源などによる国家収入を教育や福祉に振り分けることを可能にした。ベネズエラの社会主義政策は、人民の生活と利益を守るために新自由主義・グローバリゼイションに有効に対抗できることを、危機に際しても証明した。このようなことを鮮明に実行している途上国は他にはない。
もちろん、ベネズエラ国民は、新自由主義によって何十年も自国の資源をメジャーとその子分であるベネズエラ買弁資本家に奪われ、抑圧と貧困の暮らしを強いられてきた苦い悲惨な歴史を忘れていない。

3)新たに生じた情勢
 ベネズエラではこれまで資本家の横暴・強欲さが国有化を逆に容易にしてきた。そして現在は、大半のベネズエラ企業は、国営および地方の銀行に膨大な負債があることによって、このような企業を国有化し民主的統制する機会を新たに、チャベス政府に与えている。企業に借金を返済するか、企業の鍵を引き渡すか、迫ることが可能になる情勢が新たに生まれており、そのことはむしろスムーズな痛みのない社会主義への合法的な移行を現実的なものにしている。

4)選挙結果は二極分化
 選挙結果は、極右と社会主義左翼との間の分極化が深化していることを示している。中道主義の社会民主的な元チャベス派知事たちは、事実上政治地図から消えた格好になっている。ミランダ州で当選した右翼、エンリケ・カプリレス・ラドンスキーは、2002年4月の失敗した軍事クーデターの際に、キューバ大使館を焼き払おうとした人物だし、新たに選挙されたズリア州知事パブロ・ペレスは、元右翼強硬派知事のロサレスが自ら選んだ候補者だった。

 野党は州知事と首都区長官を支配して、中央政府を攻撃する基盤を得たものの、経済危機によって福祉サービスを維持するのに使える資源の額が大幅に減少し、連邦政府に対する依存の度合いが増すだろう。
資本家の野党は、「州と市の福祉サービスを向上させ、腐敗とえこひいきを止める」と約束したことによって支持を獲得した。縁故政治や極端な議事進行妨害といった、連中の過去の慣習に戻れば、大衆の支持を失うだろう。本当のことが未だ十分に大衆のなかに広がっていないことが問題だ。

4)差し迫った課題
 マスコミが、社会主義者の勝利を認めることなど期待しても意味はない。野党が投票の40%を獲得した重さと、20%の州で勝利したことを、マスコミが懸命に誇張するのは予想通りのことだ。

 選挙後のPSUV、チャベス大統領、議員や新たに選ばれたチャベス派幹部が直面する最も差し迫った課題は、石油価格の下落による、石油価格、連邦政府の歳入の急激な低下、そして不可避な政府支出の減少への対処が特に重要だ。包括的な社会経済的計画の策定も一部変更を余儀なくされる情勢は生まれ得る。
 チャベスは、たとえ石油価格が、一バレル50ドル以下のまま、あるいはそれ以下に下がろうとも、すべての社会計画を維持すると約束した。
 財政的基盤の小さい国家支出、すなわち貨幣を印刷し大赤字を出せば、通貨を切り下げ既に高い率の年間インフレ(11月の時点で31%)を悪化させる可能性が生まれてくる。連邦議会および州レベルにおける多数派の支持はあるものの、政府が厳しい選択をしなければならないという事実は、相変わらず存在したままだし、今後も存在する。この情勢のなかでベネズエラ政府がどのような政策を採るべきか、それを支持し実行する人々の組織、とくに自主的な活動と組織をどのように形成していくか、がさらに重要になってくる。

 チャベス政権は、人々に支持された国家として組織された権力をもって、国家の政策、活動、自国の資源、資金をいかに効率的に使っていくかという、実務的な仕事に取り組まなければならないし、そのことができる国家の職員を急速に育成しなければならない。海外貿易の支配権を握り、直接に、製造・流通部門の経営を監督し、国民の生活水準を守るよう実務を優先する必要がある。官僚的な無能さを常に是正し、選挙で選ばれた怠惰な役職者を無力化するには、資本家と結びついた官僚・職員層を辞めさせ、権力と支配権を、組織労働者や自治的な消費者や住民の評議会に引き渡さなければならない。それだけでなく、彼らを人々のために働く有能な職員、実務にたけた職員を大量に育成して行かなければならない。

 権力を奪取したあとチャベスが行った政策、あすなわち政府から人々に教育や福祉、医療など与えて行く政策が、更に確実なものに変わっていくためには、下からの人々による自主的な活動、支持と更に密接に結びつかなければならないし、さらにはその業務を次第に自主的な人々の組織に主導権を渡して行かなければならない。そのことで社会的費用に節約と更なる人々自身の事業を可能にしていく。継続して、その形態は変化するだろうが、人民管理と大衆の圧力が必要なのだ。(文責:小林 治郎吉)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

チベット騒動の報道、あれは何だったのか? [世界の動き]

チベット騒動の報道、あれは何だったのか?

1)米英が亡命チベット人を支援

 四川地震報道に影響されてか、最近チベット騒動の報道が少なくなった。あれは何だったのか。
 チベット人による独立・自治拡大要求の運動は、中国共産党が政権を取った直後の1950年代から冷戦の一環として、米英が亡命チベット人を支援して持続させてきた。この歴史的つながりは、国際的環境が様々に変化した今日もなお、継続している。米英としては、当初は共産主義・中国に対する一つの政治的オプションとして、現在では中国政府に対する「政治的カード」として、意味に少しの変化があるものの、これを保持し続けている。

2)チベット社会の新しい変化に起因する

 問題は、今回の騒乱が、チベット社会の新しい変化に起因することだ。チベット鉄道に見られるように、中国国内の資本主義的市場はチベットをも覆ってしまうほどに拡大し高度化し、支配圏に包含しつつある。その結果、チベット地域に新しい支配層として漢族資本家が進出し、チベット族は搾取・収奪される新しい底辺層、第二級の市民へと追い込まれつつある。

 チベット人の怒りの矛先は、中国共産党の支配にむけてというよりも、資本主義がもたらした消費主義、拝金主義である。消費主義、拝金主義はこれまでのチベット社会の規範を破壊するものである。チベット僧は、伝統的なチベット社会の福祉システム、すなわち喜捨によって社会に寄生して存在してきた。だから、従来の伝統的なチベット社会の崩壊は、このラマ僧の社会的地位をも急速に掘り崩してしまう。僧の過激な行動はそこに根拠がある。

 僧だけではなく、チベット人の各層の社会的地位が大きく変化し、それぞれが不安にとらわれていることは、厳然たる事実であろう。このチベット社会に生じているひとつひとつの変化が的確にとらえられなければならない。
 多数のチベット人の生活と権利がどのような変化に見舞われているのか、その人たちの暮らしと人権を守るには、何が必要なのか?このことが真面目に検討されなければならない。
 漢人資本家の進出によって、チベット人多くの人びと、下層の大衆が搾取・収奪され、伝統的社会を破壊されることを防ぐための要求、方策としてのプランが立てられなければならない。

 したがって、今回のチベット騒動を、これまで西側政府屋マスコミが騒いできた既存の民族問題として、既存の枠組みでとらえるべきではないし、そもそもその枠組みを超えたところに発生している。

3)チベット報道、ダライラマ、民族主義、中国政府

 一つの問題は、この新しいチベット社会の混乱が、従来のチベット独立・自治拡大要求の運動、あるいは「人権問題」と説明している先進国の報道にある。そこには欧米の利害が絡んでいて、利害によって「視点」が曇っている。

 仮に報道が指摘するように、チベットの人たちが、危機に際して不満を訴え要求する主体を、従来の支配層ダライ・ラマを頂点とするシステムにゆだねようとするならば、何の解決も展望も開くことはできない。もしそうなってしまえば、現在の新しい社会的不満が、亡命チベット人を支援して持続させてきた米英の影響下にとらえられ、また利用されてしまうことにもなりかねない。

 急速な資本主義化に対する不満が不満としてリアルにとらえられないで、「あいまいなチベット民族主義」へと流され、ラマ僧ら旧来の支配層が夢想する、チベット自治拡大から独立、すなわち中国政治経済から離れることへと一足飛びに解釈されるとすれば、根本的に間違っているだろう。

 他方、中国政府は、「チベットは国内問題」と主張している。このスローガンは欧米による干渉の拒否を表現している。

 問題は、漢人資本家の利害が中国政府・中国共産党を通じて、チベット支配に及んでいる現実にある。中国政府側からしてみれば、現時点においては押さえつけるだけの武力を保持している。しかし、強権の行使は問題の解決を不可能にする。この問題の行方は、チベット社会の資本主義化によって生じるチベット人の生活の変化に対し、中国政府がどのように対処するかにかかわっている。

 多くのチベット人にとっては、抱える現実生活上の新しい困難の解決とその要求が、どのような解決プランを描き出すかにかかっている。ここのところは、チベット人社会が自主的に自分たちを組織した上で、決定しなければならない。そこにのみ解決がある。
 そして中国政府・中国共産党がその要求にキチンと添えるか、否か。

 まだその本当の要求もプランも明確になっていないように見える。今のところ、オリンピックを機に欧米のマスメディアに訴える、あるいは寄りかかる手法をとっているように見える。そのような手法をとる限り、いずれその寄りかかった分だけのしっぺ返しを受けなければならなくなることも、またありうることだ。
(文責:小林 治郎吉)
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

ベネズエラ大統領選、チャベス勝利 [世界の動き]

ベネズエラ大統領選、チャベス勝利

12月3日、チャベス大統領が三選を決めた。チャベスは強い反米姿勢を掲げる。どの途上国も債務に苦しみ、先進国の強要する「新自由主義、グローバリゼイション」を受け入れざるを得ず、半永久的に先進国の経済的後背地に固定されつつあるなかで、チャベスの反米はどうして可能になったのであるか。

チャベスの政策は南米中心に新たな共感を呼び、人びとを捉えつつある。
どうしてか。

1980年代から90年代にかけて債務が拡大した南米諸国とその人びとは、「新自由主義、グローバリゼイション」を北の巨人が強要するまま取り入れた。その結果、貧困層は拡大し社会は荒廃し、犯罪と麻薬と暴力がはびこり、債務は減らず、結局歴史は一世紀も後戻りさせられた。これまで築いた文明も人びとの暮らしも破壊された。そのことを身をもって知らされた。その現実への強烈な批判から、南米では「新自由主義、グローバリゼイション」の放棄する左翼政権の誕生が続いている。

「新自由主義、グローバリゼイション」の縛りから抜け出すには、どうしたらいいか。その方法は?。その処方箋は?

チャベスの示したプランは、国民国家単位で再分配すること。「新自由主義、グローバリゼイション」と対抗するには、多国籍企業と対抗するには、国民国家を組織しその権力を利用する。幸いにしてベネズエラには石油があった。もっともこの石油資源もかつては米国資本とつるんだベネズエラ支配層によってメジャー支配のもとにあり、ベネズエラの人びとのものにはなっていなかった。チャベスはこれを国有化し統制し、その得た資本を社会的に再分配しているのである。原油価格の高騰が更に追い風になった。
さらにその国民国家間の関係を密にし、あるいは分業し、地域間のより大きな独自の市場を生み出し、その基盤の上に連合した一つの南米を構想している。

90年代から世界を席巻した新しい資本主義は、なんら未来を約束しなかった。国有化と民主的統制は資本主義を掘り崩す社会主義への移行を準備する政策である。チャベスのプランはむしろ古典的でさえある。
もっともチャベスのベネズエラとて社会主義ではない。国有化し民主的統制しながらも、国際的な原油取引は資本の価値法則にしたがって行っている。

チャベスの成功をみて、南米の人びとは同じように、「新自由主義、グローバリゼイション、多国籍企業」と対抗するために、国民国家を組織しその権力を利用し、資源を統制し民主的に再配分する道を選ぼうとしている。このプランをベネズエラの人びとは支持したから、チャベスの勝利が生まれたのである。

さて、この新しい動きとその意味を、「新自由主義、グローバリゼイション」を推し進める政府を持つわたしたち日本の国民は果たして理解しているだろうか?いくつかの新聞報道を見たが、上記の意味を描いているものはない。

先日、ピースボートの企画する集まりがあり、現地事情に詳しいジャーナリスト・伊高浩明氏の話を聞く機会があった。その内容は先進国サイドに立つジャーナリストのものだった。伊高氏によれば、「チャベスの政策はモグラ叩きのように場当たり的であって、根本的な改革に欠けている」と言う。根本的政策とは何か、つい期待して身を乗り出した。伊高氏のいう三つの根本的改革とは、①土地改革、ただチャベスはやろうとしているが国内勢力の反発の大きさから実施時期を図っている。②教育改革、今行っている初等教育の充実ではなく産業育成に通じる教育が必要。③外交の改善、国連でブッシュを悪魔呼ばわりするのではなしに大人になれ、というのだ。
話を聞いて笑ってしまった。ベネズエラや南米の人びとの当面している問題をまったく理解せずに、チャベスに説教していることに笑ってしまった。

格差社会やワーキング・プアがという新しい日本語が生まれた。その言葉に相応する現実がすでに日本社会に定着し、更に拡大しているからだ。自由競争、規制緩和は独占を生む。必ず一握りに金持ちと大多数の貧乏人への分裂をもたらす。これを批判し対抗していくこの人びとの関係はどのようなものであるか。この構想はチャベスのプランとどのように通底するのであるか。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:ニュース

金融機関「グラミン(農民)銀行」創始者ムハンマド・ユヌス氏が今年のノーベル平和賞 [世界の動き]

バングラディシュの金融機関「グラミン(農民)銀行」創始者ムハンマド・ユヌス氏が今年のノーベル平和賞選ばれた

 農民の貧しい人びとの自立を促すためにユヌス氏が考案したのがマイクロクレジットという無担保の少額融資の仕組み。76年に創設し世界的に広がり、現在では銀行やNPO,NGOなど約1万団体が運営している。国際的に貧困の削減に貢献したと評価された。

 貧しい農民は担保となる資産土地を持たず信用力がない。このため銀行からの融資が受けられず、高利貸から借りるしかなく、働いても貧困から抜け出せなかった。担保が無くても5人一組で返済の連帯責任を負うことを条件に融資が受けられ、これを元手に自立への足がかりとする。これがマイクロクレジットの仕組みだ。

 貧しい人びとの自立の過程においても、資本の価値増殖の仕組みを貫徹させることを教えこんだ点での功績も大きいという評価ではないだろうか。バングラディシュはイスラム教国である。想像するに、慈善や喜捨によるイスラムの社会活動を排し、西洋的な価値を刷り込むことに一つの目的と評価があるように見える。モスリムがアメリカや欧日による戦争による世界秩序を批判し、人々が結集する一つの理念となり、「先進国」はこれへの対処に苦しんでいるからだ。
 もちろん問題は、貧困が起きる原因でありその対策であるが、この点はとりあえず不問にするところが、「西欧的」、「現行秩序的」でまたいいのではなかろうか。

 もちろんこのように言って済ませるだけでは皮肉におわる。目の前の特に高利貸しに縛られて貧困に沈む多くの人びとを救わなければならない。高利貸しより低利で貸し付ける多くのNPOやNGOによる「マイクロクレジット」の活動も存立している。「乱暴な資本主義ではなくて、理性ある資本主義を広めよう」という声が聞こえて仕方がない。それは果たして本当か、あるいは現実的プログラムか。途上国社会を破壊しつつある新自由主義とグローバリゼイションを正面から批判せずに可能か。

 途上国の貧困との闘い、それを批判するアソシエイションが確かに模索され確立されなくてはならない。


nice!(0)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

ハリケーン リタの接近 [世界の動き]

ハリケーン リタの接近

 メディアによれば、ハリケーン リタの接近で、テキサス州の人々が避難している。ガルベストンやヒューストンから非難する人で高速道路は車があふれている。ガソリンスタンドではガソリンを売っておらず、ガス欠で止まっている車も続出している。
 避難命令が出たというが、内容は「避難しろ」というだけで、どこへ行くとか、誰に連絡するとか、何の内容もないことに、驚いてしまう。避難者はインタビューでどこへ行くあてもなく、ただ避難してきたと口々に言っていた。

 一日や二日なら、場所を移動すれば避難できるかもしれないが、少しでも長引いた場合、被害が出ることは目に見えている。特に老齢者や病人は生命の危険にさらされる。
 何の備えもないのだろうか?すべては自己責任なのだろうか。

 こういう場合もケネディの名言(迷言)、”アメリカの国民のみなさん、国家があなた達に何をしてくれるのかを求めず、国家のために何ができるかを考えてください。”ということになるのだろうか?

 ニューオリンズの避難してきた人たち、多くは黒人だった。  印象的だったのはその表情だ。  おとなしくて、唯諾々と政府の指示に従っている人たち。その表情には怒りの色さえ見えなかった。  ずうっと長いあいだ、押さえつけられ従ってきた人たち。(中野重治「広重」が描く人たちのようだ)  ハリケーンに襲われ避難して来てさえ、怒ることなくなおおどおどとしている人たち。  TVでよく見るアメリカ人の様子とまったく違っていた。  愛想がよくて、気が利いていて、ジョークがうまくて、・・・・・そんなアメリカ社会を生き抜く表面的な術など、持たない人たち。  アメリカにも同じような人たちはいるのだなあと、思った。  あなたたちの手に、私の手を重ねる。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(2) 
共通テーマ:ニュース
- | 次の30件 世界の動き ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。